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愛の前に敵はない



愛の前に敵はない

No Enemy Can Prevail Against Love
藤本幸邦/原作牧かずみ/編・英訳
四六判・168ページ
本体価格1,200円+税(税込1,296円)


2007年8月29日発刊
ISBN978-4-900918-86-3 C0095
装幀/石坂淳子 挿画/たけだみよこ
▲日本語編:表紙(右綴じ側)

★著者プロフィール

●英訳つき【和英対照】
和文と英文を一冊にしました。本の両面が表紙です。
上:和文の表紙 下:英文の表紙

▼英語編:表紙(左綴じ側)

▼本文<クリックで拡大>

【<<日本語編】

【<<英語編】



●●●

─円福寺愛育園のおっしゃん、藤本邦幸師─

敗戦直後の上野駅で出会った3人の孤児を信州の寺に引き取り…
日本における児童擁護施設のパイオニア
「円福寺愛育園のおっしゃん」こと藤本邦幸師の
心にしみ込むエピソードの数々

─その「人」と「哲学」をもっと伝えたい─
未来の日本人たる子供たちと、
彼等を育てる任を負うご両親たちに、
そして次に異文化の人々に。
【和英対照】和文と英文を一冊にしました。

【もくじ】

まえがき(牧かずみ)

運命の出会い
焼け野原の孤児
上野駅のできごと
母と妻の反対
円福愛育園の始まり

おっしゃんと子供たち
托鉢、やめてちょうだい
赤いほおずき
十三台の勉強机
涙で合格
愛とはなんですか
育ての親より生みの親

もう一つの家族
お金で買えない自転車
娘のレポート
一回きりの家族旅行

愛の前に敵はない
繁栄の中の孤児たち
二十一世紀を開くみなさんへ

あとがきに代えて
牧かずみ先生の『愛育園物語』英訳に謝して(藤本幸邦)

【用語解説】

【CONTENTS】

PREFACE MAKI,Kazumi

Fatal Encounter with post-war Orphans
Orphans on the burned down Fields
Episode in Ueno Station
Opposition from both my Mother and Wife
Dawn of Aiikuen Home

Osshan and Kids
Please Stop Mendicancy
Red Hoozuki ,Bladder Cherry
Thirteen Desks
Achievement with Teary Eye
What is Love?
Foster Parents vs Biological Parents

Another Family
Money can ユt Pay for This Bike
My Daughter ユs Report
Family Trip of a Lifetime

No Enemy can Prevail against Love
Orphans in the midst of Prosperity
To Pioneers of the 21
st Century

AFTERWORD FUJIMOTO,Koho

(本文より)

上野駅のできごと

それは一九四七年一一月二三日、晩秋の上野駅でのできごとでした。横浜の総持寺に修行の暇乞いに行った帰りのことです。列車に乗ろうとする人の長い行列が、改札口から駅の外まで四列に延びていました。私もこの列に並んで乗車を待っていました。

子供たちが小銭稼ぎにタバコの吸い殻を集めていました。こうして拾わせた吸い殻を日干しして空き箱に詰め直し、また子供たちに売らせるのです。立って並んでいる人たちに座布団を貸してお金を稼ぐ子供たちもいました。軍服を着た老婆がすべて指図ずしていました。靴磨きの子供たちなどは、まだ恵まれている方だったのです。

昼食時間が近づき、列車を待つ人々が弁当の蓋を開け始めました。すると子供たちもどこからともなく集まってきて、食べ物をねだりはじめました。どの子も裸同然で素足なのです。その有様には、心が痛みました。

一人の男の子が、弁当を食べている男性の前に、突然腕を伸ばしました。その思いがけない行動に驚いた男性は、子供の汚い手を振り払いました。男の子は、弁当箱につばを吐きかけると、矢のように走って消えました。
「汚い! 悪がきめ!」男性は弁当箱を地面にたたきつけ、叫びました。
「かわいそうに。あの子らのせいではないのに」とおばさんたちがささやいています。私は、あの男性がちょっとでも食べ物をやっていたらよかったのにと思いました。上野駅には、冷たくつらい風が吹きすさんでいました。

ふと気づくと、うまく食べ物を手に入れて、秋の日差しに日向ぼっこをしている子供たちがいました。
「ちょっとおいで」私は一人の少年を呼んで、りんごを渡してやりました。少年は「ありがとう」というと、ほかの二人の男の子に「見ろよ。もらったぞ」と叫んで、りんごを一かじりし、次の子に渡しました。こうして、一つのりんごは三人の間をぐるぐる廻っていきました。少年たちの互いを思いやる姿に、私は嬉しくなって、もう一つのりんごもやりました。
「いいおじさんだね」と少年が言いました。
「父ちゃんや母ちゃんはいないの?」と聞くと、
「いれば、こんなことしてねぇよ」と答えました。
「父ちゃんは?」
「爆弾でぶっ飛んだ」
「かあちゃんは?」
「三月一〇日の空襲の夜に僕と一緒に逃げたんだけど、どこ行ったか分か
んなくなっちまった。きっとだめだったと思うよ」
「東京都が守ってくれるはずだろう。こんなことをしてちゃいけないよ」
「そりゃ、僕等はかっぱらったりするから浮浪児狩りで施設に連れて行かれたんだよ。けど、ちっともおもしろくないとこだから、抜け出してきたのさ。ここのほうがよっぽどおもしろいもんな」
「もうすぐ冬なのに、そんなんじゃあ凍えるだろう」彼らも素足に裸です。
「服着るとシラミがわくんだよ。おじさん、わかっちゃいないね」
「そうは言っても、夜は冷えるだろう」
「地下道にもぐるから大丈夫。引き揚げ軍人も寝てるしさ。じゃなきゃ、ハコだね」
「ハコ?」
「列車だよ。夜飛び乗りゃ、朝には田舎に着く。そこで食べ物もらって、またノガミに戻ってくりゃいいのさ」

なるほど。上野駅周辺に孤児たちが群れているのはそういうわけだったのです。
「お前たち、いくつだい」
「俺は一〇歳。あいつは十一」
「こんなことしてたんじゃ、ろくな者にならない。どうだ、おじさんとこの家に来ないか」私は、子供たちを誘わずにはおられませんでした。
「よさそうなおじさんだけど、商売は何?」
「この頭を見りゃ、わかるだろう。坊さんだよ。家は寺だ」
「寺かぁ。寺はだめだ。お経をあげさせるだろ?」
「お経はあげなくていいけど、学校には行かなきゃだめだな。行きたくないか?」
「もちろん行きたいさ! でも家はどこ?」
「信州、長野県。分かるか?」
「湯田中の近くかい?」
「よく知ってるじゃないか!」

聞けば、少年は湯田中に疎開していたというのです。空襲が激しくなると、東京の子供たちは親と離れて田舎に疎開し、学校に行っていました。小さな子供たちには、親と離れての暮らしは、さぞつらいものだったことでしょう。戦争が終わると親が迎えに来ましたが、親をなくした子供たちの中には、戦後、先生が引き取りに来て、東京へ戻された末、収容施設に入れられた子もいました。

「おじさんの家は、湯田中へ行く途中にある。長野駅の一つ手前の篠ノ井で降りるんだ。千曲川のそばのいいところだぞ。切符を買ってやるから、さあ、一緒に行こう」
「ほんとうに僕らを連れて行ってくれるのかい?」
「もちろんだよ」
「じゃあ、切符はいらないよ。人のあとについて潜り込めば、ただだから」
「そんなことはしちゃいかん! これからはいい子になるんだよ」
「おじさんは良寛様みたいな人だなあ。もしかして親戚かい?」

こうして、子供たちと私は、一緒に円福寺へ向かったのでした。

Episode in Ueno Station

It was i n l ate f al l on Nov. 23rd, 1947 i n Ueno St at i on on the way back from Soji-ji Temple in Yokohama where I visited to request for an official leave from the training. Four long snake-shaped lines of people trying to catch the train stretched from the ticket-wicket to outside the station precincts. I was one
of them, standing and waiting to board from early in the morning.

Kids were going around looking for cigarette buts to exchange for small change.They sun-dried them for recycling.A man stuck them back in empty boxes and made kids resell them to those passengers standing in line. There were some other kids collecting money by renting small cushions to those standing passengers. All their labor was supervised by one elderly woman in an army jacket.Shoe polishing boys were the lucky ones.
As l unch ti me approached, passengers began to open their packed lunches. Then, bunches of kids crept out of nowhere and began to beg these people for food. All the kids were bare foot and thinly clothed. I was completely beaten by the scene.

To beg for food, one boy stretched out his arm in front of a man eating lunch. Shocked by the sudden unexpected action of this boy, the man slashed at the boy’s soiled hand. The boy spat into his lunchbox and dashed away before the man knew it. The man threw
the lunchbox onto the ground, shouting, “Gross, Bas-tard!”

“Poor thing! They can ‘t be bl amed!” Women were whispering. I,on the other hand, was wishing that man had given a portion to the boy.Bitter,c old wind was passing through Ueno Station.

I noticed a few kids sunbathing in the autumn sun-shine after successfully getting some food. “Hey, come over here, “I called to one boy and put an apple into his hand. Smiling, “Thanks,”said the boy and shoutedto two other boys, “Look,what I’ve got?” After one
bite, he passed the apple to the next, and the apple went around the three boys like that. My heart was filled with joy to see them care for each other, and so, I gave away another apple I had.
“You ‘re a good man,” said the boy..
“Don ‘t you have dad or mom?”
“We wouldn ‘t be doing this if we had.”
“What happened to your dad?”
“Blown up by a bomb.”
“Mom?”
“On that night of March 10th when Tokyo was raid-
ed and burned down,she and I tried to escape
from it.I did,but she went missing.Probably she is
dead.”
“The municipal office should be protecting you.
You shouldn ‘t be begging for food like this.”
“Wel l ,as we r ob,s t eal and al l t hat ,we wer e
caught and taken to an institution,but that place
was no fun and we decided to cop out of there.
We like it here much better.It ‘s more fun.”
“Soon the winter will come.You should freeze with
what you have,” I said looking at their bare feet
and thin clothes.
“Man,you know nothing.Clothes are nests for lice.”
“But still,the night is freezing.”
“No problem.We could go under where you see
ex-sol di ers sl eep.Otherwi se,we coul d go to a hako.”
“What ‘s a hako?”
“Just hop on the train,then it ‘s warm.It takes us
to the country in the morning.There,we beg for
food, “then return here at Nogami .”

That was how and why a number of orphans flock around Ueno Station.
“How old are you?”
“Ten.He’s eleven.”
“If you stay like this,you will be nobody.What do you say to coming to my home with me?” I just had to say that.
“You seem like a nice man. What ‘s your trade?”
“Look at my bald head. I’m a priest,can ‘t you
tell? My home is a temple.”
“Temple!No way. You’ll make us chant sutras.”
“No,you don ‘t need to,but you have to go to
school,don ‘t you want to go?”
“Of course, I do, but where’s your home?”
“Shinshu, Nagano-ken, do you know the place?”
“Near Yudanaka?”
“Hey, you know it.”

He was there as a refugee. As the raid intensified in Tokyo,kids were evacuated apart from their parents and went to school in the country.During the evacua-tion, the older kids could bear the loneliness, but it was hard for the small ones. When some parents came tobring them back home after the war, others who lost
their parents were taken back to Tokyo by their teacher
and then sent to an institution.
“Now I understand.My home i s on the way to
Yudanaka.You get off at Shi nonoi,two stations
before Nagano Station.It ユs a nice place by the
Chikuma River.I ユll buy you a ticket.Let’s go to my
temple.”
” You ユll surely take us there?”
“Why of course.”
“Then,no need to buy a ticket.I ユll follow behind
the crowd.It ユs free of charge!”
“Don ユt you do that!You ユre going to be an honest
boy from now on.”
“You are like Ryokan-sama.Are you his relative by
any chance?”

This is how I brought them to Enpuku.

★著者プロフィール
原作 : 藤本幸邦
(ふじもと・こうほう)

曹洞宗の僧侶で日本における児童養護施設開設のパイオニア。また主宰する「円福友の会」を通して、アジアの学童支援、学校建設、外国人留学生の支援等の国際ボランティア活動を長年続けている。これらの功績により勲五等瑞宝章、仏教伝道文化賞、外務大臣表彰、正力松太郎賞等を受賞している。明治43年生まれで、平成19年年8月、97歳になる。
>>円福友の会ホームページ

編・英訳 : 牧かずみ
(まき・かずみ)

大学卒業後、聖書の発行元である日本聖書協会に勤務の後、渡米。教育学修士を取得。大手語学学校で16年間教師研修、教材開発、教師採用等に携わった。 1995年より信州大学医学部において留学生アドバイザー、国際交流コーディネーターとして留学生指導、日本人教職員へのアドバイジングに当たる。岡山県出身。
>>信州大学医学部国際交流室ホームページ(英文)

▲本書の発行日は“おっしゃん”藤本幸邦師の97歳の誕生日(8月29日)。牧かずみ先生と出版を喜ぶ。

1件の読者の声 »

12/11up

60代男性●短い文章の中に、「人間の心の大切さ」を読者へ端的に教えてくれる本です。英訳によって、これが日本人本来の姿であることを、アジア、世界の人に知ってもらうことができれば、地球の平和に貢献できると思います。

12/09up
50歳女性●よくぞ、本にして下さいました。一気に読んでしまいました。上野駅に始まり、ひでこのこと、娘のレポート、一回きりの家族旅行、そこでの光世さんの言葉、涙があふれました。私どもの一人娘の言葉とほとんど同じだからです。他者への思いやりによる「世界一家」、私も同感です。

10/01up
60歳男性●藤本幸邦ご老師の「来し方」に深い感動をいたしました。今後ますますのご活躍とご健勝をご祈念申し上げます。

Comment— 2008 年 9 月 16 日 @ 5:26 PM


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