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一匹ぽっちのコオロギ A Lonely Cricket 【英語対訳版】


一匹ぽっちのコオロギ[英語対訳版】

編集・英語版  牧 かずみ
日本語版原作 手仕事屋きち兵衛
四六判/216ページ
本体価格1,333円+税
珠玉のエッセイが英語対訳で登場
限定20冊の販売です

品切れ

★著者プロフィール

珠玉のエッセイが英語対訳で登場

NHKラジオ『私の本棚』でとりあげられ、大きな反響を頂いた手仕事屋きち兵衛のエッセイ『一匹ぽっちのコオロギ』。このエッセイをもっと多くの人々に知ってほしいという願いから、このたび英語対訳版として登場いたしました。
本書は『一匹ぽっちのコオロギ』より、25編を選択し、「Graceful JapaneseVol.2」として編纂したものです。

小社ホームページ上での限定20冊の販売です

この本は一般の書店では販売いたしておりません。限定20冊のみの販売です。お早めにご注文下さい

まえがきから

本書は、私の「Graceful Japanese」シリーズの第二弾です。
異文化へのこだわりの中で英語を使って仕事をしながら、発信することに控えめになりがちな典型的日本人である私は、教師として、異文化間においては主張することが必要だと、指導してきたほうの人間です。その一方、すべてを言葉に置き換える人たちと接してゆく中で、「言わないでおくこと」「あからさまにしないこと」に、だんだんに、品格ある美しさを覚える自分にも気づくようになりました。「目立たない、控えめな美」こそ、努力して伝えなければ理解してはもらえないという想いが「Graceful Japanese」に繋がっていったといえるでしょう。

手仕事屋きち兵衛さんは木彫家、シンガーソングライター、エッセイストです。ソングライター、エッセイストであることから、彼が言葉を大切にする人であることは容易に推察できるでしょう。一日誰にも会うことなく、黙々とオリジナリティを追求することができる木彫家でありながら、一方で、言葉を通して思いを伝えることへのこだわりは人一倍強く、雄弁家の一面も持ちあわせています。けれど、その語りは「主張」で迫ってくるようでいて、ちょうど彼が憧れている浅間温泉の湯のように、包容力にあふれ、肌を潤し、いつの間にか心のひだにまでしみこんでくるのです。

何年かぶりで再会した彼から「本だしました!」と手渡されのが、『一匹ぽっちのコオロギ』(オフィスエム)でした。泣いたり、笑ったりしながら一気に読ませていただいた私は、すぐさまきち兵衛さんに、「英訳させていただけませんか?」と言ってしまいました。ところが、訳し始めて自分の無謀さに後悔してしまいましたが、口にしてしまった以上、あとへは引けません。「うれしいなあ。英語話者がどういう反応をするか、興味あるなあ」というきち兵衛さんの一言に後押しされて、翻訳することができました。
さらにうれしい事は、いつか絵本でご一緒したいと願っていた田之上尚子さんが本書のイラストに加わって下さったことです。洗練された、深い洞察のイラストからは彼女の若さを想像することは難しいでしょう。

発刊に際し、今回もまたオフィスエムの村石保氏のご協力、装幀の石坂淳子さんの奮闘もあって、今日このような形で「Graceful JapaneseVol.2」を紹介できることは何よりの喜びです。
美しい日本人達が少数派にならないことを願いつつ。

二〇〇八年 晩秋                              牧 かずみ

Preface
I consider this publication my “Graceful Japanese Vol.2”.
While working among multi-cultures, especially with those who value expressiveness more than silence, I, recognizing my very much Japanese-like reserved nature, admit that I have also advised other Japanese to speak up in inter-cultural communication.  At the same time, however, I have come to appreciate the beauty of modest and reserved Japanese communication style more and more.
When it is said that the quality of Japanese people are questioned in recent years, “Graceful Japanese” is my attempt to introduce those I consider possess the Japanese graceful quality, hoping that people of different cultural backgrounds will better understand Japanese characteristics.
Keshigotoya Kichibei-san is a woodcarver, singer-song writer, and essayist.  As you can easily see from these titles, he cares a great deal about words and use of words.  While he can remain silent all day long without talking to anyone, just pursuing artistic originality as a typical craftsman of traditional Japanese art, so to speak, he has strong desire to communicate his thoughts verbally and he is admirably expressive, which in a sense is very atypical of Japanese.  Yet, his style is not aggressively invasive.  It is rather embracing, just like lukewarm hot spring water of Asama Onsen as he described in one of the chapters and you soon realize that his message has permeated into the shades of your heart.
On June 21, 2006, I happened to run into him after some years.  He passed me a book, his anecdotes, telling me, “ Finally, I’ve come to put this out!”  I read it through over occasional laughter and tears,  The next thing I did was to ask him for permission to translate it into English.
“It would be wonderful, if my messages could reach out to English speaking people. I would love to hear their comments,” Kichibei-san said with excitement.
How daring I was to attempt to translate his insights with a wide range of vocabulary into English, which is not even my mother-tongue!  Immediately after I started to work on this, I regretted my recklessness.  But, it’s too late for me to take back my words. With his pat of encouragement on my shoulder, I was able to complete the whole book.
My special thanks go to Ms. Naoko Tanoue who contributed to this publication with her sophisticated and discerning illustrations.  It is such a wonderful surprise that the opportunity came this quickly as I was hoping to work with her some time in the future.  Again, I thank Mr. Muraishi of Office Emu who has helped me with the production of the second chapter of my Graceful Japanese.  I also thank Professor Eric Johnson who read the manuscript and helped make it clearer and more appropriately worded.
I hope that this book will help non-Japanese readers understand the traditional values of Japanese people in a small way and I truly hope that  the majority in this nation will continue to comprise graceful people.
(Nov., 2008  Kazumi Maki)

目次

まえがき
遺 言
値段談義
素なる自分
タ コ
大きくなったら何になる!?
風にコスモス
上品な野生
趣 味
レリーフの君・風の中・
MちゃんとT先生
木の器
種 弐
むさくるしいボヘミアン
一匹ぽっちのコオロギ
ペットブーム
二つのルール
うつる
言 葉
みんな生きている
奇蹟の雫
こけし ・風の子・
二十歳の君へ
諷経葬
最後の聖職
丸木位里・俊先生
遺 言

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本編『遺言 My Will』から

遺 言

わたしは、できたら長生きをして、いい爺さんになりたい、と願っている。しかし、生まれながらに虚弱で病弱だった幼少体験がそうさせたのだろう、わたしは長生きをする自信がなく、少年の頃から、死というものを意識するようになり、今でも、死を思わない日は一日としてない。

そんなわたしは、毎年正月になると、書き初めの代わりに、遺言を書いてきた。それは、年に一度くらいは、自分の死を、真面目に考えるのもいいだろうと、妻や子どもや、友人に宛てたものだった。

自分が死ぬ時は、どのように逝き、誰に、何を言い残したいのか? これはとてもシリアスな自問だが、とても大切なことだ。日頃から家族や友人たちと良いコミュニケーションがとれていれば、本人の希望や願いは自然にそれらの人たちには伝わっているものだろうが、それが本人の願い通りに事が行われることは難しく、例えそれが本人の望むように行われたとしても、そうした遺族に周囲が理解と好意を示すとは限らない。伝統ある日本ではシキタリは重視され、そのシキタリを破って事を行うことは、シキタリ通りにするよりもはるかにエネルギーが要る。ことに葬儀葬式はそうで、故人の生前からの意志を尊重し、その家族の間に愛情と誇りがあったればこそとそうしたのに、そのシキタリ破りの風当りが喪主や遺族に強いのは、故人にとっても遺族にとってもなんとも残念で悲しいことだ。

わたしが遺言を書いてきたのは、リビングウィルのつもりでもあったのだが、もしわたしの別れ事がわたしの思い通りにされたとしたら、そのシキタリ破りの風当りはきっとわたしの妻や子たちに辛いものになるだろうと、その時には本人はこういう意志だったという証拠をはっきり公に残しておきたかったからでもある。

始めの頃、遺言は妻に、娘に、息子に、友人にと、それぞれに書いていたのだが、その内容は、みなに会えて良かったことと、おかげで自分の人生も良かったと言えるようになったと、お礼と感謝の気持ちを心情的に書いたもので、お別れの手紙のようなものだった。それを毎年書いてきたのだが、年を重ねる毎にその内容が簡単なものになっていってしまった。

考えてみれば、最後に残す手紙と言っても、告白しなければならない隠し事がある訳でもなく、日頃から仲良く関係を保ってきた身近な者に言い残したいことがある訳もなく、自分の信条や思いは既に極自然に伝わっているはずで、その言葉が・ありがとう・と・さようなら・だけになってしまうのは、当然なことかも知れない。結局、わたしもそうなってしまった。

自分の死に際しての願いは妻ともよく口にしてきたことで、身内にはあらためて書き残すことはないとしても、それが現実となった時を考えると、世間から家族を守るために、世間という公にこそ、はっきりと自分の意志を示しておくことは必要だと思う。人の生き方はそれぞれであり、死に方もそれぞれであるように、その弔い方もまたそれぞれであっていい。人も自らが生まれることには関与することはできないが、その後は自分らしく生き、自分らしく死に、そして、自分らしく弔われることを望むことは、人間として至極当然なことだ。

人生は、自作自演でこしらえてゆくその人が主人公のオリジナルな物語であり、最後の台詞最後の場面は大事だ。弔いは、その人の物語のエピローグであり、その物語が尊い伝説となるプロローグでもある。そんな肝心な場面に本人はいないのだから、やはり、最後の脚本は用意されてあったほうがいい。それが遺言なのだろう。わたしもそれを簡潔に書いておこうと思う。

わたしは静かに逝きたい。他人に知られることもなく、関心を持たれることもなく、こっそりと逝きたい。できたら妻一人とわが子二人だけに看取られ、わたしの死は家族だけのものであってほしいと願っている。

わたしの命は定命として宿命の下に生まれ、運命の中を、使命を伴って生きてきたつもりだ。でも、運命にこの身をゆだねてきたのではなく、使命が下りてくるのを待っていたのでもない。わたしは、運命は命を運ぶ力だと考え、悩む時は、この命をどこへどう運んだらいいのか、と妻とも相談しながら、極力自分で選んできた。また、使命はこの命をどう使ってゆくかと命の使い方だと考え、自分のすべきこと、したいことを使命としてやってきた。生まれたこと、生まれた環境という宿命はどうしようもなく、いまだに諦めきれないが、こうして生きてきたことに悔いは無い。宿命の中に生まれてしまったこの命を、運命という分れ道にあっても、自らの意志によって命を運び、仕事や為さねばならないことも使命として、自分でこの命を使ってきたと自覚しているわたしは、十分わがままに生き、十二分に幸福にもなり、たとえいま死んでも、これは寿命であり天命であり、わたしだけの特命だったと思える。

わたしは死を敗北とは思わない。死は完結であり、伝説の始まりであり、なによりも、自分と関わりのある者たちを限りなく自由へと解放する尊い一大事だと思う。生きてゆくことは結構しんどくもあり、何があってもいつかは死ねるのだから、と考えてきたわたしには、死とは生きることからの解放でもあり、永遠の安息につけることは、最後の幸福のような気もする。

命あるものの死亡率は確実に百パーセント。この不確かな世の中にあって、唯一絶対と言える予想は死しかない。より良く生きると言うことは、より確実に死に近づくことであり、近づけば近づくほどに死が見えてくるのだろう。少なくとも、わたしはそうありたい。〈生・老・病・死〉は四苦八苦の四苦だが、苦と言うよりは、人の一生の正しい順序ではないだろうか。生まれたら、老いて、病んで、そして死んでゆく。それが、老いるまえに病んでしまったり、老いも病みも知らない内に、死んでしまわなければならないということのほうが不幸なことだと思う。

My Will

I wish to live a long life and to be a good old man.  I was a weak child, so I did not, and still do not have the confidence to live long, and death has always been in my mind since I was small.  Nowadays, no day passes without my thinking about death.  Lately, rather than writing the first calligraphy of the year, every New Year I have written up my will.  That is because I think it may not be a bad idea to think about death once a year.  What I write is my final words I wish to send to my wife, children and friends.
Though they are serious questions, I believe that asking about how I will die and what words I wish to leave when I die are worthwhile questions.  Your wish, your hope, your desire should have been conveyed well to your family and friends as long as you have kept good communication with them.  However, that doesn’t mean your wishes will be easily carried out after your death.  Even if they were executed by the bereaved, they might have to go through the pain of criticism from other parties.  In this traditional and conservative Japan, rituals in the traditional style are expected to be rigidly carried out.  The style which breaks the tradition is often an object of attention and disapproval.  Thus, it takes more energy to conduct rituals off standard.  Especially funerals are the case.  It is such a pity that the family, faithfully carrying out the wishes of the deceased with affection and adoration, has to face the disapproval of people and society.
When I started to write my will, I was intending it to be my living will, but it has gotten to be my official words to protect my family from the criticism they might face in the event of my death.  Initially, it looked like a long letter of farewell to each person, expressing my thanks for meeting me and making my life meaningful.  Then, gradually the letter has gotten shorter and shorter, just leaving thanks and goodbye.  That is quite a natural consequence because I often talked about my last wishes with my family and they know my wishes quite well.  So, I came to realize that my last words are more or less addressed to society, to the public, and not to my family.  The way of life and death varies from person to person.  Likewise, I believe the way to conduct a funeral could vary individually.  We legitimately possess the right to ask for our own way to live, to die and to conduct a mourning ceremony.
Life is an original story created, produced and played by each individual.  The very final stage and the words for it are the epilogue of a person’s life.  It is also a prologue for his/her story to become a priceless legend.  At this crucial stage, the main player no longer exists; therefore, the final script should have been prepared beforehand.  I would like to prepare my simple script.
My wish is to leave this world quietly without getting attention from others except my wife and my two children.  My death should belong only to my family.  My destiny has controlled my life.  I consider destiny to be the generator and the carrier of my life.  It is the way to live, so with occasional consultation with my wife, I have lived life to its fullest selfishly and happily as much as possible.  I have no regret about the way I have lived.  Therefore, even if I were to die at this moment, I could accept it as my destiny.
I do not think of death as a defeat.  Death is a completion.  It is the start of a legend.  It is, above all, a significant event that could release my people from burdens to everlasting freedom.  I often think life is pretty tough, but someday I could be free from it.  Death will take me to eternal rest.

While we live in an uncertain world, death is the only certainty we can predict.  As we fulfill our life, death comes nearer.  Living, ageing, sickness, and death are called the four sufferings.  To me, death simply relates the natural order of our life cycle.  Once born, we age, get sick, and we die.  If our life does not follow this order by dying before getting sick or dying before ageing, that is the tragedy.  It is a very unfortunate thing.

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著者プロフィール

編・英訳 : 牧かずみ
(まき・かずみ)

大学卒業後、聖書の発行元である日本聖書協会に勤務の後、渡米。教育学修士を取得。大手語学学校で16年間教師研修、教材開発、教師採用等に携わった。 1995年より信州大学医学部において留学生アドバイザー、国際交流コーディネーターとして留学生指導、日本人教職員へのアドバイジングに当たる。岡山県 出身。英訳著書に『愛の前に敵はない No Enemy Can Prevail Against Love』

原作・手仕事屋きち兵衛
(てしごとやきちべえ)

木彫家・シンガーソングライター・エッセイスト・詩人。
1949(昭和24)年12月31日松本市生まれ。木彫刻「同盟会長賞」「SBC賞」「長野県彫刻工芸会奨励賞」など受賞。CDアルバムに『詩紬』『風景色』『風暦』『色即是空』などがある。随筆集『一匹ぽっちのコオロギ』、『詩集 恋人にするなら』(オフィスエム)。安曇野在住。

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