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山と建築Vol.3『板倉の里から 21世紀の提言』


板倉の里から 21世紀の提言

山と建築シリーズ第3弾 最新刊
本体価格1,000円(税込価格1,080円)八ヶ岳山麓・諏訪地方の独特の建築物として注目されている「倉」。「倉」の持つ文化的背景や機能性を再評価し、人、もの、資源が循環する環境と共生した地域社会の実現を考える。

監修 土本俊和
信州大学山岳科学総合研究所 編

2010年10月発行
ISBN978-4-904570-26-5 C0052
A4判72ページ
くらフォーラムin八ヶ岳 より

■本書は2009年11月7日~8日の2日間に亘り長野県茅野市で開催された「くらフォーラムin八ヶ岳」をもとに編集いたしました。

主な内容

序 三澤勝衛と八ヶ岳山麓の生命 土本俊和

●講演会より

日本人の住まいの歴史の変化 安藤邦廣
世界の森林文化と板倉 太田邦夫

●パネルディスカッション 板倉の里から21世紀の提言

コーディネーター 土本俊和
パネリスト 安藤邦廣・太田邦夫・市川一雄・笠原嘉久

■寒天蔵の活用にむけて

寒天蔵建築の七原則 土本俊和
寒天蔵の活用にむけて 信州大学工学部建築学科 土本研究室
大学院生たちによる<都市の建築> 土本俊和
寒天蔵再生案●脇坂日南子・寺田聡子・鈴木久雄・美作羽衣・髙橋翔虎
コラム 寒天蔵の記憶 増木喜光
くらフォーラム開催にあたって 樋口貴彦
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序 三澤勝衛と八ヶ岳山麓の生命

信州大学工学部教授 土本俊和

三澤勝衛(1885-1937)の著作集があらたに農山漁村文化協会から全4巻として平成21年(2009)に刊行された。昭和6年刊行の三澤『郷土地理の観方─地域性とその認識』(古今書院、1931年)は、『三澤勝衛著作集 風土の発見と創造 第1巻 地域個性と地域力の探求』(農山漁村文化協会、2009年)におさめられている。このなかで、三澤は、地表現象として、信州の建物をいくつかとりあげている。
三澤がここで最初にとりあげた建物が、八ヶ岳山麓の集落に冬季間にかぎって出現する「穴蔵」である。これは、「わずか一日工程でつくるきわめて素朴な一見天地根元造りそのままのような建物で、従来、歴史家のあいだで珍重されてきたものである」(『著作集 第1巻』84頁)。これにきわめてよくにた例として三澤がとりあげたのが、千曲川の下流の飯山盆地の辺縁部地方の民家の納屋で、「たてのぼせ式」といわれているものである。これは、「間口三間、奥行二間くらいの大きさで草葺き、切妻の屋根をもった平入式の建物である。その側面すなわち切妻側の柱のうち、中央部の柱はほかの柱のように梁のところで終わらずに、さらにその上方の棟木のところまで延びて直接棟木を受けている。そのため梁は前後二つに分かれ、一見神宮造り〔宮造り〕に近いような形相を示している。」(『同』85-86頁)このほか、三澤がとりあげたもので興味ぶかいものに、「雪鞘」がある。これは、「多雪地である北安曇郡木崎湖畔〔現・大町市〕の民家の母屋や、その付属建物の周囲に設けられている雪鞘と呼ばれている柱と貫とでできている防雪用の施設」である(『同』89頁)。
これらのほかに三澤はいくつかの建物をとりあげているが、この三つに共通するのは、棟持柱構造である点にあり、民家そのものではなく、その附属建物やさらにそれに付加された構築物である点にある。
棟持柱構造とは、伊勢神宮の社にみられるような、棟木を柱が地面から直接ささえるものである。この形は、「穴蔵」のばあい、三澤がしるしたように、「歴史家のあいだで珍重されてきたもの」であった。しかし、「穴蔵」を歴史家が珍重したのは、戦前までであった。戦後になって、国家神道とむすびついていたとみなされるにいたった棟持柱構造は、大幅にみなおされた。その結果、棟持柱構造をもつ民家や小屋は、ほとんどが歴史家からかえりみられなくなった。さらに、高度成長期の緊急民家調査では、文化財的な価値をみいだし得る民家が調査のおもな対象にされた。その結果、小屋と了解される小規模な建物や「雪鞘」のような付加された構築物がかえりみられなくなった。とはいえ、今日、信州の「穴蔵」や「たてのぼせ」や「雪鞘」は、建築を歴史的に考察するうえでも、地域文化を継承するうえでも、貴重な建築遺構である。
棟持柱構造をもつ、小規模な建物やそれに付加された構築物を、『郷土地理の観方』でとりあげた三澤には、戦前という時代に規定されない独自の「観方」があった。
たとえば、三澤は、地表現象に、「地域的親和力によって結合された統一ある一個体」をみとめようとしていた。「統一ある一個体」は、「人類が受け入れた分かつことのできない統一体」として建築家アルド・ロッシ(1931-1997)が『都市の建築』(原著1966年初出)のなかでもちいた文言と対応する(土本「序 われわれはどこへ行くのか」『山と建築Vol.2』2010年6月)。三澤は、ロッシに先行して、ロッシと同様に、ブラーシュが強調した「地的統一 unitè terrestre」にふれていたであろう(ブラーシュ『人文地理学原理』原著1922年初出、岩波書店、1940年、上巻41頁)。さらにすすんで三澤は、「統一ある一個体」に「力」や「生命」をみいだそうとしていた。昭和6年(1931)初出『郷土地理の観方』のなかで三澤は、以下のようにしるしている。
***
さて今ここで景観の構成というのは、いわゆる組立ておよびその組立て方についてという意味である。すなわち、その地表現象をいかなる順序、いかなる方法で組み立てて景観として統一のある真の一個体を明らかにすべきであるかということであり、その過程についての考察を試みようとするものである。
この点はあの絵画や彫刻における構図、音楽における作曲、文学における構想、哲学における構成などの過程にも相当するものである。絵画や彫刻に従事する芸術家の人びとが、それによって美的効果を表現しようと努力するのと同じ態度で、われわれはその地域のもつ各種の地表現象を巧みにしかも合理的に結合し、地理学的に純化された、すなわち地域的親和力によって結合された統一ある一個体を明らかにし、それによってその地理学的効果を高めるべく努力しなければならない。このようにして構成された成果がわれらのもつ理性に満足を与えることは、あの絵画や彫刻がわれらの美的感情に満足を与えるのと同様である。この点についても従来の地理学はきわめて大きな欠陥をもっていた。由来いずれの科学であるかを問わずにその対象の実在を明らかにするためには、そこで用いられた各素材間の関係について一種のまとまった、すなわち統一のある説明を試みることが必要であり、その統一ということを十分に了解するためには、ひとまずそれを個々の素材に分解して考察し、さらに再びその素材を元どおりにつなぎ合わせ、すなわち還元して思索したものでなければならない。すなわち分析と総合との二過程を経たものでなければならない。そしてまた、実在あるいは実体、すなわち統一体のないところになんらの生命も力も見出すことができないことはいうまでもなく、したがって科学が成立する可能性も少ない。
(『三澤勝衛著作集 風土の発見と創造 第1巻』 98-99頁)
***
興味ぶかいのは、「景観の構成」を、「組立ておよびその組立て方」という意味でとらえようとしている点である。とくに、「いかなる順序、いかなる方法」という問いかけは、景観の生成過程に対する問題意識を萌芽的にしめしている。他方で、「その地域の地表現象の蒐集に努めること」、それをふまえて、「その地域の地表現象を適当な図学化に努めること」を、三澤は重視していた(『同』161頁)。「適当な図学化」の結果、えられる図は、地表現象の共時態をしめすだろう。対して、「いかなる順序、いかなる方法」のうち、とくに「いかなる順序」を考察した結果、えられるのは、地表現象の通時態ないし動態といった流れであろう。
この流れに関していえば、地理学者である三澤は、歴史的考察をおこなわなかったわけではないが、それをふかめたわけではないから、地表現象の巨視的な通時態を本格的に捕捉しようとはしていなかったであろう。対して、図のなかに「いかなる順序、いかなる方法」をとらえようとしていた点から判断して、図学化された景観という共時態のなかに、「いかなる順序、いかなる方法」という人為的な動態をみようとしていたのであろう。この憶測がただしければ、三澤は、共時態のなかの人為的な動態、すなわちいとなみをとらえようとしていた、といえる。空間的にも時間的にも人間的なスケールに対応するいとなみは、したしみやすいため、対象への愛をはぐくみやすい。実際、「力」や「生命」を強調した三澤の意思に地域への愛がある。
新田次郎(1912-1980)は、「椅子にも生命があると教えた三沢先生」と題して、恩師である三澤勝衛の「生命」を、昭和40年(1965)に回顧している。以下は、その全文である。
***
三沢先生はやさしい先生ではなかった。それかといってこわいという感じでもなく、なにか私とは隔絶した世界の人に思われた。取っつきがたいような威厳を持った、えれえ先生だった。
「おれの中学には、三沢先生ちゆう、えれえ先生がいるぞ」
外部に対しては、私はいつもこう云って、三沢先生がどんなふうに偉いかについて自慢していたが、三沢先生の前に出ると、なんとなく、おそれ多くて口がきけなかった。したがって、在学中、三沢先生と私とは親しい話をすることもなく過ぎて、今でははなはだ残念に思っている。
中学在学中の思い出の中で三沢先生の講義ほど、その後自然科学の方へ向った人たちに取って有益なものはなかった。高等な地理学を教えたというのではなく、科学する心を私たちに植えつけたことが、その後の私たちの動向に大きな影響を与えた。
ここで名前は上げないが、私たちのクラスに、ごたが一人いた。そのごたが、窓ガラスを破った。そこへ三沢先生がとおりかかって、その割れ目について興味を示され、割れたガラスに紙を張った。窓からはずして、同心円状と放射状割れ目の物理的性質について、一時間の講義をした。たいへんつよい印象で、今でもはっきり覚えている。三年生の時だった。
五年生になっても、そのごたは相変らずごたであった。彼は三脚椅子を振りまわして、活劇を演じて見せて、その脚を折った。その椅子が午後の三沢先生の時間に、先生の眼に止ったのである。
「椅子は無生物である。が、椅子には椅子としての生命がある。人間によって、そのような生命を与えられたのである。その椅子の生命が、単なるいたずらによって奪われたことに、私はいきどおりを感ずる。こういう無神経ないたずらをやる男は、人間の生命さえも軽視する人間であり、社会人として零の人間である」
三沢先生は激しいいかりと共に、まるまる一時間、椅子についての話をされた。心にしみこむ話であった。先生の精神面の高さに改ためて頭をさげたのはこの時からであった。その後ごたはごたをやめた。今は一流会社の重役になっている。
三沢先生は日曜日になると、ゲートルを穿いて、あっちこっちに研究に歩き回っておられた。山の中で、ひょいっと、でっかわしたことがあるが、けっして笑顔は見せなかった。いつだって、にが虫をかみつぶしたような顔をしておられた。
上京してから一度、伯父(藤原咲平)の応接間で三沢先生に久々にお目にかかったことがある。確か先生が胃の手術をする前だったと覚えている。私のことは、まさか覚えていては、くれないと思っていたが、ちゃんと覚えていて下さって、ひどくうれしかった。その時、三沢先生は笑顔を見せた。三沢先生が笑うと童顔になる。私は珍しいものを見るように先生の顔を眺めていた。
それが先生にお会いした最後だった。
(大正十四年入学、昭和三十年直木賞受賞、本名藤原寛人、気象庁測器課長)

(新田次郎「椅子にも生命があると教えた三沢先生」長野県諏訪清陵高等学校内 三沢先生記念文庫発起人会編『三沢勝衛先生』同、1965年)
***
作家自身の証言から、『孤高の人』や『聖職の碑』など、「人間の生命」そのものをあつかった作品にかぎらず、新田次郎の一連の著作に、三澤勝衛の「生命」の影響をよみとることがゆるされる。
三澤の主たるフィールドは、三澤「八ヶ岳山麓(裾野)地理研究」(『人文地理』第1巻第2号、1927年)や三澤「八ヶ岳火山山麓の景観型」(『地理学評論』第5巻9号・10号、1929年)からうかがえるように、はなから八ヶ岳山麓であった。
初期の論文「八ヶ岳山麓(裾野)地理研究」で三澤は、「穴倉」(「穴蔵」)のうち、「殊にその中冬季毎に特設されるものは、その性質上その様式が極めて原始的のもので、先づ日当のよい場所を撰び、そこには深さ三尺程の広い方形の穴を穿ち、その上に三本の丸太で南面した扁平の山形を組立て、更にその上に藁と土を交互に使用し、その東西側を屋根として葺き下ろしたものである」とし、「第四図 村落開発順序年代分布図(附穴倉及蒸籠造倉庫分布図)」をしめした。「第四図」で「穴倉」と併記された「蒸籠造」とよばれている建物は、三澤によれば、「厚さの三寸餘もある長い木材を框形に組合せて壁とした柱なしの倉庫である。勿論中には更にその上を土で塗りくるんであるものもあるが、又中には「みがき」と云つて、その木材の外側には、美しく鉋までかけてあるものもある。」「蒸籠造」は、柱なしの板倉である。この地域にみられる板倉のなかには、内部に柱をもつものもあり、「穴倉」(「穴蔵」)と同様に、柱が棟持柱構造になっているものもある。
八ヶ岳山麓は、現在、木と土からなる板倉をつたえる。この地域の景観は、「いかなる順序、いかなる方法」で組み立てられたのか。この考察をふまえたうえで、この景観の「生命」と「力」を問うことの意義は、たかい。このことは、三澤の仕事を未来へ承け継ぎ伝える仕事でもあるだろう。

山と建築シリーズvol.1

厳しい気候に建つ山岳建築。
その風土と共存した建築をスイスと日本を例に挙げて紹介する。

山と建築シリーズvol.2

長野県飯山市柄山地区は世界でも有数の豪雪地帯。豪雪地特有のブナを建材として使った家屋構造から、里山の資源、ひいては自然環境との持続可能な関係を探る。

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