高木仁三郎 人類は科学技術とどう向き合っていくか
チェルノブイリ事故を教訓として
『チェルノブイリからの伝言 NGO活動10年の軌跡と21世紀への展望』
日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)/編より(抜粋)
社会から必要とされる科学者を育てること
高木 ────一番身近にかかえている問題は、この国の官僚なんですけど、彼らをどうにかしないと日本の原子力政策はどうにもならないと思っているのです。そうすると、官僚になっていく手前の若い人をきちんと教育しないとダメなんじゃないかという気がしているんです。今のシステムだと大学にいって──大学の先生がみんな悪いというわけではないですけど──医学の場合では大病院にいってしまった段階では、そこでがんじがらめになってしまって、いくらがんばってもよほどの条件じゃないと、たいしたことはできない。
昔は科学者っていうと大学にいくしかなかったんです。僕はあるときから意識して、科学者になるには大学にいかなくちゃならないんだとか、どこか大きな研究機関に属さないと絶対ダメなんだという、そこのところをなんとか自分の身をもってぶち壊してやろうと思って、そうやらないでもやれる方法はあるよと、若い人にも示して、そういう選択の幅を広げておけば、相当可能性があるのではないかなと思って来たのです。一つの突破口で、それですべてが変わるとは思わないけど。
なおかつ医学と他の一般の科学では違うかもしれないなって思うのは、お医者さんていうのはもともと直接市民を相手にしているわけです。自然科学の場合は、まったくそうではないですから。直接にはまったく市民を相手にしなくて済む世界ですから。実験室に入って、測定器と試験管とコンピュータを使えば済む世界で、それでいくらでも業績の上がる世界です。ところが、お医者さんの場合も似たようなことがあると、患者になって大病院のガン病棟に入れられて、つくづく思いましたね。
情報公開は自由な議論が保証されることが大
鎌田 日本の社会の中で方向を誤らせてきた大きな根源は、情報公開をしていないということじゃないかなと思っているわけです。原子力、あるいは原子力行政、原子力政策という中での情報公開という壁はかなり厚いものなんでしょうか。
高木 昔よりはましになったけど、基本的にすごく厚い壁ですね。本当に構造的なもの、さらにいえば、そもそも軍事計画として原子力は起こっています。そういう技術が優れて軍事的な、しかもアメリカの側に立って言うと、ナチスが原爆を造る前にアメリカが造らなくてはならないということがあって、アメリカのやっていることはナチスとか日本には知られない形で、非常に高い完成度まで持っていくというところで原子力技術の開発が始まったという歴史があります。そもそも秘密っていうのが、最初から開発に必要なものとしてあったわけですよね。本来的には必要でないんだけど、企業の都合かなんかで秘密にしちゃったっていうんではなくて、技術開発そのものが必要性として、情報の非公開というのがあった。いまだにそういう側面があって、全部公開しちゃったら、成り立たないというところがありますから。
だから僕はそういう技術は嫌だって言っているんです。その情報の非公開ということに伴うゆがみとか弊害というものが、あらゆるところで見えている気がしますね。チェルノブイリのことに関しても、事故に至る過程の中で、技術的にはいろいろな秘密を抱えていたというか、そういう構造の中で初めてソ連の核兵器開発と原子力開発の両方が可能になった──非常に無理をしながらも可能になってきた──という構造があった。
情報の公開ということは、公開されたものをもとに、その先に自由な議論が保証されることがないといけないと思います。そういうことをしていたら──もうちょっと初期的な事故は起こったかもしれないですけど──チェルノブイリのような事故は起こらないで済んだと思います。逆に日本に引き寄せて考えると、その前段階的なことが日本で随分起こっているという気がしないでもない。チェルノブイリ前的なことっていうのが、動燃が起こした一連のことや、今回の東海村の事故もあれはJCOという特殊な会社の例だとみる人がいますけど、私は結局、動燃がらみだと思っています。一つの国家プロジェクトの中で、特に情報が非公開で、独善的に進められてきた領域があって、それが動燃です。そしてそこで本当に次々といろいろなことが起こってきている。しかもちゃんと議論されて、徹底的に中身が解明されて、そこから教訓を導き出してということになっていないので、その都度その都度ちょっとした処分とか、あいまいな調査委員会がつくられて結論を出すという構造で終わってます。やはりチェルノブイリの教訓から学ぶなら、今のような段階できちっとしたことをやらないと、また、チェルノブイリのような事故が起こるのではないかと危惧しています。
軽水炉って普通の原発の技術、だいたいアメリカとヨーロッパもそうかもしれないけど、特に日本から見ると、アメリカで発達した技術を日本に取り入れているんです。基本的なものの設計とか、どう操作するとかというマニュアルはみんなアメリカのものを取り入れて日本でやっているわけです。それにおいてはアメリカでの試行錯誤があって、日本はそれによって非常にメリットを得ているわけですけど、動燃がやり始めたこと──つまり日本が独自でやり出したことは──見るも無残な結果に終わっているんですよ。ですから、「原子力船むつ」これは動燃ではない日本独自のプロジェクトですけれど、これも見るも無残に終わったわけでしょう。「新型転換炉」も長い歴史をかけてやってきた開発だけど、見るも無残につぶれた。今度、「もんじゅ」も見るも無残な形になった。東海も無残なことになって……というふうに、この分野に関する限り、日本独自の技術は何にもない。にもかかわらず、日本の独自技術を開発すると称して、そのためには外にデータを公開できないということで、動燃の中でいろいろなことをやってきたことが全部裏目に出てきている。
こうしてみると、政治体勢とか構造は多少は違うけど、旧ソ連がチェルノブイリ事故を起こしてきた過程とかなり似てきている。それをキチッと教訓化していかないと、日本の問題とかソ連の問題とかでなく、人類が科学技術とどう向き合っていくのか、いわば一つの世紀を貫くような課題として、そこから教訓を引き出して学んでいかないといけないのではないかという気がします。しかしこれに関する限り、チェルノブイリでもそうですけど、日本でもなかなか後始末がつかないような問題がいっぱい残りますからね。脱原発という方向は歴史の流れとして必然化すると思います。しかし廃棄物はどうするのとか、そういう問題になってくると簡単ではないですからね。
これから生まれる命が「希望」を持てる時代へ……
村石 ────とりわけ20世紀の負の遺産としての象徴である〈チェルノブイリ〉を、如何に語り継ぐかがJCFばかりでなく、20世紀に生きる僕らの大きな役目の一つとしてとらえなければならいとも思います。そこで、端的にお聞きしたかったのは、高木さんは市民科学者として、21世紀をどう捉えていられるのでしょうか。また、われわれは何を21世紀の人々に語り継ぐべきとお考えでしょうか。
高木 時代認識としては、21世紀というのを考えた場合、一つの方向として、より多くの市民による市民参加型の、市民の意見が反映するような形で、世の中の動向が決まっていくであろうという──住民投票だとかいろいろありますけど──直接民主主義的なことでないと決まらないし、そういう自覚的な市民も増えてくるだろうという、一つの期待があります。しかし、その一方でそれとはまったく逆に、非常に大きな──最近では特にグローバリゼーションていう言われ方が盛んですけど──国際経済みたいなものの力の中で、普通に生活する人々が封じこまれていくみたいな流れが、複雑に交錯してくる時代という気がしていて、原子力の問題もそういう中にあるような気がします。
この問題は、一つにおいては、市民の力が大きくなって止めるような方向に働くことと同時に、原発とか核兵器もいったん巨大に造られたものが崩壊していくかというと、そう容易ではないし、その崩壊過程がものすごく危険だということもある。そういうレベルでは非常に複雑な力が、20世紀以上に21世紀になると、大きくぶつかり合うような時代だなという気がしているわけです。そういう時代というのは、もっともっと市民が自覚的に、社会のいろいろな活動の中にコミットしていかないとどこかに流されちゃう。その一方でコミットすればコミットしただけの成果も上がってくるかもしれない。そういう時代だとは漠然と思っていて、そういう時代に主体的に自律的に生きられるような人たちを、育てていく責任が僕らの世代にはあるんじゃないかと思っているわけですね。僕らの場合、マイナスのものも次の世代に残してしまったという気持ちも──特に原子力なんてやってたらありますから──その分だけでも、そのマイナスのことに付き合ってきた人間の経験をプラスに転じるっていうのかな……。
僕は最近、「希望、希望」と言っているけど、そういう、今まで一生懸命やってきたことをプラスに転じるような、そういう意味で人々が希望を持って生きられるようなものをと思っているわけです。
(2000年3月16日 高木氏宅にて収録)