エムはこんな出版社

<オフィス笑む>

智・情・意地(intellect, feeling, will)

或いは「あん」でも「すん」でも。

── 智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は住みにくい……。
ある朝、目が覚めるとこんな言葉が脳裏をよぎった。己がイモ虫になっていないことを確かめると、半分眠ったままの脳は牛歩を決めこみ、突然の事態に対応しかねて、ひたすら意味もなく呪文のようにその言葉を繰り返すだけだ。
たしか前夜に寝覚めの悪い本を読んだ覚えもないし、齢四十路を越えるとこんなこともあろうかと、かたわらの草枕ならぬ籾殻枕を抱えながら、ふたたび眠りにおちてしまった。

1995年6月、オフィスエム第1冊目の発行となった「みみずく叢書シリーズ」(定価500円)の「編集ノート」の書き出しである。まさに遊動円木のごとき夢と現の往復運動の13年間であった。
「編集ノート」の後半には、

── 住みにくさが高じると、安い所へ越したくなる。どこへ越しても住みにくいと悟った時、詩が生まれ、畫が出来る──
さて、この「みみずく叢書」からどんな詩が生まれ、どんな画ができるか、本書が新たな才能との出会いの場でもありたいし、読者を不眠地獄に陥らせるほどの「みみずく本」ができたらとも思っている。
せめて、ささやかではあっても、智に働き角を立ててもみたいし、深くはない情にも棹をさし、時には気まぐれに、薄っぺらな意地でも通してみようかとも、密かに期している。

「みみずく叢書」を「オフィスエム」と置き換えていただけたら幸である。あれから13年後といえども、この「編集ノート」の信条にさして変わりがないということは、小社に進歩がないのか、はたまた、薄っぺらな意地を通してみたいと思うほどに、世の中は旧態然としているのか。きっと前者でもあり、後者でもあるのだろう。
あえて変わったものといえば、人との出会いかもしれない。幾つかの別離もあったが、多くの読者をはじめ新たな出会いから得たものは、はかり知れないし現在のオフィスエムの大きな支えになっていることは疑いようもない。
「編集ノート」を書いた時、40過ぎの私は、すでに還暦に近づいている。だが、歳を重ねる毎に人の世の交わりほどスリリングで愉しいことはないと感じている。
人と人の交わりがこれほどに深いものなら、活字の世界もまだまだ捨てたものではないとも密かに確信している。同時にオフィスエムは、活字媒体同様に様々なメディアや活動ライブにも挑み始めている。ホームページのリニューアルもスタッフブログ(エム風呂:http://o-emu.net/links/blog)も、さらなる出会いの場でありたいと願っている。
因みに、オフィスエムのネーミングの由来は、小社代表寺島純子によれば、

── 極端な話、社名など「あん」でも「すん」でもいいと思っていた節があった。仕事が認められていけば名前は一人でに歩きだす。そのとき初めてオフィスエムは意味を持ってくる、なんて思っていたわけだ。

 

ところが、そんな「エム」という言葉にこんな意味があったのかと思わせてくれる人がいた。鬼無里村(現長野市鬼無里)で木彫をやっている高橋敬造さんが、私たちとの出会いにインスピレーションを得て、「えむ」という作品を作ってくれたのだ。
「えむ」=「笑む」。つまり、栗の実などが熟して自然に内側から割れることや、花の蕾がぱんぱんになってほころびるように花開くこと、そして自然に内側から笑いがこぼれ出ること。そんな素敵な意味があったわけだ。作品「えむ」には、人間の笑顔やアケビの笑み割れる姿や、栗の笑んでいるところ、花が笑んでいる様子が彫り込まれている。

(編集長・村石 保)



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