信州発・産直泥つきマガジン
A5判
本体価格381円+税(税込400円)
特集●
文化の小さな発信地
長野市長選の真相
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2010年2月発刊
古い建物を使い続けることが新しい
何かをし続ける。何かを使い続ける。
そうした営みから文化は生まれる。
立派な文化施設を造っても、文化は育たない。
小さな取り組みながらも、大いなる発信をしている人たちがいる。
そこから新しい文化の形も見えてくる。
善光寺門前街(長野市東町)にある、蔵3棟とそれをつなぐ平屋からなる「カネマツ」。明治後期に竣工から改築・増築を繰り返しながら、様々な用途で使われてきた。
その「カネマツ」を借り受け、新たな空間に変えて使い続けようとしている7人の集団「ボンクラ。」。
7人はここから何を発信し始めたのだろうか。
ブログ⇒ボンクラの日記
「愛着がなくなったり、その建物が忘れ去られたとき、建物の寿命がくるんですよ。
人の思いさえあれば何とかなる。そういうことが分かれば、建物に対する価値観は変わるでしょう」
「新しいものを建てることがなくなっていくことはありません。古い建物と新しい建物のどちらがいいということではないですし、「ボンクラ。」が、新しいもの作りのきっかけになれば、それでもいいのかなと思います」
「建築家の中には、新築でなくてはならない人も大勢いますが、その人たちにとっては特殊な建物みたいです。
ただ、実際に見せると、「落ち着くね」とか「古い建物だけど、新しいものも調和しているね」とか、新しい発見があるみたいです。そういう感想を聞くと、しめしめと思いますね(笑)」
「エコというのは省エネ商品を買うことではなくて、今あるものをどう使い続けるかを考えることだと思います。昔の知恵はすごかったんですよね。それが日本の文化。
皆がよくなっていくためにはそういう知恵が必要ですし、未来を考えるヒントがあるのではないかなと思います」
映画が法律によって「文化」と認定される一方、映画館は次々閉館しています。松本市で映画に携わって30年の宮嵜善文さん、「惚れた女に理由はない」と映画への想いは熱い。
長野市老舗映画館・長野ロキシー支配人の田上真里さん、それぞれ条件の異なる立場から、映画を「見せる側」に立つお二人に対談していただきました。
宮嵜善文
(NPO 法人コミュニティシネマ松本CINEMA セレクト理事長

2009年10月の長野市長選に出馬し、現職にわずか651差に迫りながら、当選を逃した高野登さん(前ザ・リッツ・カールトン・ホテル日本支社長)に選挙を通して見えてきた長野市政について語っていただいた。
Special Interview
小林正弁護士「市民に量刑が決められるのか」
人格を裁く悲しみ 野池元基(本誌編集長)
坂の上で自由を叫ぶ
オフィスエム代表 寺島純子
「坂の上の雲」は予告編が30分の番組になるというほど、NHKが渾身の力を込めた大河ドラマだ。
原作者の司馬遼太郎は、自分が生きている間の映像化は許可しなかったそうだ。それは、原作者の意図とは関係なく、映像化されることによって国民の気分が戦意へと向かってしまうのではないか、ということを恐れたせいらしい。
端正な男優たちが、きりりとした軍服に身を包んで敬礼する姿はかっこよく、「僕も軍人さんになりたい」という憧れが目ざめてしまいかねない。こういう気分がヤバイのだ。そんなに美化していいのかなあ、そこから過ちが始まっているのになあ、と思う。
大きな時代の転換点というのは、自然災害のように、ある日突然襲ってくるわけではなく、気づかないうちにそうなっている場合が多い。昨日と同じ日々の中で、ひたひたと世の中は変わっている。歴史の教科書に載っている出来事のどれほどを一般庶民は意識していたことだろうか。
考える力や自分の主張をもつことを奪われた国民たちは、おとなしく決めたことに従う。出口の見えない不況で鬱屈した気分の果てに「坂の上の雲」…。甲子園をめざすように、さわやかに戦争に行っちゃいそうな、不気味なムードを感じているのは私だけだろうか。
高らかに坂の上で雄叫びを上げることを夢見てはいけない。坂は転げ落ちてこそだ。転がっていれば苔はつかないローリングストーン。情けなくていい。勝ち負けで人生を考えない。世界にたったひとつの自分の頭に考える力を取り戻すことだ。そして自分の口や手や目や足を使って考えたことを伝えることだ。それこそが自由への第1歩である。
WEB版たぁくらたぁ(本家)→http://o-emu.net/tarkuratar/
別冊WEB版たぁくらたぁ(分家でござる)→http://o-emu.net/webmag/
もご覧ください。
『坂の上で自由を叫ぶ』を読み大変新鮮で大事だなーと感じました。自分の頭で自由にものを考えること、そういう人間を多数にしていくことが何より大事だと思うからです。明治の時代にもそういう人がおりましたが、まだ少数でした。
拙著にも紹介しましたが、森本忠夫氏(元東レ経営研究所社長)は『貧国強兵』(光人社)という著書で、目覚めようとした大衆を強力な「万力」(治安立法)と「ブルドーザー」(皇国教育)で押しつぶされた歴史を、無念さで告発しています。
「万力」や「ブルドーザー」を押しつぶしてしまう「自分の頭でものを考える」人間になることですね。
寺島さんの文章を読んでもう一つ思い出したのは、松本清張氏が『2・26事件』を書いた意味について、若い人(それは私らと同世代の青年)を対象に行った講演で、次のように語ったことです。「これからの日本の行く道に一つの警告の意味をもって書いたつもりであります。将来のことですが、ある日突然、大きな事件が起こるかも知れない、そうして徴兵制ということになるかも知れません。私はこれは若い皆さん何も恐怖を与えるために申し上げているのではございません。現実にそういう風になるかも知れないということをよく考えていただいて、イデオロギーとか、主張だとかそういうことを抜きにしても、最低限の民主主義的な気持は守っていただきたいということを申し上げたいのであります」(『オール読物』71年7月号)。
寺島さんと違うことを話しているようですが、日常の、今日と、明日のあいだに何の変化もないなかで、ひたひたとマグマが積み重なり清張が言う「ある日突然大きな事件」となる。そうなった時には遅いから、「自分の頭で考える」ことが大事だと思います。清張もそのことを当時の「若い人」に語ったのでしょう。
71年といえば、『坂の上の雲』完結の1年前です。清張と司馬氏の目線の違いを考えさせられます。
●maki・大阪
コメント— 2010 年 2 月 8 日 @ 6:53 PM
編集部で掲載の可否を判断させていただきます。
あらかじめご了承ください。