<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?><rss version="2.0"
	xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/"
	xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
	xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom"
	xmlns:sy="http://purl.org/rss/1.0/modules/syndication/"
		>
<channel>
	<title>『たぁくらたぁ　vol.19』春号 へのコメント</title>
	<atom:link href="http://o-emu.net/archives/5413.html/feed" rel="self" type="application/rss+xml" />
	<link>http://o-emu.net/archives/5413.html</link>
	<description>げんこつで・胃袋で・背骨で、本を読もう</description>
	<lastBuildDate>Thu, 15 Dec 2011 01:58:31 +0000</lastBuildDate>
	<sy:updatePeriod>hourly</sy:updatePeriod>
	<sy:updateFrequency>1</sy:updateFrequency>
	<generator>http://wordpress.org/?v=3.2.1</generator>
	<item>
		<title>emu より</title>
		<link>http://o-emu.net/archives/5413.html#comment-285</link>
		<dc:creator>emu</dc:creator>
		<pubDate>Mon, 08 Feb 2010 09:53:33 +0000</pubDate>
		<guid isPermaLink="false">http://o-emu.net/?p=5413#comment-285</guid>
		<description>『坂の上で自由を叫ぶ』を読み大変新鮮で大事だなーと感じました。自分の頭で自由にものを考えること、そういう人間を多数にしていくことが何より大事だと思うからです。明治の時代にもそういう人がおりましたが、まだ少数でした。
拙著にも紹介しましたが、森本忠夫氏（元東レ経営研究所社長）は『貧国強兵』（光人社）という著書で、目覚めようとした大衆を強力な「万力」（治安立法）と「ブルドーザー」（皇国教育）で押しつぶされた歴史を、無念さで告発しています。
「万力」や「ブルドーザー」を押しつぶしてしまう「自分の頭でものを考える」人間になることですね。

寺島さんの文章を読んでもう一つ思い出したのは、松本清張氏が『２・２６事件』を書いた意味について、若い人（それは私らと同世代の青年）を対象に行った講演で、次のように語ったことです。「これからの日本の行く道に一つの警告の意味をもって書いたつもりであります。将来のことですが、ある日突然、大きな事件が起こるかも知れない、そうして徴兵制ということになるかも知れません。私はこれは若い皆さん何も恐怖を与えるために申し上げているのではございません。現実にそういう風になるかも知れないということをよく考えていただいて、イデオロギーとか、主張だとかそういうことを抜きにしても、最低限の民主主義的な気持は守っていただきたいということを申し上げたいのであります」（『オール読物』７１年７月号）。

寺島さんと違うことを話しているようですが、日常の、今日と、明日のあいだに何の変化もないなかで、ひたひたとマグマが積み重なり清張が言う「ある日突然大きな事件」となる。そうなった時には遅いから、「自分の頭で考える」ことが大事だと思います。清張もそのことを当時の「若い人」に語ったのでしょう。

７１年といえば、『坂の上の雲』完結の１年前です。清張と司馬氏の目線の違いを考えさせられます。
●maki・大阪</description>
		<content:encoded><![CDATA[<p>『坂の上で自由を叫ぶ』を読み大変新鮮で大事だなーと感じました。自分の頭で自由にものを考えること、そういう人間を多数にしていくことが何より大事だと思うからです。明治の時代にもそういう人がおりましたが、まだ少数でした。<br />
拙著にも紹介しましたが、森本忠夫氏（元東レ経営研究所社長）は『貧国強兵』（光人社）という著書で、目覚めようとした大衆を強力な「万力」（治安立法）と「ブルドーザー」（皇国教育）で押しつぶされた歴史を、無念さで告発しています。<br />
「万力」や「ブルドーザー」を押しつぶしてしまう「自分の頭でものを考える」人間になることですね。</p>
<p>寺島さんの文章を読んでもう一つ思い出したのは、松本清張氏が『２・２６事件』を書いた意味について、若い人（それは私らと同世代の青年）を対象に行った講演で、次のように語ったことです。「これからの日本の行く道に一つの警告の意味をもって書いたつもりであります。将来のことですが、ある日突然、大きな事件が起こるかも知れない、そうして徴兵制ということになるかも知れません。私はこれは若い皆さん何も恐怖を与えるために申し上げているのではございません。現実にそういう風になるかも知れないということをよく考えていただいて、イデオロギーとか、主張だとかそういうことを抜きにしても、最低限の民主主義的な気持は守っていただきたいということを申し上げたいのであります」（『オール読物』７１年７月号）。</p>
<p>寺島さんと違うことを話しているようですが、日常の、今日と、明日のあいだに何の変化もないなかで、ひたひたとマグマが積み重なり清張が言う「ある日突然大きな事件」となる。そうなった時には遅いから、「自分の頭で考える」ことが大事だと思います。清張もそのことを当時の「若い人」に語ったのでしょう。</p>
<p>７１年といえば、『坂の上の雲』完結の１年前です。清張と司馬氏の目線の違いを考えさせられます。<br />
●maki・大阪</p>
]]></content:encoded>
	</item>
</channel>
</rss>

