まもなく訪れる12月8日。この日は「太平洋戦争」開戦の日であります。今年でちょうど70年前の事です。
もう70年も経つのかという思いと、70年しか経っていないのかという思いが錯綜して少し複雑な気持ちであります。
もちろん、私自身、戦争経験者ではありません。戦後から20年以上後に生まれたので、知識として知ってはいても実感などあるはずもありません。でも戦争についてはちゃんと知っておかなければいけないという思いは持っています。特にアメリカ相手の無謀な戦いになぜ突入してしまったのか…、これはキッチリと把握しておく必要があります。
考えてみれば、太平洋戦争の開戦まで、日本は長期にわたる日中戦争で国力が疲弊していました。
その上、新たに強敵アメリカを相手の全面戦争。しかも戦争に必要な資源はほとんどアメリカからの輸入に頼る始末。これでどうやって戦争をするのか?今の我々にはちょっと想像がつきません。
この流れをどのように考えるのか、人によって様々議論の別れるところですが、結局は長年の中国政策のツケを、アメリカとの戦争という形で払わされた。 そのように見ざるを得ないと思います。
長引く、日中戦争。解決の道すら見つからないまま、孤独化をおそれ結んだ日独伊三国同盟。
それが米英の警戒を生み、対立が激化。最後には中国での権益を放棄するように迫られ(ハルノート)、追い詰められるように開戦。まあおおよそ、こういう流れです。
当時の記録を見ると、政府も、軍もアメリカと戦って完全に勝てるという見通しなどまったくありませんでした。
でも、追い詰められたから戦わざるを得ない。そもそも戦う前に外交で敗れています。古来、外交で敗れた戦いを戦争で勝つなどありえません。しかも国民にも中国から撤退しますと説明することもできない。ここから言えるのは政治が不在であるという事なのです。どこかの国と同じですね。
さて、戦争に追い込まれる中で軍部も対米戦のシミュレーションをいたしました。
資源は確保できるのか?輸送船舶の損耗は?国民生活はどのぐらい圧迫されるのか?等。
結果は「長期戦はムリ」という事だったらしい。でもそれでは戦争ができないので、もう一度算定させて、早期に資源地帯を確保すれば戦争は継続できるという、ご都合主義的な結論をひねり出しました。
実際の戦局は、当初のシュミレーション通りでした。資源は確保しても、それを運ぶ船は沈められる。もともと資源が無いから船や飛行機の生産は覚束ない。そして戦争経済は破綻。国民生活は大いに圧迫。
そしてその国民を守ることなく敗戦。
全ては結論ありきの開戦が招いた結果でした。
ところで、この図式は何かに似ていると思ったら、原子力の推進も同じ「結論ありき」の図式でした。
そもそも、狭い国土に事故が起きたら収拾できない原発を作るのがムリであるのにも関らず、何とかつくろうとする。そうすれば、結局「原発は絶対事故は起きない。絶対安全だ」と言い続ける。絶対安全であるということなどありえないのに関らず…。
しかし、「絶対安全」って言い続けていると、今度は当局者の手枷・足枷になる。と言うのも、安全基準を見直す機会が何度もあったのにも関らず、基準の見直しを行なうことは、今まで「絶対安全」と言い続けた事がウソになる。だからしない。 もう最後は自分たちが言い続けた「原発は絶対安全」という言葉を信じるしかない。まるで戦時中、日本人が「日本は神国だから負けるはずがない」と言い続けたように。
私たちは70年前の日本の決断を、「軽率だった」とか「無責任だ」とわらったり、責めたりすることはできません。なぜならば、同じような失敗を犯しているのですから。
現在、事故による放射能汚染は広い範囲で報告されてきました。
汚染が進んでどうにもならなくなる前に、せめて早く手をうって欲しいと祈るばかりです。