2010 年 5 月 7 日
毎日のように報道される、沖縄普天間の米軍基地移転問題。
とても簡単にはすまない問題だけに、どうなるのか心配します。
日米関係、地元住民の理解、国防の問題など関わることが多岐に渡るだけに一筋縄では行きません。
そんな中で飛び出した鳩山首相のこの発言。
「『最低でも県外』と言ったのは自分自身の発言。自分の言葉を実現したいと思い、政権の中で努力してきた」
つまり、昨年の衆議院選挙で「基地は国外へ、最低でも県外へ」と言ったのは党の公約ではなく、鳩山さんの政治家個人の公約ということ。
この言葉に、「え!?、そんなのあり?」と驚かれた方も多いはず。私も驚き、そして呆れました。
だって、党の代表が公けの場所で発言すれば、それは党の声明、すなわち党の公約だと思いますよね。っていうより常識ですよ。それを私的な発言、私的な公約って言われても誰が納得するでしょうか?
例えばですよ。
企業で不祥事があって記者会見したとします。
その時、会社のトップが当然謝罪するのですが、後日裁判の場で
「あの時、謝罪したのは私自身の気持ちを表明しただけで、会社は何も悪くありません。会社として謝罪したわけではありません。従って会社は何も悪くないんです」
って言ったら、これはトンデモないことになります。
あまりの身勝手さにそのトップはもとより、会社も社会常識が疑われてまず倒産ですよね。
鳩山発言はこれと匹敵、いやそれ以上の意味を持っています。
選挙前は野党だったんだから、問題に対して認識不足ということがあるかも知れません。政権をとってから初めて知ったことも色々あったことも想像されます。だから、この普天間の問題もそうだったんだろうなと想像されます。
それなら、それで「最低でも県外と言っていた公約は党の認識不足でした」と素直に早く詫びればここまでこじれなかったはず。
アメリカ、沖縄、徳之島を巻き込んだこの問題。その重大性に関わらず、あまりに軽い発言。言葉が軽すぎます。普天間問題に対する以前に、ご自身の発言に認識不足です。
「綸言汗の如し」(天皇の言葉は汗と同じで出たら引っ込みがつかない=権力者の言葉は取り消すことができない)、または下世話の言葉で言えば「吐いた唾は飲まれへんねんで(なぜか関西弁)」という言葉も、もはや昔のお話なのでしょうか?
言葉を余りに軽々しく使うたびに、われわれ国民の政治への信頼が失われることをもっと認識して欲しいと思います。