エムのお知らせ


年が明けて早いもので20日近く。
あっという間ですね。なにやらバタバタしている間に半月が終わってしまいました。

昨年末に2冊の本が完成いたしました。

1冊は、『植物、いのちと名前の来歴』
以前、小社から発刊した『花の語らいの』著者・白木健助氏の植物エッセイの第2弾です。

本の題名の通り、身近な植物の来歴をつづっています。
でもこれが大変面白いのです。

たとえば、あんなに小さく可憐な花なのに【オオイヌノフグリ】という冗談としか思えないカワイソウな名前が付けられたのか、とか思わず「そうなんだ」と納得してしまいました。

そのほか、「松竹梅」はなぜおめでたいのか?とかイチョウはなぜ寺社に多く植えられているのか?とか興味深い話が満載。そして読み進めていくうちに、日本人の植物への愛しみとか、繊細な神経の使い方とか伝わってくるのです。読み物としてたいへん面白い。

2冊目は『山と建築vol.4善光寺と世界遺産』 。

長野市の名刹、善光寺は長い間、庶民の寺として親しまれていますが、その善光寺を世界遺産へという運動が、長野市民を中心にここ数年来活発になりつつあります。

でも、そもそも世界遺産って何?世界遺産に善光寺ってなることができるの?という疑問もあります。
それに応えるのがこの本。
他の世界遺産と善光寺を比べながら、景観や街づくりに提言をします。
いま、各地で世界遺産の登録を目指す動きがありますが、そういう方々や、街づくりに関心のある方にオススメの本です。

という事で…。

今年イッパツの新聞広告はこの出来立ての本を御紹介いたします。
信濃毎日新聞1月22日(日)朝刊で見参(予定)。ぜひご覧下さい!

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毎年、この時期の「定期刊行物」となっているのが、『信州の建築家とつくる家』と『森貘郎・一茶カレンダー』。
今年もできあがりました。

『信州の建築家とつくる』は今年で8巻目。信州在住の建築家の紹介だけでなく、毎年特集を組んで、読み物としてもご納得いただけるつくりになっています。
今年の特集は東日本大震災を受けて、「拠りどころ」という特集を組みました。

家が人々の絆をつぐむ場所。それが「拠りどころ」なのだと。地域の文化や気候風土にあわない画一的な建築は「拠りどころ」と言えるのか?家族や人が自然に集まり憩える家とうどういうものなのか?建築家がそれぞれの建築哲学に基づいて提言します。
「なるほどなあ」と思わず納得。こういうメッセージは読み手のわれわれの家への考えや思いを問われるような気がします。

もう1つは『一茶カレンダー』。
板画家の森貘郎さんが小林一茶の俳句とともに作った作品がカレンダーとなって登場です。
我が家でも愛用しています。
森さんの独特の板画が一茶の世界とピッタリとマッチして素晴らしいできあがりです。

カレンダーができあがり、いよいよ年の瀬へ。


6月17日。やっと発刊になりました。『聞いてください』。
長野県内書店で現在、発売中です。

5月に信濃毎日新聞で、坂田静子さんと、『聞いてください』の活動を紹介して以来、予約を次々と小社に いただきました。

原発とは何か?
なぜ怖いのか?
どうして地震の多い日本で作られるようになったのか?

今ほど関心が持たれている時はありません。ぜひ読んでください。

ところで…。

昨夜、石原慎太郎都知事のインタビューがテレビで紹介されていました。
「原発をどのように考えるか?」という内容で、報道番組の1コーナー。各界の識者に毎日聞いたのを放映しているらしい。私が見たのはたまたま石原知事の番だったようです。

「日本人は原爆を落とされたから、放射能にはものすごくアレルギーがあるね。でも、日本より原発に頼っているフランスで原発の事故がありましたか?ないでしょ。だから原発の問題はもっと冷静に考えなくてはいけません…」と石原さん。

ちょっと待って欲しい!原発事故は無いかも知れないけれど、核処理施設から放射能は漏れている。そして、現に 坂田さんのお孫さんは、生まれながらにして障害を持ち、そしてすぐに亡くなっている。
人に安心安全な核の施設などこの世には存在しない!アレルギーとかヒステリックとかそういう問題ではない。危険だから反対しているのです。

もちろん電力の供給をどうするのか。原発に変わる電力供給源をどうするか。すぐには答えは出てこないと思いますが、原子力にこだわらない、柔軟な考えを日本人一人一人が持たなければいけない時代に入ったと思います。


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6月7日。
長野県立こども病院で、クリニクラウンの塚原成幸さんの講演を行いました。
県立こども病院は塚原さんがクリニクラウンとして初めて活動をした病院。
いわば日本のクリニクラウンの発祥の場所と言っても良い。

「この病棟がぼくらの原点なんですよね…。案内板見ただけでウルってきました」と塚原さん。
しかも、この6月7日はこの病院に入院していた子ども、いや塚原さんにとっては「友人」ともいうべき子の命日なので、この日、子ども病院で講演ができることは、感慨ひとしおだったそうです。

クリニクラウンは入院しているこども達と遊びながら、コミュニケーションをとる活動。
病院という閉ざされた場所で過ごさなくてはいけない子どもたちにとって、病院にいる大人は先生であったり看護婦さんであったりするわけで、どうしても「痛いことをする人」という認識。そして活動も制限されるので、普通の子どもたちと異なり、子どもらしい笑顔や表情が消えてしまうのです。

そんな子どもたちに笑顔を。普通の子どもらしい時間をそういう子どもたちに届けたい。
クリニクラウンの理念です。

そういうクリニクラウンの活動を知りたい。
病院の先生や職員の皆さんをはじめ、一般の方も多くの方がお見えになりました。
そして、大手雑誌社をはじめ地元新聞社も取材に来ていただきました。

クリニクラウンの活動がいま注目されている!
震災以後、未来を担う被災地の子どもたちの心をどのようにケアし、寄り添うのか。これは大きな課題になりつつあります。
その中で、子どもと寄りそうクリニクラウンの活動に関心が寄せられています。

でも、子どもたちの反応っていろいろあるんですね。
大人たちは「せっかくクラウンさんたちが来たんだから」と思うけど、子どもたちは、
「うるさい」
「何しにきたの」
と反応が冷ややかな子どもも少なくない。
でもそこでめげてはいけないんです。そこからどうやって子どもの心に飛び込んでゆくか?
塚原さんが実践を交えて講演されました。
その中で、私の心に残った一言。
「手厳しい反応は、つながりたいと思う心理の裏返し」。

大人の社会でも通じる一言でした。

クリニクラウン写真展開催中です。
県立こども病院、南外来・北外来入り口通路と第一病棟入り口通路横の2箇所です。

ぜひご覧下さい。6月19日まで。


先月末、『たぁくらたぁ23号』が出来上がり、今月から発売を開始しました。
実は、今号は東日本大震災を受け、特集を大幅に変更。震災と原発問題を急遽取り上げたため、予定よりも半月以上遅れての発刊となりました。

今回の震災では、3月11日に起きた地震と津波で受けた東北の惨状が取り上げられていますが、長野県栄村も翌12日未明に起きた地震で、大きな被害を受けました。

栄村のような僻地で突如起きた震災。このとき人々はどのように対処すればよいのか?村のコミュニティーは ?これからの栄村は?現地の声を取り上げました。
そして、今なお収束の見込みの立たない、福島原発事故。われわれは一度暴走を始めた原子力発電がいかに恐ろしく、そして歯止めの利かないものか思い知らされました。今後、原発とどのように向き合うのか?
限られた紙面ではありますが、問いかけます。

今回は力の入れ方が違います!!

さて、『たぁくらたぁ』は年4回の発刊を一区切りとして定期購読を募集しています。
本当は送料をサービスしたいのですが、ギリギリの予算なので心苦しくも送料をそのつどいただいています。
本の価格が400円に送料100円、それを年4回で2,000円が定期購読料として頂戴しています。

おかげさまで、定期購読をしていただいている方も多く、『たぁくらたぁ』を発刊するごとに心を込めて送らせていただいてます。
中には、今号で定期購読が終わるの方もいらっしゃるので、そういう方には定期購読継続のお願いと2,000円の振込用紙をお付けしてお送りします。

ゴールデンウイークも終わった今週辺りから、定期購読を継続される方からの振込みが殺到し始めました。
大変ありがたいことです。

そんな中、広島県のご高齢な定期購読の方から、わざわざ封書で、継続のお申込をいただきました。
その中には、お金と一緒に、手紙も添えられました。

ルーズリーフに大きく

ヒロシマは
生命の底より
血を吐いて
叫ぶ

核と戦争と共存できぬ

……
……

決して達筆とはいえない文字。そして短い文章。
それだけに私はこの方の魂の叫びを 感じるのです。

想像を逞しくするならば、年齢とお住まいの場所から、あの60年前のヒロシマの惨状を目の辺りにされたのかも知れない。
そして、今回の震災で、町がまるごと破壊されてしまった惨状から、ヒロシマを連想されたのかも知れない。
そして、核。
核はいつまで、われわれ人間を苦しめるのか。そしてそれを今まで進めてきた人類に対し、相当な怒りをお持ちなのではないか。

そして、その思いを私たちに伝えたくてわざわざ、封書で送られて来たのではないかと思うのです。
出版社にとって、読者の心の叫びを聞くことは本当にありがたいことです。

今回の震災では、それぞれのお立場で、それぞれ考えるところがあるのではないかと思います。
私たちもそういう思いに届くような本をお届けしたいと考えています。

今回の原発事故を受けて、オフィスエムでは緊急出版を決定しました。
題名は『聞いてください』。
原発推進の世論だった1970年代。一介の主婦である坂田静子さん(故人)が行った反原発運動とその活動の記録です。
坂田さんは、自分で調べた原発の恐ろしさをまとめ、『聞いてください』というガリ版刷の新聞にして駅前で配っていたそうです。
その内容は、決して古くない。いま現在、福島で起きつつある事が予見でもしたかのようにそのまま書いてあります。それが、チェルノブイリもスリーマイルも起きる以前に書かれていることに衝撃すら覚えるのです。
いまだからこそ、読んでいただきたい。そこには何故どのように原発が進められ、建設されていくのか。当事者の目線で書かれている貴重な資料でもあります。
オフィスエムでは、社員一同手分けして、『聞いてください』を文字起こししています。
もう少し、お待ち下さい。


10月下旬に発刊した『うえんじいさまのき』。長野県に実在する巨樹巨木をモチーフにした絵本シリーズの3作目になります。

この絵本のすごいのは、物語の樹に実際に会いに行ける事。絵本の多くは創作なので、その場所を実際に訪れるということは難しいのですが、このシリーズではその樹を見ることができる。

実際に訪れて見るとどの樹も素晴らしい。思わず、見上げたまま声を失って見続けています。

考えてみれば何百年も生き続ける生き物って樹木ぐらいなものかもしれません。もちろん、その間には様々な事があったはずで、その中には樹が切り倒されるかもしれない危機があったはずなのです。
そのたびに誰かが守ったり、なにかの事情で切らずにすんだりと様々な物語があったはず。

そういうもろもろのことを考えると、『大きいな」「すごいなあ」というだけの言葉で済まされないものがあります。

さて、今回の『うえんじいさまのき』は塩尻市贄川にある樹齢1000年(!)もの大栃。木曽を縦断する中山道のすぐそばにありました。幕末、中仙道を行進した和宮降嫁の大行列を間近に見たはずです。

絵は飯綱町在住の櫻井史門さん。やさしい水彩画で、暖かく描いていただきました。
その原画を塩尻市の中島書店高原通り店で開催中です。

実は、中島書店さんから、3年前シリーズの第1作目の『太一と夜泣き松』が発刊したとき、
「このシリーズで贄川の栃の木が絵本になるんですね。そのときはぜひうちで原画展をやらせてください」
と早々にオファーをいただいていたのです。そのようにお声をかけていただくことは、大変ありがたいこと。それが今年ようやく実現しました。

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中島書店さんの入り口近くに大きくおいてもらいました。
ちなみに上のほうに見えるのも10月に発刊した『「こども時間」を届ける臨床道化師』。

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店内のちょっと高いスペースに展示しています。どこからも目立ちます。
20日には櫻井さんのサイン会、読み聞かせの会も行う予定です。
ぜひご来店ください。

中島書店高原通りの場所はこちら


「こんな企画ができたらいいね」
長年、温めてきた企画がこの春に実現の運びになりました。
中井吉英・内藤いづみ講演会「命と心を考える」(仮題)です。

中井吉英先生は心療内科の、内藤いづみ先生は在宅ホスピスのそれぞれパイオニア的な存在。ともにオフィスエムから本を発刊しています。

中井先生は『心療内科からの47の物語』、『はじめての心療内科』の著者。
心療内科とは、普通の医者は患者の不具合の部分を治療するのに対して、患者の心を通じて体全体の不具合を治療する医学。それだけに患者の傷ついた心に触れることが多い医療と言えます。

内藤先生は「ホスピス最期の輝きのために」や対談集「あなたと話がしたくって」、最近では、小さな絵本「幸せの13粒」「最高に幸せな生き方と死の迎え方」など、たくさんの本をオフィスエムから出しています。
命というものをトータルで、全体でみていく医療の実践者です。

おふたりに共通しているのは患者と真正面から向き合うということ。
現代医療は、高度に発達したかわりに細分化、専門化し、却って患者の身体をトータルで診るということが少なくなりました。その結果が医者が患者と真正面から向き合わない。検査とデーター解析が主流の医療になってしまいました。
そういう中で、命と心を真正面から向き合う中井先生と内藤先生。この医師2人の講演をなんとか開きたい。そしてそれを多くの人に聞いてもらいたい。それがオフィスエムの長年の念願だったのです。

長引く不況、減らない自殺者の数。命や心を苛んでゆく今の世相。「今の日本は社会全体がウツになっている」そういう風に評した人がいます。
こういう時代だからこそ、命や心を大切に考える機会が必要なのではないか。
私たちの企画をおふたりにお話したところ、即座にご快諾いただきました。
それも決して交通の便が良いとは言えない長野まで足を運んでいただく。
ありがたい限りです。

正直言ってオフィスエムではこの手の大きな講演を企画したことがありません。
しかしノウハウは全くないけれど、聞いてもらった人の心が少しでも軽くなるような、そんな講演会にしたいという気持ちはある。不慣れだけどもその気持ちをもって準備を進めて行きたいと思っています。
スマートではなく不器用だけども手作り感あふれる会にしたい。それが却ってオフィスエムらしくていいんじゃないかなと思っています。
皆さんも是非お出かけ下さい。心からお待ちしております。

中井吉英・内藤いづみ講演会
平成22年4月10日(土)
長野市若里文化会館
詳しい時間・内容は小社のホームページ上で決まり次第アップする予定です。


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4月4日から19日まで御代田町の浅間縄文ミュージアムで行われている『森貘郎板画展・老農関口江畔と山頭火』。その中で「フォーラム老農・関口江畔と山頭火を語る」を12日に行われました。このたび小社からも関口江畔『老農詩集』を発刊いたしましたので早速行ってきました。

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パネラーは森貘郎氏、浅間縄文ミュージアムの学芸員の堤隆氏。そして江畔の孫にあたる関口不二人氏の3人です。

tokyobook-372.jpg←左・森貘郎氏 右・堤隆氏  森さんが江畔の詩を朗読

関口江畔は慶応元年、農家に生まれました。この時期は幕府の長州征伐が失敗に終わり、時代は明治へ向かう激動の時代でした。幼名は毛佐松(けさまつ)。

明治8年、江畔7歳。このとき母をコレラで亡くし、幼い江畔は母の遺骸を荼毘に付しました。この当時コレラ患者の遺骸はコレラの感染を防ぐため身内で人里から離れて荼毘に付していました。幼い江畔にとって母を荼毘に付すということは大きな衝撃だったのではないかと思います。
更には父とも生別し、祖母に育てられました。

明治18年。岩村田の町に出て商売を始めました。主に米穀、肥料、薪炭を扱い、特に鉄平石の切り出しと販売でかなり繁盛したようです。

大正12年には若山牧水に師事。短歌を習います。このとき58歳。 まさに50の手習いでした。

しかし、このころから大きな転機が訪れます。
第一次世界大戦後の不況により商売が思わしくないところに、長男が病死。ここで心機一転して店を長女夫婦に譲り、三男・父草と共に農業の道に戻りました。

このことについて孫の不二人氏は、当時店があった場所は花街の前にあり、花街で働く女性たちを身近で見るにつけ、その女性たちを働かせる店に物を収める自分の商売に常に疑問を感じていたのではないかと言われていました。

tokyobook-376.jpg ←孫から見た江畔を語る関口不二人氏

更に大正15年には仏道を志し、父草とともに禅の修業に 励みます。
仏道を志した背景には、農民として大地と共に生きていくことや、母や長男を失ったことの死生観があったのかも知れません。

昭和4年。自由律俳句の『層雲』に遭い荻原井泉水に師事。句作と詩作に励み、このころから文人墨客とも多く交わったようです。

昭和11年には種田山頭火が江畔宅に滞在。江畔宅を中心に佐久地方を歩き回ったようです。
山頭火は大変、江畔宅が居心地が良かったようで、別れに際して「さよなら、さよなら、ほんたうに関口一家は親切な方々ばかりであった。羨ましい家庭であった」と書き残しています。
山頭火の世話をした父草の奥さんは「山頭火さんほど大変純粋な方はいなかった」と言っていたようです。

不二人氏によると江畔の人となりは毎朝お経をあげてから朝食。
食事は玄米と野菜。そして食べる前には必ず物を食すということについて説話があったとのことです。禅では食事も修行のひとつと捉えていますが、その点ではやはり在家でありながら禅僧としての一面を覗かせます。

禅を修行しながら、農民として生きた関口江畔。まさに地に足をつけた言葉から作られた詩は現在を生きる我々の心にも大変響いてきます。

浅間縄文ミュージアムホームページ


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2月4日、TBS系列の人気番組「はなまるマーケット」が、『100の介護食』の著者・杉山幸子さんを取材に訪れました。

健康に良い「こうや豆腐」という特集で、美味しい「こうや豆腐」料理を出す店ということで、杉山さんが経営する「竹の子」が取材されました。早速、私も取材を見に行って来ました。

取材は夕方の4時30分ごろからスタート。この日に備えて杉山さんもお店を掃除して準備万端。しかし、お世辞にも広いとは言えないお店でどうやって撮影するのかちょっぴり不安。

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案の定お店は満杯状態。
レポーターさん、撮影スタッフetc総勢10数名が入るとお店はいっぱいになりました。
その中で、 杉山さんとレポーターさんのツーショットをとるため、照明さん、音声さんはカメラに入らないように必死になって壁際に貼りつきます。(もちろん私もでっかいお腹が映らないように背中を壁に必死に貼りつかせます)

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杉山さん(右)、ディレクターさん、レポーターさん〈右)と、ひとコマずつ簡単に打ち合わせ。
その後、レポーターさんが杉山さんのこうや豆腐料理を食べて、感想を話します。それを次々とカメラが撮っていきます。

その次は、レポーターさんがカウンターに入って杉山さんと一緒に料理をします。
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一緒に料理をすると言うよりも、杉山さんが料理の仕方や、注意点を教えています。
杉山「こうやのカツを作るときは、沸騰したお湯に、砂糖とニンニクを入れておいて、こうやを戻します。そうすると戻しながら味がこうやに滲み込みます」
レポーター「なるほど!戻しながら味を滲みこませるのがコツなんですね」
杉山「そう。それがコツです」

杉山「こうやのお湯をきる時、完全に絞り込まないようにします。完全に絞ると、揚げたときに油がこうやに入って油だらけになります」
レポーター「あんまり絞ってはいけないのですね。ついつい絞りそうになりますね」

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料理の手元を取るときは大急ぎでレポーターさんに代わってカメラさんがカウンターの中に入ります。

撮影は停滞なくトントンと進み、2時間ほどで終了しました。
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撮影終了後はスタッフの皆さんで撮影に使った料理の試食会。皆さん「美味しい。美味しい」と大評判でした。

放送は2月12日とのこと。どのように放送されるのか私も大変楽しみです。

なお、詳しいレシピ、その他の料理を知りたい方はこちらの本を是非ご覧下さい。


小社の『日本には日本の家づくり』、『僕らはみんなハマってる』をモラタメに出展しています。
おかげさまで「読んでよかった」「目からうろこが・・・」というありがたい感想をお寄せいただいております。

モラタメとはメーカーが新発売する新商品がもらえる、試せるサイトです。ただし、世によくある懸賞サイトではありません。新しいものはとにかく試してみたい、自分の興 味のあるジャンルの新商品は少しくらい費用を払ってでも試してみたい、その商品を作った背景や商品説明をきちんと知りたい。そのような方が対象になっています。ですから、なぜ、この商品を試そうと思った理由や、商品を試した感想を率直にお寄せいただき、私たちも大変参考になっております。

もしよかったらこちらもご覧下さい。

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