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いよいよ信州にも来ました。招かざる客「寒波」が…。

高い山はもとより、人里近い山も雪が降りました。
昨日は、長野県内の北部の地方は大雪だったようで、1日に数10センチも積もったそうです。

いよいよやってきましたねえ。

今年は3月の震災で、北部の栄村が甚大な被害を受けました。
栄村は日本でも屈指の豪雪地域。1年の半分を深い雪の中で過ごさなくてはいけません。
慣れない仮設の住宅で何とか春まで乗り切って欲しいと思うしかありません。

考えてみれば栄村だけではない。
宮城も、岩手も雪が多く、寒冷な地域です。
福島の太平洋側はそれほど雪は降らないそうですが、それでも寒く厳しい冬を迎えることは間違いありません。

住み心地は決して快適とはいえない仮設住宅。お体だけでも大事にして欲しいと祈るしかありません。


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10月8日、9日の二日間は東御市八重原の明神池で行われた『火のアートフェスティバル』に【オオルリシジミ保存会】のブースをお借りして、『ちょうちょのりりぃ』の販売にお伺いいたしました。

旧北御牧村に位置する八重原の台地はオオルリシジミの生息地。いわばオオルリシジミの故郷と言っても過言ではありません。
いわば、この日が「ちょちょのりりぃ」のお披露目になったわけです。

明神池の周辺にはちょっとした陶芸家さんたちの工房があったり、大きな登り窯があり、火に関係する芸術活動が盛んな場所。
このフェステェバルでは、それに因んで陶芸のクラフト展や地場食品の販売、メイン会場ではイベントを行い、多くのお客様がお見えでした。

その中で陣取ったわれらが『オオルリシジミ保存会』のブース。

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オオルリシジミについての説明や、保存会の活動のパネルに多くの方々が足を止めて見ていただきました。

また、「ちょうちょのりりぃ」をお買い上げいただいた方からも、
「地元にいるからオオルリシジミについては知っているけど、子どもからオオルリシジミって何?って聞かれてもちゃんと答えることが出来なかった。でもこの本なら分かりやすいし、子どもに教えてあげることができる」
とおしゃっていただきました。

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直接販売する楽しみはこういう読者の皆様の反応をダイレクトに聞くことができることにあります。
このような、ありがたい感想は我々にとっても大きな励みになります。

地元の方々にもっと知っていただければと思います。


あの震災以来、このブログも勢い、震災関連や原発関連の記事が多くなっています。

たまには、ユルいお話で皆様のご機嫌を伺いたい。
たとえば、大好きな歴史のお話とか、応援しているBCリーグのお話とか。
そういえば、今シーズンはまだBCリーグを見に行ってません。今年は信濃グランセローズも好調なので応援に行きたいところなのですが、なかなか日程があわない(泣)

そして今回も原発関連のお話です。
なにか言わなければいけない。そういう気分なのです。

電力会社の株主総会が先月末、立て続けに行いました。
「脱原発」を提案する株主の提案もむなしく、原発は引き続き推進するという会社の回答。まあ結論ありきだから期待もしていませんでしたが…。

佐賀県の玄海原発が早々と再稼動が決まりました。
佐賀県と地元、玄海町がそれぞれ国の安全対策に「納得」したのが再稼動を決めたと言われています。
原発の無い地域に住む我々は「この時期に再稼動を了承するなどけしからん」と言えますが、地元の思いはやはり複雑なんだろうなと思います。

やはり再稼動を了承せざるを得ないのは、地元の人々の雇用・生活・自治体の財源が原発に 握られているから。原発が稼動できない状態が続くとそれらに影響するため、再稼動を了承したのは明らかであります。

原発ってただの発電施設ではないのです。
地元の人々をまるで人質のようにして、公に反対ができないようにして稼動するのですね。

原発が出来たおかげで、反対派と推進派が分かれての骨肉の争いというのは、よく聞く話です。
地元のコミュニティーなども破壊する。何なんですかね。

人質といえば、電力供給によって日本全体も原発に人質にとられているようなものです。
電気がなければ、生活ができない、経済活動も停滞する。電気で稼動する医療機器が止まれば、それが必要とする人は生命の危険に関る。

「電力の供給が足りなくなると皆さん困りますよね。ホントに困るでしょ。だから原発稼動しましょうよ」

現在の節電ブームの次に訪れるのは、かならずそういう話だと私はにらんでいます。
なにせ、国民生活と経済を人質にとっている電力会社の主張は強い。そしてズルズルと原発再稼動。地元も再稼動を認めざるを得ない。
今回の玄海原発再稼動で見えたシナリオです。

原発に頼らない、次世代のエネルギーをどう考えるか?いまこそ一人一人が考えなくてはいけないと思います。


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6月7日。
長野県立こども病院で、クリニクラウンの塚原成幸さんの講演を行いました。
県立こども病院は塚原さんがクリニクラウンとして初めて活動をした病院。
いわば日本のクリニクラウンの発祥の場所と言っても良い。

「この病棟がぼくらの原点なんですよね…。案内板見ただけでウルってきました」と塚原さん。
しかも、この6月7日はこの病院に入院していた子ども、いや塚原さんにとっては「友人」ともいうべき子の命日なので、この日、子ども病院で講演ができることは、感慨ひとしおだったそうです。

クリニクラウンは入院しているこども達と遊びながら、コミュニケーションをとる活動。
病院という閉ざされた場所で過ごさなくてはいけない子どもたちにとって、病院にいる大人は先生であったり看護婦さんであったりするわけで、どうしても「痛いことをする人」という認識。そして活動も制限されるので、普通の子どもたちと異なり、子どもらしい笑顔や表情が消えてしまうのです。

そんな子どもたちに笑顔を。普通の子どもらしい時間をそういう子どもたちに届けたい。
クリニクラウンの理念です。

そういうクリニクラウンの活動を知りたい。
病院の先生や職員の皆さんをはじめ、一般の方も多くの方がお見えになりました。
そして、大手雑誌社をはじめ地元新聞社も取材に来ていただきました。

クリニクラウンの活動がいま注目されている!
震災以後、未来を担う被災地の子どもたちの心をどのようにケアし、寄り添うのか。これは大きな課題になりつつあります。
その中で、子どもと寄りそうクリニクラウンの活動に関心が寄せられています。

でも、子どもたちの反応っていろいろあるんですね。
大人たちは「せっかくクラウンさんたちが来たんだから」と思うけど、子どもたちは、
「うるさい」
「何しにきたの」
と反応が冷ややかな子どもも少なくない。
でもそこでめげてはいけないんです。そこからどうやって子どもの心に飛び込んでゆくか?
塚原さんが実践を交えて講演されました。
その中で、私の心に残った一言。
「手厳しい反応は、つながりたいと思う心理の裏返し」。

大人の社会でも通じる一言でした。

クリニクラウン写真展開催中です。
県立こども病院、南外来・北外来入り口通路と第一病棟入り口通路横の2箇所です。

ぜひご覧下さい。6月19日まで。


先日、京都府の宮津市にお邪魔いたしました。

宮津市の老人大学の講座に、『人生はピン!ピン!キラリ !』の著者・根本賢一先生が招かれての健康運動の講演。わたしも、一緒に行っての販売でした。

最初、お話をいただいたとき、宮津の位置関係が頭の中でよくわからず、
「宮津ねえ。たしか敦賀からちょっと行ったところだよね」
という感覚で、軽い気持ちでお受けしたのですが、改めて地図を見ると結構遠い…。

行ってみて以外に思ったのが、あの日本三景の「天の橋立」が宮津の町からすぐそばにあること。
市街地の海の端から、あの長々と横たわる橋立が見ることができるのです。

宮津は織豊時代は、文人大名で知られた、細川幽斎・忠興親子が城を築いた城下町。
細川親子がこの宮津に居城を構えた理由も「橋立があるから」というのが、実は大きな理由かも知れません。
だって、細川の殿様だって歌枕にもなっている橋立を毎日眺めて、一首作りたいと思っても不思議ではない。

橋立にもお邪魔してきました。
現在の橋立は、車の通行はできないものの、通学の高校生が行き交い、地元の人たちが歩く、生活道路。そして浅瀬には地引網をする漁師さんや、アサリやシジミを採る人々も居る。
橋立によって海がさえぎられているので、その内湾は海水と淡水が混ざる汽水になっており、魚介類も豊富。橋立が観光だけでなく、地元の人々の生活と密接な関係にあることが良く分かりました。

さて、根本先生の講演では、健康体操やインターバル速歩の解説がなされました。
やはり、体力をどのように維持していけば良いのか。皆さん多いに関心があるところ。
いずれは橋立でインターバル速歩をする姿が見られるようになれば素晴らしいことですね。

こじんまりとしながらも、美しい町・宮津。
ちょっと遠いけど、また訪れてみたい町であります。


3月11日、東北関東大震災発生。

あれから、10日経ちました。あっという間の10日間でした。
連日報道される、被災地の惨状。
本当にここは町だったのだろうか?人が住んでいたのがウソのような一面の瓦礫。
「被災地の皆さまに心からお見舞い申し上げます」という決まりきった言葉を発するのが寒々しく、言うのもむなしく感じるのです。

連日、仕事から帰るとずうっと震災の報道を見ています。
壊滅してしまった都市の惨状。避難所でたくましく生きる人々の様子。震災以後生き別れになった肉親と再会。10日たった今日、救助された人達。そういう情報が伝えられる度に思わず目頭が熱くなります。

その反面、被災地に物資とガソリンが行き届かない事にいらだちを覚え、計画停電で被災地まで停電してしまった東京電力に怒り、原発事故の対応に一喜一憂する。悲しみと怒りの感情が交錯し続けました。最近では感情のコントロールが自分でも分かるぐらい少しおかしくなってます。

自分でも何かできないかと思い、妻と相談して結婚のときお祝いで貰った毛布を供出しました。こんな事しかとりあえず出来ないけれど、何かしなければ申し訳ない。

復興はいつの事になるかわからないけれど、日本中に広がる支援の輪を見るにつけ、こういう気持ちを日本人が持ち続ける限り、かならず復興する。かすかですがそんな希望を持ち続けたいと思います。


4月10日。エムのビックイベント、『いのちとこころのトークセッション』が終わりました。
おかげさまで350名のお客様がご来場いただきました。

中井先生・内藤先生のトークセッションに大変感動されたお客様が多く、多く感想が寄せられました。
「気持ちが楽になった」
「いっぱい、いっぱいの毎日に少しだけでも心に余裕ができた」

講演の後のサイン会でも長蛇の列。その中でも先生に自分の気持ちを訴える人もいました。
いま、「鬱の時代」と言われている現代に、我々もこの企画をしたことが決して間違ってなかったと確信しました。

この企画を通じてわれわれが得たのは大きなものでした。
多くの人の協力があって初めて実現できたこの企画。人と人との絆。いままでエムが行ってきた出版の方向。そういうものを再確認することができました。

これからもオフィスエムをよろしくお願いします。

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真中に中井吉英先生、内藤いづみ先生。左は寺島姐御、右は村石編集長


長野県東御市。その祢津地区に江戸時代に建てられた歌舞伎舞台が2つも残っています。
毎年その歌舞伎舞台を使って地域の人たちが歌舞伎を演じています。いわゆる地歌舞伎、村歌舞伎というものです。さっそく見物に出かけました。

見物に伺ったのは東町と呼ばれる地域に残る歌舞伎舞台。この舞台は廻り舞台を備えた、なかなか立派なものです。だいたいこの手の舞台は神社の境内にあることが多く、この東町の舞台も神社の境内にあります。おそらく神社の祭礼に併せて歌舞伎を上演し、神と人が一体になって楽しむという日本古来の考えを継承したためでしょう。

演目は地元小学生歌舞伎クラブが演じる『勧進帳』。歌舞伎保存会が演じる『菅原伝授手習鑑 寺子屋の場』。
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開演前から大勢の観衆が訪れています。
最初は小学生の『勧進帳』から
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弁慶、義経、富樫など主要な配役はこの3月まで小学生だった中学1年生(1年間のクラブの成果をこの舞台で発表するため6年生は中学進学の後になります)が演じます。
衣装もなかなか本格的で、所作が決まるごとに客席からおひねりが飛ぶ。中でも弁慶は女の子が演じており、どうしてどうして堂々とした弁慶でした。
弁慶が白紙の巻物で物怖じせず「勧進帳」を読み上げ、一行に不審を抱く富樫が弁慶の読み上げる巻物をのぞきこもうとする。それを眼で制す弁慶。思わず「弁慶!」「よっ!富樫!」と声援を送りたくなるような熱演ぶりでしたよ。

そのあとは保存会の皆さんで演じる『菅原伝授手習鑑 寺子屋の場』。
役者はもとより、義太夫、三味線も地元の方々が演じる本格的なものです。
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こちらは回り舞台を使った本格的なもの。保存会の皆さんの熱演が随所に光りました。

こうして子供から、大人まで歌舞伎に親しむ。決して安い経費でできるものではないと思いますが、それを地域みんなで理解して支える。こういうところが伝統を引き継ぐ力、ひいては地域の底力なのではないかと思います。本当にいいものを見させていただきました。

また、来年も見に来たいな。他の村歌舞伎も見てみたいな。ついでに本物の歌舞伎も見たいな。その時はやっぱり播磨屋さん(中村吉右衛門)がいいな。そんなことをちょっぴり考えています。


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毎朝わたしが通勤する千曲川の土手。その桜並木も満開となりました。
この時期の信州は桜だけでなく、アンズに桃など色とりどりの花盛り。土手からはその木々が見えるため通勤途中のちょっとした楽しみになっています。

でもそんな快適な通勤も長野市内に入るといつもと車の流れがちがう。
そう、今年は7年に1度の御開帳。平日にも関わらず観光バスが狭い長野市内に押し寄せるためちょっとした渋滞になるのです。平日でさえこれなのだから休日はどうなるのか?ましてやゴールデンウイークは?う~ん考えただけでブルブル。

ジモティーからアドバイスさせていただくと、善光寺とその周辺は道が狭く、駐車場もそれほど多くありません。郊外の駐車場に車を止めてシャトルバスでお出かけいただくか、電車でお出かけいただくことをお薦めします。そのほうが急がば回れで、駐車場探しに手間取ることなく比較的スムーズに参詣できます。

現在、観光ツアーのバスは善光寺の本堂の裏にある駐車場に止まります 。ですからツアーのお客さんはお寺の裏からお参りすることになります。これはまさに裏口参詣。でもこれっておもしろい?目的地にただ運ばれて来たというだけ話です。

旅の面白さって、町をブラブラ歩いたり、ちょっと食べ歩いたり、新しい発見があるから面白い。目的地からの目的地のドア・トゥ・ドアではただ行ってきましたというだけで、あまり印象に残りません。

長野はやっぱり善光寺の門前町。古い建物もあるし、美味しいものもある。 見て歩くところもいっぱいあります。寺も町も歩いて楽しむ。それが善光寺参りの一番の楽しみ方です。

「そんなこと言うけど善光寺は初めていくからわかんない~」とおっしゃるあなた。いい本がありますよ。
ほら『善光寺散策案内』。

これならくわしく善光寺と門前町の見どころをもバッチリ。消費税も入れてちょうど1000円ポッキリだよ~。
(この番組の提供はオフィスエムでございます)


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根本賢一先生の健康、体力づくり講座で大変ご好評をいただいております『人生はピン!ピン!きらり!』ですが、今回更にバージョンアップした『人生はピン!ピン!きらり! ワークブック』が発刊されました。

ワークブックでは、自分で書き込みができ、自分で自分にあった体力づくりのメニューを作ることができます。今まで、やみくもにスポーツをしてても効果が実感できず結局挫折してしまった方も多いはず(実は私もその1人 汗)

でも、このワークブックで自分に合った目標を作ることで長く体力づくりを続けることができるのではないかと思います。