
飯田市から西、木曽方面へ向かう「大平街道」。車を走らせること40分。延々と続く山道に「本当にこの道ダイジョウブ?」と心細くなったところに、大平宿があります。
以前、友人のO君と飲んだ時のこと。彼は転勤で飯田方面に居たことがあるのであの辺りに大変詳しい。
大平宿の事はこの時O氏から教えてもらいました。
「飯田から木曽へ抜ける途中の山の中に大平宿って言うところがあるんだよ。そこが江戸時代の宿場の雰囲気が残っていてねえ」
江戸時代・宿場・残っている…すごいじゃん。
「藤沢映画のロケにもなったよ。永瀬ナントカが主演の」
藤沢周平・永瀬…それは『隠し剣・鬼の爪』の事では?(実は少し前にテレビで見たばかりだった)
「そうそう、そんな感じの題だった」
今、人って住んでるの?
「人なんか住んでないよ。数十年前に離村したから。でもNPOの人たちが管理して、子ども達が宿泊体験したりしているんだよ」
昔の宿場を使って宿泊体験って面白そうじゃん。
「でもねえ、電気もないし、水道もないし、民宿じゃないから自分で掃除しなくっちゃいけないし。」
「それに夜なんか真っ暗だからおっかなくってトイレなんか行かれない子どももいるよ(笑)」
そりゃ、大人の俺だって真っ暗ななかでトイレに行くのはやだよ。
でも、観光地化されていない昔の宿場。おもしろそうだね。
と言うことで、出かけてしまいました。大平宿。やっと着いた。

話に聞いたとおり、大平宿は山の中。およそ20軒ほどの家屋が残っています。確かに江戸時代の雰囲気がそのまま残っている感じ。変に小奇麗になってないのがいい。
街道の両脇には家が立ち並び、その前にはきれいな川が流れている。井戸らしい遺構がないところを見ると、当時はおろか昭和の中ごろに住人が離村するまでその小川の水を生活に使っていたのではないかと思われます。

家の中をのぞくと、いろりやかまどがあります。宿泊体験の子ども達はここでその日の食べるものを煮炊きするのでしょう。
「今の子ども達って火なんか焚いた事なんかないから、火の付け方がよくわからないんだよ。いきなり太い木に火をつけようとしたりしてさあ。だから最初は新聞紙に火をつけて、細い木を入れてっていう風に教えないと解らないだよ」とO氏。どうも仕事の関係で大平宿の子どもの受け入れを経験したことがあるらしい。
確かにその通りで、今の少年少女にとって焚き火もするのもままならない今日、火を使うということはほとんどない。その必要もない。火は危ないもの、恐いもの。だからといって火の持つ神々しさ、神秘さに触れる機会が全く無くなるのもちょっと気の毒なような気もします。
火にも、自然にも十分触れることができる大平宿。子ども達が現代社会からかけ離れて、不自由な中で過ごすことで普段ではできない結束や連帯感が生まれるかもしれません。
車で山の中に乗り付け、快適な現代生活をそのまま持ち込んだようなオートキャンプが流行の今日、敢えて不便に身を置くことができる大平宿は大変貴重なのかも知れません。
大平宿を管理する「NPO法人大平宿をのこす会 」のホームページはこちら
朝の出勤途中に近所のコンビニに寄って来ました。
するとそこにはお母さんに連れられた子どもが2人。
一瞬、「何でこんな時間に子どもが?」と不思議に思いましたが、考えてみれば世間の子どもはすでに夏休み。コンビニに居ても不思議ではないわけです。
今を去ること20ウン年前。小学生だった私は4年~6年の3年間の夏休みは毎年キャンプに出かけていました。それも3泊4日と子どもにしたら(いや大人でも)長期滞在です。
当時、「こども原始村」という集まりがあって、そこに参加していました。同じクラスの友達も何人か参加していました。
夏になると戸隠の荒倉キャンプ場に善光寺平の「こども原始村」の子ども達が集まってキャンプをするわけです。その数当時で200人ぐらいいたんじゃないかと思います。
「こども原始村」のモットーは「何でも自分たちでやる」。
大人も付き添いますが、基本的には手を出さない。見守るだけです。
ですから、子ども達が自分でキャンプの計画を立てる。
たとえば、日々の献立。そこから用意する材料を割り出す。持ち物分担を決める。
グループ毎に出店を出すので、売る物(というより物々交換です)を考える。当然、その材料も事前に自分たちで買う。
食器も自分たちで作りました。
竹を縦に切ればお皿に。横に切ればお椀に。余った竹の切れ端で箸を作る。そのまま使えば口を切るのでちゃんと紙やすりで小口を滑らかにする。今考えれば良く作った物だと思います。
こうして用意した、3泊4日分の食料と、道具や寝袋、衣類を大きなリュックに詰め込んで、自分で運ぶ。近くのバス停から暑い中、大変重いリュックを担いでひたすら歩く。
キャンプ場についてすぐにするのは、テント張りとかまど作り。寝るところと、食べるところの確保です。
テントの周りには溝を掘って雨水をテントの中に入らないように工夫する。
かまどは、キャンプの間、煮炊きする大切な場所。大き目の穴を掘って、回りを土や石で固める。
飯盒でご飯を炊くことも覚えました。水加減もてのひらをひろげてくるぶしの下ぐらい…ていうことも年長さんが教えてくれました。
カレーの作り方や、果ては山菜の灰汁抜きには灰を入れるなんて事も覚えました。
自分たちで火を起こしてみる、なんて事もしてみました。これは結局うまくいかなかったんですが、火という物は大変貴重であること。人間の文明は火を使うことから始まったという事がなんとなく実感したりしました。
「黒曜石」で鶏肉を切ったりもしました。黒曜石は原始人たちが刃物の変わりに使った石。石を剥ぐように削ると、鋭利な破片ができます。それで鶏肉を切ると結構切れる。
荒倉キャンプ場のある荒倉山は鬼女紅葉の伝説のある所。キャンプ場の場所からして「毒の平」という物騒な名前が残っています。ここは 紅葉討伐にきた平維茂(これもち)が変装した紅葉に毒の入った酒を飲まされそうになったからだとか。近くには紅葉の伝説の地がいろいろ残っていて見に行ったりもしました。そんなわけで、紅葉伝説にも興味を持ったりもしました。
今考えると、大変貴重な体験をしたものだと思います。 自然に親しむと言うよりも、自然を肌で覚えた。偉そうに言うとそんな感じでした。だから今流行のオートキャンプに「それって面白い?」って聞きたくなります。
キャンプ場に車を乗り付けて、バーべキュウ。車の電気でテレビ見て、冷蔵庫で冷やしたビール飲んで、テントも張らずに車で寝る。そんな中途半端に不便なことしないで家ですればいいじゃんって思うのです。
不便を楽しむ!これぞキャンプ!。キャンピングカー何するものぞ!!オートキャンプなんて邪道だ!断じてそのように思います。
あれから20ウン年。すっかりキャンプとは縁遠くなり、飯盒でご飯を炊けるか怪しくなってきましたが、久しぶりに飯盒のおこげの付いたご飯が食べたいなと思う今日この頃です。
インターネットで調べたら、まだ活動していました「子ども原始村」。これを見つけたとき本当にうれしくなりました。
がんばれ「子ども原始村」。君たちは本当に貴重な体験をしているのだよ。