昨夜、一人で夕食をしている最中、驟雨とともに雷鳴が轟いたと思ったら忽ち停電になってしまった。どうやら近くに落雷したようである。

たまには蝋燭の灯りで食事をするのも悪くない。それにしても、昔の人はよくこんな灯りで暮らしていたものだと思う。

ヨーロッパへ行くとことのほか室内が暗いことに気がつく。ほぼ黒目の日本人と色素の薄い欧米人では光量の感じ方が違うのだそうだ。彼らがサングラスを手放せないのはそのせいだとも聞いたことがある。無論、「色」の捉え方も日本人と欧米人では違っている。例えば、ファションにしても、日本では絶対にお目に掛からない色調を眼にする。逆に日本の古代色は類希な色調である。アジアの飛びきり煌びやかなネオンサインと欧米の抑え目なネオンサインの違いも色調が影響しているのだろか。

身近に点る蝋燭の火をめぐる夢想……そういえばガストン・バシュラールに「蝋燭の焔」という一書があったことを思い出した。「蛍雪の功」という言葉もあるが、試しに蝋燭の灯りで読書を始めてみたのだが、ほどなくして、蝋燭の明るさ(暗さ)と食後の睡魔に抗うこともできず、いつの間にかソファに寝入っていた。

気がつくと、かれこれ2時間以上も停電したままである。隣近所に電話してみたところ、どうやら停電はわが家だけのようである。口の悪い隣人からは「電気料金滞納してませんか?」と揶揄される。「毎月、容赦なく銀行口座から引き落とされているさ!」と返す言葉も空しい……。

それから中電に電話して、あれやこれや試みること20分ほどして、やっと電気は回復した。それなりに蝋燭を堪能していたはずなのに、家中に電気の明かりが戻ってくるとホッとしている現金な現代人がいるのである。

結局、停電の理由は不明のままなのだが、電灯が無いと家中の音まで消えてしまったよう気がするから不思議である。その代わりに、何やら〝気配〟や〝物の怪〟のようなものを感じたのである。はてさて狐ならぬ雷小僧にでも謀かられたか……。

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長野高校文芸班の女生徒さんが、初めて訪ねてくれたのは、昨年の10月だったと記憶している。彼女たちによると文芸班が発行している雑誌『紫苑』の編集に行き詰まりを感じているとのこと、そもそもスタッフ的にも少数化は免れず相談できる先輩もいなかったとのことだった。

これは長野高校だけの問題ではないだろう。随分前から〝文芸(班)〟は死語になりつつある。出版社が発行している文芸誌にしても年々、瀬戸際まで追い詰められているのも事実である。

その時は、既刊号をパラパラと捲りながら、二、三の感想を述べたに過ぎなかったが、昨日、最新号の『SHION』(vol.19)をわざわざ持参してくれたのである。なんと編集後記にはぼくへの謝辞まであってかえって恐縮してしまった。

無論、指摘する箇所は枚挙にいとまがないのだが、それを差し引いても、よくぞここまで纏めたものだと感心する。ページとページのすき間から彼女たちの〝熱意〟が伝わってくる。文芸への微かな希望も読み取れた。こういうところから真の編集リテラシーが生まれてくるはずである。

雑誌ばかりではない、彼女たち自身、話す時も相手の顔を見ながら実に真摯に話す。いわゆる〝今時の若者〟の口調ではなく、自分の言葉で自身の考え方をしっかり述べる。そこに改めて文芸の力を見た思いがする。

『紫苑(SHION)』は次号で20号を迎える。1年に2号ずつ発行しているというから、次号は10年目の節目にもなる記念号である。どんな記念号になるのか今から楽しみである。

そして、長野高校文芸班に心からエールを贈りたい。

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先日、故あって就職活動をしているというリクルートスーツ姿の女性と話をすることになった。彼女、某国立大学の卒論が谷﨑潤一郎だそうである。今時、タニザキ! とは正直驚いたのだが、実によく勉強をした学生であることが直ぐに分かった。谷﨑からスタンダールの「カストロの尼」に話題が及び、久々に若い人とブンガク話に花が咲いた。

「谷﨑なんてやってても、話す相手はいたの?」「担当教授とは話はできましたが、同級生にはいませんでした。こうしてお話できたのも久しぶりです」「ところで今時の大学生は何が話題になるの?」「話題ですか……。宗教と政治とセックスは禁句なんですよ」「エッ! 宗教はともかく、学生が政治とセックス抜きで何を話すの。どうして禁句なの?」「自分の本音を晒すことになるからです。そういうことに触れると、みんな引いちゃうです」とのことだった。この時代のこの国を実に良く反映したエピソードだと思った。

それから数日後のこと。若い女性が訪ねて来た。てっきり先日の〝谷﨑女史〟だとばかり思って話し出したら、人違いだった。間違えられた当の女性が許容とユーモアの持主だったから、笑って済ませてくれたのだが、何故、人違いをしたのかというと、そもそも歳の頃合い、体型、髪型が似ていたこと。加えて、彼女たちが着ていたリクルートスーツにある。

昨今の就職活動の必須とされているリクルートスーツが嫌いである。男女を問わず、リクルートスーツを着ると忽ち見分けがつかなくなる。まるで木の葉隠れに遭ったようである。

リクルートスーツはユニフォームである。その最たるものである学生服や軍服は無個性化、気配を消してしまうことを目的としている。わたしは制服が嫌いだったから、なるべく着ないように努めた。とりわけ制服姿の写真を撮られることに若い自尊心が反発した。当時の修学旅行の全体写真(それ自体が不快だった)には、無帽で制服を着用しない写真が結構残っている。

何故、就職活動にリクルートスーツを着るのだろうか。就活しているなら自分を売り込もうとは思わないのだろうか。その人のファッションを見たら、筆記試験や面接では分からないことが見えてくるはず。わたしが採用担当係なら、採用規定に「リクルートスーツ禁止」を打ち出す。

そんな矢先、西宮市が一般行政職の採用試験から、1次面接に限り受験者に「スーツ不可」としたというニュースを聞いた。なるほど、気の利いた行政も出てきたものである。

画一化された学校で横並び教育を受け、宗教、政治、セックス話をタブーとして、できるだけ個性を出さないこと旨としてきた学生たちが、揃いも揃ってリクルートスーツでは何も見えてこないのは、無理からぬ話である。

無論、リクルートスーツに身を包んでいても、個性が発揮できるのであれば、要らぬ心配なのだが。


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