お昼の新幹線に飛び乗った。東京駅から東中野へ直行する。持参したジャケットが何とも煩わしいしいほど、歩いていると自然と汗ばんでくる。

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東中野から新宿方面を望む(左)「パオ・ギャラリー」入口の掲示板(右)

「貝原浩の鉛筆画展」最終日のパオ・ギャラリーへと赴く。夫人の律子さんとも久しぶりにお会いする。最終日もあってか、会場は引きも切らずお客さんが訪れ、律子さんは挨拶もそこそこにその応対におわれていた。
貝原氏の鉛筆画展は、2002年の「FAR  WEST」以来である。あの日も、気がついたら新幹線に飛び乗っていた。東京に桜の開花宣言があった日で、紫煙の残り香だけが仄かにただよってはいても、人気を感じない小さな会場入口には、何となく画伯に似た「我が輩」みたいな大きな猫がドテッと横たわり通せんぼしていた。そいつを跨ごうとした途端、「我が輩」はその巨体に似合わぬ身軽さで、ヒョンと身をかわし路地の奥へ消えていった。「流石、都会の猫だ」などと関心をしつつ会場へ一歩足を踏み入れる。
「FAR  WEST」のモチーフになったポルトガルの大きな鉛筆画作品が居並び、どこからともなく哀調を帯びたギターによるファドの旋律が耳に心地よく伝わってくる。
その時、先ほど路地に消えたはずの「我が輩」がヒョンと舞い戻ったかのように、背後から忽然と現れた貝原画伯が、「おやっ、来てくれたんだ……」と、例によって照れ臭そうな笑顔で出迎えてくれた……。

あれから6年……。すでに貝さんは、鬼籍の人となった。にもかかわらず、会場入口に立った瞬間「おやっ、来てくれたんだ……」と、例のごとく出迎えてくれたような気がした。それは白昼の空耳なのではなく、確かに貝原浩その人の、照れ臭そうな声だったのだが……。
「FAR  WEST」のような大作ではなく、今回の鉛筆画展は、雑誌『ダ・カーポ』(すでに廃刊)などに連載した小さいながら、いまだに冷めやらぬ往時の熱を発散し続けている画伯の作品群は、きぎ工房の片桐武夫(長野県山形村在住 http://www.mhl.janis.or.jp/~kigi/)さんの無駄を削ぎ落としたシンプルな額の中に収まっている。
「絵」と「額」の、いわば「動」と「静」の絶妙なるコラボレーションである。
片桐さんの同個展設営の詳細については、「きぎ工房絵日記」(http://kigikobo2.exblog.jp/9705242/)をご覧いただきたい。
このマエストロ2人には、どんな小さな作品であっても、手抜きができないという共通項を感じる。

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所狭しと居並ぶ貝原浩の作品群。額装はすべて片桐氏の制作。

「貝原浩の鉛筆画展」はこの後、京都ギャラリー・ヒルゲート(10月14日〜19日)、大阪・天音堂(09年1月15日〜25日/午後3時〜8時/最終日は6時まで/21日(水)は休館)と巡回する予定である。人々はまた、もう一人の貝原浩を発見するに違いない。

パオ・ギャラリーでは、Hさんと久しぶりに再会し、一緒にポレポレ坐ビル7Fの本橋成一さんの事務所へ移動する。Hさんは、原発をテーマにした芝居『アトミック・サバイバー<ワーニャの子どもたち>』(構成・演出:阿部初美)観劇のための四国帰りとのこと。お土産に四万十の川ノリを いただく。
本橋さんも、新作映画『バオバブの記憶』の追い込みで、忙しそうではあったが、相変わらず意気軒昂である。いつもながら、この元気の源は何処にあるのだろう、とつい考えてしまう。おそらく真の表現者だけが持ち得る、独自の活力に相違ない。
真の作品行為とは、生きる行為における自己矛盾や葛藤と分かちがたく同根であることによって、作品そのものが成り立つのである。それに反して、いっぱしの作家を気どってみても、表現以前のお里の知れる凡庸な輩のなんと多いことか。決まって、その輩は己の醜態を鏡に映したことはない。
さて、『バオバブの記憶』の0号試写会は来月早々とのこと。映画用のパンフレットに私の駄文が掲載されるとのことであるが、加えて『たぁくらたぁ』次号(15号)から本橋成一撮影の写真(「日の丸」)に拙文をつけるという、無謀なシリーズが始まる。シリーズ「日いづる国とヒトの謂う」(仮称)は、何卒期待しないでいただきたい……。

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space&cafeポレポレ坐での
本橋成一さんとバオバブの写真。

本橋成一さんとのコラボレーションは、身に余る誉れに違いないのであるが、その何十倍ものプレッシャーを覚えるのも事実である。それを本橋さんご本人は、どこかで楽しんでいる節がある。私の脳裏には「ヤバイ!」の3文字が明滅したままである……。
その重圧からか、突如空腹を覚え、「腹減ったから何か食いたい!」と我が儘をいうと、1Fのspace&cafeポレポレ坐(http://polepoleza.jugem.jp/?cid=4)で野菜カレーと珈琲をご馳走してもらう。
喫茶店奥には、その昔アフリカで撮ったという異形であるがゆえに妙な人間臭さを放つバオバブの樹の写真が展示されていた。それらの作品を観ていると、映画『バオバブの記憶』に、大地の祈りを予感せずにはおれないのだが……。

いつもながら、貝原浩と本橋成一という人たちとの出会いには、ワクワクとドキドキが、音もなく発散し続けているのである。