2011 年 6 月 14 日
先週の金曜日(10日)、緊急出版『聞いてください 脱原発への道しるべ』(坂田静子著)の編集が終了し、印刷・製本の行程に入った。
原稿整理と新装版のための大まかな再構成を手始めに、社内外のスタッフ8人による手分けしての印字入力(テキストデータ作り)を元に本格的編集作業が始まった。
同時進行でデザイナーとの 装幀(ブックデザイン)の打合せを経て、金曜日の印刷入れ予定日ギリギリに届いた評論家の広瀬隆氏と歌手の加藤登紀子さんお二人の推薦文をあしらったオビのデザインが出来上がり、すべての編集制作作業が終了した。およそ1か月の作業であった。
来週月曜日(20日)に『聞いてください 脱原発への道しるべ』第1刷り発刊の予定である。
その間には、著者の坂田静子さんの次女で映画監督の雅子さん、今回の新装版の出版のきっかけをつくってくれた信越放送の野沢喜代さんの3人で、宮城県と福島県の被災地への取材もあった。1か月という短期ではあったが、激烈かつ密度の濃い日々であった。
因みに、加藤・広瀬両氏の本書への推薦文は以下の通りである。
◎加藤登紀子「スリーマイル原発事故もチェルノブイリ原発事故よりずっと前から放射能汚染があったこと、地震国日本に原発が建設されていくことへの必死の告発! 胸にしみる必読書です」
◎広瀬 隆「 本書は30余年前、〝原発神話〟の嘘と危険を見抜いていた一主婦が、愛と勇気と英知で挑んだ脱原発への祈りである……。」
まさに今回の出版意図 と、ぴたり符合した両氏の推薦文である。
新装版として本書の緊急出版を決断した主たる理由は、以下の通りである。
① 著者・坂田静子さんの人間として、また宗教者(クリスチャン)として、「長年教会から離れてはいたものの『教会はいつも正しい』と信じていましたから、戦時中の教会が国策である戦争に協力し、アジアの国々を抑圧する側に立った、というこの告白(日本基督教団の戦争責任)を読んだ時は体が震えるほどの思いでした。そして私が今後キリスト者として生きるからには、その時代の問題に目を開き、時代の見張り役をしなければならない、と痛感しました。だから靖国問題も見過ごすことができなかったのです」(「私が長野で反原発運動を続けている理由」より)という戦後の再出発にあたり、人として、一市民としてより善く生きた記録(いのちへの尊厳)が本書の根幹になっている。
私は坂田静子さんの指摘から、戦争責任とメルトダウンに至った福島第一原発事故とは不可分にあると考えている。
② 原爆と原発を〝核〟として同義に位置づけ〝核の平和利用〟と〝核の安全神話〟という欺瞞性に言及したこと。
ヒロシマとナガサキの原爆体験が活かされることなく「非核三原則」が有名無実に過ぎなかったこと。
戦争責任と原発推進が不可分であったように、原爆と原発は不可分である。
③ ①と②において、民主主義を標榜し再出発したはずのこの国は、戦時の翼賛体制以上に市場原理主義に盲進することにおいて、原発問題に対して徹底して不作為であった。したがって「3・11」メルトダウンは、起こるべくして起こった。
つまり「想定外」というパラドックスは、むしろ歴史的必然であった。
以上が、『聞いてください 脱原発への道しるべ』を新装版として緊急出版すべく決断した理由である。加えてもう一つの理由は、本書の巻末「編集の余白に 15歳の少女へ……」に書き置いた。
テレビニュースが伝えるところによると、原発の再開の是非を問う住民投票の最中にあるイタリアのベルルスコーニ首相は、「サヨナラ原発」を言明した。ドイツは、いち早く脱原発を政策に掲げた。
日独伊三国同盟国であったドイツ、イタリアの2国同様に、日本もまた先の大戦における敗戦国である。日本は、もう一度、歴史に学ぶときがおとずれている。そして、いまこそ坂田静子さんの声に耳を傾けて欲しい。





