異論・反論・雑論漫筆


前回のブログでは、『古井由吉自選集』(河出書房新社)の発行に際し、ゆくりなくとも、わが古井由吉遍歴を懐旧の思いとととも開陳してしまったのであるが、飜って一昨日のことである……。

某書店では、新刊の販売がメインではあっても、近年、古書も扱うようになっていた。そのことは、この業界の状況を見渡してみるに無理からぬこともあるし、かく言う小社でも、インターネット(ネット横丁 http://o-emu.net/netyoko/yamazaki/)で古書も扱っている。
いい本なら無論、自社ばかりでなく、当然、新刊ばかりでなく古書も推薦提供できたらという思いからのことである。読者にとって1冊の本は、常に新しい出会いなのだから。

 件の書店では、先ず古書コーナーから見始めることにしている。出版されて2週間もしないうちに、店頭から消え去ってしまうことが少なくない本との思わぬ出会いが叶うと「おお、ここに居たのか……」などと、思わず本を手にして独りごちてみることだってある。
いわば、時流から外れたが故に〝いい本〟との出会いが待っていることも往々にしてある。と同時に、自分が編集した本を古書店で目撃したりすると、それもまた本の運命と知りつつも、編集者ならではの悲哀を感じないこともない。それでも、もう一度、違う読者との出会いがあってくれと願うのは、生みの親の心境に近いものがある。

だが、一昨日はわが目を疑った。出版されたばかりの『古井由吉自選集』の第1回と第2回配本の新刊がすでに古書コーナーに並べられていたのである。決して安価な本ではない。
その隣には、なんと辺見庸の最新刊『死と滅亡のパンセ』(毎日新聞社)、さらに水村美苗『母の遺産 新聞小説』(中央公論新社)と、自分がごく最近購入したばかりの本が並んでいることに茫然、愕然としたのである。

因みに、『古井由吉自選集 一』(第1回配本)は3月、『古井由吉自選集 六』(第2回配本)は4月、『死と滅亡のパンセ』は4月、『母の遺産 新聞小説』は、3月と、何れも2012年の新刊であり、ほぼ定価より1000円ほど安値になっているか、半値が付けられていた。

昨今ではこの位のスパンで古書店に回ってくることも珍しくはない。事実、1973年の大江健三郎の新刊『洪水はわが魂に及び』(2巻)の発売日に、同書が古書店(都内)でも販売されていたことがある。
穿ってみるに、買ってはみたものの一読に値しない本として、古書店に売ったとうこともあろう。

ただ仕事柄、一度も目を通されていない、つまり一回も開かれたことがない本であることは一目瞭然。そのことは探ってみる必要がある。
真新しい新刊が古書となって販売されている。さらに同書は、新刊コーナーで正規の価格でも販売されているのである。同じ書店の店頭に、同じ発行日の
価格の異なる新刊が同時に販売されているのである。これは、読者にとってもフェアではないし、書店の信用度にも関わる。

書籍にはすべてバーコードが付されている。販売の際だけではなく、入荷の際にもチェックできていたら、こういう事態は防げたのではないであろうか、ま た、せめて書店員の心得として、自分の店頭で売られてる新刊くらいには意識が行き届いて欲しかった、というのは無理難題を強いることになるのであろか。

先日、カード会社から、何時ものようにカードの利用額の中間報告のメールが届いた。その金額を見て驚いた。35万円! に及んでいるではないか。全く身に覚えはない。

早速、カード会社に問い合わせみたところ、Aamazonで購入した本代金が、実際の100倍の請求額になっていた。
1週間から10日間くらいの期間に30万円の本を購入できるほどに私は裕福ではない。

Aamazonにも問い合わせたところ、「決済代行会社の一時的なシステム不具合により、カード会社へのご請求金額に誤った金額が反映されるという事象が発生しました」という官僚的な返答が戻ってきた。このことは、夕方のニュースでも報道されていたのでご存知の方も多いはず。

そんなこんなのゴールデンウィークの事の次第である。
ますますもって、本は何処へ行ってしまうのであろうか、と感慨も一入である。

本来ならば、連休中に訪れたフクシマの取材記を書こうと思ったのであるが、心ならずもこのような不愉快な話になってしまった。それは、また、日を改めて別の機会に。



日課になっている、午後の森へ散歩に出かけた。
広葉樹が落葉して剥き出しにされた枝が、つるべ落としの西日を浴びて
異形なシルエットを地表に落としている。
それでも、O・ヘンリー的に踏み留まっている〝
最後の一枚の葉〟を見かけると、いささかながら感銘を覚えたりもする。

早春の芽吹に始まり、葉裏を閃かせた夏の日を足早に見送り、やがて紅葉落葉して、鱗片でおおわれた冬芽を抱えて長い眠りにつき、ふたたびの春を待つ……。
自然とは実にこの繰り返しである。ひたすら何年も何十年も、あるいは千年もの間を、繰り返し繰り返し、流るるごとし歳月を送っているにすぎない

いのちの有り様とは、かくもシンプルな繰り返しにすぎない……。人間とてしょせんは同じなのだろうが、自然から逸脱してしまった人類は、その日常的な繰り返しや摂理に抗ってみたり、支配しようと策略をめぐらせたりする。
だから、時折、自然から大きなしっぺ返しをされる。

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毎年、秋になるとお騒がせのスズメバチは、山暮らしをする上で最も気をつけなくてはならない、怖い存在である。
そのスズメバチもこの時季になると、様相を一変する。ベランダの前のクヌギの樹に数匹のスズメバチが集まってきていた。飛び方も弱々しく、攻撃性も感じられず、堅い樹皮に穴を空けて無心に樹液を吸っている。
その姿は自ら〝
末期の水〟を求めているようでもある。
かくして、その
2日後、スズメバチを見かけることはなくなった。

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 長野市大岡で放射能に脅えながらも、有機農業「農楽里ファーム」を営んでいる友人夫妻がいる(http://www.norari-farm.com/)。
有機農業は、放射能(原発)の対極に位置していて、彼らはいま、福島の子どもたちに安全な食料を送る運動を支えている。
日々の営みのなかで、むきだしのいのちに直面しているからこそ
、断絶ではなく、他者とつながる有機農業の本質を見るのである

翻ってテレビジョンでは、ゲームのCMが盛に流されている。スマートフォンの畑で野菜を育てたり、果物を実らせたりするらしい。家人に聞いたところによると、モバゲーと称するものなのだそうだ。
「たまごっち」を思い出した。それが流行っていたのは1996年だというから、すでに15年も前のことになる。

スマートフォンによる疑似畑で疑似野菜を育てるモバゲー も、「たまごっち」も所詮は、ボタンひとつで〝いのち〟を自由に操る「いのち擬(もど)き」の虚構にすぎない。
自分の都合で水をやり、育てる。飽きたら栽培拒否。生かすも殺すも、気分次第の一方向的な〝ごっこ〟でしかない。そこには、一枚の葉っぱの生命力も、スズメバチの摂理や有機農業の繋がるいのちのリアリズムも、見ることはできないのだ。

遊んでいるつもりが、いつの間にやら〝いのち擬き〟に弄ばれているパラドックス社会が誕生した……。
そこには、関係性というリスクを拒む現代日本社会が抱えるパトロジー(病理)が浮かび上がってくる。

 この国にとって「3・11」とは、いったい何であったのか。
戦後日本の既存の価値観が根底から問い直されたはずではなかったのか。
あれだけの夥しい、いのちの犠牲の代償が〝いのち擬き〟であったとは。
他者との関係のリスクを拒んだ社会が〝他人事のフクシマ〟を生んだのである。

*   *   *   *   *   *   *   *

3・11 とは、何であったのか、3・11を総括的に問い直してみたいと考え、12月10 日(土)福島県飯舘村の酪農家・長谷川健一さんの講演会(http://o-emu.net/tarkuratar/)を、『たぁくらたぁ』編集部とオフィスエムが共同企画した。

長谷川さんは語る……。
「私たちが離村を余儀なくされるまでに味わった苦しみや仕打ちをビデオに収めました。福島県では想像を絶することが起きている。テレビや新聞の報道が伝えないことを、私の口から、私の声で話したいのです……」と。

長谷川健一さんの講演会は、
会場:長野市生涯学習センター大学習室3(トイーゴビル4F)
開場:午後1時30分 開演:1時40分
入場無料
主催:『たぁくらたぁ』編集部+オフィスエム
連絡先:026-237-8100(オフィスエム)




時々刻々と、この世のすべてが風化していく……。
物事の風化が加速していると感じてしまうのは、加齢による自身の時間軸に狂いが生じてきているのかは定かでないにしても、そぞろ身にしむのは、秋風のせいばかりではなさそうだ。

くわえて、新聞の「原発輸出 首相表明へ」「31日 ベトナムと首脳会談」「ODAが交渉材料」(「朝日新聞」10月28日)などという不穏な見出しを目にしてしまうと、ますますもって心ざわつくものがある。

同紙によると、野田首相がベトナムのズン首相と会談し(31日)、原発輸出を表明する。日本政府が受注したベトナムの原発2基は、建設費約1兆円の巨大プロジェクトで、同国はさらに10基の建設を予定している。
日本政府は、原発受注の見返りとして、ハノイ市内のハイテクパーク整備などに新たに円借款(ODA)を供与することで合意したとある。

ドジョウの正体見たり……である。
先の国連総会において、「世界で最も安全な原発」を推進すると言い放った夜郎自大な振る舞いは、
株式会社ニッポンの世界へむけた原発のセールストークであったのだ。

一見、人の好い腹話術人形のような顔をしていても、一皮剥くと円借款を餌に、原発を売り込む死の商人の相貌が浮かび上がってくるではないか。
菅下ろしにかまびすしかった頃、作家の矢作俊彦が「いまは、鼻をつまんでも菅を支持する」とツイッターに書いていたことが、遙か昔のことのように思えてならない。

高木仁三郎は、 『科学の原理と人間の原理<人間が天の火を盗んだ──その火の近くに生命はない>』の中に言っている。

「元々人間の営みのごく一部、それも、人間の頭脳の活動のごく一部であった科学、ないしはそれを適用した科学技術というのが、その部分だけが異常に発達してしまって、自然なる生き物としての人間、いち生物としての人間の原理、あるいは生命の原理、生きることの原理とかなりかけ離れたところにいってしまった。しかもその前者、人間の営みの一部であるけれども、非常に大きく膨れ上がった科学技術というのが、一部の政治権力や資本というもによって戦争の道具に使われたり、金儲けの道具に使われたりというようなことが非常に顕著になってきたがために、それによって肥大化したという部分が否めないわけです」(金沢教学研究室終了生の会:発行より)

まさに、天の火を盗んだ 人間の傲岸不遜ぶりが、ODAに変貌しベトナムに侵攻しつつある。

翻って思い出すのは、2000年の入梅の頃だった──と記憶している。
当時、末期の大腸癌だった高木仁三郎氏は、原子力資料情報室の仕事をはじめ、すべての要職から身をひかれ、ご自宅で静養されていた。
そんな状況下であったにも関わらず、高木氏は、いささか強引とも思えるこちらのインタビューに快く応じて下さった。

〝静かなる哲人〟という第一印象どおりの穏やかな口調にも関わらず、その明快な論理と眼光のするどさ、そして最後に握手していただいた掌の温もりと笑顔を、いまもって忘れることはできない。
その年の秋、高木仁三郎氏は静かにその生涯の幕を下ろされた。

野田政権の手練手管に翻弄され、すべてが風化してゆく。
「3・11」が音も立てずに遠ざかってゆく。
あれから11年、隔世の感、禁じ得ない秋である……。

天の火を盗んだ人間の近くに生命は存在しない。


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