素読・完読・熟読ノート


『古井由吉自選作品』 (全8巻)の刊行(河出書房新社)が先月から始まった。すでに単行本の刊行時に読んだ作品が主であっても、「自選」という一言にそそられた。
「入手困難な作品も収録したファン垂涎の全8巻!」などという版元の仕掛に、いとも容易く堕ちてしまうのであるから、古井ファンにとっては、文字通り垂涎の的と言うべきであろうか。

第1巻は「杳子」「妻隠」「行隠れ」「聖」という古井小説の原点とでもいうべき初期作品が収録されている。加えて巻末の解説が朝吹真理子とあれば、やんぬる哉、といったところであろう。

オビには「感覚と知覚の揺らぎ、過剰と欠如、重く鋭利な文体、エロティシズムとユーモア、愛の可能と不可能……常に新しい読みを促す、古井文学の原点!」という、心憎いまでの惹句が躍っている。
常に新しい読みを促す〟ことは、優れた小説の必須の条件であることは言うまでもなく、常に読み手側の主体性が強いられてこそ、古井小説の醍醐味というものであろう。

まして菊地信義の格調高い装幀とあれば、文句のつけようもない。昨今の本の内容とは無関係なこけおどし的華美な装幀が頻発するなかで、モノトーンの重厚な装幀は流石と言わねばならない。
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タイポグラフィをここまで美しく表現した装幀家は、菊地信義を置いてほかにいない。

古井由吉の小説を初めて読んだのは、おそらく『円陣を組む女たち』(中央公論社/1970年)だったと記憶しているから、すでに40年以上も同時代の一作家を読み続けていることになるのだが、浅学の身にとって古井小説の妙味をひと言で語ることは、容易なことではない。

例えば「杳子」という作品の何を語ることによって、古井小説を語ったことになるのであろうか、思案に余るのである。
何ものかを語ろうとする先から、己の言葉が齟齬をきたすのである。何かを掴んだつもりでいても、たちまちそれらは掌からすり抜けてしまう。
実は、このすり抜けたモノこそが古井文学の真諦に他ならないのであるが、そこを的確に指摘したのが「死霊」の作者、埴谷雄高である。

──ここには事物の襞を緻密に見る観察のデティルがある。また生活の全体を眺めようとする知的な操作がある。/この作者が本来もっている憂鬱と倦怠は、それらの知的な分析力によって、なんらかの拘束と孤独のなかに生きている現代人の構図にまで高められ、昇華させられて、私たちはここに、まぎれもない〈閉ざされた現代〉のひとつのかたちを見るのである。(『円陣を組む女たち』のオビより

これは「円陣を組む〜」だけに限ったことではない。「杳子」もまた、そんな憂鬱と倦怠の閉ざされた現代(70年代)を描いた作品である。事物の襞、あるいは男と女(杳子)の襞を描くことにおいて、古井由吉の文体が際立ってくるのである。

また、「杳子」という小説を装幀という立場から読み解いたのが、司修である。

──『杳子・妻隠』の装幀に、ぼくは、一本の木としてやせ細った女を描いた。枝である両腕は垂れ下がり、顔はうなだれている。生気のない木に見えるが、樹木として成長していて、根はがっしりと大地を掴んでいる。そうすることで動くことを拒んでしまわなければならないけれど。『杳子』 には樹木化した女などどこにも出てこない。(中略)女の木は、小説を何度も読んで掴んだのではなく、読み終わるとすぐに銅板を針でひっかいていた。はっきりしたものはないのに、銅板に傷がついていくと、女は木になっていた。(『本の魔法』司修/白水社)
動くことを拒んだ、曰く言い難い〝
杳子〟を樹木化させたことが、司修ならではである。

杳子〟との出会いは、還暦過ぎの今回で3度目になる。初めての出会ったのは、10代最後の年だった。2度目の出会いは小説ではなかった。
それは1988年──30代後半の春だった。
当時はまだ村だった鬼無里の木彫家、高橋敬造氏の工房へ時折遊びに行かせてもらっていた。
暫くぶりに彼の工房へ顔を出したとき、これまでの敬造さんの
一見無骨で荒削りな作風とは明らかに違う作品が忽然と目の前に出現したのである。

一見して、「杳子だ……」と独りごちていた。 「へぇーっ、分かったの、流石だなあ」とすかさず敬造さん。
敬造さんも決して多いとは思えない〝杳子〟ファンの一人であった。とりわけ司修の銅版画の杳子に敬造さんは魅せられたのである。
銅版画〝杳子〟が木彫の〝杳子像〟になっていた。

彼の工房へ行く度に、杳子像を 愛でていたのだが、ある日、とうとう杳子を略奪するという実力行使に打って出た。
爾来、杳子像は相変わらず首をうな垂れたまま、わが家の居間に居てくれているのだが、杳子のことである、何時また忽然と姿を消してしまうことになるかもしれない。

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司修◎銅版画の杳子〉と〈高橋敬造◎木彫の杳子像

10代後半、30代後半、そして60代前半に出会った3人の杳子──。
けだし、読書の世界は深く、〝
杳子〟は摩訶不思議な存在と言わねばならない。
〈閉ざされた現代〉であればこそ、古井由吉を読むことによってかろうじてうな垂れてしまいそうな何ものかを、支えられているのかもしれない。

先に引用した『本の魔法』もまた、本読みにとっては、まさに垂涎の一冊である。希代の装幀家、司修の目を通して読書が深くなることを付記しておきたい。


 昼下がりのこと──
それまでの強風は、いつの間にかやんでいた。リビングの吹抜から仰ぐ2階のガラス戸越しに、青空がスコーンと広がって、雪に晒したような雲が浮かんでいた。

その〝〟に誘われるようにして散歩に出かけた。 足もとには、突風に飛ばされた小枝と枯葉が散逸していた。そして、陽はまだじゅうぶんに高かった。

頭上には完璧な青が広がっていた。
「まっ黒な予兆をはらんだ青空の下……」。
ジョルジュ・バタイユの『青空』と、その昔、冬のバルセロナで仰ぎ見た〝黒みがかった蒼天〟を思い出していた。
刹那、
ため息がもれた。
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登山道入口の鳥居も腰のあたりまで雪に埋もれていて、雪を被った両脇の狛犬が向き合って合掌していた。
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川上未映子の『すべて真夜中の恋人たち』(講談社)のなかで、「どうして空は青いのですか」と、主人公からと聞かれた恋人の物理学教師は答える──。

「波長の短いものほど散乱するんですね。青い光は短いから散乱しやすく て、だからあんなふうに空全体がおおきくみえるんですよ(中略)色っていうのは波長の違いも関係しているんです。波長が短くなるにつれて青っぽくみえて、 逆に長くなれば赤っぽくみえるんです。太陽から届く光の色んな部分のなかで、青いところだけが散乱しやすいんですね。だからそれがどんどん広がって、空全 体がおおきくみえるんです。(中略)……そして夕暮れになると、青い光はもっともっと散乱してゆくので、散乱しにくい赤い光が強調されて、いわゆる夕焼け という感じの空になるというわけです」(『群像』2011年9月号)

「真夜中は、なぜこんなにもきれいなんだろうと思う」という本作の冒頭の1行に戦慄した。弛まざる小説的戦慄は「〜光が去って、明日の朝また、光がここを訪れるまでの短いあいだ、わたしはしずかに目を閉じた」という最終行に至るのである。

前作『ヘヴン』(2010年、講談社)の衝撃的な物語の破綻からいまだ覚め遣らぬ間に『すべて真夜中の恋人たち』もまた、決して凡庸な物語に収斂することなく、小説を書くことの、かつ読むことへの真摯で静かな小説的パースペクティブに驚きを禁じなかった。改めて小説(言葉)のもつ力を知ることになった。
『すべて真夜中の恋人たち』は、2011年というもっとも過酷な年に読んだもっとも傑出した小説であった。

因みに川上未映子は、『乳と卵(ちちとらん)』 で芥川龍之介賞を受賞(2008年)しているのだが、先日、同賞の選考委員である石原槙太郎が、第146回芥川賞選考後の記者会見で「全然刺激にならな い」「いつか若い連中が出てきて足をすくわれる、そういう戦慄を期待したが、全然刺激にならないから」と選考委員を辞任した。

笑止千万──
ずっと以前から小説の戦慄からも、その刺激からも不感症に罹っていて、足をすくわれるほどの価値などとうに失せてしまった石原には、
『ヘヴン』も『すべて真夜中の恋人たち』も、読みこなす力など持ち合わせてはいないであろうし、まして、新い才能に嫉妬する特権からも見放されてしまっているのである。
ファッショ的で、かつ卑屈でコンプレックスがそのまま保守主義の権化となった石原槙太郎の駄弁などで、日本の若い小説は毫も揺るぎはしない。田中愼也の弁ではないが、新党結成にでも勤しんでいるがいい。まかり間違っても〝文学〟など金輪際口にすべきではない。

散歩は思いも寄らぬところで、横道にそれてしまった。だからこそ、散歩は楽しいのであるが。


かまびすしい師走がどうにも苦手である。やれ不景気だ、就職難だと日本中がヘコんでいたかと思っていたら、いつの間にやら街はジングルベルモード。それから一週間もしないうちに、初詣に出かけるのである。
「せまい日本そんなに急いでどこへ行く」という古い交通安全の標語(?)を、いささか自嘲気味に思い出してもいた。

さて、毎年、この時期になると、各界恒例の年末企画がある。出版界では2010年のベストセラーランキングが発表される。
かくして今年のベストセラーの第1位は、岩埼夏海・著『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(ダイヤモンド社)であった。2009年12月に発刊して、23刷160万部というから、慢性的不況下にある出版界にとっても、誠にご同慶の至りである。

ただ、一編集者として、また一読者としても、私はベストセラーとは縁が薄い(出版はロングセラーを旨としていると、一応いい訳しておこう)とりわけ今年は、村上春樹の『1Q84』をのぞいてビジネス書とマニュアル本の類で占められているということもあって、ベストテンに入った本は1冊も読んでいない。
ところが、我ながらどういう風の吹き回しか、後学のためにも今年はせめて第1位の
『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』(以下『もし高校野球〜』と略)くらいは読んでみようかと思い至った。しかも、同書は小説なのだそうだ。当初は萌え系の装幀からして、てっきりコミックだとばかり思いこんでいた。
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『もし高校野球〜』は、長くて
ベタなタイトルからも知れるように、高校野球のマネージャーと経営学者のピーター・ドラッカーという奇を衒った組み合わせにも、逆に編集者としての食指が動いたことも確かである。

私にとって、経営学はあまりにも畑違いお門違いな分野ではあるが、ドラッカーの名前くらいは聞いていた。昨今、ドラッカーやマルクスが再評価されているようである。なにしろ、あのNHKが「一週間de資本論」とかいう番組をつくったほどである。ただ、ここで両者を並べてはみたものの、いささか抵抗を覚えるのは、私だけであろうか……。

さて、ひと通り目次に目を通し、本文を数ページ読んだ時点で、『もし高校野球〜』のカラクリが分かった。この本は、ドラッカーの『マネジメント<基本と原則>』 (ダイヤモンド社)の超訳であり、取説のようなものである。
想像するに、引用されている『マネジメント』の内容が、読者の胸に心地よく落ちるのであろう。ドラッカーの言葉は金科玉条であり、指南書であり、聖書的な拠り所にもなっているに違いない。ドラッカー本がこれほどにロングセラーが続いている理由も、それなりに知ることができた。すべての道はドラッカーに通じているのである。巻末には『マネジメント』の広告がちゃんとある。流石というほかはない。

さらに言及するなら、本書は断じて小説などではない。これはシノプシスである。梗概に過ぎない。いくらなんでもドラッカーを読んだからとて、万年Bクラスのチームが、甲子園出場を果たすなどという劇画紛いの荒唐無稽ぶりにも呆れた(実は、だからこそ売れたのだ!)。
高校野球がもう一つのモチーフであるにも関わらず、せめて「巨人の星」程度のスポ根ものにあるダイナミズムくらいは感じさせて欲しかったのであるが、もとより小説としての文体があるわけでもなく、ビジネス書としてもお粗末に過ぎる。

従って『もし高校野球〜』を読み通すことは至難なことであった。何度も放り出そうと思った。 ただ、なぜこの本が160万部も売れたのかを知りたかった。それくらいのモチベーションなくして、とうてい読み通せる代物ではない。いったい何人の読者が、この本を最後まで読んだのだろかと思いつつ読了した。

「あとがき」によると、本書は当初ブログに連載されていたとのこと。それを読んだダイヤモンド社の編集者が本書の企画に繋げた……。というネット時代ならではのエピソードを一読するにつけ大いに得心した。
これはダイヤモンド社の仕掛けである。結果、
『もし高校野球〜』が売れ、ロングセラーの『マネジメント<基本と原則>』の販売にさらに拍車が掛かった。二兎を追って二兎とも得た。風吹いて桶屋ならぬダイヤモンド社が儲かったのである。
ベタなタイトルも端から想定済みである。
つまり、ダイヤモンド社によるドラッカーの『マネジメント<基本と原則>』の実践編であり、それによる同社の見事な勝利である。

『もし高校野球〜』が売れた背景には、何となく「小説」を読んだような錯覚に陥り、何となく「経営学」にもふれたような気持ちになれる。俄知識を、第三者にひけらかしてみたくなる。いかにもネット時代の知的ツールになっているからこそ、ベストセラーになり得たのである。すでに第2弾『もし零細出版社の編集者がドラッカーの「マネジメント」を読んだら』が企画されているかもしれない……。従って、小説など売れる道理はないのである。

口直しにと思いたち、マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう<いまを生き延びるための哲学>』 (早川書房)を手にしてみた。
ハーバード大学史上最多の履修者数を誇る哲学の超売れっ子教授による、いまや泣く子も黙る白熱教室話題の一書である。正直、第5章の「重要なのは動悸<イマヌエル・カント>」に惹かれもした。
因みに本書も、Aamazon本のベストセラー第1位とある。はてさて、どうしたものか……。


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