2019年3月22日発売の週刊金曜日に「電通と被曝安全神話 情報公開でわかった! 「心の除染」のつくり方」という記事を書きました。3・11以後、日本最大の広告代理店である電通が東京電力福島第一原発事故にかかわってどのような事業を行ってきたのか、福島県伊達市から委託を受けて実施した「心の除染」事業を中心にしてまとめたものです。

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また、この記事については、「編集長後記」で紹介していただきました。記事を読んでない方には要旨が分かっていただけるでしょうから、そのまま掲載させていただきます。以下のとおりです。

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環境省の「2012年度 東日本大震災に係る除染等に関する広報業務」について、記事の中で触れました。それに合わせて、この事業の事務局体制の図(開示された報告書にある)を紹介したかったのですが、スペースがなくて掲載することができませんでした。まるで原子力ムラが運営しているかのようであることが、わかっていただけるのではないでしょうか。

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なお、「心の除染」事業については、『たぁくらたぁ』47号により詳しく書いているので、そちらの記事も読んでいただきたいのです。47号に掲載した小出裕章さんのインタビュー記事や伊達市在住の島明美さんの記事を併せて読んでいただければ、「被ばく安全神話」がどのようにつくられているのか、きっとご理解いただけると思います。このブログの2018年2月18日の記事も参考にしてください。

(野池元基)


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『たぁくらたぁ』47号を2月25日に発行したあました。目次は以下をご覧ください。

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表紙作品♦山口マオ(やまぐち まお)


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『たぁくらたぁ』46号を10月30日に発行したあました。目次は以下をご覧ください。

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表紙作品♦伊藤瞳(いとう ひとみ)

 


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『たぁくらたぁ』45号を6月15日に発行したあました。目次は以下をご覧ください。

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表紙作品♦小池輝人(こいけ あきと)2003年生まれ 上高井郡在住

『木』——学校の勉強も飽きて、暇にまかせて点々をうっているうちにこんな点描画ができた。「なんとなく、適当に、時々」描いているんだそうな。信州ザワメキアート展2017入選。【関 孝之/ながのアートミーティング】


お知らせです。表記の講演会を4月1日(日)に長野市の ふれあい福祉センターにて行います。ぜひご参加ください。

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当日は、今野さんの講演を1時間、後半の1時間は渡辺一枝さんに加わっていただき、会場からの質問を受けながらトークを進めていきます。 会場とのやり取りにたっぷり時間をとってあるので、普段から気になっていることやお知りになりたいことなどを、この機会に今野さんと渡辺さんにぜひご質問ください。

今野さんのプロフィールを補足しておきます。

1982年、放射線作業従事者となり原子力関連(東電福島第一・第二・東北電女川・原電東海第一・第二、JAEAもんじゅ、他)や、火力関係(東電広野、鹿島、他)などで電気計装設備及び機器に関する建設工事、メンテナンスなどに従事して来た。2011年3月女川に出張中に被災し、現地で復旧支援活動に当たった後、家族や浪江の人たちと共に福島市の飯坂温泉の公営住宅に避難。「子ども脱被ばく裁判(子ども人権裁判)(親子裁判)」原告。「脱被ばく実現ネット」で活動。「福島原発告訴団」「南相馬20mSv撤回訴訟」「津島訴訟」「生業裁判」などの支援者として活動。 

また、講演会終了後に交流会(懇親会ではなく)を予定しています。参加費は実費(たぶん1000円くらい)です。 当日の申し込みで結構です。開始時間は16時から、場所は会場のすぐ近くで、『たぁくらたぁ』発行元のオフィスエムのビルの4階です。

 


伊達市の市役所本庁舎は東電福島第一原発から北西約60キロに位置する。2011年3月18日、福島県による伊達市内の空間放射線量の調査が始まり、22時20分、庁舎敷地内で毎時7.35マイクロシーベルトが記録された。『たぁくらたぁ』の取材で今年1月に話をうかがった島明美さんの自宅は、この庁舎から500メートルほどの住宅地にある。

2011年7月、伊達市は除染事業の概要をまとめ、国や県の対応を待たずに「除染は市内全域を行う。宅地・住居を最優先する」という基本方針を示した。しかし、1年後の8月、市は大きく方針を転換した。除染計画の2版をつくり、被ばく線量が年間1~5ミリシーベルトの地域(Cエリアと区分)は「除染の必要なし」としたのだ。Cエリアは、市全域の3分の2の面積にあたる。市役所も島さんの家のある住居地区もCエリアである。島さんは自宅の庭の除染を自分でし、除染土は2年間も庭に積んだままにせざるを得なかった。

なぜ伊達市は方針を変えたのか、その間に何があったのか。「当事者性」に立って市政と向かい合ってきた 島さんの記事が、その経過を伝えている。

 shimasan1.jpg除染のために防護服を着る(2014年)

jyosen.jpg自宅に保管した除染土(2014年)

市の除染計画によって、安全が確保されたと心から信じた市民がどれほどいただろうか。2014年1月の伊達市長選で、市長は「追加除染」を公約に加えて当選した。しかし、「追加除染」とは放射性物質を取り除くのではなく、すでに安全であるにもかかわらず危ないと思う市民のその不安を取り除く、つまり「心の除染」である、と当選後に市長は説明したのだった。

放射能汚染の危険性は今も日常生活のなかにあり続けていると、島さんは考えている。たとえば、マスクをするかしないか、の話である。 市民が着用していたマスクからセシウムが検出されたという調査報告を例に引いて、「原発事故の当時も今もですが、子どもたちはマスクをずっとしてますが…やはりぞっとします。そしてマスクを外させようとした学校側の対応に今更ながら表しようもない怒りを覚えます」と言う。

これについては次のような経緯がある。東京大学アイソトープ総合センターの助教の2012年の調査で、マスクからそこに付着したスギ花粉に含まれたセシウムが検出された。助教は研究グループとして調査を続行、2014年の調査でもセシウムが検出、加えてこの時には、セシウムボール(原発事故の時に大気中に放出された、放射性セシウムがガラスと混じり合った微小な球状の粒子)も見つかったという。さらに2016年10月には、福島県において住家内で着用されたマスクからセシウムホールが発見された。

島さんはさらに指摘する。セシウムボールと呼ばれているが、「違う放射性核種もあるのです。例えばそれはプルトニウムです。現在も国内外からの研究者がエアサンプラーなどで集めたチリなどから、それを探しているというのが実情です」 。しかも、こうした調査の結果が公表さるのは、1年先2年先ではないか、まるで後出しジャンケンのようだ、とも。

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 こうした現実を、「「科学的には安全だ」と言っても、それが市民の心の安心に繋がっていないという現実」(伊達市長メッセージ 2014年4月24日)という一言で片付けることができるだろうか。心のの安心を目指すのが「心の除染」だった。なお、「心の除染」にはちゃんとした正式事業名がついている。「低線量地域詳細モニタリング事業」(2014年度)。これを請け負ったのは天下の電通だった。

島さんの闘いに終わりはまだ見えない。


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『たぁくらたぁ』44号が2月15日発行になりました。目次は以下をご覧ください。

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表紙作品♦宮本尚幸(須坂市)

三好達治の詩『雪』——「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ」。作者独自の筆の走らせ方で書く。雪がシンシンと降り続ける風景。安心して眠る太郎と次郎。【関 孝之】


 間もなく発行の『たぁくらたぁ』44号の、浅井大希さんの連載「 No pasarán!(ノ パサラン) やつらを通すな!」は、名護市長選の報告である「分断された町」です写真も送られてきたのですが、4ページの記事は文字で埋め尽くされました。原稿が届いたのは2月7日、印刷所へ入稿する前日であり、増ページはできませんでした。浅井さんが撮影した写真も見ていただきたく、記事の一部(太字)とともに、ここで紹介いたします。

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開票速報を見守る稲嶺進前市長と支持者たち

「今回の名護市長選挙に、国は総力をあげて介入してきた。公明党が渡具知陣営につくと、全国から学会員が派遣され、辺野古反対の名護の学会員の説得にまわった。レンタカー数百台が期日前投票所を往復した。100人を越す与党国会議員団が連日名護入りし、企業と団体をまわり組織票を固めた。圧倒的な力の差が見せつけられた。」

稲嶺市長の退任式(2月7日)

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「辺野古の隣、大浦湾の奥に二見という集落がある。ここに具志堅君たちは2千坪の土地を借りて、農業やモノづくり、コンサートやワークショップなどのイベントをする居場所を確保した。「ワカゲノイタリ村」と名付けた。」

 稲嶺市長の決起大会で、彼がしたスピーチが忘れられない。

「自分の家族は、公明党を支持しています。(どよめき) ほんとです。毎回選挙になるたびに揉めます。今回も言われました。焦点は基地じゃないと。俺ら市民と市長が、何をしても基地建設は止めることはできないと。だけど相手候補が掲げてる、ほんとに明るく前向きな名護市を目指すって、まずその、無力さを突き付けている時点で、もう明るくないだろって思います。俺が知ってる名護市や、俺が住みたい名護市っていうのは、自分たちが屈せず、自分たちの可能性、資源、人を活かして、自分たちの街づくりをやっていける、そんな名護市です。この場所と土地の人たちにはそんな可能性がいっぱいあって、稲嶺市長はその可能性を信じてこれからの4年間も頑張ってほしいです」

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本日(2月9日)、オスプレイのまた落下した部品が伊計島のビーチで発見されたというニュースが流れました。海上に浮かんでいたのを清掃員が発見し、ビーチに引き上げたということです。重さは約5キロ。

「いくら沖縄県が抗議しても、民間地の上を飛ぶ訓練は続く。あまりに事故が続くのでこちらの感覚が麻痺してくる 。」


 半月ほど前、小諸市にある「茶房 読書の森」に行こうとして、その数100メートルほど手前で目に飛び込んできたのは惨たらしい風景でした。なだらかな丘の上にある「読書の森」はこんもりとした森に囲まれていたはずなのに、建物の手前の森が消えさっていました。丘ごと削り取られたのです。太陽光発電所のための造成工事によるものです。

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計画では、この太陽光発電所の規模は732.6キロワット、パネルの枚数は4440枚です。事業主は小諸市内にある廃プラスチックのリサイクル業者で、来年3月から運用開始の予定。9月下旬から一気に工事が進んだと言いいます。

そもそもこの現場を訪れるたのは、太陽光発電の工事によって森が伐採されて、10月23日未明に長野県に最接近した台風21号の風で小屋の屋根が飛ばされ、 木も折れたという話を聞き、まずは現場を見せてもらおうと思ったからです。しかし、地形を丸っ切り変えてしまう造成工事は想像外でした。

こうした現状に至るまでの経緯などもお聞きしましたが、詳しくは『たぁくらたぁ』次号の記事での報告にします。執筆者は、「読書の森」のオーナーの娘さんである依田みずきさんです。

「読書の森」では12月9日(土)にこの問題にかかわってシンポジウムを開催します。パネラーの一人は『たぁくらたぁ』編集委員の岡本です。以下、そのお知らせです。

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さらに詳しくは「読書の森」のFacebookで。https://ja-jp.facebook.com/dokusyonomori/ 


  連載「気になる言葉」の原稿が編集委員の安部憲文から届いた。 そこに、ななおさかきの詩「星を喰べようよ」が引用されていた。原稿を読んで、手元の詩集で確認したら間違いがあった。安部さんに連絡して指摘すると、「いや、ちゃんと確かめました。間違っているはずはありません。ちょっと待ってください。調べますから」と言う。で、その結果は? というのが下記の安部さんの文章だ。詩も載せておこう(連載とは別ページに全文掲載した)。

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s-img523.jpg(『地球B』初版より転載)

編集長から電話をいただいた。ナナオの詩「星を喰べようよ」の引用に間違いがある、とのこと。確認してみると、手持ちの詩集『地球B』は2006年4月14日第11刷。編集長の『地球B』は初版1989年11月13日発行。

ナナオ他界(2008年12月23日)後発行された『ココペリの足あと』(初版本の詩が掲載)で確認してみると、2カ所の違いを発見。「ロボット~」の1行が11刷にはなく、ひとつ上の行が「原子力発電所つくった」で終わり、11刷は「誰かが 歌い出す」ではなく、「ちっちゃい子供が 歌い出す」となっている。ちなみに第2刷の『地球B』(1991年9月23日)も11刷と同様だった。

ナナオ・サカキ朗読会のDVD(非売品)を観ると、ナナオは初版本を手に「ロボット~」と朗読している。この朗読会は編集長が主催者代表で東日本大震災のちょうど5年前の2006年3月11日長野市で開催された。なぜ、ナナオは「ロボット~」と朗読したのか。 (安部憲文)

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( ↑ 2006年3月11日長野市での朗読会のDVD―非売品)

s-s-pict0023-iloveimg-converted.jpg (『地球B』を朗読するななお)


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