伊達市の市役所本庁舎は東電福島第一原発から北西約60キロに位置する。2011年3月18日、福島県による伊達市内の空間放射線量の調査が始まり、22時20分、庁舎敷地内で毎時7.35マイクロシーベルトが記録された。『たぁくらたぁ』の取材で今年1月に話をうかがった島明美さんの自宅は、この庁舎から500メートルほどの住宅地にある。

2011年7月、伊達市は除染事業の概要をまとめ、国や県の対応を待たずに「除染は市内全域を行う。宅地・住居を最優先する」という基本方針を示した。しかし、1年後の8月、市は大きく方針を転換した。除染計画の2版をつくり、被ばく線量が年間1~5ミリシーベルトの地域(Cエリアと区分)は「除染の必要なし」としたのだ。Cエリアは、市全域の3分の2の面積にあたる。市役所も島さんの家のある住居地区もCエリアである。島さんは自宅の庭の除染を自分でし、除染土は2年間も庭に積んだままにせざるを得なかった。

なぜ伊達市は方針を変えたのか、その間に何があったのか。「当事者性」に立って市政と向かい合ってきた 島さんの記事が、その経過を伝えている。

 shimasan1.jpg除染のために防護服を着る(2014年)

jyosen.jpg自宅に保管した除染土(2014年)

市の除染計画によって、安全が確保されたと心から信じた市民がどれほどいただろうか。2014年1月の伊達市長選で、市長は「追加除染」を公約に加えて当選した。しかし、「追加除染」とは放射性物質を取り除くのではなく、すでに安全であるにもかかわらず危ないと思う市民のその不安を取り除く、つまり「心の除染」である、と当選後に市長は説明したのだった。

放射能汚染の危険性は今も日常生活のなかにあり続けていると、島さんは考えている。たとえば、マスクをするかしないか、の話である。 市民が着用していたマスクからセシウムが検出されたという調査報告を例に引いて、「原発事故の当時も今もですが、子どもたちはマスクをずっとしてますが…やはりぞっとします。そしてマスクを外させようとした学校側の対応に今更ながら表しようもない怒りを覚えます」と言う。

これについては次のような経緯がある。東京大学アイソトープ総合センターの助教の2012年の調査で、マスクからそこに付着したスギ花粉に含まれたセシウムが検出された。助教は研究グループとして調査を続行、2014年の調査でもセシウムが検出、加えてこの時には、セシウムボール(原発事故の時に大気中に放出された、放射性セシウムがガラスと混じり合った微小な球状の粒子)も見つかったという。さらに2016年10月には、福島県において住家内で着用されたマスクからセシウムホールが発見された。

島さんはさらに指摘する。セシウムボールと呼ばれているが、「違う放射性核種もあるのです。例えばそれはプルトニウムです。現在も国内外からの研究者がエアサンプラーなどで集めたチリなどから、それを探しているというのが実情です」 。しかも、こうした調査の結果が公表さるのは、1年先2年先ではないか、まるで後出しジャンケンのようだ、とも。

shinbun.jpg (茨城新聞 2018年1月14日)

 こうした現実を、「「科学的には安全だ」と言っても、それが市民の心の安心に繋がっていないという現実」(伊達市長メッセージ 2014年4月24日)という一言で片付けることができるだろうか。心のの安心を目指すのが「心の除染」だった。なお、「心の除染」にはちゃんとした正式事業名がついている。「低線量地域詳細モニタリング事業」(2014年度)。これを請け負ったのは天下の電通だった。

島さんの闘いに終わりはまだ見えない。