『たぁくらたぁ』


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『たぁくらたぁ』41号が2月10日発行になりました。目次は以下をご覧ください。

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表紙絵の稲荷山養護学校「作品」

これは文字ではありません。文字になる前に文字。文字になることをやめた文字。無言の文字。眼を閉じてみると、おしゃべりな墨たち(森貘郎)

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『たぁくらたぁ』が発行になった6月20日、長野市民新聞にコラムも掲載されました。こちらは、「たぁくらたぁ」の意味に触れて、この号の紹介も少ししています。おまけで掲載いたします。

「たぁくらたぁ」のススメ

  仲間たちとつくる『たぁくらたぁ』42号の編集作業がやっと終わって印刷所に入れた。発行日はこの記事が掲載される今日だ。

 この雑誌は原発事故やリニアなど時事の話題が多いけれど、暮らしの目線に立っているので小難しくはないはず。連載は、遠そうで近くに感じる記事ばかり。山奥でのちょっと変わった子育てや盲導犬の話もあるし、パリのファッションデザイナーも書いている。

この女性デザイナー、夜中に梯子から落ちて膝が凹むほどの骨折。病院に運ばれると、医師たちは「夜半の手術は元気を出さないとね!」と言って、音楽をのりのりにかけて手術したというのだ。これが今号の記事。文化の違いは興味深い。所変われば品変わる。

 ところで、「たぁくらたぁ」の意味が分からない、という方もいるはず。ここら辺りの方言だが、日常会話で耳にすることはまずない。もう死語に近いかも。標準語に訳せば、「バカモノ(馬鹿者)」である。この方言が身についた年配の方々は、たいがいが雑誌名を見て笑う。面白がっているのか、呆れているのか、よく分からない。

 雑誌名を提案したメンバーは、こんなエピソードを持ち出した。子供の頃、ふざけてスイカ泥棒をした。それを見つけた農家のおじさんが怒った。「この、たぁくらたぁ!」。その後で、おじさんは言った。「そのスイカは不味い。こっちを食え」と。それを聞いて、そりゃいいや、と雑誌名は即決した。

 方言は、地域の中で使われる。かつての地域は共同体のようなものだったから、経済的に豊かではなくて人手も不可欠だし、たぁくらたぁだって役に立つ。みんな一緒に生きていくのが基本。だから、方言は否定的な表現にも優しさを含むのだと思っている。

ネット世界のように、誰かを蔑んだり異論を見下して攻撃したりするのと、地域は社会の在り方が違っていた。なので、排他や敵対関係に一方的に進みゆくことにはならない。政治の世界は、敵国をつくり、国内に危険分子を想定して排除しようとする方向へ突き進んでいる。ネット世界のまるでコピー! 賢くなり過ぎると、そういう世界のもっともらし論理に巻き込まれる。

 共謀罪が国会を通過し、「委縮」を懸念する声が上がる。でも、たぁくらたぁには、委縮なんてむずかくて分からないし、できない。変わらず雑誌を出し続けるだけだ。 


長野県内でLooop(ループ)社が関わる大規模太陽光発電所の計画は、もう一つあります。上田市真田町のあずまや高原に計画されている敷地面積2.1ヘクタール、891キロワット(0.891メガワット)、ソーラーパネル3430枚の発電所で、予定地は上信越国立公園内にあたります。事業者は投資会社HJアセットマネジメント社(本社:東京)で、Looopが設置工事を請け負うことになっているのです。

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この計画地に道路を挟んで隣接しているのが、平塚らいてう記念施設である「らいてうの家」です。NPO法人平塚らいてうの会が2006年に建て、「平和・協同・自然のひろば」と名づけて運営しています。平塚らいてうの会会長でありこの家の館長でもある米田佐代子さんが、この計画に反対する記事を『たぁくらたぁ』41号に寄稿してくださり、「国立公園内の太陽光発電設備が自然環境や景観を破壊することへの異議と同時に、「人間と自然の一体化」を求めたらいてうの思いを受け継ごうという理念が壊されることに危機感がある」と述べておられます。

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米田さんはブログ「米田佐代子の「森のやまんば日記」」で、この計画について何度も書いておられます。ここにメガソーラーを建設すしたら環境にどんな影響を及ぼすのか、という論点よりもむしろ、暮しの在り方から太陽光発電を問うており、この問題を考えていくための想像力を広げてくれるはず。『たぁくらたぁ』の記事とともに、ぜひ読んでいただきたいのです。

拝啓 『暮しの手帖』様    『暮しの手帖』86号「電力は選ぶ時代」に異議あり!   (他にも関連記事がいくつもあります)

また、Looopの霧ヶ峰下の メガソーラー計画については、以下のブログに詳しく情報が載っているので、こちらもぜひご覧ください。

太陽光発電問題連絡会 

さて、3月25日に『暮しの手帖』最新号が発売になります。「電力は選ぶ時代」について、編集部宛てに私たちが送った意見について、どんなふうに答えてくれるのでしょうか。(続く)


『暮しの手帖』の最新号(2-3月号)で「電力は選ぶ時代」という特集が組まれています。それは、こんな説明書きから始まっています。

「昨年4月、「電力自由化」が始まり、今までとは別の電力会社から電気が買えるようになりました。
しかし、大多数の家庭では、よくわからないからとそのままになっています。
実は、電力を選ぶことは、これからの暮らしを選ぶことに繁がっているのです。
よくある疑問から一緒に考えてみませんか。」

確かに。考えることは大事。でも、ミスリードがあっては困ります。

特集は、Q&A形式での解説が続き、最後に“ユニークな新電力会社”として、「自社の発電所を持ち、再生可能エネルギーを中心に販売するなど、消費者との繋がりに特長のある4社を紹介します。」とあって、そのトップで紹介されているのがLooop(ループ)です。

この Looopは、『たぁくらたぁ』でもいくつかの記事で取り上げています。ただし、「お勧め」ではなく、環境破壊を招く巨大メガソーラーの建設を計画している会社としてです。メガソーラーとは、出力1000キロワット(1メガワット)以上の太陽光発電所のことをいいます。一般家庭の屋根に載っている太陽光発電は3~4キロワットです。

小誌が取り上げたのは、霧ヶ峰下(諏訪市四賀)の山林を伐採して造るLooopのメガーソーラー計画で、出力は89メガワット、敷地面積は諏訪湖の7分の1、設置されるソーラーパネルは31万枚というもの。パネルを一列に並べれば新幹線のレール幅ぐらいで300kmにも達します。

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( 大分県杵築市のメガソーラー 出所:ハンファQセルズジャパン)

これは「日経テクノロジーonline」というWEBサイトにある「林地を切り開き10万枚のパネルを並べた杵築市のメガソーラー」という記事に載っていた写真で、このメガソーラーの出力は約24.5メガワットです。

Looopが計画している 霧ヶ峰下のメガソーラーの規模は、この3倍あまりです。

Looopのメガソーラー計画地の直下で、下流域にあたる地元4地区は、豪雨時の災害の恐れなどから、計画の白紙撤回を求めています。しかし、Looopは受け入れません。

そのような会社を、『暮しの手帖』が紹介しているのです。しかし、それはこの事実を知らなかったからゆえのはず。だから、この計画の反対している地元当事者や、計画地を訪れて記事にした小誌のメンバーは投書したのです。拝啓 『暮しの手帖』編集部さま、と・・・。(続く)


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『たぁくらたぁ』41号が2月10日発行になりました。目次は以下をご覧ください。

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表紙絵の作者は、おばたまゆみさん。

時間の渦巻きが消えてゆく白い日。 人は虹のように遠い空を夢みることができるか。(森貘郎)


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『たぁくらたぁ』40号が間もなく10月5日発行になります。目次は以下をご覧ください。

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表紙絵の作者は、戸田恵さん。

灰色の雨に打たれて崩れゆくものがある――夏の終り。とつぜんの秋。久しぶりの上天気。 (森貘郎)

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『たぁくらたぁ』という誌名を提案したのは、関口鉄夫さんだった。

創刊2号の巻頭言を掲載します。

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『たぁくらたぁ』の初代編集長で環境科学者の関口鉄夫さんが8月31日午前8時に亡くなりました。

遺言により葬儀は行わず、ご家族でのお見送りです。

故人の意思を引き継ぎ、現場に足を運び、現場からの視点を大事にし、これからも小誌を発行してまいります。

以下に、小誌創刊号(2004年4月)の関口鉄夫さんの記事を掲載いたします。

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『たぁくらたぁ』39号が5月25日発行になりました。増ページ号です。目次は以下をご覧ください。

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表紙写真の作者は、伊藤喜彦さん(故人、滋賀県の信楽青年寮)

こんなに目がいっぱいあれば、ホントのことが見えてくるよ。

こんなに口がいくつもあれば、ボクだってモノが言えるよ。

こんなに耳がいっぱいあれば、あなたの愛のコトバが聞こえるはず。 (森貘郎)



 長野市民新聞に書いたコラムを掲載します。取り上げたのは、池澤夏樹訳の『古事記』と自民党の「日本国憲法改正草案」についてです。

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古事記と憲法改正

古事記は面白い。神々がよく恋をする。「因幡の白兎」の大国主命(オオクニヌシノミコト)は、ある美女に歌いかける。綺麗な乙女がいると聞いて、妻にしたいと思い、いても立ってもいられずに家まで来てしまったのだ、と。美女は板戸を開かぬまま、ずいぶん艶っぽい歌を返す。そうむやみに恋い焦がれませぬように、と。

天皇の時代になっても、恋にまつわる話は多い。天皇が美女を呼び寄せようと使者に息子を送ったら、息子が横取りをした、など。ただ断っておくと、神も人も誰もが自分の使命には真っ直ぐなのである。今時のお騒がせ国会議員のチャラい話とは違って(比較のレベルが低すぎるかな)。

古事記は、神々の誕生から第33代天皇に至るまでの物語だ。天皇制を賛美する国家の歴史書である、という先入観があって、これまで手にする気もしなかった。けれど、池澤夏樹の口語訳が出版され、これを機に読んでみたら、ぐいぐい引き込まれたのだった。

この本は天皇の命令で書かれたのだから、明らかに政治的である。しかし、格式ばっていないのだ。絶対的な力をもった万能神はいない。萬の神たちも存在する。ヤマトタケルは勇者として各地を平定していくが、過信により神の怒りを招き、力を弱らせる。古事記は、勝者を単純に美化しないで、勝者の弱さも描き、敗者や異端者も公平に扱う。宿命がもつ悲しみに心を寄せるのだ。それは物語ゆえかもしれないが、世の中が強者の論理だけでは動いていなかった時代の、おおらかさの反映ではないだろうか。

古事記を読んでいると、それとは対照的に強者として中央集権化を一気に推し進めようとする安倍政権、その自民党憲法改正草案を思った。この草案の性格を端的に表すのは、前文の冒頭のひと言目である。現行憲法では「日本国民は、」と始まるのを「日本国は、」とする。主語から「民」を削除したのだ。つまり、国家のための憲法に変わる。

第1条以下の条項の改変の内容はすべて、これに貫かれている。「公の秩序」などという言葉を持ち出して、個人も家族も、言論などもそれに従わせる。基本的人権を保障する条項は消された。その先のあるのは、国家の枠に閉じ込められ、締めつけられた、生きづらい社会ではないのか。そうではなく、自分の意思を持って、おおらかに生きられる社会であり続けてほしいのだ。

img_1417-001.JPGフランス語版『古事記』から

自民党の改憲草案の前文の冒頭の文書はこう。

「 日本国は、長い歴史と固有の文化を持ち、国民統合の象徴である天皇を戴いただく国家であって、国民主権の下、立法、行政及び司法の三権分立に基づいて統治される。」

皇国史観を復活させたいというきな臭さがプンプンしてくる。『古事記』が再び悪用されるなんてことがないとは言い切れない。しかし、読んでおけば、「それは違うでしょ」ときっと言えるはず。でも、先ずは読みやすいし、面白いというのが何よりなのだ。

次号の『たぁくらたぁ』では、参院選(衆院選も同日?)前の特集で、自民党の改憲草案を取り上げるつもり。発行は5月末を予定。


 cid_a.jpg清水まなぶさん

38号の冒頭記事はシンガーソングライター清水まなぶさんの記事「もう二度と戦争をしてはならん」。

長野県泰阜村で生まれた中島多鶴さんは15歳の時に家族と満州へ渡り、九死に一生を得て帰国した。中国残留者たちの帰国が始まってからは身元引受人になるなど支援に尽力し、 満蒙開拓の歴史の語り部でもあった。この中島さんの満蒙開拓の体験談を曲にしたのが「沈まぬ夕陽」だ。

清水さんが中島さんの前でこの曲を歌った時、中島さんは歌詞に目と落とし、「2度と戦争を起こしてはならん」という一言入れてほしいと言ったと、清水さんは書いている。こうして完成した曲は9分近くに及ぶ。中島さんの語りが風景となって甦ってくる歌だ。

もう2度ともう2度と戦争を起こしてはならん何万人も何十万人も何百万人もの失われた命 魂の叫びが言葉が今甦る(「沈まぬ夕陽」より)

清水さんは、多くの戦争体験者の話を聞き取り、その中のいくつかの体験談をもとに曲をつくり、歌い続けている。聞き取りはもう100人を超えているという。ジャーナリストであっても、ここまでやる人はそうはいない

なぜ、そこまでして聞き取りを続けるのか? その中でも印象に強く残った話を紹介してほしい。 清水さんに原稿を依頼する時にそうお願いをした。記事では5人の方の話が紹介されている。

清水さんはコンサート以外に、「回想プロジェクト」として、学校や集会、行事などで歌と講演をして歩いている。その様子はFacebookで紹介されている。 https://www.facebook.com/kaisou1945

またご自身のブログにも報告されている。http://manaboom.naganoblog.jp/

2月13日(土)には トイーゴ広場 で開かれる「長野市民平和の日のつどい」(17:00~18:30)で、清水さんのライブがある(18:00~ 18:30 )。ぜひ聴きに行きたいと思っている。その他のコンサートや講演についてはホームページでご確認をください。http://www.manaboom.net/

なお、中島多鶴さんについては 、本誌37号の中繁彦さんの記事「下伊那のなかの満蒙開拓」を併せてお読みいただきたい。中さんが中島さんに聞き取りをしたご著書がある。このタイトルも「沈まぬ夕陽」。


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