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朝、畑で仕事をしていると、屋外スピーカーから警戒音。9月15日午前7時過ぎ、再びJアラートが流れたのだった。 9月12日発行の長野市民新聞に前回のJアラートについてのコラムを書いてあったので、掲載します。なお、今回のミサイルの飛行高度は地上700kmの宇宙空間を飛んでいったらしい。

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戦争の悲しみ

 8月29日の早朝に畑で仕事をしていたら、防災無線の屋外スピーカーから聞きなれない音が流れてきた。耳を傾ければ、「北朝鮮からミサイルが発射された模様なので、頑丈な建物か地下に避難してください」と、現実感のない音声が伝える。これが全国瞬時警報システム(Jアラート)だとは後から知った。

 スピーカーの声につられて空を見上げたが、鳥も飛んでいない。「避難せよ」とはどんな状況を想定しているのかと、その時に一応考えた。突然、北朝鮮がミサイルを日本に撃ち込むはずはない。ならば打ち上げ失敗で落下してくる? 丸ごと? バラバラで?

弾道ミサイルは、大気圏外に飛び出す。調べてみれば、日本の上空を通過したといっても、地上500キロ。国際宇宙ステーションは地上400キロくらいを回っているから、その上を越えていった。ちなみに、しょっちゅう故障し墜落もするオスプレイは上空2~3キロを飛び、沖縄ではその訓練飛行が日常化している。もちろん、かの国のミサイル発射実験や核実験はクレージーである。けれど、国家間の挑発し合いのエスカレートの方がよっぽど危険を感じる。

アメリカが介入したベトナム戦争で勝利したのは北ベトナムだった。その国の、自国内が戦場化した戦争に出征した兵士バオ・ニンは、『戦争の悲しみ』という小説を戦争後に著す。自分を重ねたであろう作家が主人公のこの小説には、ヒーロー話や美談は存在しない。敵味方も関係なく同じ民族の命が奪われる場面が克明に描かれる。

この小説は、若き主人公が愛し合っていた女性と引き裂かれる物語でもある。爆撃によって離れ離れなった二人は十年後、戦争が終わってから再会し、抱きしめ合い、いっしょに暮らし始める。しかし、戦場で犯されてしまった彼女と、戦争で身体の性的な障害を負った主人公の間に、男女の埋められない溝ができて、彼女は去っていく。この悲しみがあまりに深い。国には戦争の勝敗があるけれど、戦争に巻き込まれた等身大の人々の悲しみに勝ち負けによる差などない。

国家の最高権力は常に国民の不安感をあおる。国家と自身の威信を守るために。ミサイルを発射した世襲3代目も、「核を含む全能力を活用する」と息巻く大統領も、Jアラートを運用した首相も同じ穴の何とか。そんな扇動に市井の人が乗せられることなかれ、と思う。 


9月6日(日)、長野市議選が告示された。安保関連法案を今国会で通そうとしている安倍政権。これは身近な暮らしの問題であるのだから、たとえ地方の市議会選挙であろうが、意志表示ができる機会として、しっかり自分の意志を一票として投じる必要があると思う。

ちょうど、9月1日の長野市民新聞にコラムを書く順番がまわってきたので、そのことを書いた。以下に転載します。タイトルは「選挙へいかずにはいれない」。ここに出てくる新友会というのは、自民党系の大きな会派で、「寄らば大樹の陰」を地で行く議員たちの集まり。

9月13日は長野市議会選挙の投票日だ。選挙があるたびに思い出すのが、旧豊野町の60年ほど前の公民館報(昭和32年1月1日)の記事である。84歳の東つねさんのへのインタビューで、タイトルは「わしらも選挙が出来る」。当時から10年前に行われた国政選挙(昭和21年4月)について、つねさんが回想するのだ。

「ランプになってたまげていたら電気になるし、自動車や汽車が通るようになったし、選挙も出来るようになった。あの時は人間の仲間に入ったような気がして嬉しかったなあ」と。さらに記事は「家人の話では、おばあさんは夜、字を習って選挙に行ったとのこと」と続く。

 日本の女性参政権は昭和20年12月にGHQの指示で初めて認められた。つねさんが回想したのは、その新選挙法による最初の選挙だった。その後、女性参政権をきちんと法的に根拠づけたのは、昭和22年施行の日本国憲法である。

 さて、戦後70年、このところの投票率低下に歯止めがかからない。国政から地方政治まで政治不信がその原因としてあるのは確か。でも、貴重な権利はしっかり行使しなくては。今、国会では安保関連法案が審議されていて、9月14日以降、衆院で再可決し成立させるというシナリオを安倍政権は描く。日本国憲法の理念を葬るのかどうか、私たちは大きな岐路に立たされている。

 これは国政の問題ではあっても、長野市議会とも無関係ではない。今年の3月議会では、最大会派の新友会と公明党の賛成多数によって、国に対して安保法制の制定を求める意見書が可決された。また、8月17日に閉会した議会では、安保関連法案の廃案などを求める市民からの請願が、新友会と公明党の反対によって不採択になった。それ以外の会派と議員は請願に賛成した。

 今度の市議会選挙は、安保関連法案に対して、市民として明確な意思表示ができる絶好の機会だ。地方での選挙の結果は、国政にも影響を及ぼすだろう。だから、まっすぐ安保法制案に向き合って考え、未来をみすえ、廃案にすべきか法制化かすべきか、しっかりと判断しよう。そして、立候補している議員が、廃案に賛同しているのか、それとも法制化を支持しているのか、ちゃんと調べ見極めて、その上で自分の考えと一致する候補者に投票しよう。 

以上だか、このコラムに引用した最初のおばあさんの話は、10年前の『たぁくらたぁ』6号の特集の記事。改めて、この「公民館報にみる戦後」を読み返してみたが、暮らしと政治が切り離されていない時代があったことを感じる。そのうち、このことについても書いてみたい。

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 「アベ政治を許さない」(書は金子兜太さん)のポスターを7月18日午後1時に全国で一斉に掲げようという、澤澤地久枝さんらの呼びかけに応じて、長野駅前にも市民が集まった。『たぁくらたぁ』執筆者のお一人の渡辺一枝さん(呼びかけ人でもある)からお知らせが届いていたし、友人から声をかけられていたので行ったのだった。20人ほどがマイクを使って各々の思いを語った(下の写真)。道行く人で参加した人もいた。

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ふと気がつくと、長野駅の玄関口で静かに紙を掲げる5人のグループもあった(下の写真)。

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さらに、気付くと、歩道橋の上で紙をかざすグループもいた。 各々が自主的に集まったのだ。

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長野駅を後にしてポスターを掲げる参加者。

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歩道橋でのグループに合流した。見える信号はすべて「赤」。安倍へのレッドカード5枚なり。

「澤地久枝のホームページ」https://sites.google.com/site/hisaesawachiには、「各地の情報」が載っています。ぜひご覧ください。