野池元基


お知らせです。表記の講演会を4月1日(日)に長野市の ふれあい福祉センターにて行います。ぜひご参加ください。

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当日は、今野さんの講演を1時間、後半の1時間は渡辺一枝さんに加わっていただき、会場からの質問を受けながらトークを進めていきます。 会場とのやり取りにたっぷり時間をとってあるので、普段から気になっていることやお知りになりたいことなどを、この機会に今野さんと渡辺さんにぜひご質問ください。

今野さんのプロフィールを補足しておきます。

1982年、放射線作業従事者となり原子力関連(東電福島第一・第二・東北電女川・原電東海第一・第二、JAEAもんじゅ、他)や、火力関係(東電広野、鹿島、他)などで電気計装設備及び機器に関する建設工事、メンテナンスなどに従事して来た。2011年3月女川に出張中に被災し、現地で復旧支援活動に当たった後、家族や浪江の人たちと共に福島市の飯坂温泉の公営住宅に避難。「子ども脱被ばく裁判(子ども人権裁判)(親子裁判)」原告。「脱被ばく実現ネット」で活動。「福島原発告訴団」「南相馬20mSv撤回訴訟」「津島訴訟」「生業裁判」などの支援者として活動。 

また、講演会終了後に交流会(懇親会ではなく)を予定しています。参加費は実費(たぶん1000円くらい)です。 当日の申し込みで結構です。開始時間は16時から、場所は会場のすぐ近くで、『たぁくらたぁ』発行元のオフィスエムのビルの4階です。

 


伊達市の市役所本庁舎は東電福島第一原発から北西約60キロに位置する。2011年3月18日、福島県による伊達市内の空間放射線量の調査が始まり、22時20分、庁舎敷地内で毎時7.35マイクロシーベルトが記録された。『たぁくらたぁ』の取材で今年1月に話をうかがった島明美さんの自宅は、この庁舎から500メートルほどの住宅地にある。

2011年7月、伊達市は除染事業の概要をまとめ、国や県の対応を待たずに「除染は市内全域を行う。宅地・住居を最優先する」という基本方針を示した。しかし、1年後の8月、市は大きく方針を転換した。除染計画の2版をつくり、被ばく線量が年間1~5ミリシーベルトの地域(Cエリアと区分)は「除染の必要なし」としたのだ。Cエリアは、市全域の3分の2の面積にあたる。市役所も島さんの家のある住居地区もCエリアである。島さんは自宅の庭の除染を自分でし、除染土は2年間も庭に積んだままにせざるを得なかった。

なぜ伊達市は方針を変えたのか、その間に何があったのか。「当事者性」に立って市政と向かい合ってきた 島さんの記事が、その経過を伝えている。

 shimasan1.jpg除染のために防護服を着る(2014年)

jyosen.jpg自宅に保管した除染土(2014年)

市の除染計画によって、安全が確保されたと心から信じた市民がどれほどいただろうか。2014年1月の伊達市長選で、市長は「追加除染」を公約に加えて当選した。しかし、「追加除染」とは放射性物質を取り除くのではなく、すでに安全であるにもかかわらず危ないと思う市民のその不安を取り除く、つまり「心の除染」である、と当選後に市長は説明したのだった。

放射能汚染の危険性は今も日常生活のなかにあり続けていると、島さんは考えている。たとえば、マスクをするかしないか、の話である。 市民が着用していたマスクからセシウムが検出されたという調査報告を例に引いて、「原発事故の当時も今もですが、子どもたちはマスクをずっとしてますが…やはりぞっとします。そしてマスクを外させようとした学校側の対応に今更ながら表しようもない怒りを覚えます」と言う。

これについては次のような経緯がある。東京大学アイソトープ総合センターの助教の2012年の調査で、マスクからそこに付着したスギ花粉に含まれたセシウムが検出された。助教は研究グループとして調査を続行、2014年の調査でもセシウムが検出、加えてこの時には、セシウムボール(原発事故の時に大気中に放出された、放射性セシウムがガラスと混じり合った微小な球状の粒子)も見つかったという。さらに2016年10月には、福島県において住家内で着用されたマスクからセシウムホールが発見された。

島さんはさらに指摘する。セシウムボールと呼ばれているが、「違う放射性核種もあるのです。例えばそれはプルトニウムです。現在も国内外からの研究者がエアサンプラーなどで集めたチリなどから、それを探しているというのが実情です」 。しかも、こうした調査の結果が公表さるのは、1年先2年先ではないか、まるで後出しジャンケンのようだ、とも。

shinbun.jpg (茨城新聞 2018年1月14日)

 こうした現実を、「「科学的には安全だ」と言っても、それが市民の心の安心に繋がっていないという現実」(伊達市長メッセージ 2014年4月24日)という一言で片付けることができるだろうか。心のの安心を目指すのが「心の除染」だった。なお、「心の除染」にはちゃんとした正式事業名がついている。「低線量地域詳細モニタリング事業」(2014年度)。これを請け負ったのは天下の電通だった。

島さんの闘いに終わりはまだ見えない。


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『たぁくらたぁ』44号が2月15日発行になりました。目次は以下をご覧ください。

http://o-emu.net/tarkuratar/

表紙作品♦宮本尚幸(須坂市)

三好達治の詩『雪』——「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ」。作者独自の筆の走らせ方で書く。雪がシンシンと降り続ける風景。安心して眠る太郎と次郎。【関 孝之】


 間もなく発行の『たぁくらたぁ』44号の、浅井大希さんの連載「 No pasarán!(ノ パサラン) やつらを通すな!」は、名護市長選の報告である「分断された町」です写真も送られてきたのですが、4ページの記事は文字で埋め尽くされました。原稿が届いたのは2月7日、印刷所へ入稿する前日であり、増ページはできませんでした。浅井さんが撮影した写真も見ていただきたく、記事の一部(太字)とともに、ここで紹介いたします。

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開票速報を見守る稲嶺進前市長と支持者たち

「今回の名護市長選挙に、国は総力をあげて介入してきた。公明党が渡具知陣営につくと、全国から学会員が派遣され、辺野古反対の名護の学会員の説得にまわった。レンタカー数百台が期日前投票所を往復した。100人を越す与党国会議員団が連日名護入りし、企業と団体をまわり組織票を固めた。圧倒的な力の差が見せつけられた。」

稲嶺市長の退任式(2月7日)

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「辺野古の隣、大浦湾の奥に二見という集落がある。ここに具志堅君たちは2千坪の土地を借りて、農業やモノづくり、コンサートやワークショップなどのイベントをする居場所を確保した。「ワカゲノイタリ村」と名付けた。」

 稲嶺市長の決起大会で、彼がしたスピーチが忘れられない。

「自分の家族は、公明党を支持しています。(どよめき) ほんとです。毎回選挙になるたびに揉めます。今回も言われました。焦点は基地じゃないと。俺ら市民と市長が、何をしても基地建設は止めることはできないと。だけど相手候補が掲げてる、ほんとに明るく前向きな名護市を目指すって、まずその、無力さを突き付けている時点で、もう明るくないだろって思います。俺が知ってる名護市や、俺が住みたい名護市っていうのは、自分たちが屈せず、自分たちの可能性、資源、人を活かして、自分たちの街づくりをやっていける、そんな名護市です。この場所と土地の人たちにはそんな可能性がいっぱいあって、稲嶺市長はその可能性を信じてこれからの4年間も頑張ってほしいです」

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本日(2月9日)、オスプレイのまた落下した部品が伊計島のビーチで発見されたというニュースが流れました。海上に浮かんでいたのを清掃員が発見し、ビーチに引き上げたということです。重さは約5キロ。

「いくら沖縄県が抗議しても、民間地の上を飛ぶ訓練は続く。あまりに事故が続くのでこちらの感覚が麻痺してくる 。」


 半月ほど前、小諸市にある「茶房 読書の森」に行こうとして、その数100メートルほど手前で目に飛び込んできたのは惨たらしい風景でした。なだらかな丘の上にある「読書の森」はこんもりとした森に囲まれていたはずなのに、建物の手前の森が消えさっていました。丘ごと削り取られたのです。太陽光発電所のための造成工事によるものです。

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計画では、この太陽光発電所の規模は732.6キロワット、パネルの枚数は4440枚です。事業主は小諸市内にある廃プラスチックのリサイクル業者で、来年3月から運用開始の予定。9月下旬から一気に工事が進んだと言いいます。

そもそもこの現場を訪れるたのは、太陽光発電の工事によって森が伐採されて、10月23日未明に長野県に最接近した台風21号の風で小屋の屋根が飛ばされ、 木も折れたという話を聞き、まずは現場を見せてもらおうと思ったからです。しかし、地形を丸っ切り変えてしまう造成工事は想像外でした。

こうした現状に至るまでの経緯などもお聞きしましたが、詳しくは『たぁくらたぁ』次号の記事での報告にします。執筆者は、「読書の森」のオーナーの娘さんである依田みずきさんです。

「読書の森」では12月9日(土)にこの問題にかかわってシンポジウムを開催します。パネラーの一人は『たぁくらたぁ』編集委員の岡本です。以下、そのお知らせです。

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さらに詳しくは「読書の森」のFacebookで。https://ja-jp.facebook.com/dokusyonomori/ 


  連載「気になる言葉」の原稿が編集委員の安部憲文から届いた。 そこに、ななおさかきの詩「星を喰べようよ」が引用されていた。原稿を読んで、手元の詩集で確認したら間違いがあった。安部さんに連絡して指摘すると、「いや、ちゃんと確かめました。間違っているはずはありません。ちょっと待ってください。調べますから」と言う。で、その結果は? というのが下記の安部さんの文章だ。詩も載せておこう(連載とは別ページに全文掲載した)。

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s-img523.jpg(『地球B』初版より転載)

編集長から電話をいただいた。ナナオの詩「星を喰べようよ」の引用に間違いがある、とのこと。確認してみると、手持ちの詩集『地球B』は2006年4月14日第11刷。編集長の『地球B』は初版1989年11月13日発行。

ナナオ他界(2008年12月23日)後発行された『ココペリの足あと』(初版本の詩が掲載)で確認してみると、2カ所の違いを発見。「ロボット~」の1行が11刷にはなく、ひとつ上の行が「原子力発電所つくった」で終わり、11刷は「誰かが 歌い出す」ではなく、「ちっちゃい子供が 歌い出す」となっている。ちなみに第2刷の『地球B』(1991年9月23日)も11刷と同様だった。

ナナオ・サカキ朗読会のDVD(非売品)を観ると、ナナオは初版本を手に「ロボット~」と朗読している。この朗読会は編集長が主催者代表で東日本大震災のちょうど5年前の2006年3月11日長野市で開催された。なぜ、ナナオは「ロボット~」と朗読したのか。 (安部憲文)

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( ↑ 2006年3月11日長野市での朗読会のDVD―非売品)

s-s-pict0023-iloveimg-converted.jpg (『地球B』を朗読するななお)


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『たぁくらたぁ』43号が10月20日発行になりました。目次は以下をご覧ください。

http://o-emu.net/tarkuratar/

表紙作品♦宮下宜續(風の工房)

犬か、猫か、はたまた奇妙な生き物か? まあそんなこたあどーでもいいか。なんだか気持ちのよい陽だまりを散歩するナニカ。「なんかモンクあっか?」と言いたげな。【関 孝之】


『暮しの手帖』の最新号(10-11 月号)で「電力は選ぶ時代2」が特集されました。もっと早く紹介したかったのですが、『たぁくらたぁ』43号の編集に追われていてゆとりがありませんでした。

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本ブログでは5回にか渡って「拝啓 『暮しの手帖』さま 「電力は選ぶ時代」というけれど・・・」という記事を載せました。これは、『暮しの手帖』(2-3月号)で組まれた特集「電力は選ぶ時代」で、“ユニークな新電力会社”としてLooop(ループ)を紹介してあったからです。この会社は、霧ヶ峰下の森林を伐採して巨大メガソーラーを造る計画を進めています。そんな会社を推すように読める記事はおかしいから、予定地を視察して、計画を検証し、記事として取り上げ直してください、と要望したのです。同様の要望は、現地で計画に反対しているみなさんも『暮しの手帖』に投稿しました。

こうした要望に対して、『暮しの手帖』の澤田編集長はしっかり受け止めてくださり、編集者のみなさんととも現地を視察して、住民のみなさんの声をしっかり聞き、そして記事にまとめてくださったのが、最新号の特集なのです。

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(「電力は選ぶ時代2」から。上下とも)

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Looopの計画についてはきちんと書かれていますし、ぜひ読んでいただきたいと思います。


みっともない衆院選のマスコミ報道がつづく中で、小さな事件のようにしか扱われない沖縄での米軍の大型輸送ヘリコプターの墜落事故。「 No pasarán!(ノ パサラン) やつらを通すな!」を『たぁくらたぁ』に連載中の浅井大希さんから報告が届いた。

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10月11日の夕方、名護に買い物に向かったはずが、
国道でパトカーや覆面パトカー、さらに海兵隊憲兵のパトカーが、次々とサイレン全開で北上していくのとすれ違う。
普通じゃない、名護に向かうのをあきらめ、パトカーの後を追った。
行き着いた場所は、規制線の張られた米軍ヘリ炎上現場だった。
オスプレイヘリパッド工事が終わったばかりの東村高江だ。
墜落したのは、民家から200m、刈り取りを待つばかりの民間の牧草地。地主の奥さんが、もし今日夫が作業してたら、と思うとぞっとする、未亡人になってたんだ、と虚脱した表情で話していた。

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この事件のあった日、高江ヘリパッドでは2機のヘリコプターが追跡訓練を繰り返していたそうです。N1ヘリパッド進入路入口で、座り込みの当番をしていた「高江住民の会」の知人に聞きました。1機が仮想敵になり、もう1機が追いかけるとても危険な訓練です。民家や畑、県道の上でこんな訓練が許される場所が他にあるんでしょうか。

http://freeokinawa.hatenablog.com/entry/2017/10/15/213843

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朝、畑で仕事をしていると、屋外スピーカーから警戒音。9月15日午前7時過ぎ、再びJアラートが流れたのだった。 9月12日発行の長野市民新聞に前回のJアラートについてのコラムを書いてあったので、掲載します。なお、今回のミサイルの飛行高度は地上700kmの宇宙空間を飛んでいったらしい。

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戦争の悲しみ

 8月29日の早朝に畑で仕事をしていたら、防災無線の屋外スピーカーから聞きなれない音が流れてきた。耳を傾ければ、「北朝鮮からミサイルが発射された模様なので、頑丈な建物か地下に避難してください」と、現実感のない音声が伝える。これが全国瞬時警報システム(Jアラート)だとは後から知った。

 スピーカーの声につられて空を見上げたが、鳥も飛んでいない。「避難せよ」とはどんな状況を想定しているのかと、その時に一応考えた。突然、北朝鮮がミサイルを日本に撃ち込むはずはない。ならば打ち上げ失敗で落下してくる? 丸ごと? バラバラで?

弾道ミサイルは、大気圏外に飛び出す。調べてみれば、日本の上空を通過したといっても、地上500キロ。国際宇宙ステーションは地上400キロくらいを回っているから、その上を越えていった。ちなみに、しょっちゅう故障し墜落もするオスプレイは上空2~3キロを飛び、沖縄ではその訓練飛行が日常化している。もちろん、かの国のミサイル発射実験や核実験はクレージーである。けれど、国家間の挑発し合いのエスカレートの方がよっぽど危険を感じる。

アメリカが介入したベトナム戦争で勝利したのは北ベトナムだった。その国の、自国内が戦場化した戦争に出征した兵士バオ・ニンは、『戦争の悲しみ』という小説を戦争後に著す。自分を重ねたであろう作家が主人公のこの小説には、ヒーロー話や美談は存在しない。敵味方も関係なく同じ民族の命が奪われる場面が克明に描かれる。

この小説は、若き主人公が愛し合っていた女性と引き裂かれる物語でもある。爆撃によって離れ離れなった二人は十年後、戦争が終わってから再会し、抱きしめ合い、いっしょに暮らし始める。しかし、戦場で犯されてしまった彼女と、戦争で身体の性的な障害を負った主人公の間に、男女の埋められない溝ができて、彼女は去っていく。この悲しみがあまりに深い。国には戦争の勝敗があるけれど、戦争に巻き込まれた等身大の人々の悲しみに勝ち負けによる差などない。

国家の最高権力は常に国民の不安感をあおる。国家と自身の威信を守るために。ミサイルを発射した世襲3代目も、「核を含む全能力を活用する」と息巻く大統領も、Jアラートを運用した首相も同じ穴の何とか。そんな扇動に市井の人が乗せられることなかれ、と思う。 


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