野池元基


  連載「気になる言葉」の原稿が編集委員の安部憲文から届いた。 そこに、ななおさかきの詩「星を喰べようよ」が引用されていた。原稿を読んで、手元の詩集で確認したら間違いがあった。安部さんに連絡して指摘すると、「いや、ちゃんと確かめました。間違っているはずはありません。ちょっと待ってください。調べますから」と言う。で、その結果は? というのが下記の安部さんの文章だ。詩も載せておこう(連載とは別ページに全文掲載した)。

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s-img523.jpg(『地球B』初版より転載)

編集長から電話をいただいた。ナナオの詩「星を喰べようよ」の引用に間違いがある、とのこと。確認してみると、手持ちの詩集『地球B』は2006年4月14日第11刷。編集長の『地球B』は初版1989年11月13日発行。

ナナオ他界(2008年12月23日)後発行された『ココペリの足あと』(初版本の詩が掲載)で確認してみると、2カ所の違いを発見。「ロボット~」の1行が11刷にはなく、ひとつ上の行が「原子力発電所つくった」で終わり、11刷は「誰かが 歌い出す」ではなく、「ちっちゃい子供が 歌い出す」となっている。ちなみに第2刷の『地球B』(1991年9月23日)も11刷と同様だった。

ナナオ・サカキ朗読会のDVD(非売品)を観ると、ナナオは初版本を手に「ロボット~」と朗読している。この朗読会は編集長が主催者代表で東日本大震災のちょうど5年前の2006年3月11日長野市で開催された。なぜ、ナナオは「ロボット~」と朗読したのか。 (安部憲文)

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( ↑ 2006年3月11日長野市での朗読会のDVD―非売品)

s-s-pict0023-iloveimg-converted.jpg (『地球B』を朗読するななお)


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『たぁくらたぁ』43号が10月20日発行になりました。目次は以下をご覧ください。

http://o-emu.net/tarkuratar/

表紙作品♦宮下宜續(風の工房)

犬か、猫か、はたまた奇妙な生き物か? まあそんなこたあどーでもいいか。なんだか気持ちのよい陽だまりを散歩するナニカ。「なんかモンクあっか?」と言いたげな。【関 孝之】


『暮しの手帖』の最新号(10-11 月号)で「電力は選ぶ時代2」が特集されました。もっと早く紹介したかったのですが、『たぁくらたぁ』43号の編集に追われていてゆとりがありませんでした。

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本ブログでは5回にか渡って「拝啓 『暮しの手帖』さま 「電力は選ぶ時代」というけれど・・・」という記事を載せました。これは、『暮しの手帖』(2-3月号)で組まれた特集「電力は選ぶ時代」で、“ユニークな新電力会社”としてLooop(ループ)を紹介してあったからです。この会社は、霧ヶ峰下の森林を伐採して巨大メガソーラーを造る計画を進めています。そんな会社を推すように読める記事はおかしいから、予定地を視察して、計画を検証し、記事として取り上げ直してください、と要望したのです。同様の要望は、現地で計画に反対しているみなさんも『暮しの手帖』に投稿しました。

こうした要望に対して、『暮しの手帖』の澤田編集長はしっかり受け止めてくださり、編集者のみなさんととも現地を視察して、住民のみなさんの声をしっかり聞き、そして記事にまとめてくださったのが、最新号の特集なのです。

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(「電力は選ぶ時代2」から。上下とも)

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Looopの計画についてはきちんと書かれていますし、ぜひ読んでいただきたいと思います。


みっともない衆院選のマスコミ報道がつづく中で、小さな事件のようにしか扱われない沖縄での米軍の大型輸送ヘリコプターの墜落事故。「 No pasarán!(ノ パサラン) やつらを通すな!」を『たぁくらたぁ』に連載中の浅井大希さんから報告が届いた。

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10月11日の夕方、名護に買い物に向かったはずが、
国道でパトカーや覆面パトカー、さらに海兵隊憲兵のパトカーが、次々とサイレン全開で北上していくのとすれ違う。
普通じゃない、名護に向かうのをあきらめ、パトカーの後を追った。
行き着いた場所は、規制線の張られた米軍ヘリ炎上現場だった。
オスプレイヘリパッド工事が終わったばかりの東村高江だ。
墜落したのは、民家から200m、刈り取りを待つばかりの民間の牧草地。地主の奥さんが、もし今日夫が作業してたら、と思うとぞっとする、未亡人になってたんだ、と虚脱した表情で話していた。

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この事件のあった日、高江ヘリパッドでは2機のヘリコプターが追跡訓練を繰り返していたそうです。N1ヘリパッド進入路入口で、座り込みの当番をしていた「高江住民の会」の知人に聞きました。1機が仮想敵になり、もう1機が追いかけるとても危険な訓練です。民家や畑、県道の上でこんな訓練が許される場所が他にあるんでしょうか。

http://freeokinawa.hatenablog.com/entry/2017/10/15/213843

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朝、畑で仕事をしていると、屋外スピーカーから警戒音。9月15日午前7時過ぎ、再びJアラートが流れたのだった。 9月12日発行の長野市民新聞に前回のJアラートについてのコラムを書いてあったので、掲載します。なお、今回のミサイルの飛行高度は地上700kmの宇宙空間を飛んでいったらしい。

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戦争の悲しみ

 8月29日の早朝に畑で仕事をしていたら、防災無線の屋外スピーカーから聞きなれない音が流れてきた。耳を傾ければ、「北朝鮮からミサイルが発射された模様なので、頑丈な建物か地下に避難してください」と、現実感のない音声が伝える。これが全国瞬時警報システム(Jアラート)だとは後から知った。

 スピーカーの声につられて空を見上げたが、鳥も飛んでいない。「避難せよ」とはどんな状況を想定しているのかと、その時に一応考えた。突然、北朝鮮がミサイルを日本に撃ち込むはずはない。ならば打ち上げ失敗で落下してくる? 丸ごと? バラバラで?

弾道ミサイルは、大気圏外に飛び出す。調べてみれば、日本の上空を通過したといっても、地上500キロ。国際宇宙ステーションは地上400キロくらいを回っているから、その上を越えていった。ちなみに、しょっちゅう故障し墜落もするオスプレイは上空2~3キロを飛び、沖縄ではその訓練飛行が日常化している。もちろん、かの国のミサイル発射実験や核実験はクレージーである。けれど、国家間の挑発し合いのエスカレートの方がよっぽど危険を感じる。

アメリカが介入したベトナム戦争で勝利したのは北ベトナムだった。その国の、自国内が戦場化した戦争に出征した兵士バオ・ニンは、『戦争の悲しみ』という小説を戦争後に著す。自分を重ねたであろう作家が主人公のこの小説には、ヒーロー話や美談は存在しない。敵味方も関係なく同じ民族の命が奪われる場面が克明に描かれる。

この小説は、若き主人公が愛し合っていた女性と引き裂かれる物語でもある。爆撃によって離れ離れなった二人は十年後、戦争が終わってから再会し、抱きしめ合い、いっしょに暮らし始める。しかし、戦場で犯されてしまった彼女と、戦争で身体の性的な障害を負った主人公の間に、男女の埋められない溝ができて、彼女は去っていく。この悲しみがあまりに深い。国には戦争の勝敗があるけれど、戦争に巻き込まれた等身大の人々の悲しみに勝ち負けによる差などない。

国家の最高権力は常に国民の不安感をあおる。国家と自身の威信を守るために。ミサイルを発射した世襲3代目も、「核を含む全能力を活用する」と息巻く大統領も、Jアラートを運用した首相も同じ穴の何とか。そんな扇動に市井の人が乗せられることなかれ、と思う。 


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『たぁくらたぁ』42号が2月10日発行になりました。目次は以下をご覧ください。

http://o-emu.net/tarkuratar/

表紙絵の稲荷山養護学校「作品」

これは文字ではありません。文字になる前に文字。文字になることをやめた文字。無言の文字。眼を閉じてみると、おしゃべりな墨たち(森貘郎)

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『たぁくらたぁ』が発行になった6月20日、長野市民新聞にコラムも掲載されました。こちらは、「たぁくらたぁ」の意味に触れて、この号の紹介も少ししています。おまけで掲載いたします。

「たぁくらたぁ」のススメ

  仲間たちとつくる『たぁくらたぁ』42号の編集作業がやっと終わって印刷所に入れた。発行日はこの記事が掲載される今日だ。

 この雑誌は原発事故やリニアなど時事の話題が多いけれど、暮らしの目線に立っているので小難しくはないはず。連載は、遠そうで近くに感じる記事ばかり。山奥でのちょっと変わった子育てや盲導犬の話もあるし、パリのファッションデザイナーも書いている。

この女性デザイナー、夜中に梯子から落ちて膝が凹むほどの骨折。病院に運ばれると、医師たちは「夜半の手術は元気を出さないとね!」と言って、音楽をのりのりにかけて手術したというのだ。これが今号の記事。文化の違いは興味深い。所変われば品変わる。

 ところで、「たぁくらたぁ」の意味が分からない、という方もいるはず。ここら辺りの方言だが、日常会話で耳にすることはまずない。もう死語に近いかも。標準語に訳せば、「バカモノ(馬鹿者)」である。この方言が身についた年配の方々は、たいがいが雑誌名を見て笑う。面白がっているのか、呆れているのか、よく分からない。

 雑誌名を提案したメンバーは、こんなエピソードを持ち出した。子供の頃、ふざけてスイカ泥棒をした。それを見つけた農家のおじさんが怒った。「この、たぁくらたぁ!」。その後で、おじさんは言った。「そのスイカは不味い。こっちを食え」と。それを聞いて、そりゃいいや、と雑誌名は即決した。

 方言は、地域の中で使われる。かつての地域は共同体のようなものだったから、経済的に豊かではなくて人手も不可欠だし、たぁくらたぁだって役に立つ。みんな一緒に生きていくのが基本。だから、方言は否定的な表現にも優しさを含むのだと思っている。

ネット世界のように、誰かを蔑んだり異論を見下して攻撃したりするのと、地域は社会の在り方が違っていた。なので、排他や敵対関係に一方的に進みゆくことにはならない。政治の世界は、敵国をつくり、国内に危険分子を想定して排除しようとする方向へ突き進んでいる。ネット世界のまるでコピー! 賢くなり過ぎると、そういう世界のもっともらし論理に巻き込まれる。

 共謀罪が国会を通過し、「委縮」を懸念する声が上がる。でも、たぁくらたぁには、委縮なんてむずかくて分からないし、できない。変わらず雑誌を出し続けるだけだ。 


「辺野古埋め立て着手」

4月26日の新聞の見出しにはそうあった。せっかちな人は、海への土砂の投入をイメージするかもしれない。事態は決着してしまったのではないか、とも。

辺野古からの報告を当ブログに送ってくれている浅井大希さんにメールを書いた。「現地はたいへんだと思うけれど、現場の写真を送ってください。短いコメントあればありがたい」。すぐに返信が届いた。

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浅井さんからは、「埋め立てはまだ始まっていません」という前置きがあって、以下コメント。

米軍と防衛省幹部がセレモニーで、石材の籠づめ5個を波打際に置く茶番。

目撃したカヌーメンバーによると、笑いながら投下ボタンを押していたという。

2枚の写真はカヌーメンバー撮影。(上の写真。下は、沖縄タイムスより)

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「着手」といってもこの程度しかできないは、地元の反対運動が根強く、また全国も注視しているゆえに、政府は沖縄県民の意思や世論を気にしているからだろう。早合点することなく、「着工のふり」に騙されまい。

浅井さんには次号『たぁくらたぁ』の連載「 No pasarán!(ノ パサラン) やつらを通すな!」(第7回)で改めて詳しい報告をしてもらえるのではないか。


編集後記を読み、澤田さん宛てに返事を書きました。挨拶など少しカットして、以下に掲載します。

 澤田編集長さま

 編集後記の最後にお書きになっていた「どれも地球に負荷のかかる火力、水力、太陽光、風力、地熱……ベストはなくてもどんな発電方式を選ぶのか。原子力は是か非か? 子孫に何を残していくのか?」について同感です。しかし、この問題はとても難しく、悩ましくあります。考えるための情報が足りない・偏っていると思うのです。

またLooopの話になりますが、発電効率の高い自然環境のために、太陽光発電が乱立する北杜市では、これまで1400基(合計で約100メガワット)が造られています。霧ヶ峰下のLooopメガソーラーは1基で89メガワットですから、いかに巨大か分かります。

「脱原発」=「再生可能エネルギー」という等式に出来上がっていて、まるで「産めよ増やせよ」(地に満ちよ)ごとくの、パワーシフトへの大合唱です。そうではない情報が、考えるために必要なはずです。

地域の人が環境を守るために反対して、中央の環境団体は推進をしている、という構図は、これまで見たことがありません。エネルギー大量消費時代の、ねじれてしまった環境問題だと思います。花森さんの時代にはなかったはずです。

ですから、編集後記で、ご意見を寄せてくださるように呼び掛けるととも、読者のみなさんに、こういう時代の『暮しの手帖』らしい情報を、誌面を通して、ご提供してほしいのです。ぼくもそういう記事から学びたいと思います。

そのために、まずは現地からスタートしていただきたのです。澤田さんに歩いていただきたいな、と思います。ぼくが取材などで関わった場所だけでも、霧ヶ峰下、上田市真田町、佐久市望月町、北杜市などがあります。住民の方々の切実な訴えがあると同時に、歩いて気持ちのよい自然環境でもあります。

最後に、『たぁくらたぁ』編集委員の岡本一道が、貴社からの返事をいただいた後、小誌メンバーに送ってきたメール(2月22日付)をコピーしておきます。今後ともよろしくお願いいたします。

野池元基

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岡本です。

私のところにも、皆さんと同じ返事が昨日届きました。

39号に書いたことの繰り返しになりますが、花森安治は、戦時中、大政翼賛会実践局宣伝部に勤務して「欲しがりません勝つまでは」などの国策宣伝標語の製作に関わりました。戦後「暮しの手帖」を発行し続けたエネルギーは、一生を懸けてこの埋め合わせをしたいとの思いからだったと私は理解しています。

昨日まで戦争賛美をしていたほとんどの知識人が、終戦と同時に、まるで無かったことのように手のひらを返して居直り続けた事を思えば、花森の生きざまに私は共感を覚えます。

影響力のある立場にあるものは、発する言葉に慎重であり、責任を持たなければなりません。

今回の『暮しの手帖』でのLooop推しの記事をみて、契約変更をした良心的な消費者は事の真相を知ったらきっと後悔するでしょう。

今回の問題の本質は、花森が標語によって、多くの人々に与えた影響と同じ構図と言えるのではないでしょうか?
現行の『暮しの手帖』が花森イズムを踏襲しているのかどうかが問われる試金石だと思います。

(以上)

この返事に関わって一つの図を掲載しておきます。地方にばかり押し寄せる太陽光発電の現状が分かるはずです。

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この図の説明をします。FIT(固定価格買取制度 2012年7月1日開始) より前に発電していた設備の容量合計が、棒グラフの青色。FITがスタートし、その認定を受けたのが緑色、その中でに発電しているのが茶色です。(「固定価格買取制度 情報公表用ウェブサイト」参照)

「再エネ推進」の中心地は東京です。「エネルギーの地産地消」などいう旗も東京で振られます。だったら、 「どうぞ、都心にメガソーラーを」と推したくもなります。ちなみに、Looopの霧ヶ峰下メガソーラーの敷地面積188ヘクタールは、皇居と明治神宮を合わせた面積です。同じくLooopがかかわる、上田市あずまや高原「らいてうの家」の隣の計画地の面積は、日比谷公園の1.3倍です。


この映画を観て、もらい涙に、もらい笑い。『飯舘村の母ちゃんたち 土とともに』(古居みずえ監督2016年/95分)は、仮設住宅で避難暮しをする菅野榮子さん(チラシの写真左)と菅野芳子さん(写真右)の日々を描いています。

3月31日、飯舘村は避難指示が解除されて、1地区を除いて村民は帰還できるようになりました。榮子さんや芳子さんは、どんな選択をしたのでしょうか。原発事故や帰村への思いなどについて、菅野榮子さんにお話していただきます。上映会へぜひご来場ください。

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日時 5月20日(土) ①10:00開場/10:30上映  ②13:00開場/13:30上映

          「菅野榮子さんのお話」 15:15~  

会場 長野市東部文化ホール(長野市小島804-5 ☎026-296-8540)

入場料 前売り1000円 /当日1200円  中学生以下無料 託児あり(有料)

主催 「飯舘村の母ちゃんたち」を上映する会

問い合わせ 090-7213-8006(竹内) 

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ついでながら、菅野榮子さんのことを長野市民新聞(4月4日)のコラムに書いたので、以下に記します。

飯舘村の母ちゃんたち

凍み餅を知ったのは福島第一原発の事故後、福島へ通うようになってからだった。これは飯舘村の伝統食で、もち米とうるち米の割合を半々にし、オヤマボクチ(俗称ヤマゴボウ)の葉をつなぎに入れてついた餅を、寒風にさらして乾燥させた保存食である。

原発事故によって全損避難となった飯舘村では、凍み餅づくりができなくなった。このままでは村の伝統食が途絶えてしまう。そこで、「食」に携わる村民グループが、気候が似ている小海町で住民同士の交流による凍み餅づくりを始めた。もう6年が経つ。

凍み餅の作り方を伝授するのは、80歳になる菅野榮子さん。榮子さんは伊達市の仮設住宅で一人暮らし。「土とともに生きてきたから、百姓をせずにはいられない」と言って、仮設住宅の近くに畑を借りて野菜を作っている。

昨年の凍み餅づくりの時、榮子さんたちは小海町の仲間に語りかけた。みなさんはもう自分たちだけで凍み餅づくりができる。いつの日か飯舘村の放射線量が下がって、村民が安心して帰還できる時が来たら、今度は小海から飯舘に凍み餅づくりを伝えてください、と。未来を見据えた言葉、村への深い愛着に胸をつかれた。

この3月31日、飯舘村は避難指示がほぼ全域で解除をされた。役所は「お帰りなさい」とお祝ムード演出らしい。しかし、村の放射線量はまだ高い。榮子さんは言う。「孫の手も引いて帰れないところに〝お帰りなさい″は失礼でしょ」と。

榮子さんはこうも言っていた。避難指示の解除は「私たちを侮蔑すること」。それを容認したくないから、「私は帰村しない」と。その考えにぶれはない。でも、心は揺れる。同じ仮設住宅に住む一人暮しの親友は帰村を望む。「いっしょに戻ってほしい」とお願いされたのだ。榮子さんは決断を迫られていた。

けれど、決断は先送りになった。仮設住宅の供与期間が1年延期となり、榮子さんたちは仲良く入居し続けることにしたのだ。とはいえ、1年で線量が格段に下るわけではない。若い人が安心して村で暮らせるようになるまでは、まだ何十年という時間を要するのだ。

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なお、上映会では、小海町での凍み餅づくりをしている飯舘村の村民グループの世話役であり、『たぁくらたぁ』にも何度か登場していただいている菅野哲さんにも来ていただき、 榮子さんといっしょにお話をしていただきます。

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4月4日、飯舘村に行ってきました。南相馬市との飯舘村の境界辺りに立てられた看板(上)と 、その手前にずらりと並ぶ「おかげさまで」の旗(下)。福島市側の村の入り口も同じような風景になっています。

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なお、飯舘村での話は一枝通信に詳しいので併せてお読みください。


 『暮しの手帖』87が、3月25日に発売になりました。澤田康彦編集長が編集後記の半分を割いて、前号の「電力は選ぶ時代」に対して送ったぼくらの意見に触れて書いておられます。これをお返事と思って、編集後記の後半の関係する部分を、ここでご紹介させていただきます。

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前号の「電力は選ぶ時代」の記事には少なからぬ反響がありました。読者から、電力供給や料金の仕組みがわかり、現状を見直すきっかけになったといったお葉書もいただきました。

一方で「自然エネルギーならよいのか?」というもうひとつの大切な議論、ご教示も頂戴しました。骨子は、太陽光パネル=大規模メガソーラー設置により、いかに広大な面積の自然が損なわれ始めているか、というものです。

長野県で発行されている雑誌『たぁくらたぁ』の野池元基編集長から届いた丁寧なお便りの一部をご紹介します。

「長野県では、1ヘクタール以上の森林を開発する時には、県の林地開発許可が必要になります。この制度は、高度経済成長時代に、ゴルフ場やレジャー施設による環境破壊が起きて、その対策としてできたものです。現在は、この制度による申請のほとんどが太陽光発電です。そしてかつてのゴルフ場造成ラッシュなどと同じことが、太陽光発電で起きています。(中略)こういう現実を問うことなしに、中央からの“再エネ推し”の情報が地方に流れてきます。それで地方が翻弄されます」

例えば「原発がイヤ」だからといってすぐ、「では再エネに」と簡単にはいかない、という重要で喫緊の課題がここにある。都会の繁栄のために「地方が翻弄」される。考えさせられます。

小誌記事はもちろん特定の企業を推すものではなく、「一年に一度は、この電力会社でよかったのかどうかを、自分の電気の使い方も顧みて、見直し、より考えの近い会社を選んでいきましょう」(本文)というのがテーマです。

人類の文明の血液ともいうべき電気。「原発をやめて電気のない江戸時代に戻るのか」なんて極端な発言をするテレビキャスターがいましたが、それはともかく、どれも地球に負荷のかかる火力、水力、太陽光、風力、地熱……ベストはなくてもどんな発電方式を選ぶのか。原子力は是か非か? 子孫に何を残していくのか? ぜひみなさんも考えをお寄せください。(澤田康彦)

これを読み、澤田さん宛てに返事を書きました。 それについては稿を改めて記します。(続く)


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