2 月 2015


 バグフィルターは灰がもつ粘性によって繊維面に灰同士がくっついて層をつくることで除塵する装置です。かなり改良されてきてはいますが、環境省が説明するように「99.99%のばいじんを除去できる」などというシロモノではありません。

バグフィルターは最も良い状態でも、ばいじんの90%(重量比)程度を取り除くのが限界だと言われています。新品や定期的な除塵後には、集塵率が60%程度に低下することが知られています。バグフィルターは繊維ですから粒子径が小さいもの、気化した物質(放射性核種も含む)は素通りしてしまいます。そのため、活性炭や消石灰を吹き込んでガス化した物質を吸着させるなどの装置も組み合わせています。

排ガスを排出基準以下に抑えるためには、排ガスの連続的なモニタリングによる燃焼管理が必要です。燃焼状態は燃焼ガス温度、塩化水素と一酸化炭素濃度を連続測定し、炎などの状態を目視で監視しながら温度や酸素の供給を制御します。そして、窒素化合物(ノックス)や硫黄化合物(ソックス)濃度、ばいじん濃度などの連続測定装置によって排出ガスを監視しています。

排ガス中のばいじんの除去は難しい技術です。そのため、巨大企業の高炉や廃棄物処理施設ではばいじんのデータを改ざんしたりインチキデータ公表し続ける例(行政の施設も例外ではない)が絶えないのです。

環境省は、これまで「個別案件にかかわらない」と公言していました。廃棄物の焼却施設をめぐる紛争があってもかかわろうとはしませんでした。そんな役所に集塵装置の能力を評価できる実践的な知識や技術はありません。だから、焼却炉メーカーのマークの入った説明資料を使って「99.99%除去できる」と言って恥じないのです。

関口鉄夫


 

1-2.jpg

昨日(2月22日)のお昼前、浅井大希さんからメールが入った。地元紙である沖縄タイムスのツィッターの転送だった。

「沖縄平和運動センターの山城博治議長の足をつかみ、引きはがすシュワブ警備員ら=22日午前9時すぎ、名護市辺野古・米軍キャンプ・シュワブのゲート」

アメリカ軍側の警備員が襲いかかって身柄を拘束したらしい。

山城博治さんは辺野古新基地反対運動のリーダー。浅井さんの記事で読んでいるので、山城さんが反対運動で重要な役割は果たしていることを理解していた。運動つぶしの弾圧、暴圧、強圧、そういう言葉が浮かんだ。

今日(2月23日)の夕方の浅井さんのメールによれば、現地では山城さんの釈放を求める抗議行動が続いていた。こちらで何ができるか、と浅井さんに問うたら、アメリカ大使館への抗議をお願いします、とあった。http://t.co/KaDaIwUFfW(アメリカ大使館へのメール)

抗議をする前に、経緯を知っておこうと思い、沖縄タイムスの記事をホームページで調べて読んだ。以下、昨日のニュースからコピーをさせてもらって張り付けます。

辺野古集会狙い撃ち? 米軍、後方からつかみかかる

2015年2月23日 09:23

【名護】「仲間を返せ」。新基地建設に反対を訴えて22日、名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前に集まった多くの県民が、怒りに震えた。県民集会の開会を前に“狙い撃ち”のごとく米軍に拘束、その後県警に逮捕された沖縄平和運動センターの山城博治議長と男性1人の解放を求め、人々は「不当な弾圧だ」と声を振り絞り、拳を突き上げた。集会では、基地建設に向け急ピッチで進む海上作業に「やりたい放題にはさせない」「基地建設は許さないぞ」と阻止を誓い、団結を強めた。

集会開始前の午前9時5分、米軍キャンプ・シュワブゲート前で反対運動を引っ張ってきた山城議長に、米軍側の警備員が突如、襲いかかり、身柄を拘束した。

比較的落ち着いていた現場は、米軍側の強引な対応で、大きく混乱した。

ゲート前では朝から市民ら約40人が抗議行動を展開した。午前9時すぎ、抗議に熱くなる市民らに下がるよう呼び掛ける山城議長に突然、米軍側の警備員が後方からつかみかかり、足を捕まえるなどして身柄を押さえ、ゲート内に連行。米兵が後ろ手に手錠を掛けて拘束した。

山城議長を連れ戻そうとした男性も手錠を掛けられ拘束されたほか、助けようとする市民らを県警が押さえた。

抗議は連日、ゲート前の提供区域を示すラインの境界付近で行われる。これまではラインを越えた場合は県警が注意や警告、強制排除などで対応していたが、今回、米軍の警備員は山城議長を狙い撃ちにした。

拘束される数分前にも、警備員が山城議長を捕まえようとして一時もみ合いになっていた。

国会議員らが説明を求めても、米軍側は全く対応せず、県警も「米軍側が行動した」と答えるだけだった。

集会後、名護署前には市民ら400人以上が集結。「解放しろ」「不当逮捕だ」と糾弾した。

接見した三宅俊司弁護士は「拘束するために刑特法を使っている。敷地内に数歩入って刑特法違反はあり得ない」と批判。米軍による身柄拘束や手錠での拘束、18日に新基地容認派の名護市議が敷地内に入った際との対応の違いについても疑問視した。

https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=104268

反対運動リーダー逮捕で抗議続く 名護署前 

2015年2月23日 10:27

辺野古新基地建設反対を訴える市民らは23日、前日に刑事特別法違反容疑で逮捕された沖縄平和運動センターの山城博治議長ら2人の釈放を求めて名護署前で抗議活動を展開した。小雨がぱらつく中、集まった市民ら約100人は「不当弾圧をやめろ。仲間を返せ」とシュプレヒコールを繰り返した。

ヘリ基地反対協議会の安次富浩共同代表は「必ず仲間を奪還する。こんな脅かしで負けるウチナーンチュじゃない」と語った。

http://www.okinawatimes.co.jp/photo_detail/?id=104308&pid=429446

と、ここまで記しているところに、浅井さんからメール(19時45分)。

「博治さんたち釈放決まりました。」という件名で、写真が添付されていた(冒頭の写真)。

このメールを追うように、沖縄タイムスのホームページが更新されて、以下のような記事が載った。(まるで選挙速報のようだ)。

辺野古新基地:県警に逮捕されていた山城議長ら釈放

2015年2月23日 20:17

名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブに侵入したとして刑事特別法違反の疑いで県警に逮捕されていた沖縄平和運動センターの山城博治議長62と抗議参加者の男性が23日午後7時45分から8時にかけ、名護署で釈放された。

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=104397

沖縄タイムスの記事のリンク先も載せた。昨日の記事は写真を使って状況説明していて、よくぞここまで報道していると敬服する。リンクは数日もすれば切れてしまうだろうから、ぜひ今のうちにご覧ください。

なお、山城さんが釈放された後になったが、アメリカ大使館に今回の事態への抗議と新基地建設を断念するようにというメールを送った。

浅井さんからまたメール(23日23時) 。「ゲート前で、博治さんを囲んで唄と踊りがはじけてます」とあった。添付されてきた写真はその様子のようだ。

野池元基

3.jpg


帰還困難区域をとおる国道6号

こういうタイトルの記事を35号に書きました。無許可で立ち入りできない高線量地帯をとおる6号線が昨年9月に開通し(約14㎞)、そこを走る人たちに、「なぜここを通過するのか、線量についてはどう考えるか」とインタビューしてのです。夜、コンビニの駐車場で8人の運転手に話を聞きました。雑誌では紹介しなかった1人の運転手の話はこうです。

「(夜間は)全部の信号機が黄色点滅になるのでノンストップで走れる。走りやすいから走っている。数値(線量)のことは分からない。ここに人が住むようになって、信号が黄色点滅じゃなくなったら、ここを走るかは分からない」

愛想なく答えて、彼は千葉ナンバーの大型トラックに乗り込みました。岩手県と千葉県の間を頻繁に往復しているそうです。

8台中の5台が物流に関わる県外ナンバーの大型トラックで、それぞれ口調や説明の仕方は違っても、利便性でこの道を選択、線量については分からない、というのは共通でした。原発事故への関心は薄く、たぶん自分の問題にはなっていなのでしょう。

1人だけ、まったく違う反応を示した人がいました。南相馬市の市民で、国道6号が開通する前から立入許可をとって帰還困難区域内で仕事をしている大型ダンプの運転手でした。「線量はすごく高い。自分で測ってみたらいい。ここはもう終わっている。家族もバラバラだ」と苛立つように言い、さらにマスコミ批判をしました。軽々しく質問する筆者への怒りもあったと思います。彼にとって原発事故は他人事ではなく、今も続く日常としてあるのです。

ajpeg-003.jpg朝日新聞から

pb129639.JPG大熊町

 NHKニュース

一昨日(2月18日)のNHKニュースは、国道6号とほぼ並行して走る常磐自動車道の未開通区間が3月1日に全面開通すると伝えました。その一部は帰還困難区域になります。ニュースは型どおりに事実関係の情報を流した後、線量について「道路の管理会社によりますと、通行に問題はないとしています」と伝え、「常磐自動車道の全線開通で人の動きや物流が活発になることが予想され、地元では復旧・復興の加速が期待されています」とまとめて終わりました。

では、国道6号が開通した時、NHKはどう伝えたのでしょうか。「除染や復旧作業が終わり、全線で通行できるようになりました」と説明し、空き巣対策のための警察のパトロール強化の話題をはさんで、「物流や人の行き来などが増え、復興を後押しする効果が期待されています」とまとめ、最後に「通行が可能になった区間の空間の放射線量は、平均で1時間当たり3.5マイクロシーベルト……」と政府発表の数値を示していました。

ついでながら、常磐道が昨年12月6日に部分開通する時は、事前に安倍首相が発表したので、NHKも新聞各社も首相の「復興のスピードアップに役立てたい」というコメントを紹介しました。

bjpeg.jpg河北新報から

 考えない人づくり

もちろん、国道6号と常磐道の全面開通が復興のスペードアップに役立つと思っている地元の人たちはいるでしょう。もしかしたら大半の人たちがそうかもしれません。しかし、それはあくまで片面です。先述した南相馬市の運転手のように、原発事故は住民の日々の暮らしに重くのしかかっています。開通を歓迎する気持ちがあるとしても、そこに苦悩が絡み合っているのだと思います。それは福島県の広い範囲の人たちにとって、県外でも汚染された地域の人たちや県外に避難している人たちにとっても同様ではないでしょうか。

それをこの一連のニュースは伝えません。これでは、原発事故による放射能汚染は福島第一原発の敷地内に収束していると勘違いする人も出てくるでしょう。結果的に原発事故への関心も消えていく。これは、原発事故が何をもたらしているのか、考えない人をつくる「洗脳」です。 『たぁくらたぁ』では、現地のみなさんの生活者としての声を伝えていきたいと考えています。

野池元基


最新号に「沖縄は屈しない 知事選で結集した「オール沖縄」」を執筆してくださった浅井大希さんから今日の午前中にメールが届きました。写真が添付されていたので、まずはそれを載せます。

img_20150214_142735-001.jpg

img_20150214_133726-002.jpg

メールにはこう書いてありました。

 今日は朝から名護警察署の抗議集会に参加。200名近い人数で名護警察署を完全包囲しました。逮捕された仲間は昨日の夕方に、起訴されることなく釈放されました。昨夜は、そのお祝いで、ゲート前は盛り上がりました。また、瀬嵩の浜では、昼間、二見以北の住民の会の抗議集会があり、350名以上の人々が集まりました。この場所からはカヌー隊の抗議行動が、手が届きそうな距離で見ることができます。地元の高校2年生の男の子が、感動的なスピーチをし、取材している記者さえ、涙ぐんでいました。このスピーチのことはまた書いておきたいと思っています。

 「ゲート前」という名称が出てきますが、これは辺野古の新基地反対の現地での抗議活動が日々行われているキャンプシュワブ(在日米軍海兵隊の基地)のゲート前のこと。もう固有名詞化しています。

ところで、このメールだけでは、誰がどこで嫌がらせ逮捕を受けたのかが分からなかったので、浅井さんに質問しました。返信がすぐに届きました。こちらも紹介します。博治さんというのは、ゲート前での抗議行動の指揮をとっている山城博治さんのことです。

 13日午前7時頃、海上保安庁の職員が出勤してくるのをゲート前で阻止するため車の前に立った博治さんを、機動隊が排除にかかり、ゲート内に博治さんを拉致しようとしました。そこで30人あまりの人びとと機動隊がもみ合いになり、足を痛めていたIさんが転んだとき、機動隊員にぶつかったことが、公務執行妨害とされ逮捕されたのです。一昨日と昨日は朝から一日中名護警察署の前で、ガンガン抗議行動をし、昨日は200名あまりの人びとで名護警察署を完全包囲しました。また、無届けのまま、名護市役所までデモ行進して名護の十字路を行進。仲間は全力で守る、ゲートを空にしても、仲間が釈放されるまで、名護警察署を包囲する、という博治さんの訴えを皆が理解し、行動した結果、昨日の夕方無事釈放されました。

名護警察署を取り囲む人たちです。

img_20150214_114916-001.jpg

ところで、最新号の浅井さんの記事の中に、沖縄知事選の応援にかけつけつけた菅原文太さんの、浅井さんの言葉を借りれば「命がけの演説」が紹介されています。それについてちょっと触れたいのですが、この記事がだいぶ長くなったので、次の機会に回します。

野池元基


 以前、お話したように除染廃棄物(高濃度の放射性廃棄物)の焼却によって放出される排ガスは、福島第一原発事故によって放出された放射性核種の比率が異なっています。

福島第一原発事故では、ヨウ素131(半減期8日)、セシウム134(同2年)、セシウム137(同30年)、ストロンチウム89(同51日)、ストロンチウム90(同29年)のほか、ウランやプルトニウムなどの放射性核種が放出されたことが確認されています。

事故から4年経った今、ヨウ素131とストロンチウム89はほとんど消え、セシウム134も2割少ししか残っていません。自然減衰です。これに対し、半減期が29年のセシウム137とストロンチウム90は1割程度しか減っていませんし半減期が2万4千年のプルトニウム239や44億年のウラン238の量は全く変わっていないはずです。焼却施設からはこれらの放射性核種がばいじんに吸着したり気化して排出されます。

みなさんのところに設置された「仮設焼却炉」は4年半にわたって稼働する計画だとか。4年半(およそ1,300日)にわたって1日数十万立方メートルもの汚染ガスを放出し続けます。

必然的に、かなり広い範囲(地形や気象条件によっては局地的な強い汚染も生ずる)にわたって、深刻な二次汚染が起こる可能性が否定できません。二次汚染は非常に減衰しにくい放射性核種による汚染です。

※この文書は福島県内に建設された除染廃棄物の「仮設焼却炉」について、Sさんへのメールに加筆したものです。数回に分けて連載します。

※次回は排ガス処理のインチキです。

関口鉄夫


『たぁくらたぁ』には写真をふんだんに使った記事が1本はあります。35号は「アイヌ刺繍 一本の縄から始まる』がそれ。長野市内にある図書館ギャラリーMazekozeで開催された四辻藍美さんによる同名の展示会を扱い、刺繍の写真を載せ、それにまつわる話をギャラリー店主の小池つねこさんが書いています。

_mg_4583.jpg
「アイヌ刺繍」から

この「一本の縄から始まる」というのはアイヌ民族で参院議員も務めた故萱野茂さんの著書からとったのだそうです。萱野さんにはたくさんの著書がありますが、その中の1冊『イヨマンテの花矢』(朝日新聞社 2005年刊)を読んでいたら、チェルノブイリ原子力発電所の爆発事故について書いてありました。

世界の先住民族の民具を、それらが所蔵されている場所から本来の場所へと里帰りさせるという国際会議が、スウェーデンのヨックモックで開催され、その会議に萱野茂さんは参加したのです。チェルノブイリ原発が爆発した2カ月後の1986年6月のことでした。

萱野さんは他の先住民の人々といっしょに案内されて、ある建物の見学に行きました。そこで、スウェーデンの少数民族サーミ族の方が、こう言ったそうです。

「皆さん見てください。私たちサーミ族は、2カ月前まではトナカイを獲ってきて、この工場で肉は食料にし、皮は加工して、お土産を作って生計を立てていました。それがチェルノブイリの原子力発電所の事故で、この辺りも汚染され、トナカイは汚染された苔を食べるので、トナカイの肉そのものも食べることができなくなりました。今では工場を使うこともできないし、私たちは生活に困窮しています」

それから十数年後、その土地の人が二風谷の萱野さんの家を訪れました。萱野さんが「山はきれいになりましたか」と聞くと、「原子力発電所の爆発によって、われわれの山は汚染されました。あれは、5年や10年、100年や200年ではきれいになりません。原子力発電所は、つくるのはいいけど、爆発の恐れはゼロではない。恐ろしいことですよ」と言ったのでした。

萱野さんはヨックモックへ行って以来、講演のたびに「原子力発電所の恐ろしさというのは、自分を含めて、天に向かって唾を吐いているのと同じであり、その唾はいずれ顔に戻ってくるかもしれないが、戻んらないことを願いながらこの話をします」と言い、さらには、これより電気は明るくならなくてもいいし、便利にならなくてもいいから、子や孫に無償の地球を渡しましょうと言って、原発事故の恐ろしさを訴え続けていたといいます。

この本にはアイヌの歴史や文化、自然観がたいへん分かりやすい言葉で書かれています。

ここで紹介した萱野さんの話は、先住民の民具を里帰りさせる会議でのエピソードが書かれていますが、1月31日の東京新聞に―遺骨集約「アイヌ否定」―という記事が載っていました。ここでの里帰りの対象は民具ではなくて、遺骨なのです。この記事によれば、

明治時代から1960年代にかけて、全国の大学が研究目的で発掘した1600体以上のアイヌ民族の遺骨を、政府は北海道白老町に新設する「民族共生の象徴となる空間(象徴空間)」に集約する。それに対し、これは人権侵害だとして、浦幌アイヌ協会会長の差間正樹さんやアイヌ民族の人たちが、日本弁護士連合会に人権救済を申し立てた。記者会見した差間さんの訴えが紹介されています。

「墓を暴いて先祖の遺骨を集めた学者たちの責任をあいまいにしたまま、国が象徴空間に集約されることに我慢がならない。先祖の遺骨をコタン(集落)に返してほしい」

学者たちの責任があいまいなっている点では、福島第一原発事故の後に「放射能による健康被害は心配いらない」と言いふらした学者たちも同じです。

アイヌ差別の長い歴史と、その延長にあるこの遺骨の集約、踏みにじられてきた民族としての怒りはどれほど深くから湧き上がってくるのか、と想像するのです。

野池元基

dscf1037.JPG アイヌのことわざ


97849045709062.jpg

ようやく35号を発行することができました。小誌の編集長をしている野池と申します。

このWEB版では、雑誌の記事には書き切れなかったことや、記事の内容に関わって補足する情報などを書き加えていくつもりです。

雑誌と合わせて読んでいただければ幸いです。

なお、35号の目次は「WEB版 たぁくらたぁ」に載せてありますので、ご覧ください。 

 野池元基(『たぁくらたぁ』編集長)