7 月 2015


 p7162349-002.JPG

p7162352-001.JPG

線量計のチェックが終わった後で、東電社員から放射線の人体に対する影響についての解説があった。要は、レントゲンを撮ると1回でどれほどの被曝するのかというようなお決まりの例を出して、この見学で被ばくした線量など気にすることはない、という話である。周りを東電職員に囲まれた狭い部屋は、まるで洗脳室のようだった。

説明が終わってから、入域する時と同様にゲート(下の写真)を通って外へ出る。本人であることが認識されると扉が開く。ここを通過し、福島第一原発(以下、1F)の構内見学は終わった。

配布された資料の中に「ご視察ルート」の図があって、参考のために掲載しようと思ったが、「無断複製・転載禁止」とある。

p7162358.JPG

ところで、見学のバスを降りて入退域管理施設まで歩いて移動する途中、ぼくの前を石崎復興本社代表が歩いていたので質問してみた。

「この見学は誰でも申し込めばできるのですか?」

「申し込んでもらえればいい。ただ、混んでいます。これまで1万5000人が視察をしました。海外からの方々もいますし、大学生のグループもありました。完全防備で、バスを降りる視察もあります」ということだった。

p7162363.JPG 

来た時のバスに乗ってJヴィレッジに戻った。 そこで質疑の時間がもうけられた。

ぼくを含めて3,4人が質問した。その質疑の内容については、「一枝通信」(2015年7月23日号「福島第一原発視察へ」)に詳しい。http://o-emu.net/archives/category/ichie-tsushin

この質疑の印象を一言で述べれば、「石崎代表 、雄弁に語る」だった。展開する自分の論理(東電の論理でもあるのだろう)について自信満々ということだ。これについては、次号の『たぁくらたぁ』本誌の記事としてまとめたいと思う。

質疑も終わって、ぼくらは駐車場に置いてあった車にそれぞれに乗り、 Jヴィレッジを後にした。その時、ちょっと気になって振り返ると、玄関先には東電の社員が並んで見送り、車に向かってみんなで頭を下げていた。 やっぱり……。

さて、話は翌日。ネット上の新聞記事で、次の事実を知った。

東京電力は16日、福島第1原発で放射能に汚染された雨水が、排水路を通じて外洋に流れ出たと発表した。雨量の増加で、流出防止のために排水路に設置していたくみ上げ用ポンプの容量を超え、雨水があふれ出たという。

この排水路では、4月にも発電機の故障でポンプが停止し、汚染雨水が外洋に流れるトラブルがあった。(時事通信)

流出を確認したのは午前8時25分ごろだったそうだ。つまり、ぼくらの1F見学をする6時間ほど前の出来事。

しかし、これについては語られなかった。しかも、質疑の際、社員の一人が「水の漏れる事故があると、また起きてしまったかと残念な気持ちになる」というようにボソボソっと語った時に、石崎氏は話を遮ってしまった。なんだか不自然に感じたが、話がこの流出事故に及ぶのを避けようとしたのだろうか。真意は分からない。

ともあれ、ぼくにとっては有意義な半日だった。まことに丁寧な出迎えや見送り、 一方で取材制限と監視、情報隠し、そして原発再稼働の必要性を語る雄弁さ。原発事故から4年あまりが経つ中で、今、東電がどういう姿勢で国民に向き合っているのか、それがよく分かったのだった。

最後に、こういう機会に誘ってくださった上野敬幸さんに感謝したい。


福島第一原発(以下、1F)の構内を見学するためのバスは、4号機のすぐ脇に止まった。

事故当時、定期検査中だった4号機も火災を起こし爆発した。昨年末、プール内にあった核燃料のすべてが取り出され、その作業のために設置されたカバーが4号機を覆っていた。写真はそのカバーと4号機の排気塔。

p7162270.JPG

p7162286.JPG

4号機の搬入口の扉はほぼ当時のままで、爆発のせいでグニャグニャになっているが、そこは撮影禁止。これもテロ対策で、搬入口の場所を特定されないためだとか。下の写真も4号機で、建屋の下部が見えている。搬入口はこの右側にある(やっぱり、こうやって書くと分かってしまうけど)。手前の建物に付着している緑色は、事故当時に吹き付けられた飛散防止剤の跡である。

バスでの説明担当者はときどき、その場所場所で放射線量を告げた。ここでもバス内の線量の数値を読みあげた。

「現在、線量は38マイクロシーベルト パー(/)アワー(h)です」。まるで観光バスのガイドが東京タワーの高さでも紹介するかのように、何事もないみたいに……。ぼくは空間線量がこれほど高い場所は初めてだった(経験した最大値は10マイクロシーベルト/h)。

一方、この後、5号機と6号機を回った時は、「この辺りの線量は1.3マイクロシーベルト/hとなっております。5号機、6号機は安定的な冷温停止を続けておりますので、この辺りは線量が低い状態であります。また、前方の作業者の方は防護服を着ていますが、みなさんと同じ格好で歩くことのできるエリアとなっております」と、ずいぶん丁寧な説明だった。

ところで、38マイクロシーベルトと聞いた時、ぼくは「線量はこの辺が一番高いのですか?」と、隣座席でぼくの撮影を監視している社員に質問した。「いえ、3号機の方へ行けば600、700マイクロシーベルトはあります」という答えだった。やはり1F構内は汚染度の次元が違うのだ。

p7162309-001.JPG

(雨で霞む6号機と5号機)

5号機と6号機を見終えて、湾内の設備が見える場所にも行ったが、フェンスがあるために撮影禁止だった。

p7162318-001.JPG

(バスの中)

見学コースを回り終えて、ぼくらは入退域管理施設に戻って来た。そこで、胸ポケット入れてあった積算線量計を取り出して数値をチェックをした。 これはぼくが身につけていた線量計。

p7162344.JPG

右の数字が浴びたガンマー線の線量を示している。ご覧のとおり、0.00。単位がミリシーベルト になっているからだ。中には0.01を示した人もいたようだ。つまり、線量は10マイクロシーベルトを超えたことになる。みんな同じバスに乗っていたのだから、全員がだいたい10マイクロシーベルトほどの被曝をしたというわけである。

(さらに続く)


 7月16日、東京電力福島第一原発(以下、1F)の構内へ入り、バスに乗って東電職員の案内で50分ほどの見学をした。この日は、台風11号の影響により強い雨が降っていた。構内でのカメラ撮影はすべてバスの窓越し、しかも写したいと思うような場所はたいてい撮影禁止、横の席に座った東電職員の「ここはやめてください」の指示が何度もとんだ。

p7162206.JPG

(福島第一原発の敷地内への検問。Jヴィレッジからのバス内から撮影)

この日の見学については、1カ月ほど前、南相馬市の上野敬幸さんたち福興浜団が1Fを見学することになったといって、上野さんから『たぁくらたぁ』の人もどうかとお誘いがあり、白馬「深山の雪」の木村紀夫さんといっしょに長野から参加したのだった。

最初に行ったのは1Fから南に約20キロの場所にあるJヴィレッジ(原発事故前はサッカー日本代表の練習場)だった。東京電力が復興本社として1Fの廃炉作業の拠点として使っている。玄関先には東電の代表執行役副社長(復興本社代表)の石崎芳行氏ほか大勢の社員が並んで待っており、「お待ちしていました」と言って、ぼくら19人を出迎えた。ここで1Fの現状についての説明などを受けた。それから東電が用意したバスに乗り、1Fまで30分ほどかけて移動、石崎氏を含めて東電社員13人が同行した。

p7162193-001.JPG

(Jヴィレッジの玄関での出迎え)

1F構内での撮影については、事前に許可申請していない人はスマホなどでの撮影も不可ということだった。ぼくは許可を得ていた(カメラの機種名も申告した)。

積算線量計を胸ポケットに入れ、簡易なマスクをつけるなどして、見学用のバスで約50分の構内見学をした。放射線を遮る防護服を着るのだとばかり思っていたが、バスから外へ出ないとはいえ、予想外の軽装だった。

p7162217.JPG

構内用のバスに乗って、あらかじめ決められた見学コースを回った。事故を起こした1号機から4号機などの全景を撮れる場所があったが、その一群の原発を取り巻くようにしてある有刺鉄線をつけたフェンスは撮影禁止だった。理由は、テロ対策として情報を漏らさないためだという(こうして説明してしまえば意味がないと思うけれど)。フェンスが写らないようにして撮ったのが下の写真で、左が1号機、右が2号機。3号機の排気塔が右端。

p7162258-002.JPG

汚染水を貯蔵してあるタンク群がいくつもエリアに分かれてあった。このタンクの漏れ対策の説明はあったが、汚染水の放射能の濃度(危険度)については語られなかった。

p7162236.JPG

今年1月、タンクから転落事故によって作業員が死亡した現場。

p7162246.JPG

この後、バスは4号機のすぐ脇まで行った。

さて、この見学にいっしょに参加した渡辺一枝さんが「一枝通信」(2015年7月23日号「福島第一原発視察へ」)にこの日の様子を詳しく報告しています。ぜひ併せてお読みください。http://o-emu.net/archives/category/ichie-tsushin

では、続きは後ほど。


 「アベ政治を許さない」(書は金子兜太さん)のポスターを7月18日午後1時に全国で一斉に掲げようという、澤澤地久枝さんらの呼びかけに応じて、長野駅前にも市民が集まった。『たぁくらたぁ』執筆者のお一人の渡辺一枝さん(呼びかけ人でもある)からお知らせが届いていたし、友人から声をかけられていたので行ったのだった。20人ほどがマイクを使って各々の思いを語った(下の写真)。道行く人で参加した人もいた。

p7182369-001.JPG

ふと気がつくと、長野駅の玄関口で静かに紙を掲げる5人のグループもあった(下の写真)。

p7182384-3.JPG

さらに、気付くと、歩道橋の上で紙をかざすグループもいた。 各々が自主的に集まったのだ。

p7182382-02.JPG

p7182372-001.JPG

長野駅を後にしてポスターを掲げる参加者。

p7182389-003.JPG

歩道橋でのグループに合流した。見える信号はすべて「赤」。安倍へのレッドカード5枚なり。

「澤地久枝のホームページ」https://sites.google.com/site/hisaesawachiには、「各地の情報」が載っています。ぜひご覧ください。


 青山貞一(環境総合研究所所長)は、「『廃棄物焼却主義』の実証的研究 ~財政面からのアプローチ~」の中で「廃棄物焼却施設が土木工事同様、巨大な公共事業と化している」と指摘し、1995年度からの5年間で2兆7千億円余りの税金がその建設費に充てられていることを明らかにしました。また、ブランド研究所は「各国焼却炉コスト比較調査」で、我が国の焼却炉メーカーの、同型でほぼ同規模の焼却炉の建設費が国内の場合トン当たり5000万円前後で建設されているのに対し海外ではトン当たり平均1600万円程度であると報告しています。

 国内の焼却炉はまるで「ボッタクリ」と言いたくなるような価格です。

 ところが、上には上があって、現在福島県内で建設が続いている除染廃棄物の焼却炉は、たった1年か3年で解体してしまう「仮設」焼却炉なのに、トン当たりの建設費は1億円前後だというのです。「放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会」の調べ(2015年5月現在)では、19か所の仮設焼却炉のために、把握できているだけで、3200億円あまりの血税が投入されるとか。

 青山さんが論文を公表したころ、東京国税局は、大手焼却炉メーカーの取得隠しを摘発しました。N社は3年間で5億円の所得を隠し「反対運動に対する地元対策費」としてバラ撒き、相次いで摘発されたK社は5年間で18億円、E社は5年間で6億円の所得を隠しごみ焼却施設建設のための「地元対策費」に使ったというのです。

 いうまでもなく、「地元対策費」は建設に反対する住民に「お静かに」などとして配られたものではありません。事業を推進する者に「反対運動など蹴散らして是非わが社に」と渡されたのではないかと勘ぐることができます。菓子折りの二重底には入りきらない金額です。

 不思議なことに、所得隠しは摘発されてもばら撒かれた「地元対策費」を受け取った側の姿は明らかになっていません。

 危険な「仮設焼却炉」建設というボッタクリのような事業の見返りとして、一部が永田町の住人に見返りとして流れ、霞が関のエリートたちの接待費や退職後のために用意される高級なイスの「退職金」として消えていないことを願うばかりです。

 国立競技場の建設費なんて、かわいいものです。

 

 


パリ在住19年のファッションデザイナー川手麻子さんが、故郷の飯田アートハウスで個展を開きます。
今年の目玉は、2年目になるセリーヌ・ドミニアックとのコラボレーション作品を1点発表されます。
「布をプールの水に見立てて、人がその中で泳いでいる(布 が動くとまるで水が波打つよう)というテキスタイルをデザインしました」(Asako)
Asko流〝天衣無縫〟の世界をお見逃しなく。

川手麻子さんは『たぁくらたぁ』(34号)に「着る・アート・自分の言葉」を寄稿されています。
01010102.jpg

0202022.jpg