9月6日(日)、長野市議選が告示された。安保関連法案を今国会で通そうとしている安倍政権。これは身近な暮らしの問題であるのだから、たとえ地方の市議会選挙であろうが、意志表示ができる機会として、しっかり自分の意志を一票として投じる必要があると思う。

ちょうど、9月1日の長野市民新聞にコラムを書く順番がまわってきたので、そのことを書いた。以下に転載します。タイトルは「選挙へいかずにはいれない」。ここに出てくる新友会というのは、自民党系の大きな会派で、「寄らば大樹の陰」を地で行く議員たちの集まり。

9月13日は長野市議会選挙の投票日だ。選挙があるたびに思い出すのが、旧豊野町の60年ほど前の公民館報(昭和32年1月1日)の記事である。84歳の東つねさんのへのインタビューで、タイトルは「わしらも選挙が出来る」。当時から10年前に行われた国政選挙(昭和21年4月)について、つねさんが回想するのだ。

「ランプになってたまげていたら電気になるし、自動車や汽車が通るようになったし、選挙も出来るようになった。あの時は人間の仲間に入ったような気がして嬉しかったなあ」と。さらに記事は「家人の話では、おばあさんは夜、字を習って選挙に行ったとのこと」と続く。

 日本の女性参政権は昭和20年12月にGHQの指示で初めて認められた。つねさんが回想したのは、その新選挙法による最初の選挙だった。その後、女性参政権をきちんと法的に根拠づけたのは、昭和22年施行の日本国憲法である。

 さて、戦後70年、このところの投票率低下に歯止めがかからない。国政から地方政治まで政治不信がその原因としてあるのは確か。でも、貴重な権利はしっかり行使しなくては。今、国会では安保関連法案が審議されていて、9月14日以降、衆院で再可決し成立させるというシナリオを安倍政権は描く。日本国憲法の理念を葬るのかどうか、私たちは大きな岐路に立たされている。

 これは国政の問題ではあっても、長野市議会とも無関係ではない。今年の3月議会では、最大会派の新友会と公明党の賛成多数によって、国に対して安保法制の制定を求める意見書が可決された。また、8月17日に閉会した議会では、安保関連法案の廃案などを求める市民からの請願が、新友会と公明党の反対によって不採択になった。それ以外の会派と議員は請願に賛成した。

 今度の市議会選挙は、安保関連法案に対して、市民として明確な意思表示ができる絶好の機会だ。地方での選挙の結果は、国政にも影響を及ぼすだろう。だから、まっすぐ安保法制案に向き合って考え、未来をみすえ、廃案にすべきか法制化かすべきか、しっかりと判断しよう。そして、立候補している議員が、廃案に賛同しているのか、それとも法制化を支持しているのか、ちゃんと調べ見極めて、その上で自分の考えと一致する候補者に投票しよう。 

以上だか、このコラムに引用した最初のおばあさんの話は、10年前の『たぁくらたぁ』6号の特集の記事。改めて、この「公民館報にみる戦後」を読み返してみたが、暮らしと政治が切り離されていない時代があったことを感じる。そのうち、このことについても書いてみたい。

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