11 月 2015


 次号の『たぁくらたぁ』でメガソーラーの問題を取り上げる。3・11後、「脱原発=自然エネルギーの普及」と いう流れが当たり前のように受け入れているが、果たしてそうなのか? という疑問を投げかけたいと考えて特集を組むことにした。そこで取り上げる予定の長野県佐久市旧望月町の長者原地区に持ち上がっているメガソーラー計画について、何度か取材した。ちょうど長野市民新聞のコラム(11月24日)の順番が回ってきたので、そこにまずは書いてみたので、ここに載せる。『たぁくらたぁ』ではもっと詳しく報告する予定で、現地の方にも書いていただく。まずはご笑覧を。

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(計画予定地の林。手前に立っているのは由井啓盟さん―本文中はYさん)

佐久市旧望月町の山間を分け入った奥の標高千メートルほどのところに長者原地区がある。「王道楽土」建設の夢破れ、死線を越えて引き揚げてきた満蒙開拓者や戦災者等が戦後すぐに入植し、開墾した農村である。

1カ月ほど前、この地で有機農業をずっと続けてきたYさんを訪ねた。Yさんは満州で生まれ、3歳の時に家族でこの地に入った。一帯はカラマツ林だった。入植した人たちは小屋がけをし、カラマツを伐採して跡地を唐鍬で起こし農地を拓いたが、米はつくれず、雑穀さえ収穫のあがらない土地だった。

地区の人たちが自らの手記をまとめた『明日を拓く―長者原35年の歩み』(1983年刊)で、Yさんのお父さんは「引揚者などと馬鹿にされ、歯をくいしばり、冬を耐えて新春を待つ草木の様な思いで風雪に耐えた時代であった」と、半生を振り返っている。

Yさんは一度都会に出たが、22歳で帰郷して農業を継いだ。その後、1年ほぼ無収入になりながらも有機農業に切り替え、研修生の受け入れも始め、その中にはここに移住した人もいる。長者原は子育て世代の就農者も増え、野菜の産地としての評価も高まった。Yさんは70歳で区切りをつけ、息子さん夫婦に農場を引き継いだ。そこに突然もたらされたのが、大規模な太陽光発電施設(メガソーラー)の建設計画だった。

予定地は、野菜畑に挟まれて残された小高い丘の雑木林。そこを5ヘクタール余も伐採し、腐葉土も剥ぎ、太陽光発電のパネルを並べる。そうなれば自然を失うばかりでなく、保水力の低下による水害等によって引き起こる農業被害や環境悪化も避けられないだろう。

Yさんは言葉の少ない人だが、建設は許さないという断固たる意志が伝わってくる。一鍬一鍬、一歩一歩が重ねられて今がある長者原の歴史と、新しい担い手たちの未来を否定する計画なのだ。Yさんや若い世代が「生活と環境を守る会」を立ち上げて11月半ば、阿部長野県知事にメガソーラー建設を認めないように求める要望書を提出した。

もはや脱原発と自然エネルギーはイコールでは結びつかない。脱原発とは、環境を守り、命と暮らしを未来に継ぐこと。片やメガソーラーは理念なき投機対象であり、環境破壊を招く。今や、自然エネルギーならばよい、とはいえないのだ。


「 No pasarán!(ノ パサラン) やつらを通すな!」を『たぁくらたぁ』に連載中の浅井大希さん(大宜味村在住、大工)によるキャンプシュワブゲート前からの現地報告の2通目が届いたので、掲載します。

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今朝は、100名の座り込む人々に対して、120名の機動隊が向かってきた。歩道上に機動隊の装甲車両と鉄柵で即席の留置場を作り、そこにごぼう抜きした人々を令状なしで不法に監禁する。この人数では20分しかもたない。今日も機動隊に圧迫され失神した男性が一人、足を捻って歩けなくなり救急搬送された高齢の女性が一人出てしまった。この1週間でも、肋骨にひびが入った女性、肋骨が折れた男性がいる。強制排除の時に機動隊がふるう暴力的な対応のせいだ。

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工事車両が入ってしまった後の抗議は、海兵隊の軍用車両に向かう。基地の中に座り込んでテコでも動かない辺野古の島袋文子さん、機動隊も軍のセキュリティも簡単には排除できない。(浅井大希)

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『たぁくらたぁ』に連載していただいている沖縄の浅井大希さんから昨日(17日)、こんなメールが届いた。

11/4に、警視庁の機動隊が来てから、ゲート前の混乱がいっそうひどくなっています。沖縄県警だけの時にはかろうじてあった、市民運動との間の暗黙の了解は完全になくなりました。そこまでやるのか、ということの連続です。
座り込みの人を殴る、蹴る、あばらにヒビをいれる。
「ブタ1名確保」と暴言を吐く、触ってもいないのに公妨と騒ぐ、もうムチャクチャです。
沖縄県警の青年ではないので、こちらも繰り返し暴力的な行動をする警官には、猛抗議しています。
明日から三連チャンで、辺野古ゲート前、アメリカ領事館、キャンプ瑞慶覧(沖縄全体の米軍司令部がある)で500人規模の抗議行動をします。
場合によっては軍用車両も止めるかもしれません。県民の我慢も限界です。

安倍政権は11月17日、翁長沖縄県知事の辺野古の埋め立て承認取り消し処分に対して、その撤回に向けて沖縄県を提訴した。政府のこの強硬な姿勢が、新基地反対運動の最前線にいる浅井さんのメールを読んで直に伝わってきた。マスコミ報道ではオブラートに包まれてしまう。必要なのは、現場の「泥つき」そのままの情報なのだ。

だから、浅井さんにお願いをした。「このブログで現地からの報告をしてほしい。できるだけ、日々の様子を続けて。ただ、現場での行動に追われているのだから、無理はしてほしくないし、文章は短くてもいいから」と。浅井さんは引き受けてくれた。そして、今日、さっそく 報告が写真とともに送られてきた。それが以下。

キャンプシュワブゲート前に1000人が早朝6時から結集。ゲート前を完全封鎖。警視庁機動隊手も足も出ず。
今日1日工事用ゲートを座り込みで封鎖し、工事車両の出入りをシャットアウトしました。
1000で踊るカチャーシー。歓喜がはじけました。

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最後の写真で、挨拶しているのはカメラマンの石川文洋さん。 石川さんは『たぁくらたぁ』36号のグラビアページに「辺野古」を寄稿してくださっている。

(浅井さんからの報告は続けて掲載していきます)