2 月 2018


伊達市の市役所本庁舎は東電福島第一原発から北西約60キロに位置する。2011年3月18日、福島県による伊達市内の空間放射線量の調査が始まり、22時20分、庁舎敷地内で毎時7.35マイクロシーベルトが記録された。『たぁくらたぁ』の取材で今年1月に話をうかがった島明美さんの自宅は、この庁舎から500メートルほどの住宅地にある。

2011年7月、伊達市は除染事業の概要をまとめ、国や県の対応を待たずに「除染は市内全域を行う。宅地・住居を最優先する」という基本方針を示した。しかし、1年後の8月、市は大きく方針を転換した。除染計画の2版をつくり、被ばく線量が年間1~5ミリシーベルトの地域(Cエリアと区分)は「除染の必要なし」としたのだ。Cエリアは、市全域の3分の2の面積にあたる。市役所も島さんの家のある住居地区もCエリアである。島さんは自宅の庭の除染を自分でし、除染土は2年間も庭に積んだままにせざるを得なかった。

なぜ伊達市は方針を変えたのか、その間に何があったのか。「当事者性」に立って市政と向かい合ってきた 島さんの記事が、その経過を伝えている。

 shimasan1.jpg除染のために防護服を着る(2014年)

jyosen.jpg自宅に保管した除染土(2014年)

市の除染計画によって、安全が確保されたと心から信じた市民がどれほどいただろうか。2014年1月の伊達市長選で、市長は「追加除染」を公約に加えて当選した。しかし、「追加除染」とは放射性物質を取り除くのではなく、すでに安全であるにもかかわらず危ないと思う市民のその不安を取り除く、つまり「心の除染」である、と当選後に市長は説明したのだった。

放射能汚染の危険性は今も日常生活のなかにあり続けていると、島さんは考えている。たとえば、マスクをするかしないか、の話である。 市民が着用していたマスクからセシウムが検出されたという調査報告を例に引いて、「原発事故の当時も今もですが、子どもたちはマスクをずっとしてますが…やはりぞっとします。そしてマスクを外させようとした学校側の対応に今更ながら表しようもない怒りを覚えます」と言う。

これについては次のような経緯がある。東京大学アイソトープ総合センターの助教の2012年の調査で、マスクからそこに付着したスギ花粉に含まれたセシウムが検出された。助教は研究グループとして調査を続行、2014年の調査でもセシウムが検出、加えてこの時には、セシウムボール(原発事故の時に大気中に放出された、放射性セシウムがガラスと混じり合った微小な球状の粒子)も見つかったという。さらに2016年10月には、福島県において住家内で着用されたマスクからセシウムホールが発見された。

島さんはさらに指摘する。セシウムボールと呼ばれているが、「違う放射性核種もあるのです。例えばそれはプルトニウムです。現在も国内外からの研究者がエアサンプラーなどで集めたチリなどから、それを探しているというのが実情です」 。しかも、こうした調査の結果が公表さるのは、1年先2年先ではないか、まるで後出しジャンケンのようだ、とも。

shinbun.jpg (茨城新聞 2018年1月14日)

 こうした現実を、「「科学的には安全だ」と言っても、それが市民の心の安心に繋がっていないという現実」(伊達市長メッセージ 2014年4月24日)という一言で片付けることができるだろうか。心のの安心を目指すのが「心の除染」だった。なお、「心の除染」にはちゃんとした正式事業名がついている。「低線量地域詳細モニタリング事業」(2014年度)。これを請け負ったのは天下の電通だった。

島さんの闘いに終わりはまだ見えない。


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『たぁくらたぁ』44号が2月15日発行になりました。目次は以下をご覧ください。

http://o-emu.net/tarkuratar/

表紙作品♦宮本尚幸(須坂市)

三好達治の詩『雪』——「太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ 次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪ふりつむ」。作者独自の筆の走らせ方で書く。雪がシンシンと降り続ける風景。安心して眠る太郎と次郎。【関 孝之】


 間もなく発行の『たぁくらたぁ』44号の、浅井大希さんの連載「 No pasarán!(ノ パサラン) やつらを通すな!」は、名護市長選の報告である「分断された町」です写真も送られてきたのですが、4ページの記事は文字で埋め尽くされました。原稿が届いたのは2月7日、印刷所へ入稿する前日であり、増ページはできませんでした。浅井さんが撮影した写真も見ていただきたく、記事の一部(太字)とともに、ここで紹介いたします。

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開票速報を見守る稲嶺進前市長と支持者たち

「今回の名護市長選挙に、国は総力をあげて介入してきた。公明党が渡具知陣営につくと、全国から学会員が派遣され、辺野古反対の名護の学会員の説得にまわった。レンタカー数百台が期日前投票所を往復した。100人を越す与党国会議員団が連日名護入りし、企業と団体をまわり組織票を固めた。圧倒的な力の差が見せつけられた。」

稲嶺市長の退任式(2月7日)

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「辺野古の隣、大浦湾の奥に二見という集落がある。ここに具志堅君たちは2千坪の土地を借りて、農業やモノづくり、コンサートやワークショップなどのイベントをする居場所を確保した。「ワカゲノイタリ村」と名付けた。」

 稲嶺市長の決起大会で、彼がしたスピーチが忘れられない。

「自分の家族は、公明党を支持しています。(どよめき) ほんとです。毎回選挙になるたびに揉めます。今回も言われました。焦点は基地じゃないと。俺ら市民と市長が、何をしても基地建設は止めることはできないと。だけど相手候補が掲げてる、ほんとに明るく前向きな名護市を目指すって、まずその、無力さを突き付けている時点で、もう明るくないだろって思います。俺が知ってる名護市や、俺が住みたい名護市っていうのは、自分たちが屈せず、自分たちの可能性、資源、人を活かして、自分たちの街づくりをやっていける、そんな名護市です。この場所と土地の人たちにはそんな可能性がいっぱいあって、稲嶺市長はその可能性を信じてこれからの4年間も頑張ってほしいです」

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本日(2月9日)、オスプレイのまた落下した部品が伊計島のビーチで発見されたというニュースが流れました。海上に浮かんでいたのを清掃員が発見し、ビーチに引き上げたということです。重さは約5キロ。

「いくら沖縄県が抗議しても、民間地の上を飛ぶ訓練は続く。あまりに事故が続くのでこちらの感覚が麻痺してくる 。」