女子部部員の女子カメラマン、マツがいよいよ独立し、一人で仕事をすることになりました。

やっと、やっとの旅立ちでございます。

で、部員召集でマツの壮行会をやることになりました。

といっても女子部は私とデザイナーの庄ちゃんと、マツの3人ぽっきり。

これでフルメンバーなんでございます。

とっても寒かった先週、とってもビールっていう気分じゃないようなブルブルの夜に女子部。

マツの壮行会としては、ま、こんなもんでしょ。

「いぇ~い!マツ、独立おめでとう~!」

「……ありがとうございましゅ。でも不安だらけなんでしゅ」みたいな相変わらずオドオドのマツ。

「いいんだよう。なんとかやってけるって」というと、

「……はははい」としょぼくれ気味。

「あのさあ、ボスは絶対辞めてくれてほっとしてると思うよ」と庄。

「そうでしょうか……」

マツを知ってる我らとしては、ボスの苦労もわからないわけではないわけで………。

「はい、これ村さんから預かって来た寸志。これからは自分のテーマで写真撮るようにってさ」

「……あああありがとうございますぅ」

「ところでマツ、名前はどうすんの?連絡先は?……そうだよ名刺ちょうだい」

「……ありませんよぅ」

だめじゃ~ん!

「じゃあ、私がお祝いに名刺作ってあげるよ」庄村太っ腹!

「えええ~?いけませんよ。……いいんですかぁ~」

マツ、まるでワイルドさがない。やっていけるんでしょうか。

マツのこれから話題については発展性がないので、なぜか話題は私の関西ツアーへ。

三重の古民家カフェhibikoreのことに、なぜかなっちゃったんでございます。

「それがさあ、静かな里山の古民家でね、私の大好きな写真集『村の記憶』 の松原豊さんの奥さんのうずめさんが、週末に女将としてやってんよ」

へえええ~~~。いい感じっすねえ。

「すごい素敵でさ、そこに鼻笛の池ちゃんやエミックスちゃんも来てくれてさあ、祐さんがビリンバウの演奏もしたんだよね~」

?????????わかんないわなあ~。

「ビリンバウって弓みたいな楽器でね、この楽器を弾くと天から 何かが降りてくる感じなんだよね~」

ふ~~~ん。

「それがさあ、hibikoreのおかみっていうのが、これまた清楚で知的なやさしい美人でさあ、黒いカフェエプロンなんかキリッと締めちゃって、きびきびとかっこいいんだ~。そのおかみがさあ………」

なに~?どうしたんですか~?

「ビリンバウの演奏が佳境を迎えたころに、広間の隣りの小さな部屋から、ダンダン、ダダン…ていう音が聞こえてきてさ、何だろうとおもって覗いたら、おかみが踊ってんだよ!」

えええええ~~!すっご~い!

「だんだん激しくなって、祐さんのビリンバウの演奏も負けじと烈しくなって、もうすごいセッションでさあ。もうトランス状態なのさ」

ぶはははは………!

「それがさあ、演奏が終わった途端に、スタスタってお勝手行って、なにごともなく働いてんの」

うっきゃ~~~!!!いいわ~~!

「後から聞いたら、踊ってるときに電話が鳴ったら出に行ってたな~って言ってんの」

すてき~~~!

「いいだろ~。松原さんが言うには、結婚前のデートで鼓童を聞きに行ったことがあって、そんとき、けっこう前の方のいい席だったのに、おかみ立ちあがって踊ったんだって!」

ぎゃはははは~~~!かっこい~!

「楚々としてさ、小さなカフェエプロンでさ、芯の強い控えめな感じの美人なんだよ~」

いいわ~~~!

…………………

マツの壮行会でありながら、なんだかhibikoreおかみ、ビリンバウでトランスする、という話で盛り上がってしまいました。

でも、なぜかマツったら

「私もがんばります!」と宣言してました。

おかみのおかげです。ありがとう。

そのうち、いっちょまえになったらマツも踊るかもしれませんぜぇ~。



明日は、沖縄の本土復帰40年。

報道特集を見ていたら、読谷の知花昌一さんが出ていました。

なんと、お坊さんになって!!!ええええ~~?!

沖縄国体で日の丸を焼くという行動に出た知花さん。

沖縄で、米兵による少女暴行事件があって、すごい勢いで沖縄の基地が問題になったとき、

松本の神宮寺で知花さんやら残波の太鼓やらを呼んで、

そのお手伝いをしたことがありました。

あのとき、三線(さんしん)をもってやってきた知花さんは、色が真っ黒で、

沖縄訛りがなんともいい感じの中年なりかけなオジサンでした。

自宅のある読谷村のチビチリガマという洞窟で、集団自決があったことや、

また「象の檻」と言われるアメリカ軍に接収されている状態の土地のことなど、

遠く離れた信州にいろいろ伝えてくれました。

テレビの中の知花さんは、お坊さんになっており、あの頃よりも穏やかな顔になっているようにみえましたが、

沖縄の置かれている状況は、あの頃となんにも変っていないのでした。

「思いやり予算」なのかなんなのか、沖縄に建設中の米軍家族用のマンションは、

海を見晴らせる最高の立地に、3ベッドルーム、2つのトイレ、そしてキッチンは大理石でした。

同じ沖縄にたてられた東日本大震災の被災者用の仮設住宅は、

6畳ほどの小さな部屋と四畳半がひとつ、台所のガスや電気は自己負担………。

「沖縄を見ると、日本の現状が見えてきます」と言っていた金平さんの言葉が沁みました。

日本は、沖縄の文化を奪い、沖縄に苦しみや汚れ仕事を押しつけて、 それで平和だとか豊かさだとか言っている。

復帰40周年というこの5月に、スカイツリーに浮かれてる場合じゃないだろう、と思ったりするわけです。

……………

知らない間に、日本は武器を作って輸出できる国になっちゃってます。

石原が「領土領土」と騒いでいるその姿は、いつだって陣取り合戦で始まる戦争の序章のようでもあり、

どんどん、どんどん恐ろしい国へと驀進している日本です。

自然と共存しながら、多少の不便を手作業と助け合いで補いながら、人と人がつながって生きて行くような

ブータンのような心豊かな日本は実現できないのでしょうか。

………………

基地の中に張りだすように建てられている佐喜眞美術館でみた

丸木位里・俊さんの「沖縄戦の図」の、あの胸が苦しくなるような、

切なく苦しく 痛い残酷な悲しみを思い出しました。

爽やかな5月の空を見ながら、この空のむこうにつながっている沖縄を想いたいと思います。

……………

今週は、いよいよシクラメン唐澤さんの写真集が印刷に入ります!

このすっごい写真集をどのように売って行くかが、これからの課題です。

なんたって世界の不思議な部族たちがドカドカ出てくるんです。

そこに行ってシャッターを押してるという唐澤さんがすごいです。

私的にはとってもハマってる、いい写真集になってると思います。

唐澤昌弘『世界不思議人めぐり』 。A4版172ページ上製本 3800円(税別)。

今月発刊予定です!

お楽しみに!!



昨日は、[The NAGANO]という、ずうっとお手伝いしている長野電鉄発行の情報誌の取材で

志賀高原から湯田中~中野~小布施~須坂に行ってまいりました。

寒いな~と思っていたらなんと志賀高原は前日に積雪ありで、横手のてっぺんのほうは除雪がでたそうです。

いや~、へんてこな気候です。

今朝は、午前中は家でまったりしながらお掃除したり、かたづけたり、だったのですが、

この時期にしては珍しく薪ストーブを焚いてしまいました。

ちょっと異常な寒さだと思います。

で、薪ストーブであたたまりながら、夫が前に録画しておいた番組を見ました。

ETVでやった木村真三さんの「ネットワークでつくる放射能汚染地図」という番組です。

木村さんはまだ40代。放射線衛生学が専門の学者です。

東海村の臨界事故や、チェルノブイリ原発事故でも、いち早く調査をしてきたのですが、

今回の福島原発では、独自に調査することを禁止され、 組織を辞めました。

そして日本各地の研究者たちと、事故後すぐに調査を開始しました。

チェルノブイリ事故のとき、独自の線量計を開発し、それをもって調査に入った岡野博士とともに

福島各地の放射線量を測定し、採取した土壌も分析し続けています。

広島大や長崎大の研究者とも協力して、黙々と調査を続けている木村さん。

番組は、そのドキュメントです。

NHKでは、このすごいドキュメントも、一回は却下されたそうです。

が、がんばってNHKの木村さんの友人でもあるディレクターが企画を通し、放映になりました。

……………

浪江の町はずれの集会所には、どうしてもこの町を離れられない人たちが自主避難していました。

が、木村さんが測定したら、ここは、チェルノブイリ事故の3km圏内よりもたかい放射線量を叩きだしており、

そのことは、だれからも知らされていなかった人たちが、結果を知ってさらに遠くに避難していきました。

事故以来、放射線量の多いところ、少ないところ、さまざまな箇所がわかってきましたが、

研究者たちの考察によると、どこで検出された放射能も、セシウムなどの割合的には同種であることが判明。

つまり、ずうっと、同じ由来の放射能が出続けている、ということなのです。

しかも政府が安全としている基準の数値というのには確証がなく、

さしあたって危険はない、とされる地域の放射線量も、

チェルノブイリ事故では政府保証による強制退去地区と同じレベルなのです。

最後は、自分たちが置き去りにした犬や猫にありったけの餌をあげて、避難して行く夫婦の映像でした。

パンダと言う名前のワンコが、遠ざかる軽トラをいつまでもいつまでも追いかけてきました。

涙が止まりませんでした。

津波の被害は乗り越えられても、放射能はもう生きている命で埋め合わせられることがなにもありません。

シベリア抑留から帰って50羽から増やしていったという養鶏所のおじさんは、

餌が届かず、自分の目の前で、何万羽という鶏が飢え死にしていくのを、ただ見ているのみでした。

この償いを、どうしていったらいいのでしょうか。

………………

事務所に来て、たまった帳簿の作業を始めました。

明日は母の日。と思っていたら、母から電話がきました。

「朝一番でお風呂に行ってきたらさ。Wさんが来てくれて、さんざんしゃべってさ、いっしょにお昼食べて帰っていったの。寒いから、いまからおこたつで昼寝するんだ。そうするともうじきお父ちゃんがデイから帰ってくるからさ」

…………こういう、ギリギリのところで生きている小さな命は、

ひとたび大災害が来たら、たぶんひとたまりもありません。

フクシマの置かれている現実の「いま」を、他人事と思っちゃいけないな、と思います。

私はやっぱり、いつも世の中の犠牲になって行く弱い者たちを捨て置くことができません。

弱い者を守れないような、そんな薄っぺらな社会を、豊かな社会だとはちっとも思えない。

子ども、お年寄り、障がい者、動物……こういう者たちが生き生きと命を輝かせて生きられる世の中がいいな、と思います。

明日は母の日。

なにもできないけれど、私というちっぽけな命を産み、育ててくれたことに「ありがとう」と言わねばな、と思います。

……………

高倉健がまえに「あなたにほめられたくて」というようなタイトルの本を出していました。(本だっけかな?)

このときの「あなた」というのはお母さんでした。

子どもはみんな母親に誉められたくて、母親に笑って欲しくて、なにかをがんばるんじゃないかな、と思います。

健さんだってそうなんです。

難しい思想とか政治とかまるでわからないけれど、

母の子を想う愛に国境はないんじゃないでしょうか。

世界を平和に導けるものは……やっぱり母なるものなのかも。

………………

「アヴィ、なにかあったら母ちゃんがアヴィを守るからね!」とアヴィに言うと、

はしゃいだアヴィが、私のスリッパをくわえてヨダレべちょべちょにして、おっぷり回しておりました。

「アヴィ~~!ダメ~~!」

やっぱり絶叫。

「アヴィ、とうちゃんはお前を見離さないからな…」

なんなわけ~?これって。

たぶん、夫は、私を見捨ててもアヴィを連れて逃げると思います。

私は自力でサバイバル。

………だよね~、やっぱり。


冬の間、窓からあんなにくっきりと向うの菅平方面が見えていたのに、

このところぼうっとした日が多くて、まるで山が見えません。

どうも春はぼうっと霞んでいるんですね。

こんななかで、緑だけは日に日に濃くなって、あれれっと言う間に桜も葉が茂ってしまいました。

黙って生きているのだなあ、と思います。

………………

 10月7日に「小出裕章と考える子ども・明日・いのち」という会をやることになり、

実行委員の一人になっております。

で、先日は実行委員長をお願いした信大の渡辺隆一先生の研究室で、

第1回の実行委員会がひらかれました。

久々に行った渡辺先生の部屋は、相変わらず畳にこたつで、先生は裸足でございました。

もう来年の3月で退官だそうです。65歳。

早いな~と思いました。

……………

渡辺先生と知り合ったのは、私が銀河書房の駆け出し編集者だったころ。

まだ独身だったので、いまから30年ぐらい前になるでしょうか。

志賀高原の信大自然教育園にいた先生は、まだ助手でした。

そこでやっていた研究は「植物季節」。

自然教育園の窓から、教育園の原生林が見え、

そこの窓にカメラを備え付けて、365日ずっと写真を撮って定点観測をしていました。

「植物季節ってなんですか?」ときくと

「木はどうして芽吹きの時期がわかるんだと思う?」

「………なんでだろう」

「同じ木の種類でも、早く芽吹くせっかちな木と、みんなが芽を出したずっと後から芽を出すのんびり屋がいるんだよ」

おもしろかったです、先生の話。

せっかちな木は早とちりだから、早く芽を出して遅霜にやられることもあるんだそうです。

でも、基本的に強い。

のんびり屋の木は、弱虫な分、遅霜でもやられなくて生き伸びることができる。

それぞれに自分に合った生き方を選んで芽ぶきの時を決めているんだと教わりました。

こういう風に理科を教えてくれたら7点とらずにすんだのにな~、なんて。

あれから長野オリンピックの招致があって、

自然保護をやってた先生は、岩菅山の保護活動で、頭に円形はげをいくつもつくりながら戦っていました。

そして、なべくら山のスキー場開発にあたっては「森太郎・森姫」というブナの巨木をみつけ、

その結果、スキー場開発には至らずに今の「森の家」などができました。

先生は、自分の息子に森太郎というブナの木と同じ名前を付けていました。

まだ雪のある時、ブナの芽ぶきを見に行こうと言われ、

先生は山スキーですいすいと森に入っていくのに、こちらは長靴で、バテバテになってリタイアしたこともあったな~。

いろんなことを思い出しました。

「先生が退官か………」

「お互いに年をとったってことだよ」

そうなんだな~なんて、しみじみしてしまいました。

山は芽ぶきの前にピンク色になることも教えてもらいました。

渡辺先生の本を作ります、と言ったまま、約束を守ってない私です。

退官の前に、ちゃんと本を作らないと。

相変わらず裸足で、たぶんお弁当箱を窓のところで乾かしているのだと思います。

こんな自然児でありながら東京生まれ東京育ちのシティボーイ。

奇しくも退官を控えた今年、原発のことを子どもたちといっしょに学びたいと考えるみんなと

渡辺先生を委員長に会を作っていけることになりました。

フレッシュな気持ちで頑張りたいと思います。

……………

イ・ジョンミさんの歌声が聞こえてきます。

♪ 「科学をして 命に奉仕する 手立てとなしたまえ……」

山尾三省の詩が、3.11以来、胸にせまってくるのです。

そろそろ自分の言葉で、自分の考えを伝えていく大人にならないと……。

長いものに巻かれ、人さまの和を乱さないように、叩かれないようにして生きてきた結果、

命や、故郷や、自然環境といった大事なものを取り返しのつかないことにしてしまった。

そんな自分はもう嫌です。

……………

久々に、そんなことを思いました。

50歳を過ぎちゃったし、ジュリーにも刺激を受けたことだし、

間違っていると思うことは自然に間違っていると言っていこうと思っている今日この頃です。

少しはまともな大人として、真剣に子どもや命を考えていきたいと思っちょります!

どこまでできるかな~。


母は、会社を定年退職してからずうっと、お三味線を習ってきました。

上山田温泉なので、芸者さん(元)とか、”おっしょはん”がいるんですね。

もちろん、もう歳をとって習ってはないのですが、

その仲間たちと久々に集まるというのです。

「行きたいんだよう…。たまには私も友達と会ってしゃべったりしたいんだよ」

「いいんじゃない?行っといでよ」

「でも、お父ちゃんがね…」

ということで、「いいんじゃない」と言った手前、ついつい「私が看てあげる」と言っちゃったんでございます。

「ほんと?お前が来てくれるんだったら安心して行って来れる!」

あ~あ、はしゃいじゃった………。

で、5日の日から、上山田の実家に行って父と暮らして参りました。

私が行ってからずうっと足が動かない、腰が痛い、と言っていた母カツエですが、

がんばって大好きな着物を着たらにっこにこ。

「じゃ~ね~!なんかあったら電話するから、お父ちゃんよろしくね!」

るんるんで、美也子おばちゃんの車に載っけてもらって行きました。

……………

「お父ちゃん、お母ちゃん行っちゃった。どうする?」

「…………まあ、いいじゃないか」

なにがいいんだか。

母が一人いないというだけで、なんだか心もとないヨシローと私。

ぎこちないです……。

「じゃあ、あたし、お母ちゃんに言われれたふき味噌作るから、お父ちゃんテレビ観てて」

「おう」

お勝手で、母がたくさんもらったという今さらながらの蕗ったまで、

今年体得した私の作り方の「ふき味噌」を作りました。

ヨシローは、ソファに横になって、テレビ観てるんだか寝てるんだか……。

すると、急に目を見開いて何かを訴えてきます。

「……おう、おう、トイレに…」

「おしっこ?わかった!」

ヨシロー、椅子から立たせるだけでも大仕事。前に立って手を引っ張って、やっとこ立ち上がりです。

で、トイレにつれてって、カツエに教わったように、

入口で安心パンツを下げて、小さなパッドをとって、いっしょにトイレに。

洋式トイレの正面にたって「さあ、お父ちゃん、座るよ!」

それがそれが……便座に座るっていうのが大変なんですわ。

足をプルプルさせて、「大丈夫大丈夫、よし!」と声掛けしてあげて、やっと座ることができました。

おしっこだってすぐに出やしません。

ちょろちょろ……ちょろちょろ、ちょろってな感じ。

「もういいの?」と聞くと「うんオッケー」とヨシロー。

で、トイレットペーパーでおちんちんから、もうちょっと後ろの伝ってるかもしれないあたりを拭いてあげて、

「よ~し、ふいたよ。さ、立つか」と言いながら

パッドを私がもって、ヨシローがパンツを上げて、二人三脚で、なんとかズボンまではきました。

トイレを出ると、ひょこひょこと小股ながら歩いて居間へ。

そっからまた座って、ゴロンと横に寝るのが一仕事。

お母ちゃん、こんな力仕事を毎日やってるんだ……。ほんとによくやってる。

あらためて母の大変さが身に沁みます。

…………

夕ご飯は、冷ややっこと母が生協で買っておいた冷凍の「鶏肉餃子」と、こごみのお浸し、ふきみそ。

ヨシローは部分入歯ではあるものの、自分の歯もいっぱいあるので、

何でも食べられると思うのですが、硬いものが食べられません。

噛む力が弱くなってしまっているせいだと思います。

でも、ご飯は大丈夫。ご飯さえあれば、あとは軟らかめのもの、細かいものにして食べております。

「ねえ、お父ちゃん。身体もよく動かないし、よくしゃべれないのに、よくご機嫌でやってるね」というと

「……そうかな。 そうでもないな」

「何がいちばん不自由?手の力とか、弱ってること?」

「…………そうでもないよ」

えええ~~?弱ってるじゃん!

年寄りの気持ちってのはわかりまへんな~。

夜は7時のニュース。突風で飛ばされた茨城の映像を見て「おお~おお~」と唸ってます。

「お父ちゃん、私はここに居るからね。巻き込まれてないから大丈夫だよ」というと

まんじりと私の顔を見て

「そうだな。よかった~」だって。

そのまん丸い目をした真剣な顔を見ると、

やっぱ、テレビの中の出来事と現実がごっちゃになっちゃってんですね。

……………

夜は、母に代わって、ヨシローの隣りのベッドで寝ました。

心配したけど、朝までぐっすり。

5時に目を覚ましたとき、熟睡しておりました。

が「○△×○☆……」とわけのわからないことを口走ったかと思いきや、「あはははは…………」と大笑い。

「お父ちゃん!どうした?」と顔を覗きこんだのですが、ぐうぐう眠ってます。

あ~あ、寝言言いながら大笑いって、私とそっくりじゃ~ん。

親子って変なところが似てるんだな、と思いました。

……………

昨日、手の爪を切ってあげたとき、あまりにも白くて細い指をしていてびっくりしました。

力仕事してないし、手を使っていないから、こんなにきれいな指になっちゃった………。

昔はもっと力強くて大きな手だったのにな。

哀しくなったり、笑ったり、 がっかりしたりしながら、老いた父ヨシローとどっぷり二人で過ごしました。

こんなふうに二人だけで過ごすなんて、もしかしたら初めてかも。

赤ちゃんのとき、膝の上でさんざん遊んでくれたヨシローの思い出がちょっと蘇ってきました。

お父ちゃんのおしっこも、ウンコも、目やにも、鼻くそも、みんな受け止めていこう、と思いました。

苦しく辛い老いの下り坂を、必死に生きている80歳のヨシローとカツエです。

………………

昼近く、母が美也子おばちゃんに送ってもらって帰ってきました。

「ただいま~!ありがと、楽しかったよ~ 」

「よかったね」

「今日は私の誕生日!で、サプライズでみんなに花束もらっちゃったんだ~」

花束を抱えてカツエ、満面の笑み。

80歳おめでとう!!

お母ちゃん、 これからまた介護の日常が始まります。

がんばれ~!ときどきは私がリリーフしてあげっから、楽しいこともやっていこうや。

「ありがとう。ありがとう」

タッチ交代で私が会社に向かうまで、二人はずうっとありがとうと言ってました。

そんなに娘にお礼言わなくたっていいんだよ。

残り少ない人生の最後のところまで、二人が幸せに生きていけますように。

なんでもないような父との時間だったけど、

いつか今日のことも大切な宝物に なるのかもしれないな、と思いました。

……………

ささ、お仕事は本日から待ったなし!

連休気分はおいといて、ギアを入れ替えて走ります。


本日より5月でございます。

風薫る爽やかな季節ながら、セーターもまだ閉まってないのに半袖出して、ぐちゃぐちゃやん!

ま、そんな季節でんな~。

…………

おととい、ご近所のみんなと味噌造りやってたら、母から電話がかかってきました。

藤岡インター付近での高速バスの事故のニュースを見て、

ヨシローが真っ赤っかになって興奮しているんだそうです。

なぜか、そのバスに私が乗っていたと思いこみ、私が死んじゃうんじゃないかって思っちゃてるみたいなんです。

「……ちょっとお前の声聞かせてやってくんない?」と母。

で、電話でヨシローと話しました。

「もしもし?お父ちゃん。あたし、いまご近所のみんなと味噌造りやってんの」

「…………もしもし、ほんとにお前か?」

「あたしだよ、あたし。どこにも出かけてないないし、バスにも乗ってないから。生きてるよ!!!」

「おう………。よかったな~。ケガしてないな?」

「うん!…………」

もう、ほとんど逆オレオレ詐欺みたいな気持ちになっちゃいました。

もう一度電話を母に代わってもらうと

「お父ちゃん、まっかな顔してるから、もう寝かすわ。じゃ~ね~」

…………

ヨシローはなぜか私が交通事故で捕まるとか、死ぬとか思いこんでるみたいで、

まえにフランセーズに入ったときも母に

「純子は警察から帰って来たのか…」とかわけのわからないことを言ってたみたいです。

まあ、いつもそこらじゅうに車で出かけているので、

ずうっとそういうことを心配してきたのでしょうね。

若い時の心配事みたいなのが、年とってからアミで濾されるように記憶の上ずみに残ってくるんだな~と思いました。

生まれながらのおてんば娘、心配かけてごめん、お父ちゃん。

その夜、夫が借りてきたDVDは『猿の惑星』 。

真っ赤っかな顔をして心配で興奮しているヨシローと、映画の中の猿がダブってダブって…。

進化の過程でちょっとした違いがあったなら、この世は違った種類の猿が支配する惑星になっていたかもしれないです。

奇妙に猿に感情移入してしまった私でした。

……………

先日フェイスブックをを始めてから、スマホのメールがジャンジャン鳴ります。

先日、寺子屋百年塾公開講座で、佐賀県武雄市の樋渡市長にも友達承認してもらったせいでしょうか

なんと安倍晋三の書きこみまで送られて参りました。

講演会のアンケートによると、参加者が催しを何で知ったかというのが

FB、ツイッター、口コミだそうで、新聞などのマスコミは一件もなかったそうです。

もう、旧来のメディアの告知では人は動かない、ということなんですね。

すごいですね~。

遅ればせながらオフィスエムも、急速にフェイスブック化をめざしつつあります。

フェイスブックは共感のメディア。

「小さいけれど心に届く出版社」オフィスエムに、実はぴったりの道具だったかも……。

 中毒にならない程度にチャレンジしてみたいと思います。


昨晩は、寺子屋百年塾の公開講座第1弾で、佐賀県は武雄市の樋渡啓祐市長をお招きし、お話をうかがいました。

樋渡……「ひわたし」と読むんですが、

塾長・高野登さんをして「宇宙人」と言わしめた、まー強烈なキャラでして、

トイーゴの大会議室いっぱいに集まった100名以上の皆さまが

5秒おきに大爆笑という、ちょっとありえない講演会でございました。

早稲田大学で講義をした時、100人のうち一人も知らなかったという(泣)武雄市は、

人口5万人という小さな地方の市なんですが、

樋渡市長になってから、ガンガン、バンバンおもしろいことをやっている

日本中でもっともおもしろい市、みたいです。

市長選の投票率が80%以上、市議会のケーブルTVの視聴率が50%以上もあるそうです。

これって、すごくない?

「だって、おもしろいんだから」と樋渡さん。

市長になった早々に、市立病院を民間委託するといってリコールをくらい、

年間600万円かかってた市のHPを200万でフェイスブックにし、

しかも、市の特産品を市がフェイスブックでいっぱい売っちゃっているんです。

見せていただいた地元のお米は、

作ってる80歳のおじいとおばあが画面に登場してUチューブで語りかけてます。

おじいは米をもち、おばあは炊いたご飯を不器用に食べて「おいしいです」と言ってます。

画面がパンすると、武雄の山山山が、何を映すと言うのでもなくだだ~んと広がって

………なんでもないんだけど、なんだか懐かし~い感じが満ちてくる。

「これでテイク9ですから。テイク1なんてボケてて何が何だかわかんないんですよ。でも、これでば~んと売れたんですね~」

素人が撮った素人の映像。

でも、このリアリティが沁みるんです。

もう、ウソ臭いこぎれいな広告なんて、まるで役立ちませんね。

「人から見られている、注目されているっていうだけで、元気になってくるんですよ、人間は」と樋渡さん。

市議会の烈しい意見のぶつかり合いもすべて市民に公開してる。

だから傍聴席がいっぱいになってしまうんだそうです。

「批判、反論、どんどん来てくれてOKです。反論より無関心 のほうがずっとダメ」

その通りやん!!

まあ、胸のすくような爽快な語り口で、ビシバシと本音トークがさく裂でした。

……………

懇親会がこれまた、いつもの20%増しぐらいの盛り上がりでして、

ただでさえ面白い百年塾の懇親会が、ただならない笑いと興奮のるつぼと化し、

夜が更けるとともにヒートアップ!!

九州からやってきた宇宙人と、信州戸隠出身の教祖と、

うぞうむぞうの輩がぐっちゃぐちゃに相まって……

なにやってんだかわからないんですが、 なんだか楽しいんですわ。

アラ・フィフの、私・小宮山姐さん・聖子姐さんも3人で座って「長野のキャンディーズ」として花を添えました(?)

……………

昨日、パソコンでFBをいじり始めて、

やっと自分の顔写真を入れて、やっと漢字の名前表記にできたばっかりの姐御ですが、

次々と芋づる式に「友達承認」がつながって、

昨日今日とエライことになっています。

樋渡市長に教えてもらったみたいに、FBは「共感のメディア」なんだな、ということを実感しています。

オフィスエムのような、「小さいけれど心に届く出版社」というのは

想いを届けて行けば、絶対に本も売れて行くにちがいない!と痛感しているのでございます。

で、本日は朝から会社のみんなと

「フェイスブックで本売って行こうよ! もしかしたらうちは最先端かもしれないね!」と

昨日の報告をしながら熱く語ってしまいました。

なんだか、あれよあれよとフェイスブックの世界にずぶずぶハマって行ってる感じですが、

関西ロードで祐さんに刺激を受け、遠くの仲間ともっと仲良くなりたいな~と思い、

そして宇宙人・樋渡さんの講演を聞き、

とんとんとん、とそっちへそっちへ突っ走ってる感じです。

……どうなるんでしょう?

………いいんじゃな~い??

ね!

あ~あ、そんなこんなで、また関西の旅(その2)が書けなかったじゃないか……。

もう書きたいことがいっぱいあって書ききれないよう。

明日から連休だ~!

日曜日はご近所の味噌づくり。これがまた楽しいのでござる。

みなさま、よいゴールデンウィークを!!


まだ、関西ロードの報告も終えてないにもかかわらず、月末モードでございます。

その後に控えているゴールデンウィーク。やだね~~~。

4月の連休はご近所の味噌炊きがあり、来客があり、

1日・2日は夫は福島へ行き、私はどどっと仕事で

後半にはお泊まりで出かける母の助っ人で、ヨシローの介護に行くことになってます。

そんなんで、もう連休終わりや~ん(泣)。

でもまあ、アヴィとたっぷり過ごせるのが幸せといえば幸せかな~。

ちっちゃいわ~ん。

…………

この間、スマホに換えてからフェイスブックに挑戦しています。

だって、初期画面にもう出ているんだもん。

それにロードの間中、すでにFBにはまりまくっている祐一郎さんが、いかにおもしろいかを見せつけるものだから

こいつはやらないとな…と思って始めたわけです。

また行く先々でFB率が高いわけ。

とくに三重のhibikoreでは、みんながFB友達になっており、

みんなと情報を共有するには私もやんないとな~と思ってやりはじめたんですが……

もう、せっかくプロのカメラマン小西君に撮ってもらったのに、自分の顔写真をはめることができない。

自分の名前をjunnko terashima から漢字表記にしたいんだけど、それもどうやったらいいのかわかんない。

しかも、スマホで書くには文字が小さすぎてくちゃくちゃになっちゃう。

そしてそして、みんなの言ってくることの、どこをどうおもしろがっていいんだかわからなくて、

いまひとつのめり込めずにいるのでございます。

このアナログな女が新しいシステムに慣れるって、なかなか大変なんですわ。

でも、あのパソコンもいじれない祐一郎さんがやってるからな~。

もう少し頑張ってみることにいたします。

……………

昨日は小諸へ「おなっとう」と「甘酒」の取材に行きました。

おなっとう。

こんな食べ物、東信にしかありませんぜ。

甘酒の何倍も濃いドロドロのところに甘いお豆が入ってんの。

以前、小海町でいただいたことがありましたが、この地域で受け継がれてきた不思議なスウィーツなんですね。

今作ってるお料理の本に載せる予定。

おなっとう。ネバネバの納豆とはまるでちがう、不思議な発酵食品でございました。

帰りに、屋久島の方から送っていただいたというトビウオのすり身をいただきました。

「これ、自然解凍させて、ジャガイモのすりおろしやニラを混ぜて油で揚げて? すっごいおいしいさつま揚げができるから」

ありがとうございます!!!

食べるものってホント大事ですね。

自家製の甘酒を飲んでいたら、病み上がりのお父さんもグイグイ元気になったそうです。

このあたりでは、野沢菜漬けも洗わずに漬ける「砂漬け」という方法だそうで、

酸っぱくなった野沢菜をこの時期もおいしく食べていました。

「これを細かく刻んで鰹節と混ぜて、蒸かしご飯の上に乗せて、ささっと混ぜて食べたらおいしいよ」

蒸かしご飯がおいしいんですか?

「そうなの、蒸かすのが美味しいの」

お母さんたち、何でもないけど美味しいものをちゃ~んと知ってます。

甘酒もおなっとうも野沢菜づけも、みんな手作りの発酵食品!

身体にいいです。

お料理本つくってると、いろんなこと教えていただけてとっても勉強になります。

前掛けの普通のおばちゃんたち、私の師匠と呼ばせていただきたい方すごい達人ばかりです。

…………

本日は、夕方からトイーゴで、百年塾公開講座第1弾・佐賀県武雄市長の樋渡啓祐さんをお招きしての講演会。

「発想・発信・発展、三発使ってヒト・地域が変わる瞬間~市役所から地域を変える」という題でお話いただきます。

ちょっと難しそうですが、

塾長・高野登が「おんもしろいよ~。もう宇宙人だね!」という樋渡さん、

ツイッターとフェイスブックで行政サービスを何倍も手軽に、身近にしてきた方なんだそうです。

姐御………フェイスブックもようできんアナログ人間が、どこまで理解できるかわかりませんが、

ま、がんばってついてってみたいと思います。

さてさて、関西ロードのつづきもまた、おいおいアップしていきたいと思いますので気長にお待ちください。

さ~て、さぼってないで仕事すっかな。


3泊4日の『この足あとな~に?』出版記念ロードを終えて帰ってまいりました。

祐さん、ハルちゃんと私の3人でランクルに乗って出かけた名古屋・大阪・三重……いや~どこも濃かったですわ。

いったいどこから話していけばよいのやら、まあ盛りだくさんの忘れられないことの連続で

帰ってくる早々、カモとコミに報告しながら笑って踊ってのレポートをしたところなんですが、

とてもすべてを文字化することなんて不可能や!という気持ちになっております。

そんでも、できるとこまで書いてみるっぺか。

…………

まずは名古屋。

名古屋について最初に行ったのは大須というアーケード商店街。

「まずは、ここでショッピングしてから銭湯に行って、それから会場の白鳥物語に行きます」と祐さん。

大須ってなんなんや~と思いつつ、駐車場に荷物満載のランクルをつっこんでぶ~らぶらと街歩き。

これがまた不思議な商店街なんです。

古着屋なのか新しい服屋なのかよくわからないようなお店や、

アジアンテイストの服や雑貨を売ってる店や、

そんな店がぎゅぎゅぎゅ~っと集まってるところで、いっぱい人がいる。

「姐御ぜったい好きだよ」と言われましたが、その通り!大好きでした。

最初に、古い普通の住宅をそのまんまお店にしたような食事屋さんで、塩麹シチューのランチを食べ腹ごしらえ。

隣りには耳にいっぱいピアスをした男子が名古屋弁で食事をしておりました。

「じゃあ、1時間後にクルマね」ということにして散り散りに 。

気になったエスニックな服のお店をひやかし、

おばちゃん好みの古着屋で「全部100円」と書かれた段ボール箱をひっくり返し、

ブレスレットを一つと、スカートとTシャツ、それと大きなビニール製のショッピングバッグをゲットしました。

1時間なんてあっという間でございます。

近くにあったら明日にでもまた来たい、そんな商店街でした。

それから街中のビルの中にある銭湯へ。

そこはソウルで行った汗蒸幕のお風呂屋さんによく似ており、

オプションには、やはりヨモギ蒸しやら垢すりやらも並んでおりました。

私、こういう韓国風銭湯大好きです。

お風呂には、昼間ながらけっこうお客さんが入ってます。

お風呂のお湯は「炭酸泉」と書いてあり、一番大きなお風呂の一角ずつに電気風呂や、軟水風呂なんかがあります。

電気風呂……前、大阪のうずめの近くの銭湯・常盤湯にいったときにもあったやつです。

側面の壁に銀色の金属板がついてて、そこの小さな穴からたぶん電気がでているんです。

もちろん、はいってみましたですとも。

きたきた………ブルブルブルブル…ぴくぴくぴく…ちくちくちく

「いてて、いててててて」思わず口走ってしまうほど電気の刺激がけっこう強いんです。

が!!!地元のおばさんはすごいですよ~。

顔色一つ変えずに、普通のお風呂みたく入ってますから。

早々に電気風呂から逃げて、軟水の炭酸泉風呂に入っていると、汗が次から次から湧いてくるくる。

目の前に張ってあったパネルを見ると「炭酸泉は発汗作用があります」と書かれておりました。

あ~あ………。

まだ何もし遂げてないうちから、すっかり和んでしまい、気持ちもすっかりひったるんでしまいました。

それから車の中で湧いてくる汗を拭き拭きお化粧らしきものをし、

オーガニックレストラン白鳥物語に向かいました。

……………

1月にお会いしたエコ・ブランチの鶴田さんご夫婦、にんじんクラブの伊勢戸さん、

知った顔に出会って、「ああ、名古屋に来たんだな~」と実感。

そこは公園のような緑いっぱいのレストランで、

ようやく桜が咲きだした長野から来ると、季節がひとつ進んでいるような新緑のなかでした。

ビュッフェスタイルのパーティーを、鶴田さんと伊勢戸さんたちが全部準備してくれていて、

あったかい雰囲気が会場に満ちていました。

鶴田さん司会で始まった会、姐御も乾杯のご発声ということで一言ご挨拶。

本を出すことになったいきさつなどを話し、

ハルちゃんも著者として一言、ということになったら、やっぱり嬉しくてハルちゃん泣いちゃいました。

二人のミニライブやって、それから福島支援をしているみなさんの報告やって、

祐一郎さんによる民族楽器ビリンバウの演奏もありました。

初めてみた祐さんのビリンバウ。

弓のような形の1本弦の楽器ビリンバウの音は、津軽三味線の太棹のようでもあり、

琵琶のようでもあり、鼓のようでもあり、

海の向こうの楽器でありながら、とても和のDNAを感じさせる響きでした。

楽譜のない即興の調べは、まるで天からなにかが降りてくるんじゃないか、と思わせるような音でした。

目をつむって、全身をビリンバウの響きのために使っている祐さんは、

普段、ギターを弾いてるときとはまるで違って、殺気のような気配さえする集中力でした。

祐さんは、ビリンバウを弾くことを「打つ」と言ってます。

弦楽器なのに、どこか「打つ」って感じなのが、よ~くわかりました。

原始的な楽器というのは、どこかで原始の記憶を呼び覚ますんでしょうか。

なんか、ビリンバウには自分の中に潜む太古の記憶が呼び覚まされるような、痺れる感じがある気がします。

曲が終わると精魂こめて演奏した祐さんはハーハーと肩で息をしていました。

「今年はビリンバウを演奏しないといけないんだ」

東北の人たちに力を届けるために、祐さんも、ハルちゃんも全力で生きている。

そういうことがヒシヒシと伝わってきました。

最後には、鶴田ご主人を先頭に、来ていたみんながつながってシュッシュッポッポ………。

曲に合わせて、美しいレストランの中をぐるぐるぐるぐる回ったのでございます。

踊ってましたね~みんな。

音楽って素晴らしいですね!

ハルちゃんの直筆サインがその場でもらえることもあって、本はほぼ完売!!

ありがとうございました。

「昔、丸山さんのコンサートにずうっと同行していたことがあったんだけど、そりゃあ怖かったのよ。ちょっとでも思った通りに行かないと怒っててね~。丸くなったわ。それもみんなハルちゃんのお陰だわね」と鶴田さん。

それでも、今日までこうして長くつきあってこれたのは、丸山さんが自分だけよければいい、という人でなく、いつも損得抜きでみんなのためにと思っている、その生き方が信じられるからだ、と呟いていました。

やっぱり大切な人とは心でつながっているんです。

そういうかけがえのない人のつながりの上をなぞるように、

「この足あとな~に?」という本も信頼され、愛されていくんだな、と思いました。

豊田在住の田之上尚子ちゃんも来てくれて、久々に顔見てお話もできました。うれぴー。

初日名古屋……40人の濃密な想いが新緑の木立に揺れてました。

あ~、ごはん美味しかった。

次は大阪うずめでございます。(つづく)


いや~、花が一気に咲き始めました。

杏、桜、スイセン、木連……こんなに花があったのか、というほどの一気咲き!

会社の窓から見える城山公園の桜も咲いてます。

こういうのを百花繚乱というのでしょうね。

……………

昨日、塩田の唐澤さんのところに写真集の最後のチェックに行った帰り、

上山田の家にちょっと顔出して、ヨシロー&カツエの様子を見てきました。

先週は行けなくて、電話もあまりしなかったら、寂しそうな声で母から電話がかかってきました。

「お父ちゃんがさあ、ショートから帰って来てから何もしゃべらなくなっちゃった……」

いつもデイにいってるフランセーズじゃない上山田の特養がやってるショートに2泊3日、

母が兄弟会のときに入っていたのですが、

帰ってきたとき、「どうだった?」と聞いても、 怖い顔をして睨みつけたんだそうです。

「ものすごく疲れてるみたいでさ、食べるのも大変で……」

ヨシロー、知らない場所、知らない人たちの中で、かなり精神的にストレスだったみたいです。

安心パンツを下げたり上げたりしての用たしも、

やっぱり人間としての尊厳てもんがあるから、そんなにイージーにはいかないしね。

「あたしも、腰が痛くてなかなか朝起きられないんだ…」と母。

もう完全に泣きが入ってます。

またこれで今週も出張だし、心配がつのるので、顔出したというわけです。

…………

茶の間の窓が開いて、洗濯物がはためいていました。

「ちわちわ~~!」と言って茶の間に入って行くと、ヨシローがちょこんとソファーに座ってました。

「お父ちゃん、お疲れ~。大変だったね。元気?」

顔のまん前に行ってしゃべりかけると、ニコニコっと笑って「おう、おう」と言ってます。

「……まあ、純子が来たらこんなふうに笑うんだね~」と母。

今日はいろんなことをやると言って動いているそうで、

少し元気を取り戻したみたいです。

「お父ちゃん、ショートいやだったねえ。大変だったんでしょ?」というと

「あのなあ、何が何だかわかんないんだ」とヨシロー。

「直ちゃん、来てくれた?」

近所の直子ちゃんが勤務していて、ヨシローの泊まる日に合わせて夜勤シフトにすると言ってくれてたのです。

「おう、あの子がなにくれと来てくれてさ、よかったよ」

「そうなんだ。でも慣れないところは疲れるよね?」

「うん。話そうと思っても言葉にするのが……」

そうなんです。話すんだってエネルギーいるもんね。

「私といたって一言もしゃべらないんだもん。張り合いがなかったよ」と母。

年寄り二人だけだと、ダメな方に引っ張られてどんどん気持ちが凹んでいっちゃうんです。

「……だってよ、お父ちゃん。お母ちゃんさびしかったって」

そういいながらヨシローの顔を覗き込むと、鼻から長~い鼻毛がぴょろんと出ています。

「お父ちゃん、鼻毛出てる。切ってあげるよ」というと

ヨシロー鼻毛を指でつかんで引っ張りました。

「あ、その指、どこやった?……ったくダメだよ~」

引き出しから鼻毛切り鋏をもってきて、ヨシローの鼻毛を切ってあげることにしました。

鼻の穴を思いっきりふくらましてるヨシロー、

鋏で鼻毛を切って引っ張ると、鼻くそがびよ~んとついてくるじゃありませんか。

「お父ちゃん、鼻毛だか鼻くそだかわかんないよ!」というと

「はなのアナアナアナ…… 」

「アナはここじゃん!」何言ってんだかわかりゃしないんです。

そこで、ティッシュを太めのコヨリにして鼻の穴につっこんでネジネジ。

鼠色の鼻くそがいっぱいくっついてきました。

右と左とやって鏡を見せると、じっと自分の顔をみています。

「いい男になった?」「むふふ……」

でも、無精ひげが気になる。年寄りでもひげって伸びるんです。いっちょまえですね~。

「ねえ、ちょっとひげそる?」

せっかくなので電気ひげそりをもってきて、ひげそることに。

「鑑持っててあげるから、自分でやってみ?」

そういってひげそりを渡すと、まん前のとこからそり出しました。

が、口を鳥みたいにとんがらしているものだから、まるっきり真ん中だけしかそれなくて……

「ちょっと貸して」といって今度は私がひげそりをあててあげることにしました。

「はい右。こっち側ぷっくりさせてよ」というと右をちょっと膨らまし、

「はい、左」というと左をふくらまし、

なんとかひげそりできました。

「どう?さっぱりしたね!」

「おう!みだしなみだな」だって。

な~にが身だしなみだか。

「ねえ、お父ちゃん、いっくら鼻毛が出てても、指で引っ張って抜いちゃダメだよ。そういうの、サイテーだからね」というと、

「なんだ~。かっこいいと思ってたのに」

…………ええ~~~!ぶはははは……(爆笑)

3人で涙が出るほど笑い転げました。

ヨシローのこのギャグ、これが出てきたらもう大丈夫です。

それから足の靴下を脱がして、足を拭いて、足の爪を切ってあげました。

足、むくんでる。

「お父ちゃん、足の裏って役だってないようだけど、第2のポンプって言われているんだよ。下まで来た血液を押しかえして心臓までまたもどしてくれてるのが足の裏なんだよ。だからちょっとでもいいから動かして、気遣ってあげてよね」

「おう、そうだな」

隣りで観ているお母ちゃんも、「私も足がむくんでるんだよう…」。

「わかった、つめ切って揉んであげるから」というと、さっさと靴下脱いで足を投げ出してます。

母の脚もむくんでる。

「これまでずっと足のことなんて考えてあげてこなかったもんね。足だって生きてるんだもん、具合悪くなったりするよね」

「そうだね~。お前が来てくれるとなんかいいな~」うとうとです。

いつも来てあげられなくてごめんね。

こんなことで喜んでくれるのに…。

…………

5月の第1週、母が三味線のお友達と泊まりで出かけるので、またショートにヨシローを預けることにしているのだそうですが、

5月からは週3回のデイに行くことにもなっており、ヨシローの消耗が想像つきます。

「お母ちゃんが留守の時、あたしが来てあげるから、ショート断りなよ」というと

「ほんと?お前が来てくれたらそんなに助かることないや~。いいの~?」と母。

「お父ちゃん、お母ちゃん出かける時、私が泊まりに来るから、いいよね!」

「おう!頼むわ」

人間の気分なんて、ちょっとしたことで不幸になったり幸せになったり。

世の中に私がいるだけでこんなに喜んでくれる人がいるなんて、考えようによってはありがたいこってす。

……………

1時間ばかりの滞在を終えて、夕暮れの堤防道路を会社に向かいました。

万葉温泉、白鳥園、 戸倉上山田中学校、そして千曲市の土手下の桜が花開き、

春の風にゆっさゆっさと揺れていました。

川原では柳が黄緑色に芽吹き、千曲川の川面がキラキラと輝いていました。

………春になったんだな~。

そう思ったら、なんだか鼻の奥がツンとなりました。

命たちが一斉に芽吹きだしてるこの春のエネルギーを、どうぞヨシローとカツエにも少しだけ満たしてください。

開けた窓から桜の香りがしたような気がしました。


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