今週末の21日から24日まで、『この足あとな~に?』 の発刊記念・関西コンバットツアーに行ってきます。

1月の頭、本の編集に入る前に著者のはるこさんとパートナーの祐一郎さんといっしょに、

本を出すというお話をしながら会いに行った皆様に、できた本を持って会いに行くんであります。

まずは21日名古屋。

熱田区のレストラン白鳥物語を貸切で、出版記念ライブと、

主催の「うふふプロジェクト」の福島支援活動レポートをしていただく予定です。

エコブランチの鶴田さん、にんじんCLUBのみなさんが、そのプロジェクト。

レストランの白鳥物語は、とってもすてきなお店で、オーガニックな素材を使ったおいしいお料理がいただけるんだって。

う~~楽しみ!

そして22日は大阪のうずめ。

ここのお楽しみは銭湯に入ること。

なにしろ戦争の時にも焼け残った一角なので

電気ぶろとかサウナとか、塩風呂とか、不思議なお風呂があるレトロな銭湯があるんです。

この古い長屋つづきのところにギャラリー「うずめ」があります。

なかなかいいんだ~。ここでも出版記念ライブ&トーク。

そして23日は三重県は美里にある古民家カフェ「HIBIKORE」。

私の大好きな写真集『村の記憶』 の写真家の松原豊さんの奥さんがやってます。

鼻笛協会の池ちゃんやエミックスちゃんも、ここに来てくれるのかな?

行く先々で、私も担当編集者としてちょっぴりお話する機会があるようなので、

待っててくれるみなさんに、いっぱい気持ちを届けて来ようとおもっとります。

行きはまた、丸山さん・はるこさんのランクルに便乗させていただいて、一緒に行くことになりました。

丸山さんの分身ともいえる相棒のランクル。

オーバーホールも済ませ、万全の体制を整えての旅立ちです!! サンキュウ!

これがまた楽しい珍道中……になるに決まってるんでございます。

さてさて、今回はまたどんな出会い、どんな出来事が待ってることやら、お楽しみ。

帰りは、まだ関西方面でコンサート予定のある二人と分かれて、

私は一人で長野に帰ってくる予定。

ここんとこ週末ごとにイベント続きでヨシロー&カツエほったらかしで心配ですが、

こんな時とばかりに弟に気合をかけて、なんとかリリーフを頼みました。

がんばれ~!

…………

『この足あとな~に?』 の紹介記事が、4月15日の山梨日々新聞と神戸新聞に載りました!

5月26日は、長野市大門町の竹風堂ギャラリー・ホールにて出版記念ライブ開催。

6月3日には、奈良の「たんぽぽの家」で出版記念イベント。

はるこさんの原画というか原文字というか……肉筆の筆文字も額装を終えて見ていただけるかも……です。

いや~、足あとで「みんなの心に虹をかける」プロジェクト は、まだ始まったばかりでございます。

花の遅い信州でも、桜のつぼみが膨らんできました。

みなさん、待っててね~~~!!

そして、会いに来て下さ~い!!

…………

帰ってきたらもうじき連休だい。

お~っとその前に月末だ~!(泣)


 

 


金曜日、本年第1回目の寺子屋百年塾は、

昨年組みの懐かしい顔、今年から参加の新しい顔が入り混じってなかなかいい雰囲気でした。

重文の涅槃像のご本尊様の前でご住職のお話を聞き、それから講義。

今年は「発力」がテーマなので、塾生たちが話すワークショップの機会がたくさんあります。

飲食店経営、美容師、看護師、銀行員、市会議員、住職、建設会社………

普段はなかなか話すこともない人たちが集まって、これがまたけっこう楽しいんです。

場所を移しての食事会も百年塾名物であり、

この日もみんな語る語る……。

最後は、いつも塾長・高野さんの「ごちそうさまでした!」で閉会です。

本も間にあって、一番最初に百年塾に届けられました。よかった~。

…………

土曜日は雨模様の中りりぃのイベントでした。

またも大勢の仲間たちにお手伝いいただき、講演やパネルディスカッションのまじめな会ながら

150人ほどが参加してくれ、いい会になりました。

読み聞かせをしてくれた三島さやかさん、ピアノの秋元紗智子さん、打ち上げでも大人気!!

25名を超える大打ち上げ大会となり、大盛り上がりでした。

私は司会だったのですが、読み聞かせの後、ステージの前で

私・さやかさん・紗智子さん・江田さん・しもんくん、と並んでトークしたのですが

「さやかちゃん、寺の半分ぐらいの顔だった」と夫に言われてしまいました。

私がテレビに出たら映った顔が画面からはみ出してしまうかも…あははははは。

いいんです、オフィスエムなんですから。

…………

そんなこんなで日曜日。

いい天気で、布団干したり、家のかたづけしたり、黙々と動き、

夕方は、昔からの知り合いである「あったかいご」の10周年記念講演会の打ち上げにだけ参加しました。(ひどい!)

来て下さったのは三好春樹さん。

介護界のカリスマ的存在の三好さん、昔からよく存じあげておりました。

「ブリコラージュ」という雑誌をやってて、全国を講演で飛びまわっています。

直接お話しするのは初めてだったんですが、昔から知っててみたいな感じでした。

中学2年でドストエフスキー『罪と罰』 に出会ってガ~ンと打ちのめされ、

それから『赤と黒』 行って、マルクスに行き……高校中退くらって

そして働き場がなくて特養に行きました。

「いきなり寝たきりのばあちゃん風呂入れてって言われてさあ、一人っ子だったし観念の世界で生きてきたから、人に触れないんだもん…。それが介護の世界との出会いよ」

介護の在り方についても、私が感じているようなことみんなわかってました。

「元気のいい人が人を励ませると思ったら大間違いで、 ちょっと傷ついている人とか、弱っている人とか、そういう人が機能が衰えた年寄りを励ませるんだと思う」と言うと、

「その通り!介護ってのはテクニックとか理論とか、そんなんじゃねえんだ。人間力なんだよ。資格持った人じゃなくってパートのおばちゃんたちが、実は介護の現場をささえてんだよな~」

そう思います。

3.11以降、どうにも気持ちが落ち着かず、躁と鬱を繰り返し、「3.11関連本は全部読んだ」と言ってました。

そうなんだ……。

辺見庸の講演会も行ったそうです。

「日本なんてダメだ。なんたって死刑制度もってる国だからね」

よ~くわかる。裁判員制度では、状況証拠しかないにもかかわらず、素人が死刑を求刑してしまいました。

死刑は世界的にみても廃止の方向にあり、人間の命をどう考えるか、ということの根幹でもあります。

いま、若い人も「死刑ってなんでいけないの?」と考えています。

犯罪を犯してしまった人も、死刑を決める人も、命をないがしろにしていることでは同じです。

私は死刑絶対反対ですが、三好さんも同じでした。

そこだけとっても「なんか信じられる人かも」と思うのです。

老いという下り坂を生きて、やがて死を迎えるための哲学が、まだ日本にはありません。

行け行けのポジティブ思想、右肩上がりの発想で、

そこからこぼれていく人たちをどう受け止めていくというのでしょうか。

ヨシローやカツエと付き合いながら、

老人を生きていくというもっともキツイ試練を生きていくときの考え方を

もっともっと学んでいきたいと思っていました

三好さんともっと話してみたいな、 と思った夜でした。

三好春樹、老人、介護という視点から現代を見ている人でした。

ま、それにつけても大酒のみ。

「俺はなんたって女がいちばんわっかんねえな~。謎だよ、謎!」

ったく、深そうなこと言っても男ってね~~。

…………

みなさま、本当にありがとうございました。

さ~て、美容院行ってバッサリと春モードにしてくっかな!

女の気分転換でございます。

 

 


本日は、2シーズン目を迎える「高野登寺子屋百年塾」の初日。

門前で箱山ふとん店四代目をやってる箱ちゃんの、4代にわたる地元コネクションにより

なんと世尊院さんが会場です!!すごい!

昨シーズンの寺子屋百年塾は、3.11という歴史的な大災害の後からのスタートだったこともあり、

これからの私たちの百年後を考えるうえでとっても大きな意味があり 、

塾長・高野登の「熱」も回を追うごとにヒートアップしていきました。

そのせいでしょうか、たった40人ぽっちの塾なのですが、これがとってもいい感じ 。

4回目の最終回のときの食事会では、なにかみんなが立ち去り難く

一人ひとりのキャラもすっかりたってきて、じわ~っとなってしまいました。

大人になってから、なんのつながりもない人たちが、こんなふうに仲良くなれるんですね。

年は食っていますが「同級生」ってかんじなんです。

これも笠井さんや箱ちゃんの人柄でしょうか。

それとも善光寺さんのおかげでしょうか。

百年塾には、善光寺さんの若いご住職さんたちも何人か参加されており、

それがまたなかなかイケメンが多く大人気なんでございます!!ええ、ええ……。

その昨年の4回の講義をまとめた『寺子屋百年塾講義録』全4冊が本日できあがってきます。

まっさきに塾生たちにお届けしたく、

往生院にできたてほやほやをもっていきます。

一般販売は来週から。

塾の料金は何千円もしますが、本は1冊1000円。

揃えて買ってもいいし、バラバラに1冊ずつ買ってもいいです。

来れなかった人もこれなら、ね。

おとといは『たぁくらたぁ』 もあがってきました。

あと、唐澤さんの写真集『世界不思議人めぐり』 ができれば、

春の新刊ラインナップは一応出そろいってとこでしょうか。

…………

出版社でありながら、ダイレクトな人とのつながりを大事にしたいと思っているせいか、

いろんなイベントがますます多くなってきました。

明日はオオルリシジミ「りりぃ」のイベント。

5月には飯館村の長谷川健一さんを「たぁくらたぁ」といっしょに呼んで県下縦断講演リレーです。

10月には「小出裕章と考える子ども・明日・いのち」という原子力や放射能を学ぶ会も準備中。

いや~、オフィスエムなかなかマルチなネットワークになってまいりました。

まだまだ、これから決定となるライブ、イベントいっぱいありますので、

またおいおいお知らせしていきたいとおもっております。お楽しみに!!

…………

昨日、『この足あとな~に?』 のハルちゃんと祐一郎さんが寄ってくれました。

手作りの限定版特別装丁バージョンの本と、「はやぶさ」のCDをいただきました。

和紙の手書きの包装の裏側に「みんなの心に虹をかける」と書かれていました。

想いって伝えるためにあるんだな~と思いました。

虹、かかったよ…ハルちゃん!! がんばろね!


14日はずうっと準備してきた文化イベント「オオルリシジミの舞う信州を未来へ」 開催の日です。

いよいよ迫ってまいりました。

昨年9月に発刊した科学絵本『ちょうちょのりりぃ』。

絶滅危惧種のオオルリシジミの子ども「りりぃ」を主人公に

さまざまな危機と闘いながら、りりぃが美しい蝶になって羽ばたくまでの物語です。

作者はオオルリシジミの研究者である江田慧子さん。

理科系の科学者が絵本を作る……っていうだけで素晴らしいミスマッチ!

桜井しもん君の透明感あふれる水彩画によって、

りりぃがとっても美しく、かわいく育っていって、最後には里山の空に舞い上がっていく。

自分で言うのもなんですが、いい本なんです。

発刊が秋口だったこともあり、十分普及に力を入れることができなかったのですが

今年は春から全県のオオルリシジミ保護活動をしているみなさんといっしょに

オオルリシジミを盛り上げていきたい、と思っておりました。

で、安曇野市、東御市、飯山市と長野県の自然保護課、信州大学などが

実行委員会やら後援やらとなって、このイベントをやろうや、ということになったわけです。

…………

作者の江田さんは、絵本の出版もひとつの功績と認められ、昆虫学会奨励賞、信州大学学長賞など

大きな賞を受賞されました。すっごいです!

まだ20代。オヤジ率の高い蝶の世界の「オオルリシジミ的存在」なんです。

当日は、もちろん、江田さんのオオルリシジミへの想いなど、たっぷりとお話いただきます。

そしてなんと、東大博物館から矢後勝也さんがスペシャルゲストで来てくれます。

ヒマラヤの貴婦人といわれる幻の蝶ブータンシボリアゲハの発見で

去年注目を集めた、そのときの第一人者です。

貴重な蝶のお話をいっぱいうかがいましょう!

「ヤゴ」なのに蝶でございます。

そしてそしてお楽しみは絵本『ちょうちょのりりぃ』 の読み聞かせショー。

朗読はSBCニュースキャスターの三島さやかさん、ピアノはボスタブの秋元紗智子さん、映像制作は北川清吾くん、という豪華なトリオによる、ちょっとした映像作品にしあがってます。

リハーサルでディレクションやってきた村石編集長が

「……あれはねえ…、みんな泣くぜ」と言ってました。楽しみです。

あまりに素晴らしいので、一回だけではもったいないから、「一座として巡業しろ」と 冗談で相談しております。

一座の名前はさやかのS、紗智子のS、清吾のSで「オフィスS]ってどうでしょう。(イヨッ)

………

最後は、県下各地の保護活動をしている市町村のみなさんによるパネルディスカッション。

各地、絵本づくりではみんな行かせていただきました。

飯山・安曇野・東御……どこもすばらしい里山なんです。

オオルリシジミを守ることはその環境を守ること、そして、他の命を守ることなんです。

こういうことを難しい言葉で「生物多様性」と言うんですね~。

当日は、桜井しもん君の原画展やオリジナル作品の販売、

そしてオフィスエムの本もどど~んといっぱい販売します。

長野マラソン前日、お花見がてらにどうぞ松代文化センターに足をお運びください。

なんと、姐御が司会でございます!あちゃ…。

いっぱい喉乾かして、みんなで美味しい乾杯ビール飲むんだ~い!!

これだけ盛りだくさんで入場無料の大盤振る舞い。

みんな来てね~!!



母のカツエが兄弟会に出席するので、

ヨシローを初めてのショートステイにお願いし、私が車で信州新町まで送ってまいりました。

79歳の母は、兄弟全員で8人。

一番上の文子おばさんが亡くなって、残りは7人で、母は4番目。

今回は、玉江おばちゃんの亡くなったご主人・羽賀一夫画伯の遺作展が開かれるということで

それにかこつけて兄弟が集結となったわけです。

京都の好おばちゃん、名古屋の米子おばちゃんもやってくる……。

普段ならヨシローがいるからどこにも出られない母ですが、

もう1か月も前から行きたくて行きたくて、張り切っておりました。

「ねえ、この着物着ていこうとおもうんだけど、どうかなあ」

うす紫色の地に桜の小花が舞っている着物を吊るして、

まだ雪が降ってるころから、この帯にする、お髪をパーマかける、といそいそです、

「お前も着物きなさい。できるだけきれいな着物がいいよ」とかいっちゃって。

……もう、自分の休みをほっぽって、ほぼ毎週介護のお手伝いに来ている私。

できることならちょっとでいいから、自分の時間がほしいところですが、

どうせ付き合うなら楽しもう、と腹を決め、

土曜日、家の掃除と洗濯をやってから、箪笥をあけて、着物選びして上山田にやってきました。

金茶色の桜模様の小紋に、ピンク地の帯を合わせるパターン、

白地にえんじ色の大きなストライプの上田紬に、紫色にひまわりの花の帯のパターン、

いろいろ組み合わせて、春らしいセットを選び、風呂敷に包んで持って行きました。

「お父ちゃんをショートに送りだしたら、ヘタヘタになって気が抜けたようになっちゃったよ」

普段、がんばっているけど、父の介護は79歳の母には負担が大きいのです。

そんななか、兄弟会はこの春の大きなお楽しみになってました。

着物を広げて、やっぱり桜の着物に決め、襦袢に半襟をかけました。

「おめかしって楽しいね~!」

そうなんです。80に手が届くおばあちゃんだって、52歳のおばちゃんだって

おめかしは楽しいんです。

…………

翌日、「玉江に貸してあげるんだ」という着物と帯と襦袢一式、衣装箱一つ分と

お洋服、衣装箱一つ分、兄弟みんなにあげる温泉まんじゅう7箱、

差し入れの「生ドラ」15個、それに自分の宿泊セットという

大荷物を積みこんで、着ものを着て、美術館に出発しました。

最初に会ったのは菊江おば。母のすぐ上の姉です。

「まあ~~純子、大きくなったねえ」

「………おばちゃん、私52歳なんだけど……大きくなってないし」

もう時間軸が何十年分もすっとんじゃってます。御年82歳。

「とうさんは元気かい?」ヨシローのことです。

「もう、一人ではなにもできないからショートに預けてきたんだよ」と母。

「そうかい。ヨシローさんがねえ、お前も大変だねえ」

そんな話をしてしばらくすると、「ところでヨシローさんは元気かい?」

………おんなじ話をなんどもしてまする。

いいの、いいの。

しばらくすると、バスで、京都・名古屋の二人のおばが到着!

「まあまあ、よく来たねえ」とか言いながら、美術館に入る前に記念撮影。

「純子ちゃん、あんた~お嫁に行ったんだっけ?」

「何言ってんの、もう銀婚式やりましたってば」

「えええ~~~?!」

やっぱり小さい時のまま時がぽ~んと飛んじゃってんですね。

それから来ました、長男の穂幸おじ夫婦、豊科の求おじ夫婦……。

もう、みんな耳が遠いから声がでかいでかい。

「まあ、寒いじゃないかい。昨日なんか雪降ったんだからな。ばかな天気ってもんだ~」

おじちゃん、昨年秋に坂道で転げ落ちて、頭からU字溝にまっさかさまで救急車。

その傷を見せろ見せろと兄弟がよってたかった頭を覗く触る……。

とうとう美術館の人から「静かにお願いします」と注意を受けてしまいました。

……………

みんな顔がそっくり!その上、もってる空気がおんなじ!

同じ親から生まれた60代後半~80代前半の年寄りが集まって、もう小さな部族のようでございます。

みんな私の愛すべきおじさん、おばさんたち。

小さい時から可愛がってくれた親戚です。

「まあ、これが最後ってもんだぞ。一期一会だな!」とおじちゃん。

そういいながら何回も兄弟会をやってきました。

でも、このぐらいの年になると、こうして顔を合わせるだけで奇跡なのかもしれません。

みんなを「さぎり荘」に送って、「じゃあ帰る」というと

「お前、帰っちゃうの~?」と言われ、名古屋のお菓子、京都のお菓子をいただきました。

カツエは「じゃあね!」あっという間にみんなの中へ入って行ってしまいました。

みんな、生きてるだけで誉められると思います!

だから、せめて、1日でも長く元気で生きててほしい……。

そんな気持ちになりました。

私の中にも、この人たちと同じDNAが流れているのをちょっと実感したりして。

……………

一人で走る19号線、うららかな春の陽射しが犀川にキラキラと輝いていました。

この土手が桜のトンネルになるのはもうちょっと先かな……。

年寄りは年寄りの時間のなかで、一瞬一瞬いろんなことを感じながら生きているんだな。

そんなことを考えたら、母の兄弟のおじおばたちが愛おしくなりました。

人生の残された時間はもう少ないけれど、 がんばれ!がんばれ!年寄りたち!!

みんながいてくれたから私たちが生きている。

春が来るたびに、今日のこの日のこの感覚を思い出すんだろうな、と思い、

ちょっと胸がピリッと痛くなりました。


「たぁくらたぁ」メンバーでもあるハンター後藤くん。

先日、小諸で彼が鹿肉の解体実演をし、メトロポリタンの板花シェフが料理実習をし、

そのお手伝いを、いま小諸でお世話になっている高地さんたちがやるということで、

それじゃあ、ということで参加してまいりました。

「目からウロコの食育セミナー」。

 第一部は「解体」です。

内臓を抜いた鹿がゴロンとテーブルにあり、

後藤くんの解説のもと、みんなで革を剥ぎ、肉を部位ごとに大きく切り分けます。

肉になるとはいえ、目のついた鹿の姿をみると、

やはりビビります……。

「日本人がこれほど肉を食べている時代はかつてありません。なのに、肉というとスーパーに売っている精肉されたもので、四足の牛や豚の命をいただいているという感覚はないんです」という後藤君。

その通り。

現に私も、そんな時代を生きているわけで……。

生の動物と食肉の間に、大きな川が流れているのでありました。

でも、解体実習は、春の日差しが差し込む教室で、子どもや女性も加わって、進んでいったのであります。

最後にはがした革に、取り除いた骨やら食べられない肉などをくるくるっとくるんで

大きなゴミ袋に入れて、キュッとしばって、後藤君お持ち帰り。

この現代人と「ゴミ袋」という感覚……どこかで検証してみる必要があるのかもしれません。

さて、第2部は調理実習室にて、ホテルメトロポリタンの板花シェフが講師となって

大きな肉の塊から薄皮をはがして食肉にしていく過程を学び、

それから美味しいお料理も教わりました。

この日はコンソメをつくった残りの肉でミートソースを作ったり、

肉団子をつくってお鍋に入れたり、ステーキやローストディアなんかも作りました。

みんな身を乗り出して興味津津……。

熱血キッチンスタジアムでございました。

「喰う」ということは、人間の動物としての営みそのものなんだと思います。

鹿はもう手に負えないほど増えてしまっているのですが

それとて人間が自然界の法則を無視して、自分たちにとっていいように

自然をいじくりまわしてきたからであって、

やっぱりどこかで自然のなかで生かさせていただいている、という謙虚な気持ちを

取り戻していかねば、と痛感するのであります。

イヌイットもネイティブ・アメリカンも、みな自然への畏敬をもちつづけています。

日本人だって、そうやって山に入る時、海に出る時、田畑を耕す時、いつも祈って捧げてきたのですが、

そういう文化がブチっとどこかで切れてしまいました。

鹿だって、厳島神社とか奈良公園とか、可愛がられてきたのに。

……午後から夜の7時まで、この食育セミナーに参加して、いろんなことを考えさせられました。

実習のとき後藤君に「ねえ、後藤君の本つくるからね」と言ったら、

「え?ほんとですか?いいですね」と気持ちのいい返事が返ってきました。

森の奥で、銃をかまえて鹿やイノシシを撃って、運んで、解体して……

ハンターっていうのも大変な仕事です。

命の水際でそうやって生きてる男もいるわけです。

言いたいこと山ほどあって当然ですわ。

…………

鹿肉料理、意外と美味しいです。

ポイントは薄皮をはがす、です。


昨日、小諸文化センター女子トイレで、私のみかん色のケータイを落っことしてしまいました。

あちゃ、ちゃ……。

パッと引き揚げてグルグルのトイレットペーパーで拭いて、開いてみたら

無事に作動したんでございます!!!

よかった~。

そう思って、駐車場の車にのって、夫に電話しようとしてケータイ開いたら

………まっ黒なんですわ。まっ黒黒。なんにも出てこないの。

「ええええ~~~!!うそ~~、さっき動いたじゃん」

振っても、手であっためても、叩いても、まるっきり画面まっ黒。

そんなことして動くはずないやん、ねえ。

このとき19:00過ぎってところでしょうか。すでに暗い……。

仕方なく少し走ってセブンの公衆電話から夫に電話しました。

「どうしたの?公衆電話から」

「………あのさあ、ケータイ、トイレに落としちゃってさ…」

思いきって打ち明けると

「ふ~ん……。わざとやったろ」だって。

「わざとじゃないもん。午後中ずうっと取材だったから、帰る時トイレに寄っておこうと思ったら和式トイレでさあ……」

「あっそう。だから首から吊るしてろっていったでしょ?」

「……小諸だからさ。前にケータイなくしかけたのも小諸だったし…。小諸のせいなんだ!小諸のバカヤロー!」

「小諸のせいじゃないんだってば、もう」

そんなこんなで家に帰って、電池とかみんな取り出してみました。

中、濡れてなんかないんです。

で、充電器につないでみると「ブオン」という稼働音がしました。

「生きてるかも……」

かすかな期待を抱いて夫に電話してもらうと、

コールするんです!!

「つながってる!!ってことは液晶だけがダメになったんだ」

で、メールもしてもらうと

「鳴ってる鳴ってる!!」

でも哀しいことに画面は真っ黒でなにも映らず……とほほ。

まあ、まるっきり失くなっちゃったときに比べれば、データが生きてただけでもラッキーなわけで。

本体があるというだけでも、なんか安心感があります。

「あのさあ、ケータイなくす人なんだから、バックアップしとかないとダメなんだよ。してないでしょ?」と夫にまたも叱られ

でも、これってやっぱり新しくしろっていうタイミングなのかも、と思っているわけです。

さ~て、i-phoneにするか、スマホにするか。

「i-phoneもスマホのひとつの種類なの。テラ大丈夫?そういうところからもっとも遠いところにいるアナログ人間なんだから、普通のケータイのほうがいいと思うよ?」

結果、夫も一緒にi-phoneに換えることになりました。

「使い方を覚えた人から教えてもらうっていうのが一番早いから」というのが私の理由ですが、

夫は夫で、前から欲しかったi-phoneに換えるいいチャンスだったのか。

というわけで、何回も遭難したり、ひどい目に会わせていたみかん色のケータイともおさらばでございます。

ありがと!

 

 


TBS報道特集、ただ、金平茂紀キャスターのファンということで観ております。

モスクワ支局長だったころ、後ろ髪をちょっとしばってる不思議な髪形をしていました。

筑紫哲也ニュース23にときどき出てレポートしたり、スタジオに来たりしている頃から

その報道に対する姿勢、もったりした口調でズバッと核心をつくレポート、コメント、

そして何より「見た目」が大好きで、いまもドキドキしながら「報道特集」観ております。

金平さん、北海道旭川生まれで都立西校を経て東大文学部卒。

なのに、まるで東大っぽくないですね~。

…、ま、そんなことはどうでもいいのですが。

…………………

先日の報道特集で、京大医学部出身の元プロボクサーという異色の経歴をもった医者が

気仙沼の本吉病院の院長となって働いているレポートをしていました。

医師の名は、川島実さん。

まだ30代の青年医師です。小さな子どもと奥さんがいる、そんな世代。

大きな声で患者さんと話をしながら診療している様子が伝えられていました。

本吉病院は震災で常勤の医者がいなくなってしまった病院です。

最初ボランティアで入っていた川島さんが、腰を据えて地域の患者さんを助けたいとの想いから、自ら申し出て、院長になりました。

川島さんは、京都大学医学部卒。

ご両親も京大出身という優秀な家系にそだち、難関中の難関、京大医学部に合格したにもかかわらず

「これじゃあ医者製造予備校じゃねえか」という気持ちになり、母親に悪態をついてまで

ボクシングにのめり込み、ウェルター級の西日本チャンピオンにまでなりました。

が、プロボクシングの世界もそんなには甘くありません。

勝てない日々を過ごしたあと、彼は自給自足の生活を求めて田舎へ田舎へと移っていきます。

そのなかで、休耕田を借りて農業を始めたりするのですが

「ここでは、休耕田の借主より医者の方が全然足りない」という現実を知り、

僻地の医療を始めて行くのです。

医療のあるべき姿、自分がめざすものと出会っていく……。

そして結婚し子どももでき、そんな彼に飛び込んできたのが東日本大震災の映像でした。

山形県の病院から片道200キロの道を通って診療し続けた本吉病院。

そこで「地域で唯一の病院が苦境に陥っている」姿を見過ごすことができずに、

妻と子供を残し、この本吉病院に単身赴任してきました。

……………

坊主頭の川島さんは、いまも朝のジョギングをかかしません。

まだ遥か遠い復興への道のりを実感する朝の町を、黙々と走りながら、いろんなことを考えています。

患者さんとはとにかく話す。

ホヤの養殖を始めた話、船をなんと修理して浮かべてうれしかった話……。

川島さんは言ってました。

「被災して、いっぱいいろんなことをがまんしているから、病院に来た時にはとても痛くて苦しいのをがまんしてから来ている」と。

身体を見ながら、地元の人たちの背負っているもの、心の痛みまで見えてくる。

それを、しゃべりながら、聴診器をあてながら、分かち合っているんです。

逃げ出す医者もいれば、川島さんのように、ど真ん中に飛び込んでいく医者もいる。

レポートの最後に、学生時代に逆らっていた奈良の実家のお母さんが出ていました。

もう、ずいぶんと年をとってしまったけれど、凛とした美しいおばあさん。

久々に実家に帰った川島さんは「産んでくれてありがとう」と言っていました。

お母さんは川島さんのいないところで回されたカメラに

「やっと生きる意味を見つけましたね」と言っていました。

すごい親子です。

自分がやってみて、挫折も知って、そうしてたどり着いた「医療」。

まだ37歳の川島さんに、勇気もらいました!

……………

「この人の本、つくりたいな~」とつぶやくと、すかさず夫が

「そういうのがダメなの!なんでもかんでも本にしたいって思うの、やめなよ~」 だって。

………だよね。

 ただ私は本づくりで、いろんな人の役に立って行きたいんです!!

そしたらそのうち金平さんにも会えるかも…(イヒッ!)

 ……………

さて!本日より4月。新学期でございます。

いささかミーハーながら、新年度、心新たにスタートしたいと思います。

またごひいきに。よろしゅうお頼み申します。






しかし今年の3月の天気ときたらどうしちゃったんでしょうか。

お彼岸をすぎてぼたんぼたんと雪が降り、

あわやこのまま冬になってしまうんじゃないか、という勢いでした。

でも、やっぱり春めいてもきており、晴れるとがぜん埃っぽいんであります。

このめまぐるしい天気の変化が春ってことなんですね~。

…………

昨日は「農業サミット」という定例の飲み会でした。

どこが農業サミットなんだかわかりませんが、みんなで「緑地振興研究機構」とかいう団体名をつくって

勝手に名刺までつくって、遊んでおります。

長野市を代表する往年のやんちゃ坊主たちとでもいうのでしょうか、

ゆうに60代をすぎたおじさま方、

農業関係でもなんでもない人たちが集まって、農業を話題に好きに飲むだけです。

でも、全然農業の話題なんてやってません。

そこになぜ私が呼ばれているのか、いまもってよくわからないのですが、

いつも連絡をくれたり、まとめたりしてくれている農業公社のSさんが、

母の妹の玉江おばちゃんのご主人の羽賀先生の教え子で…

たまたままるで違う仕事で関わっていたら

あとからそんなことがわかったりして……

「まあ、いいじゃねえ。いいから来いや」と誘っていただいたのです。

 世の中には不思議な集いがあるのでございます。

「ところで、この会ってなにか有意義なことやってるんでしょうか」と昨日皆様に質問したところ

「バカ言っちゃいけないよ。もう、ものすごく世の中の役に立つことやってんだよぅ」とか猛反撃をくらったのですが

「こうやって、俺たちが会ってるってことに意味があんだからさあ」。

「寺島さん、なんか困ってることがあったら言ってみな?」だって。

「そろそろ思いきって会社を引っ越そうかな、とおもってるんですが。一階がカフェで2階が事務所みたいな、そういうところ安く貸してもらえるところないですかねえ」

そしたらもう、長野の街をブイブイいって遊びまくってきたボンたちのなれの果てのおじさん方ですから

「権堂の裏っかわとかさあ、あの古い蔵のところどう?あそこ、○○ちゃんに頼めば五万円で貸してくれるよ。な?」

「あいつが5万以上っていっちゃいけないだろう」

「だったら東町のあそこんとこはどうなのよ。あれならもっと安く貸してくれんじゃない?」

まあ、いろいろ出てくる出てくる……。

土地を知っているということはこういうことなんだな、と納得しました。

今となっては懐かしい、いい時代の、いい加減な、右肩上がりの長野を泳いで来たみなさん。

ある意味、おもしろいです。

ただ………どこが農業なん?

農業らしいことと言えば、Sさんが自分で育てたポアロネギを差し入れ、料理長に料理してもらって出してくれたこととか、

元農文協のIさんが、 「俺、休耕田に黙ってヒマワリの種、撒いてんの。知らないうちにひまわりが咲いたらいいじゃん?」とか。

 その程度でしょうか。

あとはまるで農業に関係ありませんから。

お土産話がわりに私が鼻笛をやってみせたらば、みんなが欲しがっちゃって欲しがっちゃって…。

「俺、買う」「ハイッ!」「ハイっ! 」手が上がる手が上がる……。

なんですかね~。

最後は、蕎麦屋のMさん(♀)がすばらしい善光寺木遣りを歌ってくれて「しめ」となりました。

あまりに上手くて、しかもかっこよくて感動しちゃいました。

なんか、この会ってすごいんじゃないか、と思っちゃったりして。

そのことを伝えたら

「ねえ、木遣り習いにおいでよ。田町の公民館でやってるから。いいよ~」だって。

女性の木遣り……興味津津でございます!!!

農業サミットで善光寺木遣りの魅力に触れた不思議な夜でございました。

サミットメンバーの、往年の悪がきボンボンたちは、それぞれに夜のネオンに消えていきました。

やはり、いまもってなぜ私がこの一員になっているのか、謎でございます。

…………

そんなこんなで本日で3月もお終いになってしまいました。

4月はイベント、出張、目白押し。百年塾も開校でございます!

ふ・ふ・ふ…ふぁいとぅ!! おぅ!!


この間、テレビを見ていたら谷川俊太郎がしゃべっていました。

「自分が死ぬことは怖くないの。お母さんが死ぬことの方がずっと怖いから」。

そう思って育ってきた男の子だったみたいです。

とにかく母親が絶対的な存在だったのだそうです。

「お母さんに愛されたから、生きていていいんだ、生まれてきて良かったんだ、という生きていく力が持てた。愛された記憶というのは、生きていく力なんだよね」

と言っていました。

だもの、男はいくつになっても女性に母親を求めているわけだ。

この世の中、やっぱり女系社会になったほうがいいのかも。

お母さん中心の社会。どうでしょうか。

なんか平和な感じがします。

特攻隊の兵隊さんも最後は「おかあさん!」と言って死んでいったそうで、

「おとうさん!」とは叫んでないんであります。

可哀そうなお父さん………。

まあ、みんなお父さんから生まれてないからな~。

男性のおっぱいも、なんの役にも立たないのについている。

これは昔、女だった名残だそうです。

元はみんな女性なんでしょうか……。

…………

そんなアホなことを考えながら、3月のお終いをアタフタと過ごしております。

もうじき4月か。

タコ社長のごとく、あっちこっち駆け回って資金繰りやって、合間にデスクワークやって、打ち合わせやって、段取りして……。

あ~~、恋がしたいな~!!

…………

もうちょっとでエイプリル。

初日はフールでございます。

4月1日、エムの広告が信毎朝刊に載ります。

これはフールじゃございません!!!



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