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『戦後70年—いま、女たちは発言する』発刊!


『いま、女たちは発言する』
オビ

いま、口を閉ざしたら
〝私の明日〟を否定することになる……。
6人の女性たちが本音で語り合った、戦争・引き揚げ・憲法・民主主義・チベット・沖縄・福島・エネルギー・マスコミ・差別・アベ政治……そして私自身のこと。


  • 戦後70年、いま、女たちは発言する
  • 待望の紙の礫シリーズ第6弾!6人の女性たちが本音で語り合った、戦争・引き揚げ・憲法・民主主義・チベット・沖縄・福島・エネルギー・マスコミ・差別・アベ政治……そして私自身のこと。

     

  • 渡辺一枝 坂田雅子 野沢喜代 野池道子 纐纈あや 寺島純子 著
  • 2016年8月2日発行
  • 小B6判 156ページ
  • ISBN:978-4-86623-004-7
  • 1,200 円(税込価格1,296 円)

渡辺一枝(作家)、坂田雅子(映画監督)、野沢喜代(フリーディレクター)、野池道子(「沖縄を感じる会」主宰)、纐纈あや(映画監督)、寺島純子(編集者)の女性6人が本音で語り合った、戦争・引き揚げ・憲法・民主主義・チベット・沖縄・福島・エネルギー・マスコミ・差別・アベ政治……そして、私のこと。

本書は、「紙の礫」シリーズの協賛金を基に、
戦後70年目にあたる2015年12月19日、
長野市のブックカフェまいまい堂に於いて、渡辺一枝(作家)、坂田雅子(映画監督)、野沢喜代(フリーディレクター)、野池道子(「沖縄を感じる会」主宰」)、纐纈あや(映画監督)、寺島純子(編集者)の6人による、5時間に及ぶ座談会を纏めたものである。

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<プロフィール>
渡辺一枝(わたなべ・いちえ)作家
1945年ハルビン生まれ。1989年に18年間の保育士生活に終止符をうち作家活動に入る。以後、チベット、中国、モンゴルへの旅を続けている。
著書に『叶うことならお百度参り チベット聖山巡礼行』(文藝春秋)『チベットを馬で行く』(文春文庫)『消されゆくチベット』(集英社新書)『女たちの3・11 それでも私は命を繋いでいく。』『福島からの声を聞こう!』(以上、オフィスエム)産直泥つきマガジン『たぁくらたぁ』で連載、等。
ブログ「一枝通信」(http://o-emu.net/category/ichie-tsushin/

坂田雅子(さかた・まさこ)映画監督
1948年、長野県生まれ。京都大学文学部卒業。1970年にグレッグ・デイビスと結婚。1976年から写真通信社インペリアル・プレスに勤務、その後代表となる。1998年IPJを設立。2003年、夫グレッグの死をきっかけにベトナム戦争における枯れ葉剤被害を撮った映画『花はどこへいった』(2007年)を公開。3・11以後、放射能被害がおよんだ社会を描いた『沈黙の春を生きて』(2011年)『わたしの、終わらない旅』(2014)を公開。2008年、『花はどこへいった』で第26回国際環境映画祭の審査員特別賞(Prix Special du Jury)、2009年、『花はどこへいった』で第63回毎日映画コンクールのドキュメンタリー映画賞、2011年、NHKETV特集『枯葉剤の傷痕を見つめて』で第48回ギャラクシー賞優秀賞受賞。主著に『花はどこへいった』(トランスビュー)『女たちの3・11 それでも私は命を繋いでいく。』(オフィスエム)等。

野沢喜代(のざわ・きよ)フリーディレクター
1949年長野県生まれ。日本女子大学国文科卒。1972年信越放送入社。アナウンス部・制作部・松本放送局を経て、2012年まで情報センター制作部で番組制作に当たる。戦争体験・障がい・差別・家族・老いなどをテーマとしたヒューマンドキュメンタリーを多く手がける。日本民間放送連盟賞最優秀賞、文部大臣賞、ギャラクシー賞などのほか、放送界で活躍する女性を対象にした放送ウーマン賞を受賞。
「ドキュメンタリー結婚」「私の歩んだ道」「ソーテサワサワ」など差別問題を取材した長野県同和教育推進協議会の同和教育ビデオの制作を担当。

野池道子(のいけ・みちこ)「沖縄を感じる会」主宰
1951年、沖縄県那覇市生まれ。3歳より小学校卒業まで、一家で東京に移住。東京和泉短期大学児童福祉科卒業。22歳から2年間、中国北京の日本国大使館参事官の家族に同行。
帰国後、那覇市で児童書専門店「夢空間」を12年間経営。「夢空間」閉店後、結婚。長野県長野市で暮らす。現在、長野と沖縄を回遊中で、沖縄の文化を伝える場としての「ゆかるひ」(http://yukaruhi.ti-da.net/)空間を設営中。

纐纈あや(はなぶさ・あや)映画監督
1974年、東京生まれ。自由学園卒業。2001年ポレポレタイムス社に入社。本橋成一監督の『アレクセイと泉』(2002年)『ナミイと唄えば』(2006年)の映画製作に携わる。2010年に上関原子力発電所に反対し続ける島民の暮らしを映し撮った映画『祝の島』を初監督。シチリア環境映像祭で最優秀賞受賞。大阪貝塚市の北出精肉店の家族の暮らしを描いた二作目『ある精肉店のはなし』(2013年)は釜山国際映画祭、山形国際映画祭招待作品。ニッポンコネクション(フランクフルト)ニッポン・ヴィジョンズ観客賞、第5回辻静雄食文化賞。2014年度文化庁映画賞文化記録映画部門大賞。現在も〝暮らし〟を描くことを軸に、様々な映像作品の制作を続けている。

寺島純子(てらしま・じゅんこ)オフィスエム代表
1959年長野県生まれ。早稲田大学教育学部卒業。銀河書房を経て1989年オフィスエムを創設、出版事業を始める。2012年より現在の長野市上千歳町に移転し、ブックスカフェまいまい堂、フリースペースからこる坐、キッチンでんでん村など、夫の村石保とともに出版以外の事業も展開。2016年からは生まれ故郷である信州新町信級にサテライトオフィスを開設。限界集落からの発信を始める。


<内容>
戦後70年──私のキーワード
3・11──時間が動き出した
祝島で生き抜く力
滅びゆくニッポン
ハイサイハイタイ運動
イデオロギーでなくアイデンティティ
地方自治の危機
本土復帰運動、そして中国へ
ゆかるひ・まさるひ
マスコミが煽る中国脅威論
なぜ、こんな時代に……
大人世代への不信から
ぶつ切りの歴史
加害と被害の相克
ヘイトスピーチ──不安と怖れ
私自身への怒りから
愛と智恵で平和を実現する
憲法を学び守ること
働くことの価値観
人や物との繋がり
お金の介在しない関係性
買うことから作り出す力へ
日本のミニマム文化とドイツのスモールハウス
広告代理店に踊らされるな
考え方の方向性
チベット・福島・沖縄
沖縄を感じる会──目標は千回
自分が見聞きしたことを発信する
先達から受け取ったバトン
ある時は差別する私、ある時は差別される私


【編集後記】
ある映画の中で「民主主義も廃れるのよ」という台詞を聴いて、なんとなく納得している自分がいる。〝民主主義〟は流行モノなのだろうか。民主主義は、まだまだ未熟だという人もいる。民主主義は時間がかかるし、面倒な代物だと言われると、そんな気がしないこともない。もしかすると、民主主義を確と自分の目で見た人はいないのかもしれない。もしかすると、民主主義は何処にも存在しないのかもしれない。果たして、民主主義は戦後日本の幻影に過ぎないのであろうか……。ここ数年、そんな都市伝説めいた妄想が脳裏を経巡っている。

東京電力福島第一原子力発電所事故後に発刊した『女たちの3・11──それでも、私は命を繋いでいく。』(2011年発刊)の編集意図には、この国の〝男的社会〟の象徴として〝原発〟への猛省があった。だが、先の参議院選挙の結果を見るまでもなく、男的社会(政治)は衰えるどころか、ヒタヒタとこの国を蝕んでいる。
〝廃れてしまった民主主義〟のせいだろうか、こんにちほど人々が〝見猿聞か猿言わ猿〟を決めこんでいる時代は記憶にない。インターネットで世界と繋がっていると言われている割りには、目の前にいる生身の人間に対し、直に自分の考えを口にすることを憚っているように思えて仕方がない。それを口にしてしまうことへの怖れなのだろうか、押し黙って何事かが通り過ぎて行くのをじっと身を潜め待っている……。
そうだろうか? いま、口を閉ざしてしまうこと──それは取りも直さず自分の頭で考えることを放棄してしまうこと──は、自分自身の明日を否定することに繋がらないだろうか。
本書は、それぞれの分野において、自分の足を使って、自分の目と耳で確かめ、何より自分の言葉で──ある時は活字で、ある時は映像で、また、ある時は他者に直に対峙して──語り続けてきた6人の女性たちによる本音の座談会である。
この6人の女性たちが、一堂に会したのは、決して偶然ではない。それぞれが、それぞれの場所から自身の言葉を発信してきたことの当然の帰結であった。5時間に及ぶ座談会を終えると、6人の女性たちは再び自分の還るべき場所へと散じて行った。

「戦争が廊下の奥に立ってゐた」(渡辺白泉)の一句が、真しやかに思える二〇一六年の梅雨空の下、オフィスエムは本書を「紙の礫」とした。(編集部)

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