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更新情報 2月22日号「一枝通信」

2012年2月22日号

今日はチベット暦のお正月です。

いつもの年ならば、チベットの友人からも電話があり、また私からも電話をかけて新年の挨拶を交わします。

でも今日は、チベットからは電話がありませんでした。

皆さんもご存知だと思いますが、一昨年暮からチベットでは信教の自由、人権の保護を訴えて抗議の焼身行動が相次いでいます。

昨日までに23人が焼身による抗議行動を図り、16人が亡くなっています。

今年になってからでさえ、焼身抗議者は、既に11人にのぼっています。

亡くなった人への懇ろな葬儀も許されず、そうしたことへの抗議の声をあげた人たちに対しても軍により無差別な発砲がされ、死亡者や負傷者も出ています。拘束された人も数多くいます。

また、昨年暮れにインドで催されたダライラマ法王による法要に参加し帰国したチベット人たち数百人が、当局により拘束されています。これらのチベット人は不法に国境を越えた訳ではなく、パスポートを持ち、ビザをとっての出国であり、また出国に際してはそれがインドへの巡礼であることを当局も知って許可していたのでした。

更なる抗議の声が出ないようにと、当局による厳しい監視体制が敷かれチベット各地は発令こそされていませんが戒厳令下と同じ状況になっています。

こうした状況下では、お正月を祝う気持ちには到底なれないことでしょう。

ダラムサラを通じて発信される本土からの状況に、私も毎日、胸が塞がれる思いで過ごして来ました。

こちらからの電話もずっと控えていたのですが、今日は思い切って電話をしてみました。

「ロサー、タシデレ。みんなかわりないですか?」と私が言うと、電話口に出た友人は力ない声で、「だいじょうぶ。みんな元気です。心配しないで」と。

その言葉を交わしただけで、私は受話器を置きました。友人は無事で、家にいることが判りホッとしたことと、声からの様子で、現地の状況がわかったからです。

いつもならお正月の朝は、まだ夜も開けない真っ暗なうちから起きだして、白い儀礼用のスカーフをつけた水汲み場から若水を汲み、仏壇に供えます。

そして仕立て下ろしのチベット服や、一張羅の服を着て装いを正して、外はまだ闇のうちから家族揃ってお寺に参詣に行くのです。

開けやらぬ町の通りには、お寺へ行く人、戻って来た人たちが行き交い、互いに「ロサー、タシデレ」の挨拶が飛び交うのです。

今年は皆、すぐ近くへの外出さえ控えて家にいて、苦しみを抱いたまま過ごしているのでしょう。

チベットを覆う闇が、心に重くのしかかっています。

新聞やテレビも少し報道をしてはいますが、伝えられるよりもはるかに現地は厳しい状況になっています。

「チベットNOW@ルンタ」(http://blog.livedoor.jp/rftibet/)や他にも幾つかのサイトで、チベット情報は得られます。

みなさま、どうぞチベットに目を注いで下さい。いると、改めて思います。


★トークの会のお知らせです。

『渡辺一枝トークの会 福島の話を聞こう! vol.1』→pdfフライヤーはこちら

日 時:3月7日(水)午後7時〜(開場は6時半)

場 所:神楽坂セッションハウスギャラリー

参加費:1500円(会場費は被災地へ寄付とさせて頂きます)

毎回福島からのゲストスピーカーを迎えて話して頂きますが、1回目のこの日は、「原発事故から命と環境を守る会」代表の大留隆雄さん(南相馬出の私の定宿、ビジネスホテル六角の主人です)と、原発から14キロにある浪江町「希望の牧場」代表の吉沢正己さんのお二人を迎えます。どうぞ、お友達を誘って、ご来場下さい。たくさんの方に、現地の状況をぜひ知って頂きたいのです。

明日は今日の続きにお作業が残っていますが、仮設集会所の台所は使えません。
私はこの六角で炊き出しのおにぎりを作るのを手伝って、午後のバスで帰ろうと思っています。


更新情報 2月14日号「一枝通信」

2012年2月14日号

昨夜から南相馬に来ています。
先日来お伝えしているビニールハウス、いよいよ今日から建て始めました。
鹿島の小池第3仮設住宅のすぐ前です。
12日(土)に水路と周辺の草刈りを、ボランティアたちで済ませてありました。
13日に資材が届いて、今日は朝から地元のボランティア10人に東京からのミュージシャンたち4人、仙台からのボランティア3人、ルーテル教会から2人が助っ人で、夕方までにパイプを建てることが出来ました。
ビニールハウスを建てるのは思いのほか時間がかかることで、当初は今日中にビニール掛けまでできるかと思っていましたが、ビニール掛けは明日の仕事になりました。
仙台からの3人は、急遽今夜はホテル六角に宿泊することにして、明日も朝から作業に加わってくれることになりました。

私は午前中は仮設住宅で聞き取りをしていました。
また現地ボランティアの女性たちは仮設住宅の集会所台所を借りて、炊き出しにかかっていました。
作業に当たっている男性群は建設現場で、女性たちは仮設の集会所でおいしい昼食を頂きました。

さて、仮設の集会所で聞かせてもらった話です。
鈴木とよ子さん(83歳)、佐藤くさこさん(81歳)、蒔田フサコさん(78歳)です。
仮設には集会所があって、ふだんでも住民たちが寄り集まってお喋りをしたりまたさまざまな行事にも使われているのですが、こうした場にもなかなか出て来ない人がいるようで、今日話を聞かせて下さった方達は、ふだんなかなか集会所に出てくることの無い方達でした。
これは「原発から命と環境を守る会」の荒川さんが、予めこの方達に声を掛けて集めて下さっていてのことでした。
荒川さん自身、家は津波で流されて今は借り上げ住宅に住んでいますが、この3人の方たちとは元は同じ部落(現地の人はこう言います。ここでは部落は差別用語ではなく、地域の繋がりとして使われていた本来の意味付けで今も活きています)で、よく知った人たちなので、こういったことが叶ったのでした。いずれも20キロ圏内の警戒区域です。
みなさん地の言葉で話されるので、私は録音機に収録を任せて、専ら耳でしっかりと言葉を受け止める努力をしていました。
こんなとき片耳が全く聞こえない私は、手も動かせず聞き耳を立てるのですが、聞かせてもらった話をいま思い返しても、体験の重さに胸が潰れそうです。
鈴木さんは100歳のお姑さんとご主人が流されるのを目の前で見たのです。
蒔田さんは津波だというので家を出て高台に向かう途中で、娘さん、お嫁さん、お孫さんが橋の上にかかった時に波が来て流されて行くのを目にしたのです。
安置所を捜して、打撲や汚れで直ぐには見分けられなかった3人をやっと見つけることが出来た時には涙も出ながったと言いながら、涙を拭いました。ご私人は瓦礫に挟まって出られなかった時に、引き波で瓦礫に隙間ができたので体を動かして抜け出ることが出来たと言います。
佐藤さんは「家は根こそぎなぐなった。犬にぶつける土もねぇ」と。
地震から津波まで、そしてその後、転々とした避難所生活、それから今の仮設入居までを3人とも語り語りして下さいました。

3人は農家で、ビニールハウスができるのをとても楽しみにしていました。
途中で私は少し抜けて建設現場に行って写真を撮り、戻ってお見せすると「始めはほうれん草や人参がいいな」「ジャガイモもいいぞ」「キュウリやトマトは苗からではむずがしいがら、苗で植えたらいいな」「んだなぁ。苗でねぇとだめだな」「けど1年、畑やってねがっだから、できっかな?」「だどもそんな広い場所やるっでねぇべ?大丈夫だ」鍬を振るしぐさをしながら「畝つぐってな」
「畑はいいな。朝起きっど、今日はどれだけ伸びたか、見に行くのが楽しみだったもんな」「そうさ。土いじってど、楽しみだもんな」
次々に言葉が溢れてきました。

お昼ご飯を食べながら、「今日はこうすて話せて、すっぎりした。胸につかえてたんだ」と。
きっと、今だから話せるようになったのだと思います。
鈴木さんも、佐藤さんも、蒔田さんも、昼間はテレビを見たりして気を紛らわせても夜は睡眠薬が無いと眠れないと言っていました。

鈴木さんが割烹着の裾をあげて下に来ていたチョッキのポケットを裏に返してみせながら、言いました。
「物資で貰ったチョッキだども、始めは気がつかながったがなんか入ってるみてぇで、こうして見たらほれ!五円玉が」見ると安全ピンで五円玉が止め付けられてありました。
「嬉しぐてなぁ。ご縁がありますようにってつけてくれたんだべ。そんで反対のポケットには、ほれ!」と言ってみせてくれたのは一粒の大豆です。
「豆で暮らしてくれろと言うんだべ。それからは洗濯する時は外して、また付けて、いつもこうしてポケットさ入れてるんだ」
こんなふとした心使いが、どれほど被災者の方たちを元気づけたことかと思いました。『がんばろう』などという言葉よりもずっと、ずっと。

ビニールハウスが、仮設のお年寄りたちに「明日」を楽しみにする心を生み出しています。
今日建てた場所にもう1棟建てる予定です。別の場所にも、3棟建てたいと思っています。
まだまだ資金が不足しています。どうぞお友達にもお声かけして、支援をお願い致します。
◎郵便振替の場合
銀行名:ゆうちょ銀行
記 号:18220
番 号:5137881
名 前:ゲンパツジコカライノチトカンキョウヲマモルカイ
◎他行から振り込む場合
店 名:八二八(読みハチニハチ)
店 番:828
預金種目:普通預金
口座番号:0513788
また、種を提供して下さる方がおいででしたら、それもお願い致します。


★トークの会のお知らせです。

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日 時:3月7日(水)午後7時〜(開場は6時半)

場 所:神楽坂セッションハウスギャラリー

参加費:1500円(会場費は被災地へ寄付とさせて頂きます)

毎回福島からのゲストスピーカーを迎えて話して頂きますが、1回目のこの日は、「原発事故から命と環境を守る会」代表の大留隆雄さん(南相馬出の私の定宿、ビジネスホテル六角の主人です)と、原発から14キロにある浪江町「希望の牧場」代表の吉沢正己さんのお二人を迎えます。どうぞ、お友達を誘って、ご来場下さい。たくさんの方に、現地の状況をぜひ知って頂きたいのです。

明日は今日の続きにお作業が残っていますが、仮設集会所の台所は使えません。
私はこの六角で炊き出しのおにぎりを作るのを手伝って、午後のバスで帰ろうと思っています。


更新情報 2月9日号「一枝通信」

2月9日号

2月8日夜、護国寺で『世界同時開催 チベット本土のための緊急法要』が執り行われました。

寒い夜でしたが、私も参加してきました。

ご記憶にあると思いますが2008年、ラサに端を発したチベット人の抗議行動は時を置かずにチベット各地に広がり、多くの犠牲者が出ました。拘束されたまま行方不明の人も、たくさんいます。

その後のチベットは、町のそこここに、また新たな監視カメラが設置され、辻や要所に警備の軍や武装警官が6名ずつ銃を持って立ってるようになりました。立っているばかりではなく、やはり銃を持ってそこここを巡回しているのです。

チベット人が巡拝して歩く巡礼路にも監視カメラはもちろん盗聴マイクも仕掛けられ、建物の屋上からも見張りの監視役が立っています。

お寺では政治教育が一層強化されてきました。

こうしたことに対して、僧侶や尼僧、また一般人からも抗議の焼身自殺が続いています。

今年に入ってからでさえ、もう既に4人が亡くなっています。昨日も、1人が亡くなっています。

1月23日には平和的デモを行っていた数百人に対して治安部隊は無差別に発砲し、死者や負傷者が出ています。

外国のメディアが入れないので新聞やテレビでニュースになってはいませんが、どうぞ、チベットに目を注いで下さい。

実は昨年秋に私はまたチベットに行く予定でいましたが、入域許可が下りず行くこと叶わなかったのです。

この頃既に、抗議の焼身自殺は相次いでいたのです。当局はそうした事実を、外国人に知られるのを怖れたのでしょう。

あるいは、情報がすっかり統制されている現地ですから、外国人からチベットの他の地域で起きていることが知れ渡るのことを怖れたのでしょう。

今日の報道で、中国政府は3月末まで外国人のチベット各地への旅行禁止を発表したとありました。

もうじきチベットのお正月(2月22日)が来ますが、チベット人たちは今年のお正月は祝わないと言っています。家にいて犠牲者のためにお祈りをして過ごすと言っています。当局は無理矢理にでも、晴れがましく正月を祝えと、強要することでしょう。

また、1959年3月10日の“ラサ蜂起”を記念する3月がやってきます。

当局は一層厳しく管理、監視、締め付けをしていくでしょう。

どうか、これ以上犠牲者が出ませんようにと祈るばかりです。

チベットに関しての情報は「チベットNOW@ルンタ」(http://blog.livedoor.jp/rftibet/)で、ご覧下さい。ダラムサラからの発信ですが、中には本土からもたらされた貴重な情報があります。そうした情報もまた、死を賭して送られてくるものです。


★トークの会のお知らせです。

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日 時:3月7日(水)午後7時〜(開場は6時半)

場 所:神楽坂セッションハウスギャラリー

参加費:1500円(会場費は被災地へ寄付とさせて頂きます)

毎回福島からのゲストスピーカーを迎えて話して頂きますが、1回目のこの日は、「原発事故から命と環境を守る会」代表の大留隆雄さん(南相馬出の私の定宿、ビジネスホテル六角の主人です)と、原発から14キロにある浪江町「希望の牧場」代表の吉沢正己さんのお二人を迎えます。どうぞ、お友達を誘って、ご来場下さい。たくさんの方に、現地の状況をぜひ知って頂きたいのです。


更新情報 2月7日号「一枝通信」

2012年2月7日号

昨日、ビニールハウス建設予定地を見てきました。

鹿島区の小池原畑仮設住宅に近い場所と、小池第三住宅に近い場所の2カ所あり、片方には3棟、もう一方には2棟建てる予定です。

どちらも畑地だったところで、土壌も良いところで、水の便もいい場所です。

また仮設からも歩いて行けるほど近く、良い場所が見つかったと思います。

線量は片方は畑地の縁で接地での計測値が0.6μSv。

私のウクライナ製の線量計は、0.3を越えるとピーピー鳴りだすのですが畑地の中程に行くと0.29とギリギリで音は消えました。

もう一方の予定地は0.23〜0.26μSvでした。

0.6という数値が気になったのですが、その畑に植えられていた白菜を亜細亜大学の検査室で調べて貰ったところ40ベクレルで大人が食べる分には問題が無いと言われたそうです。

もちろん子供や妊婦さん、若い人たちには食べさせない方がいい値でしょう。

ただ、このビニールハウス計画は中を小さく分けて仮設のお年寄りたちがそれぞれ畑仕事を楽しみに作って、それを生き甲斐にしてもらうということが一番の目的です。

そして自分の口に入る物を少しでも自分で作り出す、ということを目的にしています。

畑にあった白菜は露地栽培の物で、もちろん出荷もされなかったでしょうし、畑の持ち主が試しに作ってそのまま捨て置いた物でした。

白菜は種を蒔いてから、葉が巻き込んで収穫できるようになるまでに月日が必要な作物です。

ビニールハウスでは、種を蒔いてから、短期日で収穫できる小松菜やホウレンソウ、水菜などが主になっていくでしょう。

でもこれは実際にそこを利用する仮設の方達自身が、考えていくことになると思います。

そこで、みなさまへのお願いです。

ビニールハウス1棟建設するのに、資材、建設費用、水道管敷設、畑仕事のための道具類購入などで、およそ60万円必要になります。

現在、以前みなさまにご協力いただいたズボン下購入資金の残金や、その後に寄せられた支援金の合計が80万円ほどありますが、まだまだ資金が足りません。

どうぞ、支援金のご協力をお願い致します。

支援金は一口1000円ですが、何かの集会などでの一口以下のカンパももちろん大歓迎です。

一口以上の支援金は、もちろんもちろん、とても嬉しいです。

どうぞ、下記にご送金下さいますようお願い致します。

◎郵便振替の場合

記号:18220

番号:5137881

名前:ゲンパツジコカライノチトカンキョウヲマモルカイ

◎他の金融機関から振り込む場合

店名:八二八(読み ハチニハチ)

店番:828

預金種目:普通預金

口座番号:0513788

となります。どうぞ宜しくお願いいたします。

計画では全部で5棟立てる目標であることをお伝えしました。実は見切り発車で、既に資材を2棟分発注していました。

その他の農具や水道敷設のための費用がまだ足りません。

野菜類の種蒔きの時期や生育条件などから考えて、三月中には全棟完成させたいと思っています。

どうぞ、みなさまのご支援をお願いいたします。

建設予定地を見た後で、無償で土地を提供して下さった小林さんをお訪ねしました。

小林さんのお宅は南相馬の旧家で、屋敷の中に樹齢500年以上とされるアカガシがありました。

アカガシは県の天然記念物に指定されているのでした。

小林さんは農家で、伺った時はちょうどご自分のうちのハウスのビニール掛けをしているところでした。

大留さんと私の姿を見ると手を休めて、ビニールハウスについていろいろ説明して下さいました。

そして資材が届いて建設する時には、お手伝いもして下さると言ってくれました。

小林さんはビニールハウスのための土地を提供して下さったばかりでなく、小池の仮設住宅を造る時にも土地を無償で提供されたそうです。そうしたお人柄がお顔に表れているような、穏やかな笑顔の方でした。


★トークの会のお知らせです。

『渡辺一枝トークの会 福島の話を聞こう! vol.1』→pdfフライヤーはこちら

日 時:3月7日(水)午後7時〜(開場は6時半)

場 所:神楽坂セッションハウスギャラリー

参加費:1500円(会場費は被災地へ寄付とさせて頂きます)

毎回福島からのゲストスピーカーを迎えて話して頂きますが、1回目のこの日は、「原発事故から命と環境を守る会」代表の大留隆雄さん(南相馬出の私の定宿、ビジネスホテル六角の主人です)と、原発から14キロにある浪江町「希望の牧場」代表の吉沢正己さんのお二人を迎えます。どうぞ、お友達を誘って、ご来場下さい。たくさんの方に、現地の状況をぜひ知って頂きたいのです。


「一枝通信」まもなく配信のお知らせ

作家渡辺一枝さんが個人的に配信(Bcc)されている『一枝通信』をご紹介いたします。渡辺さんは、チベット問題で『たぁくらたぁ』(2008年vol.14)にご寄稿いただいてからのご縁です。3・11以降は、フクシマ情報をいち早く配信していただいています。昨年、小社からは『女たちの3・11』(共著 http://o-emu.net/archives/9554.html)を出版されています。
今後は、「渡辺一枝のチベット・フクシマ、そしていのち── 一枝通信」を皆さまにもご紹介させていただきます。只今、準備中ですので、いま暫くお待ち下さい。それまでは暫定的に、弊社information欄にて、順次紹介させていただきます。何卒、よろしくお願いします。

 

2012年2月6日号

鹿島区小池の仮設住宅に、上原さんのお宅を訪ねてきました。

上原さん夫妻のことは「原発事故から命と環境を守る会」のメンバーから以前に話を聞いていました。

こんな話です。

3月11日、上原さんのご主人は白内障の手術のために入院していました。

奥さんは時間を見計らってご主人のいる病院に行こうと、家にいたのです。

ところが大きな地震が起きて、奥さんはきっとご主人が病院から帰って来てくれると思い玄関に座って待っていたそうです。

そこへご主人が戻ってきて「津波が来るぞ」と奥さんの手を引いて車に乗せ、あわやというところでお二人は助かりました。

避難所生活の後に仮設住宅に入居したのですが、奥さんは「私が生きてられるのはお父さん(ご主人のこと)のお陰。あんな地震があって私は動けなかったけど、お父さんはきっと病院から帰って来てくれると思ってた」と、何度も言っていたそうです。

仮設住宅に移ってからご主人は何度か下血して、ご自分では痔だと思い込んでいたのですが、病院に行って調べたら大腸癌だったのです。

直ぐに入院し、手術をしました。

奥さんは毎日病院に通っていました。

そんなことを聞いて私は、上原さんの奥さんから直接お話を聞かせてもらいたいと昨年10月に小池の仮設を訪ねたのです。

奥さんはお留守で、それなら病院かもしれないと上原さんが入院している病院を訪ねたのでした。

奥さんは病室にいましたが、上原さんは何本もの管に繋がれて意識も朦朧としていて、一緒に行ったよく知っている人たちの顔も判らないようでした。

ですから奥さんからお話を聞くこともせずに、お見舞いだけして帰ったのです。

12月に来た時に、また上原さんのお見舞いに行きました。

上原さんはベットの上で再尿管こそつけていましたが、とてもお元気そうでした。

私が「3月11日の地震のときに奥さんは、上原さんがきっと帰ってきてくれると玄関先で待っていたそうですね」と尋ねると、上原さんは「そう言うと、なんだか美談だが」と言いながらその日のことを話してくれたのです。

すぐ後ろに津波が迫ってくるのを辛くも逃げ延びることが出来た話を。

上原さんはとてもお元気そうで、もっともっと話したそうでしたが、疲れさせてはいけないと失礼して帰ったのでした。

私が家に戻ってから2日後、一緒にお見舞いに行った鈴木さんから電話があって上原さんの訃報を知ったのでした。

年が明けて1月に、上原さんのお宅にお線香をあげに行きました。

穏やかそうな笑顔の上原さんの写真が飾られた仏壇の前で、奥さんは「しっかりしなきゃと思ってます」と言っていました。

今日お訪ねすると、「時間が経つごとに淋しくなる」と涙が引きも切らないのです。

上原さんは農家でした。津波で流されてしまった萱浜にあった家は、その辺りの農家はどこもそうであったように大きく立派な家でした。

いま、二間しかない狭い仮設で暮らし、一部屋は布団を敷けばいっぱい、もう一片方もこたつを置いたら歩く間もない。

そこに小さな机を置いて仏壇にしている。

こたつに入って、目の前にある亡くなったご主人の写真を眺めて暮らすだけの日々。

「時が経つごとに淋しくなる」気持ちは痛いほど判ります。

そして、同じことを何度も繰り返す今日の奥さんの姿に、”この暮らしはこんな風にして、老いを嫌が上にも早めていくだけだ”と思いました。

元の家であれば、あれやこれやと家の中の細々した仕事もあって体も気持ちも動かしたでしょう。

仮設住宅の暮らしが、縮図のように見て取れた今日でした。

前便でお伝えした「ビニールハウス建設」計画も、こうしたことからも是非、成功させたいことです。

  狭い仮設に閉じこもらないで、外に出て体を動かす。

  少しでも何か先の目的、直ぐに目に見えるような目的を作る。

  そのことでわずかでも光が見えれば、意欲も湧いてくるのではないか。

そんなことから「原発事故から命と環境を守る会」は、ビニールハウス建設を計画したのです。

具体的に進んでいますので、次号でお伝え致します。


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