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更新情報 一枝通信2月2日号「南相馬2月1日」


◉大留さんと廃品回収

朝食後、大留さんと一緒に軽トラックで廃品回収に回りました。
六角支援隊のリーダーの大留さんはビジネスホテル六角の主人ですが、もう何年も前からずっと、廃品回収もしています。
ただしこれは、最初の頃は「産業廃棄物から命と環境を守る会」の活動資金を作るためのことで、生活のためではありませんでした。
3・11後は「原発事故から命と環境を守る会(これが現在は六角支援隊と呼ばれています)」の活動資金へと引き続きの廃品回収なのです。
これまでも何度か、六角に集めてあった段ボールや鉄くずを、大留さんが業者の集積場に運ぶ時に一緒に行ったことはありました。
でも今日は、大留さんが連絡を受けていた何軒かを訪ねて、段ボールやアルミ缶などを軽トラックの荷台に積む事から一緒にしたのです。
「『取りに来て』って電話が来るんだよ。電話してくる人も僕が持ち出してやると助かるし、そのお陰で産廃反対運動の資金にもなったからね。僕はこんなこと好きでやってんだよ。嫌いだったらできないよ」と言いながら、大留さんはほんとに楽しそうで生き生きとしています。
根っから体を動かすことを厭わない人なのです。
「それだけじゃないんだよ。こういうことやってるから人との繋がりができるんだよ。
それで僕も助けられるんだよ。産廃反対運動だって、こういうことしながら話して理解してもらって、それで仲間を増やしてきたんだからね」
そんな大留さんと一緒に、軽トラで段ボールやアルミ缶を集めて業者に運んだ”一仕事”は、私にはとても貴重な時間でした。
そしてまた、なんだかとっても、”働いた”という気分を味わえた時間でした。

◉元気なおばあちゃん
廃品回収の途中で大留さんは、「ちょっとこの家に寄って行こう」と言ってその家の縁側の戸を開けて「こんにちは」と声を掛けました。
こたつの部屋に居たおばあちゃんが「あれ、いらっしゃい」と迎えてくれました。
大留さんは、「東京から来た人が一緒なんだけど、この人に話し聞かせてやって」と私を紹介して、大留さんと私は部屋に上がらせてもらいました。
迎え入れてくれた人は、北原あきえさんという80歳のおばあちゃんです。
挨拶もそこそこに、北原さんが話し出したのは、つい先日終わったばかりの市長選挙の日々のことでした。
この選挙では桜井市長が2期目の当選を果たしましたが、北原さんは選挙戦が始まった決起集会で、桜井候補の応援演説をしたそうです。
「あん時は、他所から偉い議員の先生なんかも来て挨拶したっぺし、私は、はぁ上がっちまって頭ん中ぐちゃぐちゃになって何喋ったか忘れちまったけど、あとでみんなに言われたのよ。あんたの話が一番に胸打ったって。こないだもな、私の顔見て『あん時話した人だべ。俺ぁ、涙が出たぞ』って、男の人が言うのよ」
「私は嘘は言わねぇ。80のばっぱが嘘ついたら、死んだ時あのばっぱ嘘ついたって言われっからな。だからあん時言ったのは、私は産廃反対で裁判所行く時にバスん中で何遍も勝延の、勝延なんて呼び捨てしちゃったけどな、話聞いてきたけんど、この人は信念の人だ。それを言ったのよ。震災の時だってな、この人が市長で、どっこも避難しねぇで居てくれたから私ら今こうしていられるべぇ、って言ったのよ」

そんな話が続いたあとで、北原さんは子どもの頃のことを話してくれました。
お母さんが荷車を引いて行商に出るとき、北原さんは学校を休んで後押しをするよう言われたそうです。
きょうだいが多かったようで、妹や弟のことなどは話題に出ますが、お父さんの話は出なかったので、母子家庭だったのかもしれません。
言いつけられたことは嫌だと言わずに何でもしたそうですが、それも、言われたことを済ませれば、その後は遊べる、済ませなければ母が困るし、自分も遊べないから、言いつけられればなんでもやったと言います。
そうやって嫌だと言わずになんでもやってきたことが、今の自分を作っていると。
「私は学校で勉強しなかったけど、畑でも何でもやってみて覚えていった」と言います。
そしてこたつの上に置いてあった雑誌「現代農業」の切り抜きを見せてくれながら、「この野菜、珍しいから蒔いてみようかと思って種を申し込もうと思ってたら、農協で売ってたから買ってきたんだ。それからこのジャガイモ。これとこれとこれ、3種類」と、種類の違うジャガイモの写真を丸で囲んで印をつけた、種芋販売用のチラシを見せてくれました。
そればかりかそこには「料理ノート」と表紙に書いた大学ノートもあって、それは北原さんが、自分で育てた野菜で作った北原あきえ流のレシピノートだったのです。
北原さんの話を聞きながら私は、好奇心が元気に生きる力の元なのだと思いました。

◉再び柿餅のこと
昨日作った柿餅は、搗き上がったときにばんじゅうに入れて伸しました。
2枚のばんじゅうに分け入れて伸せば良かったのに、1枚のばんじゅうで伸したので、ずいぶんと分厚い伸し餅になりました。
切ったら、まるでサイコロのように四角い柿餅になってしまいました。
私に柿餅のことを教えてくれた鈴木さんが、たまたま六角の近くに見えていて、鈴木さんにも少しサイコロ柿餅を差し上げました。
柿餅の色を見るなり鈴木さんは、「これは干し柿がたくさん入っていますね」と言いました。
干し柿をたくさん入れた方が、甘くて美味しいそうです。
だから売っている柿餅を買う時には、色の濃い方を選んだそうです。
また、相馬・南相馬地方は、浄土真宗の門徒たちが一向一揆の頃に加賀の方から移り住んだ人たちが多い地で、柿餅は北陸地方にもあるらしいです。
食べ物を通して見えてくる歴史、食べ物の通ってきた道を思いました。

*前便でこの遺跡のことを「縄文時代」の遺跡とお伝えしましたが、「飛鳥時代」の間違いでした。訂正いたします。

いちえ

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