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2015年2月12日号「2月10日南相馬①」


◉六角支援隊隊長、大留さんのこと

●活動は閉じるけれど
六角支援隊としての活動は閉じることを新年の挨拶に記した大留さんですが、前から考えていたことを今年は実行しようと思っています。
再度の米作りです。
震災の直後から支援物資配給、2012年はそれに加えてビニールハウスと畑を提供しての仮設住宅で暮す人たちの生き甲斐作り、2013年は仮設住宅に隣地する田んぼを借りて試験田での田植えと収穫。
そうした活動を通して仮設住宅に住む人たちが、気持ちを前に向けて生きることを願い、支えてきました。

●産廃処理場建設反対!
北海道で生まれ育った大留さんですが、ここに移り住んでから、もう30数年になります。
北海道に居た時から様々な職業に就いてきた大留さんですが、ここで暮すようになってからもいくつかの仕事をしてきました。
最初は土建業、それからそば屋、そしてビジネスホテル経営です。
そば屋からビジネスホテル経営に変えようとしていた頃に持ち上がったのが、産業廃棄物処理場建設反対運動でした。
すぐ近くの農業用溜め池のすぐ上の山間部に、処理場を建設する計画が起きていることを知ったのです。
海があり山があり畑地が広がり、気候も温暖なこの地がすっかり気に入っていた大留さんは、ダイオキシンや汚染物でここが汚されては大変だと思い、すぐに反対運動の狼煙を挙げたのでした。
反対運動を立ち上げた大留さんはホテル経営の傍ら、段ボールや鉄くずの回収をして業者に売ることで運動資金を作り、運動をもり立ててきたのでした。
産廃処理場は建設業者の不正もあって、建設差し止めになりました。
差し止めが決定したのは、東日本大震災、そして原発事故が起きてから数ヶ月後のことでした。

●廃品回収は続きます
私が初めて大留さんにあったのはビジネスホテル六角に宿を取って、南相馬にボランティアに入った2011年8月でした。
「住むのに、こんなにいい所はないんだよ。それが放射能のせいで住んでた人たちが出て行ってしまって。放射能さえなければ、こんなにいい所は日本中探したってどこにもないよ」と、言っていた大留さんです。
産廃処理場は建設さし止めになりましたが、原発事故による被災者たちへの支援活動の資金を得るために、大留さんの廃品回収はその後もずっと続いています。
今回南相馬のバス停に私を迎えに来てくれた大留さんの軽トラの荷台には、段ボールが山のように積み上げられていました。
昨日お送りした「一枝通信」は、この後でのことです。
私は以前にも大留さんと一緒に何軒かの家を回って段ボールや壜、缶を改修して業者に運んだことがありましたが、今回の私の南相馬訪問も段ボール満載の軽トラから始まったのでした。

●大留さんの新たな挑戦
鹿島の仮設住宅からの帰りに業者の所へ寄って段ボールを下ろし、荷台が空になった軽トラの運転席で、大留さんは言いました。
「いやぁ、今日はいい日だな。一枝さん迎えに行く前にも朝のうちに、段ボール一回運んだんだよ。今日二回目なんだ。
一回目運んで、二回目集めに伝さん家に行って、田んぼの話してきたんだ。
二反部借りられることになった。伝さんも手伝ってくれるって言うし、いやぁ今日はホント嬉しい日だな」
伝さんのことは以前の「一枝通信」でお伝えしたことがありますが、原町区雫の自宅が津波で流され、その時伝さん夫婦も波に流されたのですが二人は庭木にしがみついて、助かったのです。
避難所を経て仮設住宅で暮していたのですが、昨年秋に元の場所に自宅を再建して仮設住宅を引き払った人です。
大留さんの新たな挑戦は一昨年に続いて再びの米作りですが、今度は種籾をバラ蒔き植えでするのです。
去年のお正月に、私は大留さんの新たな抱負を聞いていました。
種籾をバラ蒔いて植え、手こぎで収穫する米作りをしたいというのです。
「今はみんな、農家が作った米を買って食べてるけど、米を自分で作ればいいんだよ。
広い田圃なんかなくたって、狭い場所だっていいんだよ。
農地法で農家でなきゃ米作っちゃいけないなんて言ってるから、日本の農業はダメになっちゃうんだよ。食糧の自給率だって低いでしょ。自分とこで食べる米と菜っ葉くらい、みんな自分で作ればいいんだよ」
大留さんはこの計画を、当初は収穫は手こぎでしようと考えていましたが、伝さんの納屋には古い足踏み式の脱穀機があるというので、鎌で刈って脱穀機を使うことにしたそうです。
「若い人が出て行っちゃって年よりばっかり残って、このままじゃ南相馬の農業はダメになっちゃうよ。農家が田畠手放して、会社経営で大規模農業するようなところに貸したり売ったりするんじゃダメなんだよ。一人一人が米作りや野菜作りを通して農業を活性化させなきゃ。そうやって米が作れるんだって判ったら、子育て中の若い人だって戻ってくるよ。このままじゃぁ、農業そのものがダメになっちゃうよ」

伝さんの協力も得て、大留さんの新たな挑戦は始動しそうです。
東南アジアではバラ蒔き方式で田植えをしているとこもあるでしょうが、日本ではどうでしょうか?
5月の田植えが楽しみです。

◉放射能測定センター・南相馬/南相馬農地再生協議会
●測定センター
10日の午前中は、放射線測定センター・南相馬を訪ねました。
ここは2011年10月に「NPO法人 チェルノブイリ救援・中部」が南相馬事務所として始めた測定センターです。
「みんなで一緒に、未来の子どもたちのために、安心・安全な暮し方を考えて生きたいと思っています。空間線量・食品測定は、継続的に細かくやっていくことが大切です。ここで暮らしていく知恵を身につけ、子どもたちに伝えていきませんか」という理念でスタートしました。
市民から持ち込まれる食品、水、土壌の測定の他に線量計の貸し出しや線量マップ作成(南相馬・浪江町の保母全域を500mメッシュにして年2回測定)をしています。
検出限界値は、約10bq/Kgの測定器を使用しています。
●再生協議会
農家から土壌の測定やこれからの農業などの相談を寄せられるようになって、測定センターでは、チェルノブイリ方式で菜の花やヒマワリで土壌汚染を少しずつでも減らしていくことを勧めてきました。
2013年10月に菜の花を植えていた農家たちが集まって、それまでは個々人でやってきたことを、南相馬の農業再生のために協力して一緒にやっていこうと話し合ったのです。
そして昨年1月に任意団体として「南相馬農地再生協議会」として立ち上げました。
昨年夏には収穫した菜種から油を搾って壜詰めにして販売しました。
南相馬の商業高校の生徒が協力して、〈油菜ちゃん〉とネーミングして可愛いラベルも作り、壜に貼りました。
これは、昨年12月の私のトークの会「福島の声を聞こう!」でも販売しました。
その後マヨネーズも作ったそうで、これも間もなく商品化されることでしょう。   

★2月10日午後は牛越仮設住宅を訪問しましたが、報告は別便にします。  

いちえ

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