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2016年4月10日号「南相馬4月10日①」


◎元気な先生
六角支援隊の鈴木時子さんに、鈴木芳乃さんのお宅に連れて行ってもらいました。
芳乃さんの自宅は小高の街中ですが、今は時子さんの町内の借り上げ住宅で暮らしています。
私は以前に時子さんの家を訪ねた時に、そこで芳乃さんに一度会っています。
とても声が大きくはっきりとものを言う人で、小高の自宅へ行く時にも車の運転ができないので自転車で行くと聞き、元気なおばあちゃんという印象でした。
その時に芳乃さんに、「今度ゆっくりお話を聞かせて下さい」とお願いしていたのでした。
時子さんは地区の行政委員をしていてみなさんのお世話を良くする人ですから、民生委員が「小高から避難してきた人が借り上げ住宅に居るけれど」と、時子さんに芳乃さんを紹介してから二人のおつきあいは始まったようです。
芳乃さんは75歳、小高では学習塾をしていました。
「小高の塾の先生」と言えば芳乃さんのことといわれるほど、親子孫3代にわたって世話になった家庭もあるような、小高の「名物先生」だったようです。
箱根駅伝で順天堂の選手として、またマラソン選手として活躍した今井正人さんも、芳乃さんの教え子だそうです。
今井選手は芳乃さんにとっては、自慢の我が子のような存在のようです。
今回は詳しく聞けませんでしたが、若い時は学校で教えていたこともあったようです。
教育方針などの違いからだったのでしょうか、学校を離れて自宅で塾を始めたようです。

●あの日、そして避難
地震が起きたとき芳乃さんは家に居ました。
隣の家では物が崩れたり落ちて壊れたりと大きな物音がして大変だったけれど芳乃さんの家は湯のみ茶碗が一つ落ちただけで、何の被害もなかったそうです。
地盤が緩い土地ですが、しっかりと建てた家だったのでしょう。
小高は12日の原発爆発後に避難指示が出た筈ですが、芳乃さんが避難したのは16日だったと言います。
なぜ?と問うと、「隣の99歳の婆ちゃんが寝たきりで、その人を置いて行けなかったから」と言いました。
消防や警察に言うと「その人は置いて、あなたたちだけでも避難しなさい」と言われたそうです。
ばあちゃんを運びだすのも大変で、結局16日にばあちゃんの娘が(99歳の人の娘ですから、娘といっても後期高齢者だったでしょう)膝に布団を乗せてその上にばあちゃんを寝かせるように引き出して、一緒に山形に逃げたそうです。
芳乃さんが持って出たのは1万円札が1枚入った財布と、2匹のネコでした。
着の身着のままでした。
知り合いの伝手を頼んで山形に逃げましたが、翌朝ばあちゃんは亡くなったそうです。
様子がおかしいと気づき消防署に連絡すると「到着するまで人工呼吸をして待て」と言われ、「痩せているから胸を押したら骨が折れてしまう」と言うと「骨は後でどうにかなるから、とにかく人工呼吸を」と言われ、胸を押して人工呼吸を続けたけれど、救急車が着く前に息を引き取ったそうです。
その後は到着した消防署の他にパトカーで警察、医者も来て「いやぁ、大変だったよ」と。
山形には2週間居たそうですが、その間芳乃さんからは親戚にも連絡が取れずに居たそうですが、親戚が今井正人さんに連絡を取って芳乃さんの消息を知り、ようやく親戚とも連絡が取れたと言います。
そして親戚や教え子の親たちの手づるで、今の借り上げ住宅に入居できたそうです。

●ピョンコとの暮らし
避難する時に連れて一緒に逃げた2匹のネコは避難先に預け、きっと借り上げ住宅に入居するまでにも何ヶ所か経たのでしょうか、ネコは預け先に残したまま、この借り上げ住宅に入居したのです。
一人暮らしは寂しくてミニウサギを、飼いました。
犬は吠えるしネコは鳴くから、ウサギなら静かで良いだろうと思ったそうです。
ミニウサギと言われて買ったのに5年の間に太って大きくなったと言いますが、ほんとうにまるまる太って重そうなウサギでした。
このウサギのピョンコ、柱やふすま、カーペット、カーテン、そこらに置いてあるもの、何でも齧ります。
まったくそこいら中、ウサギが齧った跡だらけでした。
私には、ウサギは犬やネコのようには気持ちを通わせ合えないのではないかと思えましたが、実際のところ芳乃さんも「ピョンコおいでって呼んだら、寄ってきて胸に抱いていたいと思ってたけど、全然駄目。抱かせないし、触らせない」と言っていました。
それでも、いのちがある物と共に暮らすことが、今の芳乃さんにとっては喜びを生む元になっているのだろうと思えました。
「ピョンコ、カリントウ食べるか?おいで」と呼んで、カリントウを入れた袋を手にする芳乃さんの姿に、そう思いました。
芳乃さんが「どうぞ」とお茶をすすめてくれましたが、その茶碗はきれいに編んだレース編みのコースターに載っていました。
「ご自分で編んだのですか?」と訊ねると、「そう。私はストレスが溜まるとこんな物編んでると落ち着くの。この間も夢中で寝ないで編んでいたら朝になってて、目眩がしてずっと寝てたの」と、答えが返りました。
テーブルには何種かの錠剤の包みがあって、眠れない夜に飲んでいるようでした。
こうした暮らしを見なければ、とても元気で陽気そうにみえる芳乃さんです。

●これからどうします?
避難指示解除後、どうするのかお聞きしました。
小高の自宅には帰らないと言います。
小高は若い人たちが戻らないし、学校再開しても児童生徒数は激減したままだろうから、もう小高では塾はできないだろう。
歳もとったし車にも乗れないから、買い物に便利で病院が近い場所に平屋の戸建てを借りるか買うかして暮らしたいと思っています。
集合住宅は嫌だそうです。
それはきっと、塾をやろうと思えば人の出入りも激しいでしょうから、戸建てでないと無理なのかもしれません。
でも南相馬は今、住宅難です。
作業員宿舎は、とても増えていてどんどん新しく建ってきています。
土地も住居も高騰していますし、一人暮らしの高齢者が土地を借りたり家を建てる、あるいは借りるのは本当に大変です。
芳乃さんは今住んでいるこの借家を買い取っても良いと思っていますが、大家さんはここに同じような家作を何軒か持っているし、他にもいくつも家作がある人だと言いますから、おそらくここを売ることはないのではないかと思われます。

私より4歳年上の芳乃さんも、満州生まれです。
今度いつか、子どもの頃の話をお聞きしたいと思っています。        

いちえ

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