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2017年12月21号「12月12日集会報告②」


*今日20日は、山城さんの裁判の公判日でした。
弁護士や山城さんが反対意見陳述をする日でした。
これが最後の公判で、来年3月14日判決です。

◎12日「山城裁判を知ろう!」
 12日の集会報告の続きです。
 この裁判の弁護士である金高望弁護士とスカイプでつなぎ、沖縄からの発言がスクリーンで会場に流れました。
●金高望弁護士
 この裁判は弾圧目的で行われている。
11月までに証人尋問・証拠調べが終わり、12月5日に論告求刑が出た。
検察官の論告は酷いことが書かれている。
「本件各犯行は、とりわけブロック事件に典型的に現れているようにいずれも被告人らの主義主張を違法な手段によって実現したものに他ならず、法治国家においては到底正当化できないものである」と、検察官は言っている。
そっくりそのまま国に返してやりたい。
 山城さんについては「いずれの犯行についても自己を正当化する主張に終始し、反省の情は全く認められず、規範意識が希薄であって再犯の恐れが高い」と書かれているが、反省すべきは、どちらなのか。
 まずこの検察官は、背景や現場で行われていたこと、いままでの歴史を一切触れない。2015年から機動隊が大量に投入されていたこと、大弾圧があったことに一切触れない。
あらゆる民主制のチャンネルを通じて辺野古や高江に基地建設反対という県民の民意が繰り返し示されていたことに一切触れない。
一言も触れられていない。
 この事件の背景に、しっかり目を向けるべきだ。
民主主義を無視したのは誰か?
繰り返される民意を無視したのは誰か?
それらを無視した中で大量の機動隊を導入し、現場の山城さんを狙い撃ちしたのが今回の事件だ。
3度にわたる逮捕、しかも時間を逆にさかのぼって逮捕していく。
最初が有刺鉄線を切ったという軽微なものからだんだん遡って、最後は10ヶ月前のブロックを積んだということで、どんどん身体拘束を長期化していった。
検察もそれに悪乗りする形で証拠隠滅の恐れがあるなどと言い接見禁止を求めていき、弁護人以外一切面会できないという中で、弁護人を通じて山城さんがオスプレイの墜落事故に関して新聞のインタビューに応じた。
するとそれについても検察官は、接見禁止中になぜインタビューに応じるかと、介入してくる。
まさに、山城さんを県民の運動から隔離して、言論自体を封じるというのが今回の一連の出来事だ。
 残念ながら裁判所は、それに加担してきた。
検察官はそれを要求するだけで、検察の要求を受けて最終的に保釈を認めず接見禁止を認めてきたのは裁判所で、裁判所が容認してきた。
 裁判の中でも、この態度は変わらない。
国連人権理事会の国際報告者のデビット•ケイさんが、日本政府は住民の反対運動に過剰な圧力を加えているのではないかと懸念を報告し、山城さんのことを個別に取り上げて身体拘束の長期化を非常に憂慮する発言を表明したりしている。
これらを裁判で提出しようとしても、裁判所は証拠として採用しない。
国際的批判に、裁判所は一切耳を貸さない。
証拠として採用した上で、これは当たらないというのではなく、そもそも証拠として採用しない。
国際的意見は証拠として採用しないというのが、今の裁判所の態度だ。
あるいは私も一緒に、山城さんはスイスのジュネーブまで報告に行ったが、その時は、特別報告官のアシスタントの方に「山城さん、あなたはヒューマンライフリベンダー(人権擁護者)だ」という発言をいただいたが、こういうことを証拠として提出しようとしても、裁判所は採用しない。
 3月に控えた判決を考えると検察官が設定した狭い土俵、ブロックを積んだかどうかという狭い土俵の中で、国際的批判にも耳を貸さない判決になってしまう恐れがあることを懸念しているが、まだ終わっていないので12月20日の反対意見陳述に向けて、そうした狭い土俵ではなく、きちんと主張していきたい。
沖縄に辺野古を、高江を押し付けようとしている本質を見るべきであり、その中で機動隊を大量導入して現場のリーダーを県民から隔離して言論を封じる、これが今回の事件の本質であり、なおかつ裁判所も今までそれに加担していることをしっかり訴えて行かなければならないと思っている。
 個別の事件の中身についても、防衛局の職員が法廷で証言する内容が非常に矛盾に満ちたおかしいものなので個別の事柄もたくさんあるが、今日はここではなかなか伝わらないと思うので触れないが、裁判では防衛局職員の発言が矛盾に満ちたものであることもしっかり訴え、裁判官に理解させることができたらいいなと思っている。
山城さんにもこれから意見書を書いていただくが、あと1週間なので。準備をしっかりしていきたい。

●琉球大学刑法教授:森川恭剛(ヤスタカ)さん
 この裁判支援を続けているが、その中で考えさせられたことは非常に争いにくい裁判だということだ。
一つの理由は、山城さんを含め4人の被告がいたが、そのうち一人は勾留中に虚偽自白を強要されて、犯罪事実が認められている。
そこから出発しているのが、一つの理由だ。
また分離公判されたので、二つの公判で弁護団の主張が必ずしも噛み合わない事態に陥っていた。
 それからもう一つは山城さんが勾留中に公判で成立手続きが行われたので、裁判の焦点がそこに絞り込まれてしまった。
一例を挙げると、山城さんが器物損壊を認めたものとされて裁判が進められている。
だから運動の方では完全無罪を争っているが、実質調書では一部無罪を争っているという齟齬が生まれている。
これは完全無罪を主張するための法律論が用意できていなかったことだろうと思うが、現在もそういう状態で、だからゲート前では現在もますます不当な逮捕が行われているが、それに対して為す術がない状況だ。
そして完全に日本政府の言う法治国家の議論に押し込まれている状態だ。
 この日本国政府の法治国家の議論というのが、準備公判の1月の有罪判決の中で一つ証言されている。
そこに、こう書かれていた。
「職務を忠実に遂行していった防衛局職員を数人でテント内に連れ込み暴行を加え、彼に恐怖と苦痛を与えたことは基地反対運動の一環であるとしても正当化することはできない」
これが、沖縄の平和運動を糾弾する内容になっている。
判決によれば、日本国こそが山城さんらの実力行使によって利益を害された被害者であるということだ。
そして不正は沖縄の側にあるとしている。
裁判所には、基地を押し付ける沖縄差別は全く見えていないようだ。
こうして、一般的に差別の被害者は沈黙させられてきたと言える。
これが基地を押し付ける差別が法治国家の合意として、法の名の下に進められている。
 その法は根本的には日米同盟による平和主義だ。
日本の法律学では、日米安保と憲法9条は矛盾すると説かれてきている。
これは正論で、間違ってはいない。
しかし、厳しい見方をすれば、その中で駐留米軍は1950年代以降、沖縄に移された。
そして沖縄県は安保と9条の矛盾だらけだ。
沖縄に戦力があって、日本に戦力不保持の憲法9条がある。
これが戦後日本の平和主義だ。
沖縄から見れば戦後日本の平和主義は、軍事的に沖縄に犠牲を強いる沖縄差別の論理として機能している。
 そして今や平和主義の名の下で警察力を用いて、基地を押し付けようとしている
日本の平和主義が暴力化しているという状況だ。
これに対して沖縄では同じ平和主義の名の下に、新基地建設に反対している。
これは沖縄の平和主義だと考える。
しかし日本の裁判所に対して、沖縄の平和主義は通用しそうにない。
 日本の暴力化した平和主義は何かと言うと、具体的に言えば、工事の強行だ。
工事の強行は、二つからなる。
一つは違法工事、もう一つが不当逮捕だ。
 違法工事は実に様々な内容があり、明日の防衛省交渉でもいろいろ問題が指摘されるだろうが、あらゆる違法工事に共通しているのは、沖縄県の意思に反しているということだ。
これは民主主義の否定であり、自治権の否定であり、国際人権法上の沖縄地域の自己決定権を否定するものだ。
そして本質的には沖縄の平和主義を、日米同盟による平和主義によって押しつぶすということだ。
 もう一つの不当逮捕は、工事に抗議する者を排除して拘束し、逮捕、長期勾留し、最後に不当判決を言い渡すというものだ。
沖縄の平和運動は犯罪であり、正義は日本国政府にあるというわけだ。
その結果、さらに違法工事が横行してしまう。
この二つの違法工事と不当逮捕、これが新基地建設の両輪となっている。
 どのように裁判支援するかというと、山城さんたちの行為は違法工事に対する抵抗行為としてあったわけだが、しかしこの抵抗行為を裁判所が認めるとはなかなか思えない。
それでも最低限、裁判所に言いたいことがある。
それは、沖縄県民の平和運動を貶めるようなことだけは、判決の中に書いて欲しくない。
沖縄防衛局にも、大きな落ち度があるのだということは、これから指摘していかなければならない。
性暴力の犯罪を考えれば、被害者の落ち度論がいかに被害者を傷つけ侮辱するものかは知っているだろう。
日本国政府は今やこれを逆手にとって被害者を装い、国に落ち度はない、沖縄の平和運動こそ暴力的で犯罪的であると主張している。
だから公判で防衛局の職員が証人として出廷するときに、証人保護のために遮蔽の措置が採られたというわけだ。
 しかし考えてみれば、日本国政府が沖縄の意思を尊重し沖縄防衛局に工事を強行させなければ、今回の刑事事件はどれも起きていないはずだ。
工事を強行する沖縄防衛局に、大きな非があることを伝えていきたい。
 もう一つ不当逮捕の件だが、もしコンクリートブロックでゲートを封鎖することが無罪であるなら、工事は止まるということだ。
つまり、不当逮捕は不当であることを認めさせることで、新基地建設の両輪である一つが外されるわけだ。
山城さんの裁判でこういう結論が出るとは思えないが、しかし私が裁判支援を通じて気付いたことの一つは、新基地建設の両輪である一つを外せば、工事は止まるということだ。
だから行政訴訟だけで国民勝訴するだけが、工事を止める唯一の方法ではないと気付いた。
 この点でぜひ考えなければいけないのが、辺野古の海上の臨時制限区域問題だ。
これは2010年に問題になったが沖縄ではその時から、臨時制限区域を設けるのは違法だと言ってきた。
臨時制限区域での立ち入り規制では、キャンプシュワブ水域の使用条件変更と、日本側がこれを臨時使用するという2つの条件で成り立っている。
まず使用条件変更で、立ち入り制限区域の臨時使用区域が設定される。
臨時制限区域は刑事特別法2条で、立ち入り規制される。
次に日本側は、この臨時制限区域を臨時使用し敷設工事を実施している。
日本側が臨時使用するということは、管理権が日本側に移るということなので、米軍がそこを立ち入り禁止に出きる筈がないということだ。
 日米合同委員会が、このおかしな取り決めを結んだ結果どうなったかというと、米軍の立ち入り禁止権に基づいて、日本国政府が日本国民の立ち入りを規制するということになっている。
つまり、憲法に服さない米軍の権限に基づいて、日本国民の基本的人権が侵害されているということだ。
その米軍の権限を行使するのが日本国政府・海上保安庁ということになる。
つまり海上保安官が、憲法に服さない米軍の立ち入り禁止権を行使して、憲法上基本的人権を侵害できるようになっている。
日本国民は主権を失ったと言わざるを得ない。
これが沖縄で起きていること。
 日米政府が、単に沖縄県民をいじめているだけに見えるが、それはなぜか。
主権を失った日本国民が消えていくからだ。
しかし臨時制限区域は無効であるということをハッキリさせることができれば、海上の立ち入り禁止規制は根拠を失って、埋め立て工事は続けられなくなる。
ですから日米同盟による工事強行は、日本国憲法の平和主義そのものではなくて、日本国憲法の人権問題にしていくこともできると思うので、ぜひこれから、これをもう一度政治問題化していかなければいけないと、裁判支援を通じて感じてきた。

●落合恵子さん
 山城さん、一人じゃありません。
稲葉さんも、添田さんも一人じゃありません。
私たちはいつも、一緒に居させてください。
ただし距離が遠いということもあって、なかなか一緒に行動することはできないが、このアベ政権に対する怒りと無念さは、みなさんと共有できることだと思う。
 今度の選挙に勝った途端に「謙虚に」だって!
どこに謙虚さがあるか?どこに人権に対するデリカシーがあるか?
何も無いまま、暴挙・暴挙・暴挙だ。
私たちは、もっと怒っていい。怒る権利を私たちは持っていると思う。
 沖縄の女性たちがどれほど米兵の性暴力に苦しんできたか。
どれほど多くの人々が、米兵によって命を絶たれてしまったかということ。
どれほど多くの自然が、現在進行形で壊されてきているかということ。
それらは山城さんたちのテーマではなくて、私たち全員のテーマだ。
共謀罪の試運転として山城さんたちが使われてきたことは、私たちの怒りにしていかないといけないと思っている。
 若い時には人生は長編小説だと思っていたが、年が明ければ73歳になる私は、人生は長編小説ではなく短編小説だと思うようになった。
私は季節ごとに好きになる言葉がある。
この冬は、丸山健二さんのこの言葉で決めていく。
「心静かに死を待つような心境で余生を送ることも悪くないが、幸福に満ちた人生を振り返りながら老いていくこともいいが、けれども日に日に擦り切れていく命を直視しながら抗うだけ抗い、途方もない目的に向かってジリジリとにじり寄るような、なんとも凄まじい鬼気迫る晩年も素晴らしい」
 ジリジリにじり寄って抗うことを誇りにするような、自分の人生にしていきたい。

●佐高信さん
 正月番組の収録で、西郷隆盛と私の郷里の庄内藩ということについて話してきたが、庄内は無血開城で会津は白虎隊で玉砕だった。
白虎隊を美談として語る社会は、美しくない社会だ。
先ほど特攻の話が出たが、白虎隊も特攻も、美しい話ではない。
アベは「美しい国」というが、美しい国の醜い首相だ。
このあいだの衆議院選の応援で、「北朝鮮問題でアベが本気だと言うなら、一人で平壌へ乗り込め。(会場から「そうだ!」と拍手沸く)そしてもう帰ってくるな(笑)」と言ったのが受けた。
 私は破防法をオウムに適用するのはおかしいと言ったが、まさに破防法はアベにこそ、あるいは菅にこそ適用しなければならない。
またアベが憲法改悪、改変を言っているが、百歩あるいは万歩譲って憲法を変えると言うなら、「抵抗権」と「革命権」をこそ入れるべきだろう。
それを入れるなら、賛成してやってもいいぞと思う。

●香山リカさん
 去年8月から9月にかけて高江に行ってきた。
なぜ高江に行ったかというと山城さんたちと一緒に訴えられている添田さんに誘われていった。
私は在日の人やアイヌに対するヘイトに関して発言をしてきたが、添田さんはヘイトスピーチ・ヘイトデモに対してカウンターのリーダーだった。
添田さんは直感的に、沖縄で起きていることは差別だと考えて単身沖縄に行った。
それで沖縄からSNSで、沖縄で今起きていることは差別だから、みんな関心を持って欲しいと発信していた。
 添田さんはその後逮捕されて199日勾留されたが、接見禁止ではなかったので何度か接見にも行った。
今ネットには添田さんを貶める酷い発言が山のように流されているが、もう清算できた過去のことで人を貶めようとするものだ。
そんなことが許されていいのか。

●北上田毅さん(沖縄平和市民連絡会)
 今の訴訟指揮、裁判長の訴訟の進め方から見ると、かなり厳しい予想がされる。
しかしそれに対する反撃は、辺野古の新基地建設を何としても止めることだ。
それ以外にはない。
 今の辺野古の状況は、海から土砂を進んでかなり進んでいる。
私も悔しい思いをしているが先ほどの博治さんの話にもあったが、また明日の防衛省交渉でも追求するが、活断層の存在が疑われる、また大浦湾の海底地盤が軟弱だということもあって、ここで詳しく説明できないが、今後防衛局は設計概念の変更申請を翁長知事に提出する必要がある。
知事の承認がない限り工事の変更は頓挫する。
そういう意味で知事が毅然と対応する限り、辺野古の新基地建設事業はいずれ止まる。
 ただこのことで誤解をして欲しくないが、ほっといて工事が止まるわけではない。
ほっといて工事が頓挫するわけではない。
違法工事も、それを私たちが発見をして追求する、それを防衛局に対して糾弾していく、そういった行動がない限り、違法行為はそのままスルーしてしまう。
将来的には工事は止まるわけだが、何としても止めると、ゲート前に駆けつけて欲しい。
 残念ながらゲート前は非常に厳しい状況で、参加する人数も減っている。
いま重大な局面に入っている。
ぜひ東京からも多くの方が辺野古に駆けつけて、少しでも座り込みをしていただいて工事の進捗を止める、そのことを訴えたいと思います。
それが来年3月に予想される山城さんたちの裁判の不当判決に対する私たち県民の、そして全国の支援者の皆さんの、政府権力に対する強い答えになると思います。
ぜひ、辺野古においでください。
お願いいたします。

●藤本泰成さん(平和フォーラム)
 山城博治は、平和フォーラムの地方組織の沖縄平和運動センターの議長だ。
北海道にも平和運動センターがあって清末愛紗さんという元気な女性だが、彼女がこう言っていた。
「人権の話もない安全保障の話は、これは平和議論ではない」
つまり沖縄もそうだが、あの戦争のときに沖縄のみんなは犠牲にされた。
誰が守ったのか?
国を守るためにみんなが犠牲になるというのが、今アベが言っている安全保障の話だ。
だから、山城博治を辺野古に立たせたくない!
山城博治を高江に立たせたくない!だからこんなことをやる。
歴史に学び、平和を守ろうとしている私たちが、絶対にこんなことで負けてはならないと思う。それを最後に確認しあって集会を終わろうと思います。
今日はありがとうございました。

いちえ

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