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2017年8月17日号「8月5日トークの会②」


●避難の協同センター
病院勤務だったから治療しながらもしばらく勤めは続けたが、2015年に避難の協働センター立ち上げの話が持ち上がってきて、退職して共同代表世話人になった。
私は災害救助法で住宅提供を受けていたが、2015年に、2016年3月で災害救助法を打ち切るという話が政府から出てきた。
原発災害から避難して子育てしながら避難先でやっと地域との繋がりもできてきた時期に住宅提供を打ち切られたら困るということで、政府交渉や福島県と交渉するうちに、1年延びた。
その後、県は1年先の2017年3月で打ち切るとした。
私自身は夫の理解もあっての避難で、避難が原因で離婚などということもないが、若い人たちの中には「戻らなければ離婚」と言われて離婚した人がかなり多い。
夫からの援助もなく母子で避難している人たちが、高い家賃のために生活が困窮し貧困となっていくことを恐れて、支援者とともに方策を考えて構想を練っていた。
支援者の瀬戸さんに「今日、食べるものがない」とSOSの電話が入るようにもなっていた。
そして昨年7月12日に、避難者と支援者とで「避難の恊同センター」を立ち上げた。
今年3月31日に住宅提供が打ち切られてからは、思っている以上にたくさんのSOSの電話が来るようになった。
だが残念なことに救援が間に合わず、命を絶ってしまった人がいる。
娘と同年齢の子供を持つ母子避難の人で、2つの仕事を掛け持ちして働きながら頑張っていた人だった。
私が避難した神奈川県は民間賃貸住宅提供だったが、東京都は都営住宅・雇用促進住宅・国家公務員宿舎のどれかに割り振られた。
この場合、どこに入るかは自分で選べず、この人は雇用促進住宅に割り振られていた。
住宅提供打ち切り後の家賃は自己負担になるが、雇用促進住宅は他よりも自己負担金が高い。
彼女からのSOS連絡があって、世話人たちは彼女がそのまま雇用促進住宅に居られるようにと動いていたのだが、ゴールデンウィークに自らを絶ってしまった。
防ぎたいことが防げなかったことが、とても残念だ。
こういう問題が、今後も起きてくるだろうと案じている。
区域外避難者だけではなく避難指示区域内避難者も、避難指示が解除された今は自主避難者となったから、避難先の住宅費用は自己負担となる。
避難の協同センターには、これからもっと相談が多く寄せられるようになるだろう。

避難の恊同センター
原発事故避難者の相談を受け付け、必要な支援につないでいきます。
避難当事者と支援者が協同して、地域で支え合い・助け合い、
避難者が地域で孤立することなく生活出来る支援を行います。
避難された方のための相談電話→ 070-3185-0311

●機能していない「子ども・被災者支援法」
2012年民主党政権時に「子ども・被災者支援法」ができて、画期的な法ができた事が、とても嬉しかった。
避難した人も、留まった人も、避難して戻った人も、同じく原発事故で被害にあった人がいろいろな提供を受けられるのがすごくいいなぁと思い、これがきちんと機能すれば私も戻れると希望を持ったのだが、自公政権になってから法は骨抜きにされ、法があっても機能していない。
甲状腺ガンが中通りに増えているが、避難せずに留まっていた子に甲状腺ガンが増えている事を考えると、せっかく出来たあの法令がもう少し肉付けしてきちんと機能できていたら、避難の協同センターはなくても済んだのではないかと思う。
「子ども・被災者支援法」
「住居」「避難」「帰還」の選択を被災者が自らの意思で行うことができるよう、医療、移動、移動先の住宅確保、就業、保養を国が支援するという法。
国は、福島はもう復興に向かっているから2020年のオリンピックまでには避難者は居ないようにする事を掲げている。
避難者が居てくれては困るのだ。
避難の恊同センターでの私の活動について、私からは娘にあまり話さないが、娘はTVなどの報道で見て知っていて、あまり目立たないで欲しいと思っているようだ。
ただ私は、メディアが情報を出さなくてもネットでいろいろ情報が出ているのを見ると、当事者が自分たちで声を発していかなければいけないと思う。
声を出せずに、ひっそりと黙っている人たちもいる。
だから自分の経験した事を言わないと何も変わらないと思って動いているが、娘は呆れているかもしれない。

●声を出せば、支えてくれる人がいる
*イチエから問いかけ
徳子さんは、「私が」「私が」としゃしゃり出るのではなく、ただ止むに止まれずこうして活動しているが、その中で思いがけない繋がりも生まれ広がっているのでは?
*徳子さん答えて
人前で話すのは若い時から苦手だったが、去年「世界社会フォーラム」で日本からは原発事故の事を世界に訴えるのに、たまたま私に白羽の矢が当たり、モントリオールへ行った。
それがもっと私の目を開かせ、また背中を押してくれたように感じている。
そこにはアフリカや世界各地からの人たち、土地を奪われた先住民の人たちなど私よりもっと大変な状況の人たちが集まった。
そうした集まりの中で、私が今置かれている状況、住宅提供を奪われることも同じ問題、人権の問題ではないかと話した時に、外国の人たちは自分たちが大変な状況にありながら、福島の問題は自分の問題だと思ってくれた。
そこで私が学んだのは、まずは自分が前に立って言わなければダメなんだということ、「支援を受けると言うだけではなく当事者の君が立ち上がって声をあげれば、僕たちが後ろに居てあげるよ」と言われた時に、「あ、そうなんだ!」とストンと心に落ちた。
自分から言いたくなくても、伝えていかなければ、支援者も動けないことを学んだ。
去年カナダに行ったことが、今の私の行動を支えている。

●それでも迷いはある
避難している私がこういう話をすると、それが復興の妨げになると思われる。
県外に避難している私が福島はまだ危険だと言うと、福島に留まっている人は責められているように感じてしまうことがある。
私はそんなつもりで言っているのではなく、子どもたちのために国や行政がもっとやって欲しいことがあるから言うのだが、福島の人にそれが伝わらないことがある。
私は、自分がしゃべることが自分の故郷を非難することになるので、それが福島にとって良いことなのかと迷うことがある。
外国の人を含めいろいろな人から、「なぜ福島の人はもっと声を上げないのか」と、よく言われる。
実際に自分たちが置かれた立場、例えば農業者は土壌を汚され農業での暮らしが成り立たなくなるなど、失ったものはとても大きい。
「先祖代々やってきたものが全て失われ、着の身着のまま逃げなければならなかった人たちがたくさんいるのに、福島の人はもっと騒いでもいいのではないか」と言われる。
でも汚染は目に見えないから、自分で線量計を持って測ってみないと判らないし、判りたくない気持ちもあるかもしれない。
いま私が住んでいる川崎は郡山に比べたら便利な所だが、郡山の方が風は涼しくて日中は暑くても朝晩は過ごしやすい。
生活するには、福島は過ごしやすい所だ。
けれども線量を測ると、現実に戻される。
「そんなこと考えていたら福島では生活できないよ」という意見もある。
確かに言われる通りだし、先祖代々の墓もあるし福島の家はとても大きい家が多いから、都会の便利ではあっても暮らしにくい家よりも、住み慣れた故郷で暮らしたい人は多い。
だからいくら汚染されていると言っても、住み慣れた地に帰りたい人は多い。
矛盾しているかもしれないが、その思いはよく判る。
 けれども子どもや孫のことを考えると、被爆のリスクを避けたいので帰れない。

●子どもたちに、被爆をさせたくない!
福島の子どもだけではなく、子どもたちには被爆をさせたくない。
医療被爆も避けさせたいと思っている。
外国では、子どもたちの医療被爆も極力避けるようにさせているから、X線照射は使う限度がとても低いが、日本ではすぐにCTやレントゲンを撮ることが多い。
放射線被爆も少なければ少ない方が良いと思っている。
福島では農家さんたちが農作物になるべく吸着しないようにと、いろいろ勉強して栽培し、線量を測って100ベクレル以下のものを出していて、それで県では給食の食材には福島産のものを使っているが、私はそれには疑問を抱いている。
育ち盛りの子どもたちは私たち大人よりも食べる量も多いから、たとえ100ベクレル以下でも積算すれば心配だ。
給食では福島産の牛乳も毎日出るが、福島の牛乳からは今もセシウムが出ている。
これはNPOがやっている測定ページにデータが出ている。
福島の子どもだけでなく他の子どもたちにも、1ベクレルでも少ないものを与えたいと思うし、現在では0という数値はあり得ないかもしれないが、できるだけ低いものを飲ませ、食べさせなければいけないと思うのだが、現実にはそれができていない。
*イチエ
私は福島に通って現地の生産者さんに会い話を聞いてもいるが、国は100ベクレル以下なら出荷しても良いとしていても、話を聞かせてもらった生産者たちはみな、20以下なら出すが、20ではもう出せないと言っていた。
店頭に並んでいる福島産は、すべて測定して100ベクレルの基準値を超えないものだ。
けれども隣に別の産地のものがあれば消費者はそちらを買い、福島産は売れ残る。
線量を測らず出荷されている他県産の方が、実際には線量が高い場合もあるのに。
それなら福島産はすべて安全かと言うと、同じ生産者の作物でも畑の場所によっては数値が違ってくる場合がある。
政府は隠さずに誤魔化さずに情報を公表すべきだし、数値を表示することも必要だ。
また消費者は、その情報を自分で見極める責任があるのではないか。
*徳子さん
いま海外では福島産は輸入しない国もある。
農家は本当にいろいろ模索して、どうやったら汚染を吸着させないようにできるか努力している。
農業者も生活していかなければならないなかで、悩みながら努力をしている。
一枝さんが言うように行政は情報をきちんと公表して欲しいし、ホットスポットが各地にあるのだ。
福島のすべてが危険なのではなく、だが絶対に危険な地域があり、安全と言われている地域にもホットスポットがあるのだ。
そしてこれは福島だけの問題ではない。
フクイチは収束していないし、放射能は漏れ続けている。
東電は汚染水を海に流し、毎日すごい量の汚染水が流され続けている。

●これからの生活の見通し
フクイチは収束していないが、どうやってこれからの生活を見極めるか…
ある程度は、自分で自分に納得させないといけない時期かと思っている。
長女の子どもが生まれて、彼女らが東京に移住したので良かったと思っている。
東京の方が青果類などいろいろある中から選べるが、郡山ではすべて郡山や福島産のものばかりだ。
去年までは、これからどうしたら良いか足踏み状態だった。
自宅の庭には除染廃棄物を入れたフレコンバックが、置かれたままだったが、7月末に行政が引き取りに来た。
中間貯蔵施設が決まらないから、避難指示区域だった浪江や富岡ではフレコンバックが
野積みにされたまま放置されていて、まして区域外の郡山はいつまで放って置かれるかわからない状態だったが、福島市、郡山市の除染物は業者が浪江町に持っていくと言っていたという。
だが、そんな状態の郡山に孫が来ることは考えられないので、私たちもこちらでみんなで暮らそうかと考えている。
夫も、家族がバラバラではなく一緒に暮らすのが一番だと考えていて、みんなでこっちで暮らすことを考えている。
何がなくても家族がバラバラではなく一緒に居られることが一番だということを、この7年で強く感じた。

●いま一番言いたいこと!
恥ずかしい話だが事故が起きるまで日本に54基も原発があることを知らず、原発の危険性についても認識がなかった。
あれだけの事故を起こして、今はみんなが原発ではなく自然エネルギーにと思い始めている。
核のゴミの処理法もないのにまた再稼働と動き出し、日本は一体これからどう進んでいくのか?
政治家や議員に言いたい。
原発を止めて欲しい!
この島国にこれだけ原発を作り廃炉の見通しもデブリを取り出せるのかどうかもわからず、石棺も無理という状況で、これ以上原発を続けていたら福島以上の被害が出ると思う、そのことをよく考えてもらいたい。
六ヶ所村にも、核のゴミはもうかなりあると聞いている。
3・11後のあの頃、原発はすべて止まった。
あの頃東京ではエレベーターも4階以上しか使えなかったり2基あれば1基しか動かさなかったり、照明も落として暗くした。
計画停電ということも言われ、あれでみんな逆バージョンで精神コントロールされてしまったのではないか。
「原子力発電所が使えないと、こんなに暗くなる。やっぱり原発は必要だ」という具合に。
原発立地の人はよくわかると思うが、2キロ圏内は10分以内に逃げろと言われても、逃げるなど不可能だ。
福島から郡山に帰るさえもできなかった。
自然災害以上の被害をもたらす人災が起きないよう、原発は止めて欲しい!
もう一つ言いたい。
9条を守り抜いて欲しい!
義父から戦争中の話、満州に行き、引き揚げてきた話をよく聞かせてもらった。
戦争が終わって72年。
たった70年でまた同じことを繰り返すのかと思うと政治家にはもっとよく考えて欲しい。
戦争への道を繰り返さないで欲しい!

*トークの会「福島の声を聞こう!vol.24」の報告はこれで終わります。
長文をお読みくださって、ありがとうございました。
避難の恊同センターでは、賛助会員を募集しています。

個人・非営利団体:一口1,000円(2口以上)/生協・企業:一口10,000円(1口以上)

振込先①ゆうちょ銀行 記号10180 番号89294741 名義:ヒナンノキョウドウセンター
*他銀行より 店名:〇一八(ゼロイチハチ) 店番:(018) 種目:普通預金
振込先② 振込口座:00150−2−634892
  *他銀行より 019支店 当座:0634892 名義:ヒナンノキョウドウセンター

避難当事者とともに支え合う活動をご一緒にしませんか?        

いちえ

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