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2018年2月9日号「安保法制違憲訴訟傍聴報告②」


◎安保法制違憲訴訟・国家賠償請求事件
1月26日(金)13:30、東京地裁第103号法廷で開廷。
第6回口頭弁論のこの日の法廷では原告本人尋問があり、7名の原告が尋問に応えました。
尋問は原告代理人の弁護士が原告の被害について簡略に述べた後、弁護士が原告に尋問し原告が答えるという形で進められました。
●横湯園子さん(戦争被害他)
⑴証すべき事実
 原告は、教育心理学、心理臨床の専門家であり、いじめ被害者やDV被害者の救援の活動をしている。
原告は空襲体験時の肉片や焼死体の映像を鮮明に覚えており、現在でも頭付きの焼き魚を見ると焼死体を思い出し、食することができない。
レアなステーキを見ても気分が悪くなる。
東日本大震災(3・11)後に東北を訪問した際にも、戦時中グラマン機で追い回され狙撃されたことや、爆撃後に母親を捜す少年の姿がフラッシュバックしたこと。
 原告の心の深奥で警鐘が鳴り出したのは特定秘密保護法が制定された頃で、全国的な行動を起こしたこと。
その後集団的自衛権の閣議決定がされ、危惧は現実となった
 また原告には、子どもや青年の間での神経症、トラコーマ、結核の増大から、戦争の兆候を見て取っていること。
 安保法制により日本国が再び戦争へ向かっていくために、原告を含む原告らはその心の傷を掻き毟られ抉られて多大な精神的苦痛を受けていること。
⑵尋問事項
1原告の経歴
2教育臨床心理学とはどのような学問であるか。
 心理臨床専門家としてどのような活動を行っているか。
3静岡県沼津市の空襲を経験したか。
4沼津空襲について記憶にあるのはどのようなことか。
5東北大震災3・11後の東北訪問したことはあるか。
6東北訪問でどのようなことを経験したか。
7安保法制法の制定について、教育心理学、心理臨床家として、どのように受け止めて
 いるか。
8安保法制成立の直前からの政権の動きによる女性の権利侵害を感じ女性の行動レッ
 ドアクション「女の平和」を企画し国会を包囲し、その動きが全国的な女性の行動に
 波及していったことについて。
9関連事項
●清水民男さん(障害の息子の親)
⑴証すべき事実
 原告の長男は生まれつきの内部障害があり、出生直後それがわかると苦悩したが、幼少時に友達からいじめに遭うのをかばいながら大切に育ててきたこと。
長男の障害は、心臓の疾患で300mほど歩くと息が苦しくなり休んではまた歩くことになるような症状であること。
 しかし内部障害であるため、怠けている甘えていると見られることが多くて辛い思いをしてきた。
 安保法制により戦争に駆り出されたり、作業に就かされることがあれば障害と見えず、無理を強いられるのではないか不安であること。
 茨城に住むのでテロで原発に事故が起きれば逃げることは難しく、息子は家族に「置いて逃げて欲しい」と考えていることを原告は知らされたことなど、安保法制により社会が変わる中、障害を持つ子を持つ父の苦しみについて。
⑵尋問事項
1原告の育った環境(母親の戦争被害の体験、父親の社会への思いと活動)について
2原告のこれまでの生き方と退職後の挑戦について
3原告の息子さんは障害を持っているが、どのような障害か
4障害を持つ息子さんのこれまでの生活と今の生活状況
5障害を持つ息子さんに対する思いについて
6息子さんも原告であるが、息子さんがこの安保法制についての被害を語っているその
 思いを聞いて
7新安保法制法の制定により、原告自身はどのような不安、苦痛を受けているのか
8原告が、本件訴訟の原告になることを決意した理由について
9その他、本件に関する一切の事情について
●平原ヨシ子さん(原爆被害)
⑴証すべき事実
 長崎の原爆被害を17歳で体験した原告は、爆心から3、6kmのところで建物に逃れ助かったが、街は地獄絵図のような状態になった。
被爆者は髪が抜け落ちたり、黄色い寒天のようなものを吐いたりしていた。
手の皮がむけて垂れていた姿はちょうどトマトの皮を湯剥きした時のようでその姿は忘れられず、原告は今でもトマトの湯剥きができない。
被爆体験とその被害の甚大さ、遭遇したことによるトラウマが消えることのないことについて。
 戦争中は一人でも多くの敵を殺せと言われ、原告がその製造を手伝った魚雷が敵艦に命中するとお祝いした。
洗脳されていた。
敵にも家族があるということが、分からないような状態になっていた。
当時の洗脳状況と安保法制による戦争への接近を感じる恐怖について。
 安保法制の成立により、人の心を歪め、人を傷つけ、生涯癒えることのない心の傷を残す戦争に接近していることを感じ、被害体験も蘇り苦しんでいる。
⑵尋問事項
1原告の生い立ちと経歴
2アジア太平洋戦争における原告及び家族の体験
3 1945年8月9日の長崎での被爆体験
4被爆体験によるトラウマ
5日本国憲法が原告に与えた意味
6その後の平和憲法に支えられた原告の生活と活動
7新安保法制法制定による原告の被害内容
8違憲訴訟を決意させた理由
9その他本件に関する事項
●新倉裕史さん(基地周辺住民)
⑴証すべき事実
 横須賀基地問題との関わりについて。
 横須賀基地の概要〜米海軍の構成、任務など。空母、艦船とその活動の特徴などにつ
いて。
 横須賀基地における海上自衛隊について。
 安保法制と新ガイドラインによる、米海軍と海上自衛隊の役割、機能、相互関係の変化について。
 横須賀を母港とする原子力空母その他の原子力艦船の危険性について。
 安保法制の成立・適用によって、増大した危険性について。
⑵尋問事項
1地位・経歴等と横須賀基地問題とのかかわり。
2横須賀基地の概要。
3横須賀基地における米海軍の構成、任務等。空母をはじめとする艦船とその活動の特
 徴など(ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争、アフガニスタン戦争のとき等)。
4横須賀基地における海上自衛隊の構成、任務、その活動の特徴等。
5安保法制と新ガイドラインによって、米海軍と海上自衛隊の役割、機能、相互関係は
 どのように変化しつつあるか。
6 2017年5月に実施された横須賀基地から出港した自衛隊護衛艦「いずも」による
 米軍艦船の武器等防護は、横須賀市民にどう受け止められたか。
7横須賀を母港とする原子力空母その他の原子力艦船の危険性。原子力災害の現実性、
 想定される被害と市民の不安。
8基地の街に暮らす原告ら市民にとって、基地が戦争やテロの攻撃対象となる危険、脅
 威はいかなるものか。例えば9・11のとき、米軍はどう動いたか。
9安保法制の成立・適用によって、基地の町に住むことの危険性は増大したか。
10 原告が45年間、反基地、平和運動を続けてきたのはなぜか。その原告にとって
 安保法制の制定はどのような意味を持ったか。
11 その他関連事項。
●渡辺敦雄さん(元原発技師)
⑴証すべき事実
 原告は、福島第一原子力発電所などをはじめとして、約20年間原発の基本設計を担当したこと。
 原子力発電所の危機管理は脆弱であること。
 歴史的には原子力発電所は。これまでも空爆に遭ってきたし、9•11の際、ニューヨーク州の原発もテロリストの攻撃対象の一つだったこと。
 原発は空からの攻撃だけでなく、近傍送電線や使用済み核燃料を保管する燃料プールも狙われやすいこと。
しかし、日本の原発はテロ対策は何もしていないといっても過言ではないこと。
 原発の被害は長年月に影響を残すこと。
 安保法制により、原子力施設が空爆される恐れが高まり、原発破壊による放射線拡散の危険が極めて高くなったこと。
⑵尋問事項
1原告の経歴、特に原子力工学に関する知識経験について。
2原子力施設の構造について。
3原子力施設の設計の際、ミサイル攻撃やテロ攻撃に対する対策は取られているか。
 取られているとすればどのような対策がなされているのか。
4原子力施設をミサイル攻撃やテロ攻撃から防ぐことは可能なのか。
5原子力施設に対するミサイル攻撃やテロ攻撃等の実例について。
6日本の原子力施設ミサイル攻撃やテロ攻撃が行われた場合、どのような事態が想定さ
 れるか。
7新安保法制の制定の前後で、原子力施設に対する攻撃の可能性が固まっていると考え
 るか。また、そう考える根拠について。
8新安保法制の制定により、原告自身が受けている不安、苦痛の内容について。
9原告が、本件訴訟の原告になることを決意した理由について。
10 その他、本件に関する一切の事情について。
●菱山南帆子さん(若者〜障害者施設職員)
⑴証すべき事実
 20代後半の原告が「貧困」「差別」「戦争」が人々の間に憎しみを生むことを学んできたこと。
 皆同じように幸せに暮らしたいと願い、原告が社会に訴え、行動してきた事実について。
 安保法制の成立については、多くの人と一緒になり、またそれを代弁して市井の人々の声を政治に届けようと行動していることについて。
 主権者として原告や、他の市民の声が無視されて安保法制法が制定されたことが、憲法で保障された権利の侵害だと強く感じていることについて。
 特に、憲法を変えることができるのは自分たち主権者だけだと考えているにもかかわらず、政府が勝手に憲法の規範内容を変更してしまったことへの怒りと失望、苦しさについて。
 先輩の大人たちがやっている政治が自分たちの声を聞き入れない憲法違反のものであることに対する怒りと悲しさについて。
 それでも諦めずに闘おうとする原告の思いについて。
⑵尋問事項
1 1989年4月に生まれた原告の生い立ち
2原告の発想の原点となった戦争のことや戦争で肉親がなくなる悲惨さをどのように
 して学んだか。
3小学校時代、担任の差別発言に抗議したこと、そのことは間違っていないと指導して
 くれた教師に出会ったことなど、小・中学校の頃に身につけた価値について。
4読書をして学びながら、集会参加などの実践を重ね「社会はすべて自分の生活に繋が
 っていることを自覚し、私自身が世界にリンクできた」と感じた小学6年生の頃のこ
 となど。
5たとえば、現在の職場である障害者施設で、人手が足らずオシメ交換が間に合わず
 お漏らしをすることでベッドのスプリングが錆び、障害者がでこぼこのベッドに寝さ
 せられる福祉の貧しさ等の現実に直面し、憲法が保障する権利の重要性を認識した
 ことで感じる社会の矛盾への憤り。
6憎しみの連鎖を断ち切るために「貧困」「差別」「戦争」の三つの原因をなくすことが
 必要だと考える原告が、主権者であるのにその声を無視して成立させられた戦争法=
 安保法制に対して思うこと
7憲法改正しなければできないと考えていたことを主権者たる自分の意思を無視して
 強行されたことで、どれほどの苦痛を受けたか。
8原告が、本件訴訟の原告になることを決意した理由について。
9その他、本件に関する一切の事情について。
●安海和宣さん(東南アジアで布教)
⑴称すべき事実
 子供時代、日本がかつて侵略したインドネシアで暮らし村人や友だちから排除された
が、布教をする父は「かつて、日本軍は刀を持ってこの地にやってきた。しかし今、私は平和の福音を携えてこの地に戻ってきました」と語りかけ、現地の人々に受け入れられていったこと。
 9•11の時アメリカに留学していた原告は、アメリカが愛国心を喚起し戦争に突入していった状況を目の当たりにしたこと。
 安保法制法が成立し、日本が海外、とりわけアジアの国々から信頼を失うことが不安であり辛く恐ろしいこと。
 日本が9•11以降のアメリカに似てきていることを感じる等。
⑵尋問事項
1プロテスタント教会の牧師となった動機
2インドネシアで15歳まで生活して、何を学んだか。日本人ということで差別された
 ことがあるか、その理由とそれが解消された理由。
3アメリカへは何歳の時に、何の目的で行ったのか。
4アメリカでは何を学び、どんな経験をしたか。
5日本での牧師としての活動。
6日本国憲法の理解、特に9条と20条について。
7キリスト者にとっての平和の価値、安全保障について「平和つくり人でありなさい」
 という教えの実践について。
8新安保法制法の本質をどう理解しているか
9新安保法制法の制定によって、どのような危惧と精神的苦痛を感じているか心に本当
 の平和がないと、真の意味での平和づくりはできないという信念について。
10キリスト教牧師としての使命をどう考えているか。

★尋問は原告代理人弁護士が尋問事項に沿って、証言台の原告に丁寧に言葉をかけて思いを引き出していきました。
7人の方の尋問への答えは、どなたの答えも深く胸に染み入りました。
聞きながら、それぞれの体験やその時々の思いに私自身の心が誘われ、辛さを追体験する思いでした。
治安維持法でお父さんが獄中にある時、お母さんと二人でどこかの屋根裏に匿われていた時、数人の男が乱暴にその家に押し入ってきた物音に、お母さんは「声を出してはダメ、泣いてはダメ」と言ってしかと抱きしめてくれ、母娘で息を殺して潜んでいた幼い日の恐怖が70年を経た今でも蘇り、ドアのチャイムが鳴って見知らぬ人が立っていると、足がすくんで直ぐに応答できないなど、この法案が通ったことによって蘇り引き起こされる不安や苦痛が、どなたの言葉からも具体的に響いてきました。
原告の言葉は、きっと裁判官の胸にも響いたことと思います。
 原告代理人が尋問し原告が答え終えると、裁判官は被告に「何か質問は?」と、問いましたが、いずれの時も被告代理人は「ありません」で通しました。
私は、原告が話している間はずっと被告席に並ぶ面々を見ていたのですが、感情を押し殺しているのでしょうか、表情のない「顔なし」に思えました。
 次回の公判は5月11日です。
また2月21日は安保法制違憲訴訟・女の会の第4回口頭弁論期日です。
14:30〜103号法廷です。
多くの方に傍聴をお願いしたく思います。         

いちえ

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