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2018年3月16日号「7年目の3月11日」


7年目の3月11日、南相馬に行ってきました。

◎春には1年生に
 あの年に生まれたお子たちは、4月には小学校入学です。
●高田康生ちゃん
 2011年8月から南相馬に通ってきましたが、10月に訪ねた仮設住宅で出会った坊やがいます。
9月4日生まれの康生(こうせい)ちゃんです。
お母さんに抱かれた康生ちゃんの写真を撮らせてもらいました。
翌日にもう一度訪ねて、支援物資として届いていた乳児用の缶入り粉ミルクを届けました。
その後はお母さんも産休が明けて職場に復帰し、康生ちゃんも昼間は保育園でしたから会うこともなく過ぎ、やがて一家は仮設住宅を退去して、原町区の自宅へ戻ったことを聞きました。
 7年目の3月11日、あの時の写真を届けに康生ちゃんの家を訪ねました。
康生ちゃんは二人の弟のお兄ちゃんになっていました。
お父さん、お母さんからあれからの日々をお聞きしている傍で、下の弟の大誠(たいせい)ちゃんは、私が持って行った六つ切り写真の康生ちゃんを指差してまだよく回らない舌で何か言っています。
お母さんが、その赤ちゃん語を通訳して「うん、赤ちゃんいるね。かわいい?」と言うと、大誠ちゃんは頷きました。
生後1ヶ月の時のお兄ちゃんの写真は、1歳8ヶ月の大誠ちゃんから見ればかわいい赤ちゃんに思えたのでしょう。
 3歳の琉清(りゅうせい)ちゃんは、パズルを出してきて組み合わせようとするのですが、うまくいきません。
康生ちゃんが「違うよ、ここに入れるんだよ」と教えながら一緒に遊んでいました。
お子たちが、つつがなく健やかに育っていってほしい!とねがいました。

●上野倖吏生ちゃん
 雫(しどけ。原町区の行政地区名)の康生ちゃんの家から、萱浜の上野さんの家までは10分ほどの距離です。
海岸の防潮堤や道路の造成工事が進行中で、あたりの風景はすっかり変わっていました。
 上野さんのお宅では、まずお仏壇にお線香をあげさせていただきました。
上野さんは言います。
「7年目だからって、3月11日だからって、テレビでも新聞でもいろいろ言ってるけど、あの時の教訓を何も生かそうとしてないじゃない?
追悼とか、大変でしたとか、頑張ってきましたとか言っても、もう繰り返さないように避難計画をしっかり立てて周知する日にしようなんて言わないじゃない?
原発も再稼働して、輸出もするなんて、何考えてんだって!
亡くなった人が心配したり不安になったりしないで、笑っていられるようにしたいよね」
 多くの犠牲者を出した萱浜地区ですから、上野さんは両親の喜久蔵さん、順子さんや長女の永吏可(りか)ちゃん、長男の倖太郎(こうたろう)くんだけではなく地区で亡くなった友人知人たちすべてが、残された自分たちの姿を見たときに、安心して笑ってもらえるようにしたいのだと言います。
地区の田畑が荒廃しないように耕す、安全な作物を作る、もし風評被害が出るなら別の作物で挑戦する、そうすれば亡くなった人たちも「頑張っているな」と笑って見ていてくれるだろうと言います。
 土日は「福興浜団」の活動があるので、平日に土日の分まで畑仕事をするので、朝早くから夕方遅くまで畑に出ていると言います。
 そんな話をお聞きしていると、2階から倖吏生(さりい)ちゃんが下りてきました。
9月16日生まれの倖吏生ちゃんも、4月から1年生です。
康生ちゃんと同じ大甕(おおみか)小学校に通います。
大甕小学校の来年度の1年生は15人。
お母さんの貴保子さんは「15人だと先生は楽かもしれないけど、もう少し子どもが多いといいですけどね」と言いました。
 子どもたちの少なくなった南相馬です。
どの子も元気に健やかに育ってほしいと、心の底から願います。

◎12日、南相馬—浪江—川俣
●小林恵さんと
 11日夕刻に上野さんのお宅を辞してビジネスホテル六角に戻ると、友人で写真家の小林恵さんに会いました。
小林さんは2日前に先輩写真家の江成常夫さんをご案内して飯舘村や希望の牧場を回り、少し前に江成さんは山元町に向かったそうです。
そして小林さんは翌日取材をしながら帰宅されると聞き、翌朝のバスで福島へ戻るつもりだった私は、途中まで小林さんに乗せて下さるようお願いしました。
●ドーバー海峡?
 12日6時半に六角を出てコンビニに寄って朝食を買って、小浜の海を見下ろす低い崖の上で朝日を眺めながらの朝食。
小林さんがこちらの方への取材時に、いつも朝ごはんを食べる場所です。
以前ご一緒した時も同じ場所で朝ごはんでしたが、この場所は向こうへ回り込めば六角支援隊の荒川さんの家があった辺りです。
荒川さんは2014年に仙台に移住し、津波で半壊した小浜の家は解体されて今はもうありません。
 小高と浪江の境界の海岸は元の道路が波ですっかり抉れたように侵食されて、小林さん曰くところの「小高=浪江のドーバー海峡」です。
その道路は震災よりもっと以前から使われなくなっていた道路ですが、それにしても海べりのこんなところに、よくぞ道路を作ったものだと恐ろしく感じました。
私が立っていたのはアスファルトの敷かれた道路で、その先が崩れてなくなっていた場所ですが、もしかしたらオーバーハングではないかとそっと下を覗き見ると、まさにそうで、慌てて後ずさりしたのでした。
ここは東北電力の浪江・小高原発建設予定地だったところですが、原発建設計画は地域住民の反対で頓挫し、3・11後はイノベーション・コーストの一環として航空機ドローンの滑走路にするようです。
●壁にぶら下がった測定器
 浪江・小高原発建設反対運動の拠点だった棚塩地区の集会所に行ってみました。
7年前の津波の跡がそのままで、壁に取り付けてあったナノグレイの放射線量測定器が、衝撃で壁から外れてぶら下がっていました。
この測定器設置は、もしも原発が建設されたら使うつもりだったのか、それとも東電福一稼働の影響を調べるためだったのか判りませんが、自然の力の前では人の営みなど小さなものだと思わされました。
2階に上がって見れば網入りガラスが窓枠に鋭い鋭角でギザギザに残り、突き破られたガラスは小さな小豆粒状になって床一面に溢れていました。
請戸は港も整備されて津波の爪痕も見えにくくなってきていますが、ここは7年前のあの日のまま時間が止まった場所でした。
 棚塩から先の道では反対車線上にタヌキかアライグマか動物の死骸を見ましたが、車に轢かれたのでしょう。
そのもっと先では、路上でカラスがカラスの死骸を啄んでいました。
カラスが車に轢かれることなど滅多にないと思うのですが、以前に南相馬の大原で住民の谷さんから「うちの前の道路では、ちょくちょくカラスが轢かれているよ」と聞いたことがあります。
こんなことを見たり聞いたりするとつい、放射能がカラスに何らかの影響を与えているのでは?などと思ってしまう私です。
●なんと、今野さんの家の前!
 小林さんは「昨日写真を撮ったところにもう一度行きたいのでけど、どこだったか…」と言いながらハンドルを握っていましたが、私にはあたりの風景は見覚えがあるところでした。
「その先を右に入ってください」と私が言って、停車したのは今野寿美雄さんの家の前でした。
そして今野さんのお庭の柊の木を、小林さんに説明したのでした。
幹から直接出てきている下の方にある葉は柊特有の鋸歯の葉ですが、枝から出ている葉はどれも縁に鋸歯がなく丸い葉なのです。
 こんな風にひょいと今野さんの家の前にきてしまったので、そこから今野さんに電話をしてみました。
今野さんも驚いて「僕も2日前に家の写真撮りに行ってきたところです。解体申し込みの申請に必要だからね」と言いました。
さりげない口調の奥に、どれほどの悔しさを抱えているかと思います。
丸葉の柊も、崩れたウッドデッキも、地震で飛び出したままの引き出しや、棚からこぼれ落ちた食器類、床に広がった坊やのおもちゃ、家具や衣装などをそっくり抱えたこの家の佇まいが、私には原発への憤り、抗議の姿だと感じられました。
●山木屋道の駅
 114号線の大柿は、多分この道路上では放射線量が一番高い地点ではないかと思いますが、この日も設置されたモニタリングポストは4,427μを示していました。
猿の群れが走り去って行きました。
津島で長泥への道を右に見て過ぎ、山木屋の道の駅に出ました。
前回ここを通ったのは、この道の駅が開店を数日後に控えている時でした。
中を覗いてみると客は誰もいず、商品も少なく寂しい限りでした。
木造の建物は綺麗だしトイレもとても立派ですが、どれほどの人が利用するのか…。
 川俣の街中に入り役場前で福島行きのバスの時刻表を見ると、ちょうどあと5分後にバスが来ます。
そこで小林さんにお礼を言って、お別れしました。
●「ふるさと飯舘!!新かわら版」
 飯舘村二枚橋に向かう小林さんから、別れ際に「ふるさと飯館!!新かわら版」飯舘村の広報紙をいただきました。
江成さんをご案内して行った時にもらったものだそうです。
新かわら版の発行日付は2018年3月11日。
それによれば帰村者は、村内20行政区のうち帰還困難区域の長泥を除く19地区で254軒、491人だということです。
被災前には6,000人がいた村でした。
 就園・就学人数は被災がなかった場合の就園(0歳〜5歳)の児童数158名に対し、30年度の就園希望者は23名。
小学校は289名に対して31名が希望、中学校は193名に対して43名が希望しています。
この4月から就学前から小・中までの一貫校が開校し、コシノヒロコブランドの制服が無償で支給されるそうです。

◎新刊書紹介
 朝日新聞記者の青木美希さんが、被災地を丁寧に取材した本を書きました。
講談社現代新書『地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」』
私も読み始めていますが、多くの人に知ってほしい語られない真実が書かれています。
どうぞ、お手にとってお読みください。 

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いちえ

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