HOME » 一枝通信»2018年6月19日号「お知らせ」

2018年6月19日号「お知らせ」


武器ではなく対話を

◎お知らせ①
 「戦争への道は歩かない!声をあげよう女の会」の第19回集会の開催が迫りました。
今年はイラク戦争が始まって15年、日本は小泉政権のときでした。
2003年8月「イラク人道復興支援特措法」が、数の力で押し切られて可決され、イラクへの自衛隊派兵の道が開かれました。
多くの市民の反対がありながら、2004年1月に陸上自衛隊第1陣が派兵されたのです。
 友人の横井久美子さん、和田隆子さん、神田香織さんらと話し合い、自衛隊イラク派兵に反対の声をあげようと、「戦争への道は歩かない!声をあげよう女の会」を立ち上げたのでした。
「平和を願う人、この指とまれ」のようにして賛同する仲間が増え、その年3月に第1回集会を持ちました。
集会の名称は「いま、語り 描き 写し 歌い 舞うとき」として、言葉で語る人、絵画や写真で訴える人、歌でダンスで思いを伝える人、様々な立場の人が、声をあげ思いを伝えてくれました。
 けれども私たちの平和への願いはなおも叶わず、ことにアベ政権になってからはますます危機感が募ります。
しかし一方では、南北朝鮮首脳の会談が実現し、初の米朝会談も実施されたことにかすかな希望を見出します。
このような世界の情勢のなかで、私たちはしっかりと「いま」を見つめて声をあげていこうではありませんか。
 皆様のご参加をお待ちしています。

◎お知らせ②
 〔信州発〕産直泥つきマガジン『たぁくらたぁ』45号が発売されました。
特集は【「種子」と「食」が危ない どうなる?どうする?種子法廃止】です。
また、3•11後は毎号、福島第一原発事故に関連した記事も載っています。
私は今号では、裁判傍聴記を書きました。
連載記事では沖縄から、浅井大希さんの「ノ パサラン やつらを通すな!」、大熊町から白馬に避難した木村紀夫さんの「白馬の森発 原発避難者の明日」ほか、読みでのある記事が満載です。
ぜひお手に取ってほしいと思います。
購入お申し込みは、オフィスエム(長野市上千歳町1137−2)へ。
電話:026−219−2470 Fax:026−219−2472 e-mail:order@o-emu.net
お近くの書店にご注文でも、大丈夫です。
1冊514円(郵送の場合は別途送料加算)ですが、定期購読(1期4冊)をお勧めします。
1期(4回分)講読料は送料込みで2,800円です。

※私事ですが
 先週の月曜日、眼瞼下垂の手術を受けました。
2年ほど前から、見え方に不快感を感じていました。
目が窓だとすると、シャッターが少し閉じかけているような見え方になっていたのです。
かかりつけの眼科医で緑内障の有無を調べるのに視野の検査も受けていますが、検査をすれば視野狭窄は全くありません。
でも日常生活では、いつも見え方にシャッターが閉じかかっているような不快感がありました。
 それがだんだん嵩じてきて、シャッター半分閉じている窓から見ているような感じになってしまったのです。
例えば向こうにある家を見ていて、その上の空を見なくても家を見ていれば普通にその上に広がる空が目に入っていて空を感じられたのですが、その感じがなくなってしまったと言えばいいでしょうか。
加齢からくる眼瞼下垂でした。
 かかりつけの眼科医で紹介された形成外科を訪ねました。
医師から説明を受けました。
瞼を閉じたり開いたりするのは、ミューラー筋という筋肉の働きだそうです。
その筋肉が経年劣化して瞼を上げる筋力が弱ってしまうために、眼瞼下垂が起きるのだそうです。
この伸びきってしまったミューラー筋を少し切って縮めると、また瞼がしっかり開くようになるというのです。
ただし手術して一時そのように治っても、また経年劣化してくるので瞼は下がってくるというのです。
それは人にもよるけれど数年先かもっと先かということで、1、2年後に再び眼瞼下垂ということはないと言うのです。
そう説明を受けて、手術を受けることにしたのです。
 両瞼に麻酔をして執刀が始まりました。
局所麻酔ですから医師や看護師の話は全部聞こえていますし、手術途中で医師から一度、閉じていた目を開けるように言われて見え方がどうかを問われて答えます。
執刀医は立ち会っている若い医師に、「これがミューラー筋」などと言って説明しているのも聞こえました。
 手術時間は、1時間半ほどだったでしょうか。
瞼の上はガーゼで抑えられていて目はほとんど開けられませんから、車椅子で病室へ戻りました。
外科病棟です。
3人部屋で、同室のお二人病名は判りませんが、巡回の看護師さんとの会話のから腹部の手術を受けたのだと知りました。
 私は目が塞がれているので、トイレに行く時はナースコールを押して、看護師さんに付き添われ、ガラガラと点滴液を下げる器具を押していくのでした。
痛みがひどくて痛み止めの頓服をもらって飲み、手術跡の痛みが薄らいでからも頭痛があり、今度は頭痛薬をもらって飲み、一夜明けてまた翌日も点滴を受けました。
 担当の医師が巡回してきた時に瞼の上のガーゼが外され、その時の嬉しかったこと!
半分閉じていたシャッターが、全開したように外が見えたのでした。
「もう一晩泊まりますか?不安だったらもう一泊していいのですよ」と言われたのですが、NYに住む娘がちょうど帰国している時だったので、彼女と一緒に過ごしたくて、退院しました。
 退院してからが辛かったです。
たぶん手術の間、また術後も、身体中が緊張していたのではないでしょうか、体全体がすっかり強張ってしまっていたのです。
前屈ができない、体をひねれない、手がよく伸びないなどなどロボットになった気分でした。
 若い時に腹部手術を3回受けていましたが、こんなことは初めてでした。
よほど緊張していたのだと思います。
今日抜糸しましたが、体の緊張もだいぶほぐれてきました。
術後はお岩さんかDV被害者かというような、内出血で紫に腫れていた患部も元に戻りつつあります。
明日からは社会復帰ができそうです。
先週は火・水・金と福島原発刑事訴訟の公判日だったのですが、傍聴に行けませんでした。
明日は、行こうと思います。
 長々と私事を記しましたが、眼瞼下垂で悩んでいる方がいらしたら何かの参考になればと思い、記しました。              

いちえ

0件の読者の声 »

コメントはまだありません。

この投稿へのコメントの RSS フィード。

本の感想をお寄せください。

編集部で掲載の可否を判断させていただきます。
あらかじめご了承ください。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)




TOPへ戻る