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2018年6月23日号「6月22日「安保法制違憲訴訟・女の会」裁判傍聴」


◎安保法制違憲訴訟
 2018年5月現在、安保法制違憲訴訟は全国21都道府県で28件の裁判が行われていますが、さらに8月2日には、愛知県(名古屋地裁)での提訴が確定しています。
私は東京での国家賠償請求訴訟の原告になっていますが、件名の女の会の訴訟にはサポーターとして参加しています。
 22日(金)東京地裁第103号法廷で第5回口頭弁論が開かれ、傍聴してきました。

◎安保法制違憲訴訟・女の会 第5回口頭弁論(「です。ます」調で話されましたが、「だ。である」調で記します)
●原告本人根津公子さん意見陳述
 安倍政権が安保法制を成立させ戦争ができる国にしたことと並行して、学校教育を国家思想を注入する場にしたことで、私が受けた被害、この政治が続けばさらに受けるだろう被害について陳述する。
 父は関東軍の兵士だった。
18歳の時に読んだ書物から侵略地での日本兵の虐殺行為を知り、虐殺した日本側の兵士の子であることを自覚し、この事実と向き合って生きていくことを決意した。
同時に、この大事な事実をなぜ学校教育では教えてくれなかったのかと思い、東京都の中学校の教員になった。
 事実の提示を教育活動の柱に据えて、仕事に当たってきた。
「お国のために」死ぬことを美徳とする戦前の教育はもちろんのこと、戦後も政府や大企業に都合が悪いことは隠して教えないような教育には加担しないと誓い、事実をもとに生徒が自ら考え行動できるよう教育活動をしてきた。
 その中から「日の丸・君が代」に絞り、陳述する。
 敗戦後、侵略の象徴だった「日の丸」と天皇の世を讃える「君が代」は学校から姿を消したが、1958年告示の学習指導要領で復活した。
1989年告示の学習指導要領は「指導するものとする」と明記し、事実上の強制が始まり、東京都教育委員会は2004年から「君が代」不起立処分を始めた。
 私が1990年代に在職した八王子市の石川中学校では、1994年の卒業式でも職員会議で「日の丸は掲揚しない」と決定していたが、卒業式の朝校長は、大半の生徒たちが「校長先生揚げないで」「降ろして」と叫ぶ中を、その声が聞こえないかのように校庭のポールに掲げた。
校長が掲げた日の丸を降ろそうと校庭に出てくる生徒もいたので、私は生徒に降ろさせてはいけないと思い、我が手で降ろした。
 中学生も史実が提示されれば自分で考え判断する。
石川中の教員たちは、とりわけ私が所属した学年の教員集団は、生徒を管理や指示の対象としないと決め、自治の力を引き出す指導をした。
 侵略や原爆、オキナワ、差別問題など、この国に住む者として知っておくべきことに学年全体で取り組んだ。
「日の丸・君が代」についても、戦前の修身の教科書を使った学習から、生徒たちは「日の丸」は侵略に使った旗であり、「君が代」は国民主権の憲法に違反する歌と捉えていたと思う。
また、校長一人の考えでみんなの決めたことを反故にしてはならないと思っていた。
だから生徒たちは、校長の掲揚行為を許さなかったのだ。
日本の中学生・高校生が黙っているのは、学校が事実を知らせないからだ。
 当時東京の中学校で「日の丸」を掲揚していないのは石川中を含む2校だったから、都・市教委の指示・介入は凄まじく、校長は思考力を失っていたのだろう。
後日、生徒たちから「700対1(700は生徒数)で『日の丸』を掲げるのはおかしい」と批判された校長は、「教育行政とはそういうものだ。生徒会で決議しても掲げる。命令に従うのが校長の職務」と、平然と生徒たちに言い放った。
教育に携わるものの言う言葉ではないが、指示命令に組み込まれると思考力・判断力を失い、命令の遂行に突進する。
これが指示命令の本質だ。
 この校長だけでなく全国の校長がそうだし、また例えば、欠陥車の製造であるのを知りながら企業組織の指示命令・秩序を優先し不正を放置する事例は、いくらでもある。
 私は石川中に在職し、1000人の生徒と出会ったが、小学校の早い段階から不登校だった一人を除いて、不登校はゼロだった。
生徒たちの誰もが学校に居場所・活躍の場があったからだと思う。
当時社会では「キレる中学生」と言われていたが、石川中には無縁のことだった。
日本の子供たちは自己肯定感が低いと言われるが、それも、指示に従うことばかりが求められ、自ら考え判断し、行動することが奪われているからに他ならない。
 私は2005年から2009年まで毎年「君が代」不起立処分を受けた。
「3回不起立をしたら免職」と校長が言ったので、次は免職かとその度に怯え、覚悟したが、それでも起立しなかったのは、「日の丸・君が代」の意味や歴史を教えずに「日の丸」に正対させ、「君が代」を起立斉唱させるのは、自ら考えずに指示に従うことを教え込むことであり、再び戦前のように兵士を育成することにつながると考えたからだ。
 また生徒たちに、指示命令に従わなくても良いことを、私の行為を通して考えて欲しいと思ったからだ。
指示に従うことが習慣化されれば、人は考えることを放棄し、理不尽な扱いをされても泣き寝入りするしかない。
戦争に行けと言われれば、行くことになる。
生徒たちにこの先、そうした人生を歩んでほしくないと思った。
 文科省は2014年、社会科の教科書検定基準に「政府見解」を記述することや、「特定の事柄を強調しすぎないこと」を加えた。
また自民党は、2016年7月に、「政治的中立性」を逸脱する教員の密告を、インターネットを通じて呼びかけた。
名古屋の中学校教員が、「与党の自民・公明が議席の3分の2を獲得すると、憲法改正の手続きをとることも可能になる。そうなると、戦争になった時に行くことになるかもしれない」と授業で言ったと密告され、自民党からそれを通知された教育委員会は「政治的中立性を逸脱している」として、その教員を謝罪させた。
こうした事例一つで、全国の教員は萎縮する。
 教科書に記載がなくても子供たちに必要と考えれば、それを授業で取り上げてきた私が今、現役であったなら、教科書検定基準や密告で処分は必至だったと思う。
また当時、私の授業を受けてきた生徒たちの中には、根津の授業は偏向教育だったかと疑念を持つ人も出るかとも思う。
それは教員として行ってきた私の、全仕事が否定されることだ。
そしてこれまで以上に子どもたちの知る権利・学ぶ権利が奪われることに、私は耐えられない。
 安保法制に合わせるために改憲し、若い人たちが戦争に駆り出される危険を、私も感じている。
先の侵略戦争突入について、当時の多くの人たちが「まさか戦争になるとは思いもしなかった」というのを聞く。
今も、安保法制があっても戦争に行かされることはないと思っている人たちは少なくないと思う。
しかし戦争を発動するのは政府であり、改憲や法令を小さく生んで大きく利用するのは、権力者の常套手段だ。
安保法制を撤廃し、憲法9条を堅持しない限り、私の平和的生存権は脅かされ続ける。
●原告本人渡辺美奈さん
 私は、日本軍性奴隷を中心に戦時性暴力の被害と加害を伝える資料館、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)を運営して、今年で13年になる。
新安保法制の成立により、女性の人権を守りアジアの人々との信頼を築きたいと活動する私たちへの脅威が増していることを陳述する。
 私が女性の人権に焦点を当てて活動するようになったのは、1990年代半ばからだ。
1994年に開かれた「第1回東アジア女性フォーラム」の準備に関わったことをきっかけに、元朝日新聞記者の松井やよりさんのもとで働き始めた。
翌1995年は、敗戦から50年の節目で、国連世界女性会議がアジアで初めて開かれ、沖縄で少女が3人の米兵から性暴力を受けた年だった。
女性の人権について学び始めた20代の私は、日本軍の「慰安婦」にされた女性たちや沖縄での性暴力被害を聞き、日本の女性の重たい責任に気付かされた。
 1990年代はまた、世界中で女性に対する暴力根絶に向けた大きなうねりが起こった時だった。
冷戦後の紛争でも強かんが戦争の手段として使われたのは、戦時の強かんを裁いてこなかった不処罰の歴史が原因であるとの認識から、1998年に合意された国際刑事裁判所のローマ規定には、強かんや性奴隷が戦争犯罪・人道に対する犯罪として定められた。
このプロセスで、「慰安婦」にされた女性たちの証言は大きな貢献をしたというが、日本軍性奴隷制の加害者は裁かれないままだった。
 松井やよりさんは、グローバル市民社会による民衆法廷を提案し、2000年に東京で「日本軍性奴隷制を裁く女性国際戦犯法廷」が開かれた。
「法は市民社会の道具である」と位置付けたこの法廷は、戦後の東京裁判で裁かれなかった日本軍性奴隷制に関して、証拠を調べ、認定された事実に当時の国際法の原則を適用した。
私はこの時インドネシア検事団のための調査支援を担った。
2001年12月にハーグで下された最終判決では、天皇裕仁を含む10人の軍高官が日本軍制奴隷制の設置に責任があるとして有罪を認定された。
女性国際戦犯法のジェンダー正義の思想を引き継ぎ、次世代への教育と活動の拠点として2005年に設立したのがwamだった。
 「現代の紛争では兵士であるよりも女性であるほうが危険である」と言われるように、紛争下の女性に対する暴力は、国際安全保障の問題であるとの認識はさらに高まっている。
国連安全保障理事会は2000年に「女性・平和・安全保障」に関する1325決議を採択したが、この決議を実施するための「国別行動計画」策定に日本政府がようやく着手したのは2013年だった。
 私はこの策定に市民社会側から参加するチャンスを得て「東アジア・序文」と名付けられた小グループ長を担い、2013年から2015年にかけて12回あった会議のほとんどに出席した。
会議で私は、日本政府がこの行動計画に取り組む、その背景と意思を示す序文で、日本軍性奴隷制という重大な人権侵害を犯した過去を位置付けることを求め続けた。
最後に議論した際の文言は、「戦争を含む過去の歴史の中で、女子の名誉と尊厳が深く傷つけられ、多くの女子に対する暴力が引き起こされた。日本は、これを真摯に受け止め、その反省に立って…」というものだった。
一見、「慰安婦」という言葉も入らず、女性を傷つけた主語もないが、「日本は、これを真摯に受け止め、その反省に立って」と外務省が残したのはギリギリの努力だと思った。
しかし約8ヶ月後の2015年9月29日に安倍首相が国連で発表した行動計画からは、上記の文言はすべて消えていた。
「21世紀こそ、女性の人権が蹂躙されない時代に」との安倍首相の演説は空虚に響き、日本軍性奴隷の被害者も、沖縄の女性も、安全保障の対象でないことを明確にした。
それは奇しくも2015年9月19日に新安保法制を強行採決したわずか10日後のことだった。
 2005年にオープンしたwamには、攻撃的なメールや電話は日常的にあり、「放火すればすぐ燃える」とネット上の掲示板に書かれたり、「在日特権を許さない市民の会」等を名乗る者、20数名がwamに押しかけてきて、妨害行為をしたこともあった。
新安保法制が強行採決された2015年9月19日以降、攻撃はより犯罪性が高いものになっている。
 2016年10月6日、「朝日赤報隊」を名乗る者から、「爆破する 戦争展示物を撤去せよ」と書かれたハガキが届いた.
wamでは戸塚警察署に被害届を出し、「言論を暴力に結び付けない社会を」と題した呼びかけ文を新聞・通信社に送付した。
この事件の2日前に産経新聞に掲載された櫻井よしこ氏の「日本の敵は日本人なのか」と題した記事の中で、wamと私の名前が明記され、文脈上、私は「日本の敵」と名指しされていたからだ。
 翌2017年の5月3日、ちょうど朝日新聞記者に対する赤報隊テロ事件から30年目の日に、またもや同様の爆破予告の書簡が届き、今度は封筒に黒い粉が入っていた。
戸塚警察署に被害届を出し、この黒い粉を鑑定して欲しいと伝えたが、警察署はゴールデンウィーク中だから鑑定出来ないと言った。
再三の確認にも返答はなく、この黒い粉が火薬であると知らされたのは10月だった。
 2018年2月23日、朝鮮総連本部に砲弾が撃ち込まれた事件があったが、、その容疑者の一人である桂田智司氏は、2017年4月1日にwamが主催した「第1回日本軍『慰安婦』博物館会議」の際に、会場前でヘイト・スピーチを繰り返した一人だった。
拳銃を入手できる者が、私たちへのヘイト行動を行っていることを実感させた出来事だった。
2018年3月9日、衆議院内閣委員会において、杉田水脈議員は、女性国際戦犯裁判について「天皇陛下とかを不敬なことに裁いて」とし、私の名前を名指しした。
事実誤認も甚だしい杉田水脈議員の発言はツィッターで流され、流通している。
 ドイツに事実上「亡命」した辛淑玉さんは、「極右テロは、メディアがまずターゲットを指さし、極右のならず者が引き金を引く形で連携的に起こる」と語っている。
このような事件を列記するだけでも、新安保法制の強行採決以降、多様な意見を認めず、旧日本軍の残虐行為に向き合う活動や、日本に住む外国籍の人々の人権を守る活動を「反日」と名指し、国家の方針に反するので攻撃していいとのメッセージが強まっていると思う。
新安保法制は、「敵」を作り出し、その「敵」に対して暴力を問題解決の手段として行使することを正当化した。
このような軍事化に反対して活動する私は「反日」と名指され、実際に攻撃対象にされている。
裁判所は、新安保法制を違憲と判断し、法の番人としての役割を果たされるよう願う。
●原告代理人角田由紀子弁護士
 原告代理人として準備書面(13)について説明する。
準備書面(13)は本件安保法制法が、沖縄県にどんな悪影響、被害をもたらしているかを、「琉球処分」から始まる沖縄の歴史を視野に入れて、その地に暮らす高里鈴代に起きていることを具体的に考察したものだ。
 沖縄を焦点にして安保法制法の問題点、それが引き起こす被害を考察するのは、沖縄の人々は戦後のアメリカ軍占領時代、日本への復帰及びその後から現代に至るまで、本土とは違う苦難・苦痛・被害を強いられてきているからだ。
それは、安保法制法の制定・施行によって以前にも増して厳しいものとなっている。
 原告高里は、5歳の時に父の勤務先であった台湾から一家で沖縄に引き上げてきた。
それ以来70年余りを沖縄で生きている。
他の県民と同様に原告高里は、日本国憲法の及ばない長い時代を生きてきた。
本土復帰は、形式的に日本国憲法を適用しただけで、原告高里にも他の県民にも平和的生存権を保障しなかった。
米軍基地がそれまで通りに存在し続けたからだ。
日本の国土面積の0.6%しかない沖縄に、日本にある米軍専用施設の実に70.4%が集中している。
この数字だけから見ても、原告高里ら沖縄に暮らす人々がどんなに危険にむき出しで晒されているかが理解できる。
70.4%は地上だけの話ではない。
空も地中も米軍による危険にさらされている。
空からは米軍機やその部品がいつ降ってくるかわからず、現に降ってきている。
6月11日には米軍嘉手納基地所属のF15戦闘機が海上に墜落する事故が発生している。
地中には米軍基地による環境汚染が放置されており、返還跡地としてそれを使うには安全確保の措置は、全て沖縄県民の負担で行われている。
 平和的生存権は、軍事的な危険にさらされないということだけではない。
毎日の生活の安全と安心が保障されるのが、平和的生存権の大事な働きだが、原告高里らにはいかなる意味でも平和的生存権が保障されていない。
 沖縄では、平和的生存権は安保法制によって、さらに危ういものになっている。
米軍機による事件・事故は日を追って増えている。
これは安保法制法により自衛隊が米軍、多国籍軍との共同作戦、武力行使を伴う任務遂行が増えたことと密接な関係があると考えざるを得ない。
 原告高里ら沖縄県民は、現に世界各地で戦争をしている軍隊と隣り合わせで生活せざるを得ない。
この「隣り合わせ」は決して比喩ではない。
沖縄の人々は広大な基地の間に残された土地で、肩を寄せ合って暮らすしかないのだ。
沖縄の空は米軍の管理下にあるので、人々は米軍機の騒音の直下で生活するしかない。
裁判所は騒音の被害は認めるが、自分たちには飛行停止を求める権限が及ばないと言って、騒音にさらされ続ける人々を見放し続けている。
 安保法制が閣議決定された2014年7月1日は、一時停止していた辺野古新基地建設工事が、「待ってました」とばかりに再開された日だ。
それ以来今日まで、県民の民意を一顧だにしない政府のもとで工事は続けられている。
原告高里は、辺野古新基地反対運動の先頭に立って闘ってきているが、今年の4月23 日には機動隊の排除行為の結果、1ヶ月の療養を必要とする骨折をさせられた。
 原告高里の痛みは、もちろんこれだけではない。
原告高里は、米軍の占領と同時に米軍人による女性たちの性暴力被害という新しい戦争が始まったこと、その戦争は今日まで止むことがないことを、女性たちの身近で彼女たちを支えながら見てきている。
ベトナム戦争時代には、沖縄の女性たちが米軍人たちの狂気の犠牲になった。
原告高里は、そのような女性たちとともに生きてきた。
厳しい環境下にありながら、それでも少しずつ前進を実感してきていたが、安保法制法はそのように営々として築いてきたものを破壊するものであり、原告高里の生き方そのものを否定するものだ。
辺野古に、より強力で半永久的な基地が作られることは、戦争がもたらす被害も半永久的であるわけなので原告高里は身体の痛みを抱えながらも、じっとしてはいられない。
米軍基地の存在がもたらす被害の大きな部分は、女性への性暴力だ。
それも基地の半永久化とともに続くと考えられる。
2016年4月のうるま市での女性の被害者が、それを示している。
 「戦争は終わっていなかった」ことを、原告高里は安保法制法の実施によって強く実感させられている。
辺野古新基地建設工事の強行される中で、原告高里には、怒り、恐怖、悲しみ、苦しみとあらゆる感情が交差している。
戦争が終わるという希望を持てない社会に生きているとはどういうことなのか、かつて戦場であった沖縄で原告高里は、身体の痛み以上にそのことを考え苦しみ続けている。

◎閉廷後の報告会
 閉廷後、参議院議員会館で報告会が持たれました。
●中野麻美弁護士
 これまでに法律の中身と制定過程の暴力性に関して11本の準備書面を提出していたが、さらに12〜17準備書面を提出した。
そこでは労働や教育その他を中心にして主張している。
平和・安全保障の問題は軍備とイコールで考えられがちだが、安全・平和とは何かを根本から問い直し主張している。
特に準備書面12で平和憲法があるから国際的に安全だったが、信頼感の面では低かったことを訴えた。
2015年安保法制強行採決、2014年解釈改憲を経て、格段と信頼感は下がっている。
安保法制で戦争ができるようになったという価値観が生まれた。
2014年から虐待なども増えている。
 沖縄に関して
①日米同盟を格段に強化するポイント、基地の島沖縄が最も影響を受けている。
②軍事同盟を前提とする安全保障
 本来の安全保障は軍事同盟を前提としてはならない。
なぜなら軍事同盟は敵国を想定している。
この体制に従うと、そうではない立場を「反日」と呼びそれを敵とみなしても構わないという分断を生む。
③武力行使で紛争解決
 解釈改憲も武力行使しないという国是と、全く相反する。
国是としての平和教育を否定し真逆に向かう。
●角田由紀子弁護士(準備書面13)
 全国に広がっている安保法制違憲訴訟で、沖縄の問題を特化しているのはこの「女の会」だけだ。
世界で戦争している米軍海兵隊と隣り合っているのが、沖縄の人たちだ。
戦後ずっと捨て置かれた沖縄が安保法制で、なおいっそう深刻になっている。
沖縄の問題を女性の立場から特化して主張した。
●渡辺美奈さん(準備書面15)
 警察が暴力的になっている。
軍が行った非人道的行為には①強制集団自決②南京虐殺③慰安婦と、大きく3つあるが、国外にも被害者が多い「慰安婦」について陳述した。
●根津公子さん(準備書面17)
 国家の価値観を、学校教育で注ぎ込んでいる。
起立・礼が国家の価値観を強いていることだ。
国家の価値観を注ぎ込み、それを通して戦争へ送り込む教育が進んでいる。
 現在、東京ではオリンピック教育が週に1回行われていて、都は読本を作って35時間を割り当てている。
アスリートを招いて講演会を開催するなど、1校に30万円予算が出ている。
オリンピック開会式、閉会式で国旗を掲揚し、国家を歌わせる。
これについて教育委員会では、日本オリンピック協会の方針なのでこれに従うとしている。
また「マスコット投票」として小学生に3つの中から選ぶとさせてマスコットを決定したが、この宣伝をしたのは文科省だった。
これは例えば家庭によってはオリンピックに反対という家庭で、日頃そんな話が家の中で出ていると投票したくないと思う子供もいるだろうが、参加させられる。
自治体の長が教育委員長なので、自治体にマスコット投票参加の自治体を募ったら、
23区中、文京区を除いて全てが投票した。
他の教科時間を割いて、オリンピック教育をしている。
 「日の丸・君が代」は卒業式などで一人でも立たない生徒がいたら、式を始めないとされている。
●参加者から
 娘は中学の卒業式で起立しなかった。
予行練習の時に起立しなかったら、担任が泣いて「起立してくれ」と頼んできた。
それでも本番の時に起立しなかった。
高校受験の時、担任は娘に志望校のランクを下げるように言った。
なぜかと尋ねると「あなたの内申書はゼロ点しかあげられない」と。

※「安保法制違憲訴訟・女の会」次回の口頭弁論は10月17日です。    

いちえ

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