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2018年6月6日号「5月11日、安保法制違憲訴訟 国家賠償請求裁判傍聴記①」


一ヶ月前の裁判傍聴記です。
長文を続投しますが、お読みいただけたら幸いです。

 5月11日(金)は、件名の裁判の第7回口頭弁論期日でした。
代理人意見陳述と3名の原告本人尋問が行われました。
東京地裁103号法廷傍聴席で、開廷を待ちました。
13:30に扉が開いて裁判官が入廷するのを、傍聴人は起立して迎えて着席します。
裁判長も右陪審、左陪審もこれまでの人ではありませんでした。
裁判員が3人全て替わってしまっていたのです。
4月は人事異動の月だとはいえ、裁判でこんなことがあっていいのでしょうか?
大いに疑問を抱きながら、傍聴しました。
◎代理人弁護士意見陳述
 裁判官が交代したので代理人弁護士からの弁論更新がありました。
裁判官が替わった場合の弁論更新は、多くの場合裁判長から原告・被告双方に「主張立証は従前通りでいいですか?」と問い、双方が「はい」と答えて一瞬で終わることが少なくないそうですが、きっと代理人弁護士からしっかり申し入れされていたのでしょうか、この日は4人の弁護士から丁寧な意見陳述が行われました。
意見陳述、全文を載せたいのですが長くなるので骨子のみを「だ。である。」調で記します。
●寺井一弘弁護士:「今、なぜ安保法制の違憲訴訟か」
 3年前の9月19日の夜、集団的自衛権行使容認の閣議決定の具体化として安保法制の強行採決が行われた時、国会周辺に集まった市民の一人として私も居た。この70年間以上「一人も殺されない。一人も殺さない」としてきた崇高な国柄が一夜にして崩れていくことを強く感じた。
憲法9条がなし崩し的に「改定」させられていくことへの恐怖と民主主義が最大の危機に陥っていることを憂える多くの市民の表情が脳裏に焼きつき、戦前・戦中・戦後の時代を苦労だけを背負って生き抜いた亡き母を想い出していた。
 私は「満州鉄道」の鉄道員だった父と旅館の女中をしていた母との間に生まれ、3歳の時に満州で終戦を迎えた。
8月9日のソ連軍参戦により満州にいた日本人は生命の危険にさらされ、父は私を生かすために中国人に預けようとしたが、母は父の反対を押し切り残留孤児になる寸前の私を抱きしめて、郷里の長崎に命がけで連れ帰った。
 引揚者として原爆被災地の長崎に戻った私たち家族の生活は筆舌に尽くしがたいほど貧しく、母は農家で使う筵や縄をなうため朝から晩まで寝る間を惜しんで身を削って働いたが結核になって病に臥せった。
母はいつも私に「お前は戦争を憎み平和を守る国づくりのために全力を尽くしなさい」と教え続けてくれた。
 私はこうした母の教えを受けて弁護士になり、これまで48年以上にわたり憲法と人権を守るために活動してきた。
今回の明らかな憲法違反である安保法制は母と同じような思いで戦中戦後を生きてきた多くの方々と私自身の人生を根底から否定するものだと痛感させられた。
残された人生のすべてを平和憲法と民主主義を踏みにじる政府の蛮行に抵抗するための仕事に捧げようと決意し、代理人を引き受けた。
 安保法制を違憲とする訴訟には現在、全国すべての地域から1607名の弁護士が訴訟の代理人に就任し、原告は7303名となっている。
この勢いは今後もさらに広がり、全国的に大きな流れになっていくだろう。
安保法制を違憲とする裁判は北から南まで全国各地で展開されているが、原告の方々は自分が何故に原告になったかという陳述書を次々に提出している。
 東京地裁民事一部の法廷では1月26日に7名の原告の切々たる尋問がなされ、本日も3名の尋問が予定されている。
いずれも自分の人生体験を振り返りながら、安保法制が日本を再び戦争のできる国にしてしまったこと、それによってどれほどの恐怖と不安を抱いているか、蒙った被害と損害について切々と訴えるものになっている。
 私ども法律家はこの魂からの叫びを耳にして、改めてこの違憲訴訟にさらに真剣に取り組んでいかなければならないと決意を新たにしている。
圧倒的多数の憲法学者、最高裁長官や内閣法制局長官を歴任された有識者の方々が安保法制を違憲と断じている中で、行政府と立法府がこれらに背を向け、国会での十分な審議を尽くすことなく安保法制法の制定を強行したことは、憲法の基本原理である恒久平和主義に基づく憲法秩序を根底から覆すものだと考えている。
 政府は2014年7月1日の閣議決定に引き続き2015年9月19日にはわが国歴史上に大きな汚点を残す採決の強行により、集団的自衛権行使を容認する安保法制を国会で成立させ、2016年3月29日にこれを施行した。
さらに安倍首相は東京オリンピックの2020年に新憲法を施行すると豪語し、本年3月に自衛隊を憲法9条に明記するなどの改憲原案をまとめた。
 国民世論と全く乖離したこうした思いつきの乱暴極まる策動を、決して許してはならない覚悟を決めている。
今日の事態は、わが国の平和憲法と民主主義を守り抜くに当たって、極めて深刻である。
 このような歴史的危機に当たって、司法こそが憲法81条の違憲審査権に基づき、損なわれた憲法秩序を回復し、法の支配を貫徹する役割を有しており、その機能を発揮することが今ほど強く求められている時はない。
安倍政権が集団的自衛権を容認する根拠として引用した「砂川判決事件」でも、「一見極めて明白に違憲無効と認められる場合には裁判所の司法審査権の範囲に完全に入る」と指摘している。
 東京地裁民事一部の三名の裁判官が、裁判官を志された原点に立ち戻られて、ただひたすら平和を求めている原告一人一人の思いとしっかり向き合い、本件訴訟について憲法判断を回避することなく憲法の基本原則である平和主義原理に基づく法秩序の回復と基本的人権保証の機能を遺憾なく発揮されることを切に望む。
裁判官におかれては、市民の心からの願いと期待に真摯に応えることを懇請する。
●福田 護弁護士:「原告の主張の全体像と新安保法制法の違憲性・危険性」
第1 これまでの原告の主張の概要
⒈本件における加害と被害と違法性
原告らは2014年7月1日の「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」閣議決定、2015年5月の新安保法制法の閣議決定と国会への提出、採決という各行為による新安保法制法の制定を、内閣及び国会を構成する公務員の加害行為として捉え、原告らの有する①平和的生存権、②人格権、③憲法改正・決定権が侵害されたことを主張してきた。
この加害行為は、憲法9条についてそれまでの政府解釈を明らかに逸脱する極めて重大な違法行為だと主張してきた。
⒉加害行為の違憲性とその重大性
 わが国を代表する識者(憲法学者樋口陽一、長谷部恭男、石川健治、青井未帆の各教授、山口繁元最高裁長官、濱田邦夫元最高裁判事、歴代内閣法制局長官ら)は、この違憲性と憲法破壊の重大性を、鋭く明確な見解で指摘している。
 新安保法制法の違憲性として、①存立危機事態における「自衛の措置」としての集団的自衛権の行使容認、②重要影響事態法における後方支援活動の外国軍隊との一体化、③国際平和支援法における協力支援活動の同様の一体化のほか、④国連平和維持活動協力法(PKO協力法)改正による駆けつけ警護等とその任務遂行のための武器使用、⑤改正自衛隊法95条の2に基づく米軍等の武器防護のための武器使用を、侵害行為とする。
これらの違憲性の全体像を示し、上記5つの事項の違憲性の具体的内容を詳述する。
⒊被侵害権利・利益の内容と重要性
 平和のうちに生存する権利は憲法前文に明示され、すべての基本的人権の基礎であり、憲法13条等によって具体的規範性が根拠付けられ、憲法9条によって制度的保障を与えられたものと理解される。
総じて原告らの人格権、平穏生活権は憲法9条を破壊した新安保法制法によって様々な形で深く侵害され、また、本来憲法9条を改正しなければできないことを憲法96条を潜脱して強行し、原告らの憲法改正・決定権を侵害した。
第2 新安保法制法の違憲性と危険性
⒈存立危機事態における集団的自衛権の行使について
⑴昨年8月10日、北朝鮮がガム島周辺に向けて中距離弾道ミサイル発射の計画を検討と表明したのに対して、小野寺防衛大臣は、武力行使の三要件に該当するかどうかで判断される旨の答弁をした。
⑵新三要件は①わが国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(存立危機事態)であること、②これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと、③必要最小限度の実力を行使することとされている。
 新安保法制法以前の自衛権発動の要件は、「我が国に対する武力攻撃が発生したこと」日本の領域への侵害などとして認識、判断することができるものだった。
これに対し「存立危機事態」は、「密接な関係にある」他国に対する武力攻撃かどうか、国民の権利等が「根底から覆される」「明白な危険」があるかどうかといった、幾つもの抽象的な判断で構成され、「政府の総合的な判断」に委ねられる。
その判断の適否の客観的な基準は、極めて考えにくい。
 従前の政府解釈では「必要最小限度の実力行使」は、外部からの武力攻撃を我が国の領域から排除する受動的なものであり、原則として我が国の領土・領海・領空で行われ、せいぜいその周辺の公海・公空に限られるとされ、限定的な線引きが明確だった。
それに対し、存立危機事態における集団的自衛権の行使は、相手国の領域を含めて地理的限定などなく、地球の裏側にまで及ぶ。
海外を戦場とする他国の戦争に参加するのだから、どこで何をするのが「必要最小限度」かは極めて判断しにくく、一旦「存立危機事態」と判断して参戦したら、戦局の推移に応じ、なし崩し的に際限なく戦争に引きずり込まれていく危険性が極めて高い。
⑶北朝鮮がガム島周辺に向けてミサイルを発射する行為を、もし政府が存立危機事態と判断して集団的自衛権として迎撃すれば、北朝鮮に対する日本の武力行使という決定的な事実を生み、日本は直接攻撃を受け戦争に突入することになる。
 存立危機事態における武力の行使、集団的自衛権の行使は、このようにとてつもなく危険なものなのだ。
⒉後方支援活動と「非戦闘地域」について
①防衛省はイラク派兵時の陸上自衛隊の日報は、これまで存在しないと国会答弁してきたが、4月2日に派遣期間の半分近くにのぼる376日分が見つかったと発表し、しかも陸自内部は1年以上も前に、その存在を把握していたのに放置していたことも判明した。
 開示された日報には、自衛隊員が日常的に攻撃の脅威に晒されていたことを物語る記録が記されている。
イラクから帰国した自衛隊員のうち在職中に29人もが、その後自殺していることからも派遣中の精神的負担の大きさを推し量れる。
②現場からの日報が開示されないまま、イラクで「非戦闘地域」とされていたところが「戦闘」が行われていた命がけの地域であったことを前提とせず、新安保法制法の審議が行われ、「非戦闘地域」の枠さえ取り払ってしまった。
 後方支援活動も協力支援活動も、「非戦闘地域」どころか、「現に戦闘行為が行われている現場」でなければ行えるとして、その制限を大きく緩和した。
自衛隊による外国軍隊への物品・役務の提供(兵站活動)、弾薬の提供や戦闘発進準備中の航空機に対する給油・整備まで認めた。
その結果、自衛隊が戦闘に巻き込まれる危険も、敵対国・敵対勢力からの攻撃対象とされる危険も格段に高くなった。
③本件で証人として申請した半田滋氏(東京新聞論説委員兼編集委員)は、自衛隊のイラク派遣について、その初期にサマワに滞在した経験を踏まえ、またその後の継続的な取材を経て、その危険性をずっと指摘してきた。
 イラクにおける「非戦闘地域」の実態を無視し、さらに危険な活動へ自衛隊を送り込もうとする新安保法制法の無謀ともいえる危険性を理解するには、このような経験と取材によって蓄積された知見を持つ半田氏の証言を聞くことが、必要不可欠だと考える。
⒊新安保法制法の下での自衛隊の強化
 新安保法制制定前後からの自衛隊の装備等の導入や構想の拡大は、従来の「専守防衛」の域を超え、このまま進めば日本は紛れもない軍事国家へと変貌するだろう。
①「日本版海兵隊」と呼ばれる水陸機動団が、米海兵隊との共同訓練等を経て3月27日に発足し、同時に水陸機動団を最前線に運ぶオスプレイ17機の購入も決定され、2018年度から順次導入される。
②新たな弾道ミサイル防衛システムとして陸上配備型イージス・システム(イージス・アショア)2基の導入を決定し、秋田県と山口県への設置が構想されている。
導入に1基1,000億円以上の装備で、単独国での保有はアメリカ以外にない。
③航空自衛隊の戦闘機に搭載する長距離巡航ミサイル導入のための関連経費を2018年度予算案に追加要求した。
これは他国の敵基地攻撃が可能なミサイルであり、専守防衛を逸脱するものだ。
④青森県三沢基地に、航空自衛隊初のステルス戦闘機F35Aが配備された。
相手のレーダーに捉えにくく、防空網を破って侵入できる敵地攻撃的な能力を持つもので42機の導入が予定されている。
日米が同じ機体で編隊を組み、データをリンクして攻撃する共同作戦も視野に入る。
⑤昨年5月、自衛隊法95条の2の武器等防護に関する警護を初めて実施した「いずも」は日本最大の護衛艦で空母の形状をしたヘリコプター搭載機だが、これを垂直離着陸が可能なF35Bステルス戦闘機を搭載する空母とする構想が浮上し検討されている。
これまで日本は、憲法9条の制約として、相手国の壊滅的破壊のために用いられる攻撃型の兵器保有として空母は持たないとしてきたが、これも踏み越えようとしている。
⒋結語
 このように、新安保法制法の下で自衛隊は、ミサイル防衛を含めて米軍との共同・一体的運用を深化し、海外での武力行使も視野に入れて敵地攻撃能力を備えた新たな装備を次々と導入する動きが顕著になっている。
それはこれまでの、日本の領域を守るという専守防衛から離脱して、世界規模に武力の行使を含めた活動を展開しようとする動きとして、憲法9条を基本とした平和国家日本の在り方を根本的に変容させてしまう危険性を示すものと言わざるを得ない。
 行政府と立法府が暴走し、憲法の軛を破断して強行採決した新安保法制法は、今、この国とそこに住む国民・市民を、とてつもなく危険なところへ導こうとしている。
 この危険は、国民・市民の名において、どうしても食い止めなければならない。
本件訴訟はそのためのものであり、私たちはいまや司法にその役割を託すほかなく、司法は積極的にその役割を果たすべきだと考える。

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