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2018年8月5日号「安保法制違憲訴訟第8回口頭弁論③」


●伊藤真弁護士
 忌避の申し立てをするとこの裁判では、あの3人の裁判官は私たちの裁判の裁判官ではなくなる。
裁判官ではあっても、私たちの裁判とは関係のないただの人だから、なんであそこに座っているのか判らなくなる。
あそこで私たちに退出するように命令する権限もない、ただそこにいるだけなのだ。
ただそこにいるだけの裁判官で、「人でなし」と言おうが、なんと言おうが関係ない。
 が、まぁ、権力というのはああいうものだ。
原告の話も聞かない、証人の話も全く聞かない、それでも判決は出せると考えている。
証人の話など聞く必要がないと考えている。
それは、証人の話など聞かなくても自分は正しい裁判ができるという驕りだ。
謙虚さがまるでない。
自分なりに正しい判断はこうだと決めて、淡々と進めていくだけ。
自分が裁判の主人公だと思っている。
 判決を書くのはあの人たちかもしれないが、裁判は原告の皆さんが主役で主人公なのだ。
だが、あたかも自分が主役で主人公で、自分の思う通りに裁判を進め結果が出せると思っている。
当事者の声や証人の話を聞いた上で正しい判断をしようという考えは、全くない。
自分の頭の中で出来上がっている正しい答を、押し付ける。
 これは裁判に限ったことではなく、権力を持った人は皆そうだ。
昨今の政治状況を見てもそうだ。
カジノにしても、私が関わっている一人一票にしてもそうだ。
参議院の議員を6人増やして合区を解消するなど、とんでもない話だ。
だが、「一度これをやるんだ、まぁいろいろグズグズ言って理解しないかもしれないが、自分たちがやっていることは絶えず正しいのだ」と押し通す。
権力を持った者は、自分が正しい、自分が主役、自分が主権者でこの国の主人公だと思って押し通す。
 政治家にせよ官僚にせよ公文書の偽造、改竄、隠蔽をする。
自分の判断は正しいのだから、その正しい判断は別に細かく文書に記録する必要はないと思っている。
公文書に記録するということは、自分は正しいと思っているけれど万が一自分の判断が誤っているという可能性がある時に、後にそれを検証して二度と同じ過ちを繰り返さないように、きちんと公文書に記録しておくのだ。
自分は正しいと思っているけれど、ひょっとしたら判断が間違っているかもしれない、その謙虚さがあればこそ、後の判断の検証に耐えるように文書に残しておく、それが公文書の存在意義だ。
 それを全く無視して都合よく、改竄しても良い、廃棄しても良い、隠蔽しても良いと、自衛隊の日報も財務省の記録もそうだ。
官僚にせよ政治家にせよ、誰がこの国の主人公で誰を動かしているのかということが、根本的に昔と変わっていない
我々を、政治家や官僚の臣、臣民だと思っている。
ふざけるんじゃない!
主人公、主体は私たちなのだ。
 裁判所もそうだ。
裁判官は自分が正しい、証人の話は聞かないで自分の判断を書けばいいと思っている。
裁判所はそういう場ではない。
あくまでも原告が、そして傍聴する市民の皆さんが主役であり、主体である。
そこをきちんと思い知らせる意味で、私は今回の忌避はとても意味があったと思う。
皆さんがああして、思い思いに声を上げた、これは裁判官にとってみれば予想はしていたかもしれないが、やはり思いの外だったのではないか。
今まで私たちは法廷の場で、静かに大人しく座っていた。
陳述を聞いておもわず拍手をしてしまったことがあるというくらいで、暴れたりせずに静かに座っていた。
素直で御し易い臣民だと思っていたかもしれない。
それが違いましたからね。
そんな言い成りになる市民ではない、私たちは主体的なこの国の主権者だということを示した、意味のある裁判だった。
 だが、7月初めの大飯原発の判決も、昨日の日の丸・君が代判決もそうだが、裁判所もどうしようもない。
政治の状況も「なんだ?こりゃぁ!」という状況だ。
でもそれが権力だし、それに対してきちっと向き合って私たち国民・市民が闘うための道具が憲法なのだ。
だからこういう憲法訴訟も負けずにこうやって声をあげ続けていきましょう。
それこそが憲法の存在意義に他ならない。
 人権や平和をやっと憲法のなかに獲得できている。
それを私たちが形にしていくのだろうと思う。
人権も平和も民主主義も、数年や数10年で確固たるものにできることではないのだから、この先数10年、数100年とこういった運動は続けていかねばいけないだろう。
きちんと伝えていくこういう運動で、後に続く若い市民や法律家に伝えていく。
今も全国で闘っている仲間がいる、その仲間たちにもきちんとその姿勢を伝えていくことが大事だろう。
 集会冒頭で寺井弁護士が話されたが、まさにここからが新たなスタートだ。
思いを新たにして皆さんと一緒に頑張っていきたい。
●    弁護士
 私は弁護士になって38年目だが、忌避申し立てに関わるのは今回で2回目で、最初は弁護士1年目の時だった。
1度目のそれは、日立製作所武蔵工場で女性社員が残業を拒否して解雇された事件で、
裁判闘争自体は1991年に最高裁で敗訴になったが、その後の粘り強い闘いで、2000年に全面的な勝訴和解を勝ち取った。
これは先例的な事件だった。
 先日のことだが日本国民救援会などの主催で講演を頼まれて、「困難な裁判をいかに闘うか」という話をした。
その時に私は、1960年代の朝日訴訟のことを話した。
これは結核の患者さんが厚生大臣を相手取り、生存権と生活保護に関して闘った裁判だ。
 この裁判も最初は、受ける弁護士がいなかったそうだ。
当時は憲法25条の議論が深まっていなかったので、裁判をやっても生存権は権利ではないというのが、圧倒的な憲法学説だった。
裁判は本当に粘りつよくやられて、1960年に東京地裁で勝訴判決が出た。
浅沼さんという裁判官で、「浅沼判決」と呼ばれている。
 私はその後、この裁判の時の左陪審だった人に話を聞く機会があった。
なぜ朝日さんを勝たせたかというと、現場に行って朝日さんの生活を見たことが、自分が変わった大きな理由だったといった。
東京から岡山の診療所まで行って、3日かけて現場検証をし臨床尋問をしたことが、自分が大きく変わる理由だった、と。
裁判自体は東京高裁、最高裁で敗訴になったが、東京地裁の浅沼判決があるので、憲法25条が立派な権利になったということで、社会的には大勝利の判決だった。
 もう一つ、私は東京大空襲の被災者裁判に関わっているが、これは大法廷で戦時の被害は国民は等しく受忍ということで敗訴になったが、被災者たちの訴えで超党派の議員連盟が発足して援護法案を提出しようという動きが生まれた。
裁判は勝ち負けもあるが、裁判の主文の勝ち負けだけではなく、裁判を力にして社会的な成果を上げていこうということを講演で話した。
 この裁判は憲法闘争なので、最終的には戦争法を廃止するという目標のために、この裁判闘争を力にして頑張っていきたい。
●杉浦ひとみ弁護士
 古川弁護士も言われたように、ギリギリまで証人採用をしてくれと話をしに行った。この裁判の意義と法曹の使命について話したが、裁判官はそれはもう法廷で聞きましたよね、それがどうした?という表情をした。
そして一番印象的だったことは「この裁判は傍聴の方達は粛々とやっていると聞いているが、次回はどうでしょうか?」と言った。
何を言っているか理解できず「普通に法廷の指示に従ってやっている」と答えたがなおも「どうでしょうか?」と言って警備の話までしだして、何かとても警戒していた。
私は思わず「暴動など起こしません」と答えたが、裁判長は「まさか」と言うかと思ったのだが、それを言わないで「自分では警備もあるかもしれないということをちょっと考えていた」と言った。
 今日の法廷を見て、傍聴の方達は思いの丈を着席して言った。
品のいい形で反論をした。
裁判官は国民のことを全く知らずに、怯えている。
私たち弁護士は原告の方達と膝を交えて話し、闘い方について一緒に検討していると思っている。
原告の方たちと私たちは互いに怖がってなどいないが、でもあの裁判官は怖がっている。国民のことを知らないのだ。
だから私たちは、この司法を変えていくところの大きな狙いが残っている。
私たちは間違っていない、裁判所はおかしいから怯えている、そういう図式の中でこれからも頑張っていきたい。

◎会場からの質疑応答
Q:記者会見での反応は?
A:あまり良くなかった。事前に各報道機関には「今日は重要な局面になるから来て欲しい」と伝えておいたのだが、記者たちも共同通信と毎日新聞、朝日新聞くらいで、質問もあまり深い内容のものはなかった。
私たちの方で新聞社などに「こういう大事なことを何故報道しないのか」と問うていくことも大事かと思う。
Q:証人採用拒否したが、もう一度証人申請はできないのか?
安保法制の大元は小泉内閣の時に小泉が安倍晋三を幹事長にしてしまったというところにあるので、小泉純一郎と小沢一郎の二人をなんとか証人申請して欲しいと思っているが如何でしょう。
A:検討します。
Q:忌避の申し立てをした後の裁判の流れはどうなるのか?
A:この裁判は民事1部だが、忌避申し立てを採用するかどうかは他の部の裁判官3名が判断する。
おそらく忌避は認めないという決定を出すだろうから、そうすると東京高等裁判所に行くだろうと思う。
そこもまた同じような判断をするだろうと思う。
これまで忌避申し立てを認めた例がない、同僚意識、仲間意識なのだ。
おそらく最高裁でも認めないだろうと思っている。
他の部の3裁判官の判断には約1ヶ月以上かかるだろうから、8月の末になるだろう。するとまた進行協議と言うことで今日の裁判官3名が残ると、我々に連絡してくるだろう。
この前澤裁判長は、最終準備書面を秋くらいまでに出すようにと言っていて、本当にこの人は許せない。
記録も読んでいないのに、そういう判断をする。
私はどこかでこの裁判長に「あなた方が忖度するような安倍内閣か?」と言いたいと思っている。
「国民をなめるな」と言いたい。
最終準備書面を秋に出すことを認めないで、証人の方々知識人の方々に意見書を書いてもらう。
意見書を書いてもらって、秋ぐらいに提出しようと思っている。
それを認めないとなったら、また裁判官の忌避をしようと思っている。
それで最終準備書面を来年の春以降に出していく、そうすると判決は夏休みを挟んで来年の秋以降になるかと思う。
 名古屋地裁へも提訴したばかりなので、延ばすだけ延ばして、全国で一緒に闘っていきたい。
 できるだけ民事1部でも頑張っていきたい。
そして意見書で、証人として語って欲しいことを長い意見書で書いて頂いてそれを提出する。
証人尋問に替えて、長い心のこもった意見書を出すことについて弁護団は当面全力で尽くしていきたい。
Q:これから私たちは何をやっていけばいいのだろう?
A:寺井一弘弁護士
 できることはなんでもやっていきましょう。
6月23日の沖縄慰霊の日、相良倫子さんのスピーチを覚えていますか?
7分間の詩を諳んじて語ったんですよ。
その次に安倍が官僚は書いた作文を読んだ。
これが去年の文とほとんど同じだった。
 私はスピーチをした女の子に「励まされた」と、手紙を書いた。
そしたらその女の子から返事が来たんですよ。
嬉しくて嬉しくて、「私は9条を愛しています。平和のために闘います」と書いてあった。
私はそのことを名古屋の講演で話したら、朝日新聞の名古屋総局で論説委員をやっている人が聞いていて「すごくいい話だ」と言って、その子に会いに行くと仰った。
ノーベル化学賞受賞の益川先生も原告になっていますから、この安保訴訟は創意工夫をこらしながらやっていかねければいけないと言ってくださった。
 どんなことでもできることはなんでもやっていきましょう。
真剣になってやっていけば、必ず応えてくれる人がいる。
そうやって広めていきましょう。

*裁判傍聴記、これで終わりです。
最後に寺井弁護士が話された、沖縄慰霊の日に詩を朗読した相良倫子さんに手紙を書いたら、彼女から返事がきたというお話に、心打たれました。
私も倫子さんのスピーチに胸を打たれ家族や仲間たちともその話をして感動を分かち合いましたが、倫子さんに直接その想いを伝えることはしませんでした。
感じたことを即行動で表す寺井弁護士の姿に打たれたのです。
そして倫子さんがまたそれに応えて返事をくれたことに、打たれたのです。
寺井弁護士の「真剣にやっていけば、必ず応えてくれる人がいる」、それを心に留めてやっていこうと思いました。
長文をお読みくださって、ありがとうございました。              

いちえ

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