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2018年9月10日号トークの会「福島の声を聞こう!vol.28」報告②


●東京訴訟
原発事故に関して闘われている裁判は全国で30件ほどあると思いますが、私は東京訴訟の原告です。
今年3月に判決が出て、低線量被曝が健康にどのような害を及ぼすかについて裁判所は、低線量でも害がある、そのような中で避難することは合理性があると認めました。
しかし、合理性があるのは2011年12月までだとしています。
なぜかといえば、その時期に福島の原発は冷温停止状態になったと発表されているからです。
それ以降は放射線の飛散は少なくなったので、避難の合理性があるのは、そこまでだと言います。
ただし、妊婦と子どもは翌年の8月まで合理性があると言いますが、私は納得がいきません。
裁判所の言う「翌年の8月」には、私のところは除染が始まっていませんでした。
それで私は控訴しています。
まだ控訴審は始まっていませんが、いま弁護士と控訴理由書を出すために検討しています。

◎特別ゲスト
*一枝:今日は避難の協同センター事務局長の瀬戸さんもご参加いただいているので、瀬戸さんからもぜひ一言お願いします。
●瀬戸大作さん
2016年7月に避難の協同センターを立ち上げました。
2016年5月に避難者に対して、来年3月いっぱいで住宅支援を打ち切るから出て行って欲しいと、各地域で避難している人たちに対しての戸別訪問が始まりました。
都営団地で説明会があって、そこに小学生の子どもがいる母子世帯のお母さんが居た。
その説明会のあった日から10日後に、そのあるお母さんが、中央線の駅から電話をしてきました。
死のうと思って子どもを連れて出たのでしょう。
そういうことがあって、その夜はホテルに泊まってもらって対応しましたが、そういうところから避難の協同センター立ち上げに入って行きました。
僕は東京で「さようなら原発」とか、脱原発運動などをやってきていましたが、避難している人たちがこのように苦しんでいるということを、それまで実感として持っていなかったんです。
このままではまずいなと思って、相談窓口となる携帯電話を作って、そのチラシを持って新宿の百人町住宅を回りました。
すると都営住宅に入っている人たちが、本当にひどいいじめにあっていることを話してくれました。「そのネックレスは賠償金で買ったのか」などと言われたり、4人くらいのお母さんたちと話しました。
そういうことがあって、その1ヶ月半ほど経ったときに、かなり無理矢理に避難の協同センターを立ち上げたのです。
僕が実感しているのは原発避難の問題だが、日本のいまの社会で例えば貧困問題でいうと、底が抜けている。
二つの例を挙げますが、一つは7月の終わりくらいに郡山の友人から電話があった。
会津から除染作業で来た人が除染作業に入ったが、障害があることがわかって契約を切られ、作業員宿舎から出されて郡山で路上生活をしている、という電話だった。
その人は生活保護の申請に行ったのですが、却下されています。
この人は会津から来て、家もない、お金もないのだが、そういう場合東京ならシェルターがあるが、福島県にはシェルターが一つもない。
除染作業で連れてこられたのだが、どこか屋根があり布団がある場所に入れてもらえないかと郡山市に交渉したが、受け付けないと言った。
これは原発問題と、もう一方で弱者に対しての対応ができていないことです。
もう一つの例は、いまも継続中の話だ。
山梨県に避難した母子世帯で、避難後に生活保護を受けるようになった。
今年の暑さはどうしても堪えきれないからエアコンをつけたいと、お母さんは役所に連絡したら、「エアコンの補助については、あなたは受けられません」と言われた。
原発災害で避難している人たちが、いろいろ支援を切られています。
そもそも国の原発事故で避難者が生じているのに、この国自体が貧困状態とか色々な状態で厳しい立場に置かれている人たちに対して、何の支援も手当てもない。
この間ずっと、熊本さんたちと一緒に政府や福島県と交渉していますが、その時に感じるのは、自分たちの加害の責任について全く感じられない。
それと、オリンピックですよ。
2020年までに避難者はゼロにするということにみんな気が向いていて、避難者は追跡しない。
本当にいま、民間賃貸の家賃支援が切られていて大変な状態になっていて、大抵の人たちが避難前よりも月の収入が何万円も少なくなっていて支出が増えている。
母子避難の人たちは東京に来て正規の仕事なんか無く、最低賃金の970円とかで働いていて月の収入は15・6万円です。
それで家賃を7万、8万出して、それでもいいなら避難生活を継続しろというようになっています。
国家公務員住宅は来年3月いっぱいで退去勧告されているので、ぜひ一緒に頑張っていきたいと思っています。
●熊本美彌子さん
災害救助法はものすごく古い法律だとお話ししましたが、これはイタリアの避難所です。(注:と言って週刊誌『週刊金曜日』の表紙を掲げて示す)
ここに並んでいる青いのはテントですが、家族で一つのテントに入れます。
日本では避難所は体育館で、そこでおにぎりが配られますが、それを得るために並ばなければならない。
イタリアは避難所の食事もワインがなければ食事ではないそうです。
私たちは“豊かな日本”に居て、災害になった時に何故こんな状態にならなきゃいけないのか。
私たちは、災害の時にどうあるべきかについて、もっと普段から気をつけて意見を言っていかねばならないのではないか。
東京だって直下型地震が、30年間に70%と高く警告されています。
私たちも原発事故以前は全くそういうことを考えずにきていましたが、実際に災害に遭い、しかも天災ではなく原発事故という人災に対して災害救助法の枠だけで対応されている。
原子力災害についての法律が無い中で、子ども被災者支援法も理念は立派ですが骨抜きにされてきちんとした対応が取られていない現実を、よく知って頂きたいと思います。
災害救助法が1947年に作られたままだということに納得がいかないし、トランプの言っている武器を買わなければ、きちんと対応はできると思います。
先日の国会で水道の民営化が衆議院で可決されましたが、それは古い水道管を補修していく財源が無いから民営化するという、おかしな話ではないですか。
命の水なのに、その補修をきちんとできないのはおかしいです。
それらのことに対してみんながおかしいと声を上げていかなければ、日本は変わらないと思います。
経済が縮小していく中で私たちがどうしなければならないか、今までのように暮らしていていいのかということを、考えていかなければいけないと思います。
*一枝:
瀬戸さんから母子避難の方のお話が出ました。
区域外避難者の多くは、母子避難です。

子どもを守りたい一心で避難するお母さんに対して、夫や義父母からの非難の声が上がることもあります。
「不安に思うのは気のせいだ」などと、避難したお母さんが責められたりしています。
私はお母さんたちの不安はもっともだと思うし、それを責めるのは違うと思うのですが、「安全安心だから避難は自分勝手」という人たちに対して、説得できる言葉が見つからずにいました。
でも昨年、お母さんたちの不安は真っ当な反応なのだと、心にストンと響く本を読みました。
『復興ストレス』という本です。
今日はその本の著者の伊藤浩志さんも参加されていますので、伊藤さんからも一言いただきたいと思います。
伊藤さんは、その後また『「不安」は悪いことじゃない』という本を出されましたが、これもとてもわかりやすく書かれていました。
(『復興ストレス 失われゆく被災の言葉』伊藤浩志著:彩流社刊、『「不安」は悪いことじゃない 脳科学と人文学が教える「こころの処方箋」』島薗進・伊藤浩志共著:イースト・プレス刊)
●伊藤浩志さん
福島市の渡利から来ました。
出身は静岡県ですが、震災当時は名古屋の近くの大府の国立長寿医療研究センターにいました。
アルツハイマーや認知症の研究をしているところで、研究員をしていました。
ネズミを使って脳のメカニズム、認知症のメカニズムの関連などをやっていて、震災1年後に任期が切れて福島県立医大に赴任することになって渡利に住むようになりました。
研究者になる以前は10年間新聞記者をしていて、脳死移植や遺伝子組み換え植物、最近流行っている遺伝子診断問題などを主題にしていました。
そして科学に興味を持って、新聞社を辞めて大学院に入り理系の脳科学を10年間やって、今は福島県立医大も辞めて、フリーで本を書いたりしています。
ジャーナリスティックな観点から見て、ちゃんと裏付けをとって科学的にどうなのかということで、他の人がやっていないようなことができるのではないかと思いやっています。
「文系の人には理系の教養がない」「理系の人には文系の教養がない」などと互いにお題目のように言い合っているような、垣根みたいなものができています。
ドイツの社会学者のフレデリック・ウルリヒベックの『危険社会』というリスク社会のことを書いたベストセラーがありますが、その中に「危険とは分野と分野の間にある」と書かれていますが、役所でも「あっちに行きなさい、こっちに行きなさい」とタライ回しにされて誰もやってくれない、などがあります。
自分の担当となると一生懸命やるが誰の担当かわからない境界線上になると、相手への遠慮などもあって、なかなかやらない。
僕は文系と理系を跨いで、ジャーナリズムとアカデミズムを跨いでやろうと思って、本を書きました。
一言で言うと、「世の中理屈じゃない」ということを、理屈で証明したくてということですが、はっきり脳科学で証明できています。
2冊目の本の『「不安」は悪いことじゃない』に書きましたが「感情的になると理性が働かなくなる」と言われますが、感情が無くなってしまった人は、理性的に頭ではいろいろ判っていても行動はめちゃくちゃになります。
感情が無くなると理性が働かなくなるのです。
理性と感情の考え方、原発事故で「安全性と不安感は別々です」と言いますが、別々じゃないのです。
不安感というのは警報装置が鳴っているわけで、心の問題ではなく、危ないものが迫っているから不安を感じるのです。
心の問題ではないのです。
それをどうやってとらえるかを、理屈で説明しています。

◎休憩後の質疑応答
Q:実家が南相馬の小高で避難指示解除になって戻った人もいるが、避難先に生活拠点を移した人もいる。
そこで暮らすことに不安もありながら生活している人たちもいる一方で、新たに移住して来る人もいたり、私たちは大きな矛盾を抱えているような気がして…。
A:(熊本さん):
私のところを除染業者が除染した後のデータを見ると、地上1cmより1mの方が数値が高いところがある。
山の中で林があるので、林は除染しませんからそこからガンマー線が流れてくるのでしょう。
一昨年の冬は、玄関から3mの場所の土は平米あたり8万ベクレルで、これは放射線管理区域の2倍の数値です。
二本松のキャベツ農家で有機農法でキャベツを作っていた男性が、原発事故後自死されましたが、今はその息子さんが後を継いで農業をやっています。
その方は出荷制限基準値以下だったから野菜を出荷したけれど、出荷しないと賠償金が出ないから出荷した。
「食べて応援」と言ってくれる消費者の方はありがたいけれど、自分が消費者だったら福島産は買わない、食べないと言います。
葛藤を抱えながら暮らしたことを忘れたくないと言っています。
私の畑は除染されて砂を入れられましたから、雑草が伸び放題に生えています。
そこに戻って農業ができるかといったら、土を全部入れ替えなきゃならない。
とても大変な作業になる。
始めた時は夫と二人だったけれど、事故から7年経って私も75歳です。
それでも頑張って元に戻そうとして思ってやり、そこで採れた野菜を親戚や友達にあげたとして、喜んでもらえるでしょうか?
福島に新たに来てくださった人たちが、一生懸命やっているのをどう考えたらいいのか…。
私は戻れないと思っているし、戻っても生きがいを感じられないと思うので戻らず、今ある問題についてきちんと解決するように頑張ろうと思っています。
みんな葛藤を抱えながら、一生懸命生きています。
私たちは、巧まずして分断させられましたが、互いに思っていることを十分に話し合うことが大事だと思っています。
A:(一枝)
以前にこのトークの会にゲストスピーカーできてくださった菅野瑞穂さんは、二本松の農業者さんで若いお嬢さんです。
お父さんが有機農法でやっていて、彼女が体育大学を卒業する年に震災が起き原発事故が起きました。
彼女は卒業後はお父さんの農業を継いで一緒にやっていこうと思っていた矢先の事故でしたから、とてもとても悩み、でも彼女は初志を貫くことを選びました。
お父さんは畑にゼオライトを撒いたり、いろいろ研究して放射性核種が作物に移行しないやり方を工夫して、彼女もそれに習いながらやってそこで採れる作物は全て放射能を検出せずで安全なのです。
そこで「希望のたねカンパニー」を立ち上げて頑張っている彼女を私は応援していますし、野菜や加工品を美味しくいただきます。
でも、若い彼女がそこで農業をすることに心配な思いを抱いています。
防塵マスクをして農作業をするわけではありませんし、周囲には林や森もあります。
また、その畑で採れたものを私は美味しく食べても、孫たちに食べさせるにはちょっと躊躇してしまう。
そんな矛盾を抱えながら、葛藤を抱えながら生きていかなければいけない時代なんだと思います。
だからと言って熊本さんが言われているように、そこでやっている人を批難したりパッシングしたりするのではなく、その人の考えでやっていることを尊重しながらやっていきたいけれど、どうしても譲れないのは、「絶対安心だよ、なんにも心配はないんだよ」と能天気にいう人と、そういうことを推し進めて何が何でもオリンピックのような形で一部の人たちだけが潤うような施策をしていく人たちには断固としてNO!と言っていきたいです。
葛藤を抱えながらも、その一線では絶対に譲らずにやっていきたいし、きっとみなさんも同じだと思います。
A:(瀬戸さん)
僕の仕事は生協ですが、甲状腺の検診などをいろいろな地域生協でやっています。
それは福島県でやっているのではなく、東京でやったり神奈川県でやったりしています。
大学のゼミで呼ばれて講義したりすることがあるのですが、本当にまずいなと思っているのは、いまの大学生が原発問題に対してほとんど意見がない。
賛成も反対もない。
だからその時に僕が気をつけてやるのは、福島原発事故だけど、「福島」にしないことです。
例えば千葉の流山に住んでいる子がいたら、流山は汚染重点地区じゃないですか。
そうした時にこれは福島原発事故で自分は福島に住んでいないけれど、これは福島県の被災者の問題ではなく自分の問題として捉えられる。
だから僕は話をしに行く時は、福島県のデータだけではなくその周辺の都道府県のデータを持って行って話をする。
福島の問題ではなく自分ごととして捉えられるようにすることが大事だと思う。

大変長くなりましたが、8月17日のトークの会「福島の声を聞こう!vol.28」の報告を終えます。
長文をお読みくださって、ありがとうございました。
●次回のトークの会「福島の声を聞こう!vol.29」は、11月27日(火)19:00〜です。
ゲストスピーカーは浪江町津島から茨城県日立市に避難した関場健治さんです。
近くになりましたら改めておしらせしますが、ご予定に組んでおいていただけたら幸いです。

いちえ

 

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