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2019年8月5日号「安保法制違憲訴訟・国家賠償請求事件 傍聴記㈰」


 7月25日(木)は、安保法制の国賠訴訟第11回口頭弁論期日でした。
結審のこの日、原告代理人の7弁護士が、意見陳述を行いました。
意見陳述は「です。ます。」調で述べられましたが、その要約を「だ。である。」調で記します。
◎意見陳述
●序章 私たちはなぜ安保法制意見訴訟を提起したか:寺井一弘弁護士
 既に最終準備書面650ページを超えるものを提出しているが、それでも少ないと考えている。
本訴訟は、我が国の平和憲法と国柄が根本的に問われている事件であり、書面に盛られている内容は国民市民の魂を込めた切実な訴えと願いが込められているからである。
 あなた方裁判官は、原告と代理人が申請していた証人8名の採用をすべて拒否し、本日結審し近い時期に判決を下そうとしている。
この準備書面を時間を惜しむことなく真摯に熟読するよう、あなた方に強く要請させていただく。
 意見陳述の冒頭にあたり、なにゆえに「安保法制違憲訴訟」を提起せざるを得なかったかを述べる。
 立憲史上例がない憲法破壊を強行した安倍政権による「改憲」は、決して認めることはできず、また国家権力の暴走を止め、立憲主義、民主主義の危機について自己復元力を発揮するのは、三権分立の一翼を担う司法こそが行いうる立場にあるからだ。
明白な違憲立法を司法が看過するなら民主主義国家の自殺を意味し、民主国家における司法とは呼べないと確信するからだ。
 長崎違憲訴訟の原告代表を務めた谷口稜嘩さんは「戦後、日本は再び戦争はしない、武器は持たないと世界に公約した『憲法』が制定されました。しかし、今集団的自衛権の行使容認を押しつけ、憲法改正を押し進め、戦争中の時代に逆戻りしようとしています。政府が進めようとしている戦争につながる安保法制は、被爆者をはじめ平和を願う多くの人が積み上げてきた核兵器廃絶の運動、思いを根底から覆そうとするもので、許すことはできません」と述べている。
 東京地裁原告で被爆者の平原ヨシ子さんは「原爆投下は爆心地の浦上で受けて、友人の黒田さんは亡くなりました。自分は喪失感の中で戦後を生きてきましたが、最近はだんだん昔の臭いがしてきています。ああ、これは日本がひょっとしたら、戦争に巻き込まれて行く時が来るのかもしれない、絶対に戦争だけはしてはいけないと思っています」と、法廷で陳述した。
 戦争こそ大量の殺戮、暴力や差別、言論弾圧を必然的に生み出す最大の人権侵害である。日本国民が戦後70年以上にわたり憲法9条のもとで、「一人も殺さない、一人も殺されない」という国柄を堅持して戦争への道を食い止めてきたことを決して忘れてはならず、私たちの提起した安保法制違憲訴訟は、谷口さん、平原さんら新安保法制によって筆舌に尽くしがたい被害を受けた多くの人々の命を賭けた思いと闘いを肝に銘じて展開されてきた。
 東京大学の石川健治教授は「安倍政権のクーデターを完結するのは最高裁判所の合憲判決である」と指摘した。しかし、私たちはこのクーデターを絶対に許さない決意でいる。
 日本国憲法は司法権の独立を明記し、司法に違憲立法審査権を与えた。
人権を保障していくためには政治部門から独立した裁判所による公平な裁判が不可欠との考えから、裁判所に「憲法の番人」としての役割を与えた。
 しかし、戦後70年、日本国憲法のもとで司法の独立はなんども危機に瀕してきた。平和憲法を突き崩すには政治が裁判所を抱き込むことが必要不可欠とされてきたからで、とりわけ2015年に安保法制が強行裁決されて国会成立して以来、この傾向は、ますます強まっている。青井未帆学習院大学教授は沖縄の辺野古訴訟・福岡高裁判決に対して「政権への忖度と言うよりも積極的に憲法を壊すことに加担したと評価せれても仕方ない」と論じ、「裁判所が本件安保法制違憲訴訟において司法に望まれる公正中立の立場を踏まえ、憲法破壊に加担することなく、法の支配の原則に則って判断されることを強く望みたい」と述べた。
 私たちは全国各地で25の「安保法制違憲訴訟」を提起してきたが、その中で前橋地裁では安倍第一次政権で内閣法制局長官を務めた宮崎礼壹氏ら3名を証人として採用し、先月13日に宮崎元長官は「集団的自衛権の行使は憲法が容認する自衛の措置を超えるため憲法違反である」と断じた。
政権の中枢におられた宮崎氏が安保法制の違憲性を明白に指摘したことは極めて重いと考える。
証人尋問は前橋に続いて横浜地裁、東京地裁民事10部の「女の会」の違憲訴訟でも実現されることになっている。
 憲法を蹂躙して行政と立法が暴走する時、それを抑止するのは司法をおいて他になく、今こそ司法が、三権分立の本命的使命を発揮して、この国の岐路を転轍する役割を果たすべきと考える。
司法は、我が国に法の支配と立憲主義、そして平和主義を回復させる負託に応えなければならない責務があることを心から訴えて、私の意見陳述とさせていただく。

●第1章 新安保法制の内容とその違憲性:棚橋桂介弁護士
1、集団的自衛権容認・行使の違憲性
 従来の政府の憲法9条解釈の基本は、㈰自衛隊は、外国から武力攻撃を受けた場合に、これを排除して国民を守るための必要最小限度の実力組織であるから、9条2項で持たないとされている「戦力」にはあたらない、㈪従って、自衛隊が実力を行使できるのは、我が国が武力攻撃を受けた場合に限られ、集団的自衛権などに基づいて海外で武力の行使をすることは許されない、この2点に集約されていた。
 これを前提として、政府は、自衛隊の武力行使が許されるのは、自衛権発動の3要件(㈰我が国に対する急迫不正の侵害があること、すなわち武力攻撃が発生したこと、㈪これを排除するために他の適当な手段がないこと、㈫必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと)を満たす場合に限られるとしてきた。
これらの要件のうち最も重要で、実力行使の歯止めとなるのは、要件㈰だった。
要件㈫により、自衛行動の限界が画され、自衛隊の実力行使は、常に相手方からの我が国に対する武力攻撃を受けて開始される受動的なものであり、かつ、その行動範囲が基本的には我が国の領域内に止まらなければならないとされ、このことが、専守防衛とか、海外派兵は禁止と言う言葉で表現されてきた。
 集団的自衛権は、ある国と密接な関係にある他国が武力攻撃を別の国から受けた時に、自分自身は直接攻撃されていないが、その他国に加えられた攻撃を武力を持って排除するという、国際法上認められた地位・権利と解される。
つまり、他国からの攻撃に対し自国を防衛する権利ではなく、他国を防衛する権利だ。
 集団的自衛権については、政府は一貫して憲法9条の下では、集団的自衛権の行使は許されないとしてきた。
1972(昭和47)年の政府見解に端的に示されているが、憲法9条の下で例外的に容認される武力行使は、外部からの武力行使によって国民の生命が危険にさらされた場合に、これを排除するために限られる。
我が国の(個別的)自衛権の行使は、武力攻撃から我が国や国民を守るための措置であり、我が国以外の第三国に別の国から武力攻撃が加えられても、これによって我が国の国民全体の生命に危険が及ぶことはあり得ないから、集団的自衛権は憲法上許されないと言うのが歴代政府によって繰り返し表明され、国会で積み上げられてきた解釈だった。
 ところが政府は、2014年7月1日の閣議決定で、昭和47年の政府見解の論理を踏襲するとしつつ、結論部分を180度変更して、集団的自衛権の行使を容認した。(横畠祐介・内閣法制局長官は「昭和47年政府見解による『外国の武力攻撃』という部分は、必ずしも我が国に対するものに限定されない」との答弁)
これについて宮崎礼壹証言は、「どうしてそういう答弁をしたのか、極めて不可解だ。
昭和47年見解の全体的趣旨なり結論を見ても、集団的自衛権というのは他国防衛なのだから9条の下では無理という結論が書いてある。私は証人として、そういうような理解を法制局なりかつての政府はしたことがないと申し上げます」と言っている。
 政府は、憲法9条の明文規定に反し、永年の政府解釈あるいは国会議論で積み重ねてきた憲法実践、国家実践に反して、集団的自衛権の行使を容認した。
この政府の新たな解釈により、これまで「自衛権発動の3要件」とされていたものが「武力行使の3要件」(新3要件)に置き換えられることになった。
その内容は「㈰我が国に対する武力攻撃が発生したこと、または我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること、㈪これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと、㈫必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと」としている。
 2014年7月の外務大臣答弁も、「日米同盟に基づく米軍の存在及び活動、これが我が国の平和と安全を維持する上で死活的に重要である……その米国に対する武力攻撃は、これは当然、我が国の国民の命や暮らしを守るための活動に対する攻撃になるわけで、これは三原則に当てはまる可能性が高い」と言い、これは新3要件の無限定性を端的に表している。
 さらに、そもそも武力攻撃が発生したかどうかも微妙な問題であり、我が国と密接な関係にある他国に対する急迫不正の武力攻撃が発生したという判断を、我が国が主体的にできるのか、他に適当な手段がないかどうか、実力行使が必要最少限度にとどまっているかそれを超えたかどうかという判断も、我が国が主体的にできるのか。
 このように新3要件は極めて曖昧で歯止めとしての役割を果たし得ず、憲法9条の求めているものに反するため、集団的自衛権の行使を容認した新安保法制法は、憲法9条に一見して明白に違反するものである。
2、後方支援活動等の違憲性
 後方支援活動等は、武力の行使をしている米軍等外国軍隊に対する支援活動であり、自衛隊による物品・役務の提供が中心をなすが、後方支援活動が外国軍隊の武力行使と一体化しないか、自衛隊員が武力行使の当事者になる危険がないかが問題の核心だ。
 新安保法制下における重要影響事態法及び国際平和支援法では、後方支援活動等の対象範囲及び活動内容が大きく拡大し、外国軍隊が武力行使をしている戦闘現場のごく近くであっても、現にそこで戦闘行為が行われていなければ、弾薬の提供や攻撃に飛び立とうとする戦闘機・爆撃機の整備や給油までできることになった。
それは外国軍隊の武力行使に役立ち、武力行使に密接な行為となるため、自衛隊員は非常に危険な場所、立場で行為を行うことになる。
 戦争下では補給路を断つことが相手の戦力を削ぐ最も効果的な手段であり、兵站のうちの弾薬の提供や発進準備中の航空機に対する給油・整備活動は戦闘行為の一環である。
武力行使に当たる後方支援活動等は、武力の行使を禁じる憲法9条1項に反し、違憲というほかはない。
3、PKOの新任務及び武器使用拡大とその違憲性
 改正PKO協力法では、㈰自衛隊の部隊等は、「国際連合平和維持活動」のみならず、国連が統括しない有志連合による「国際連携平和維持活動」への参加も可能となり、㈪かつ、そのいずれの活動においても、これまで憲法9条の解釈上「武力の行使」に当たる危険があるものとして認めてこなかった「安全確保業務」や「駆け付け警護」等を、実施対象としての国際平和協力業務として認め、㈫さらに、任務遂行のための武器の使用等を可能にするなど武器使用権限を大きく拡大している。
 安全確保業務は住民保護等の目的を達成するためには、敵対勢力の妨害を排除してこれらの任務を遂行するために強力な武器使用が不可欠だ。
また、駆け付け警護は、PKO活動関係者の生命または身体に対する不測の侵害・危害を排除し、武装勢力等からの保護・救出等を行うので、武装勢力等の抵抗を克服するだけの強力な武器使用権限を伴わなければ任務の遂行はできない。
 宿営地共同防護のための武器使用については、自己保存のための武器使用と位置付けられているが、実際には複数の国の部隊が共にする宿営地に攻撃があった場合に、共同して反撃することを認めるものだ。
その宿営地の防護活動は、国連PKOの統一的な指揮下に行われ他国の部隊(軍隊)は武力行使を行うのに、共同して行う自衛隊だけが武力の行使でなく自己保存のための武器使用だなどという区別は、そもそも不可能だ。
 これらは武力の使用を禁じる憲法9条1項に明らかに違反するものである。
4、米軍等の武器等防護とその違憲性
 新安保法制法によって新設された自衛隊法95条の2は、自衛隊の武器等防護のために自衛官に武器使用権限を定めた同法95条の適用場面を拡張し自衛隊と連携して我が国の防衛に資する活動に現に従事している米軍等の部隊の武器等を防護するため、平時から自衛官に武器の使用を認めるものだ。
 従来自衛隊法95条で規定されていた自衛隊自身の武器等防護は、我が国の防衛力を構成する重要な物的手段を破壊や奪取から防護するための極めて受動的・限定的な必要最小限のものとして例外的に認められてきたもので、適用範囲は狭く捉えられ「事前回避義務」「事後追撃禁止」など、極めて受動的かつ限定的な必要最小限の使用のみが許されるとされてきた。
 ところが自衛隊法95条の2は、米軍等の武器等が我が国の防衛力を構成する重要な物的手段との評価を前提としており、このような評価には重大な疑問があり、自衛隊、自衛官による防護は容易に違憲の武力行使に至る恐れがある。
自衛隊法95条の2が憲法9条1項に違反することは明白である。

 以上の通り、新安保法制法が憲法9条に明白に違反することについては、疑義を入れる余地はまったくない。
裁判所においては、個々の原告の損害を検討するにあたって、新安保法制法は明白に違憲であるという厳然たる事実を直視し、この事実を踏まえてご判断いただくことを切に願います。

●第2章 新安保法制法の制定・適用の現実的危険性:福田 護弁護士
 新安保法制法の下で、日本が集団的自衛権の行使その他の部力の行使に至る危険、そして日本国及び日本人がテロの攻撃を受ける危険の客観的現実性について述べる。
それらは本件において、原告らが訴える戦争やテロの危険、それに対する脅威・不安などの精神的苦痛の客観的妥当根拠を示すものにほかならない。
1、新防衛計画大綱の攻撃的性格と空母の保有
 昨年12月18日、政府は、新たな防衛計画の大綱(新防衛大綱)と中期防衛力整備計画(新中期防)を決定し、同時にF35戦闘機105機を追加購入して合計147機を導入すること、そのうち42機は短距離離陸・垂直着陸が可能なF35Bとすることを決定した。
 この新防衛計画等によって、日本最大のヘリ空母型護衛艦「いずも」や「かが」を改修してF35Bの離着陸ができるようにすること、すなわち事実上の戦闘機空母を保有することが決定された。
これは「攻撃型空母を保有することは許されない」という従来の政府の憲法解釈を逸脱し、明らかに「専守防衛」原則に反するものだ。
 同時に新防衛大綱・新中期防では相手方からの脅威圏の外から対処可能な長距離ミサイルの導入が決定された。
しかもこの長距離巡航ミサイルをステルス機能具備の戦闘機F35に搭載すれば、敵のレーダーに捕捉されずに、さらに奥地まで攻撃できることになる。
 これにより日本は、改修した「いずも」や「かが」に長距離巡航ミサイルを装備したF35Bを搭載して東シナ海・南シナ海はもとより中近東の海域にまで。戦闘攻撃機部隊を展開することができることになる。
 さらに、本件で証人尋問の申請をしたが採用に至らなかった半田滋氏(東京新聞編集兼論説委員)は、防衛省による「いずも」型護衛艦の能力向上に関する調査研究では、米軍のF35Bを搭載して運用する方法が模索されていることを指摘している。
そして同氏は、6月13日の前橋地裁における安保法制違憲訴訟では、証人として、改修された「いずも」が中東などへのアメリカの遠征打撃群の一員として投入され、戦地へ向かう米軍のF35Bのプラットホームとして使われることまで想定されていることを証言した。
また同様のことが、新安保法制法の後方支援活動等の物品・役務の提供として「戦闘作戦行動のための発進準備中の航空機に対する整備・給油」としてできるようになると指摘した。
2、アメリカの戦争への参加を拒否する拠り所の喪失
 現在、イランをめぐって極めて不穏な国際情勢があり、日本もアメリカが主導する有志連合への参加を求められている。
 以前なら日本は、憲法9条に基づいて集団的自衛権は行使できない、海外派兵はできないと断る根拠があった。
 日本はこれまで、第二次大戦後も世界のどこかで絶えず戦争をし続けてきたアメリカの戦争に、当事者として参加したことはなかった。
一人の国民も、また自衛隊員も、戦闘行為での犠牲になることはなかった。
 憲法9条が、他国のために戦争することを禁じてきたからで、アメリカから自衛隊派遣の強い要求を受けても、湾岸戦争でもアフガン戦争でも、イラク戦争でも、日本は戦争の当事国になることをかろうじて回避してきた。
 ところが新安保法制法の下で、これらの安全弁が取り払われてしまい、アメリカの戦争に自衛隊が参加や支援を求められた時に断る法的根拠がなくなってしまった。
海外での武力行使に、直面する危険にさらされることになる。
3、新安保法制法のこれまでの適用と危険な現実
 新安保法制法の適用が始まって3年、既に日本はアメリカと一体となって他国との軍事的対立関係に入り、自衛隊員が戦闘行為の危険にさらされる事態が、現に生じている。
 南スーダンPKOでは、2016年7月当時、大統領派と反大統領派との戦闘が繰り返されていて首都ジュバでは数日間に300人以上の死者が発生する状況で、そこではPKO5原則の「停戦合意」という条件は失われていた。
自衛他宿営地の頭越しに銃撃戦・砲撃戦が繰り広げられていた。
そんな場所に「戦闘」ではなく「衝突」だと、言葉を取り繕って自衛隊を送り込んだのは、あまりにも危険な法適用であった。
 また、核開発とミサイル発射を巡って極度に緊張が高まった米朝関係の最中の2017年5月に、日本海に展開するアメリカの空母艦隊の補給に向かおうとする米軍補給艦を自衛艦「いずも」等が警護して、日本は米朝の軍事対立の当事者としての立場に組み込まれた。
先述の半田滋証人は、「いずも」は対潜水艦に最も強い護衛艦であり、北朝鮮の攻撃を潜水艦によるものと想定し、米艦艇を守るという具体的、現実的な選択であったことを指摘している。
4、米軍と自衛隊の一体化の危険
㈰新安保法制法に先立ち2015年4月27日に合意された日米防衛協力のための指針(新ガイドライン)は、日米の軍事的緊密化・共同かを強力に進めようとするものだ。
平時から緊急事態までの「同盟調整メカニズム」を設置し、「共同計画策定メカニズム」を設置する等して、新安保法制法に対応して、平時ないしグレーゾーン、重要影響事態、存立危機事態、国際平和共同対処事態等に対する日米共同の対処を定めた。
また、在日米軍基地および自衛隊基地の共同使用の推進等も掲げている。
 そして、新ガイドラインと新安保法制法の下で、日米の軍事・防衛協力体制を具体的に策定するものとして、新防衛大綱と新中期防は位置付けられる。
2018年10月に発表されたアーミテージレポートの第4弾では、日本にある基地全体の日米共同化や日米の統合任務部隊の創設等までが提唱されている。
㈪この間、実際に米軍と自衛隊の緊密な連携、共同訓練の強化・拡大など、その共同化・一体化が現実に進んでいる。
 アメリカの南シナ海における「航行の自由作戦」時に海上自衛隊が南シナ海で対潜水艦戦訓練を実施したり、尖閣諸島侵攻を念頭に置いた日米の対中国共同作戦計画の策定が進められるなど、アメリカと一体となって戦える自衛隊の体制が構築されつつある。
 米軍と自衛隊と比べれば、アメリカの軍事力は圧倒的だが、その組織上、運用上の一体化が進めば、自衛隊は限りなく米軍のシステムの中に呑み込まれ、その一構成部分にすぎない存在になる。
その時、憲法9条の歯止めも失った日本が、日米同盟関係の中で、いかなる危険な立場に置かれることになるか、私たちは今。立ち止まって冷静に見極めなければならない。
5、アメリカへの追随とテロの危険
 現在に中東には、アルカイダやタリバン、ISのようなテロ組織が跋扈している。
これらの多くは、反米抵抗運動の中から生まれて拡大してきたものだ。
1990年代以降のアメリカの戦争が引き起こしたものであり、とりわけイラク戦争は民間人に膨大な犠牲者を生み、イスラム社会全体に反米感情が広がり、テロの温床となっている。
近時は、OECD諸国に対するテロが顕著に増大しており、日本が国際軍事情勢の中でアメリカと共同・一体化を進めれば進めるほど、日本と日本人もテロ攻撃の対象とされることになる。
 2015年1月にパリで起きたシャルリー・エブド事件、同年11月のパリの同時多発テロ、その後のアメリカ・フロリダ州オーランドのナイトクラブ乱射事件、ニースのトラック暴走事件、マンチェスターのコンサート会場自爆事件など、悲惨なテロが相次いでいる。
2016年7月のバングラデシュ・ダッカのレストラン襲撃事件では、日本人もテロの対象とされていることが明らかになった。
 この間、米軍などはイラクやシリアのIS拠点を武力制圧し、2018年12月にはトランプ大統領がISとの戦いに勝利宣言したが、その後もISやその影響を受けた勢力によるテロは後を絶たない。
 新安保法制法の制定・施行によって、日本がアメリカの軍事戦略に追随し、また軍事的な共同・一体化が進められることを通じて、日本と日本人に対するテロの危険が増大してきていることは明らかだ。
6、不穏なイラン情勢
 2018年5月トランプ大統領は、「イラン核合意」からの離脱を表明し、イランに対する経済制裁等を発動するに至り、イランの核開発を巡る緊張が一気に高まっている。
そしてさる6月13日、安倍首相がイランを訪れ大統領らと会談を重ねていた時に、オマーン湾でノルウェーと日本のタンカーが何者かによる攻撃を受けた。
アメリカは直ちにこれをイランの犯行だと断定して関係が緊張していたところ、6月20日イランによる米軍の無人機襲撃事件が発生した。
これに対しトランプ大統領は、一旦イランの軍事施設などに報復攻撃を開始することを決定したが、攻撃開始の10分前に攻撃を撤回したと報じられている。
その後アメリカは、ホルムズ海峡等の航行の自由を確保するために有志連合の結成を目指す方針を明らかにし、日本に対しても参加を呼びかけている。
アメリカの要請を法的に断る根拠を失っている日本は、大きな試練に直面している。
7、結び
 アメリカの存在と米軍のプレゼンスは日本にとって死活的であるとする政権下で、アメリカが攻撃を受ければ日本の存立危機事態に該当しうるとされている。
また日本の海運会社所有のタンカーへの攻撃は、「我が国の平和と安全を脅かす重大な出来事」だと官邸から表明されている。
 新安保法制法の下では、国際的な武力紛争は、日本にとっての存立危機事態、重要影響事態だとして、あるいは国際平和共同対処事態、武器等防護を発動する事態だとして自衛隊の派遣とその武力行使の危険に直結しかねない。
そして出動した自衛隊員に一度死傷者が生じ、あるいは自衛隊員が相手を殺傷するような事態が生じた場合、この国は後戻りのできない地点へと脚を踏み入れる危険を思わざるを得ない。
 日本国憲法の下、司法は、新安保法制法の適用の危険からこの国と国民・市民を守らなければならない責務を負っていると考える。

★裁判傍聴記、続きます。                    

いちえ

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