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敗戦の日に聞こえてくる声

8月15日になると、決まって大岡昇平の声と鮎川信夫の詩が胸の奥底から甦ってくる……。

──レイテ島の戦闘の歴史は、健忘症の日本国民に、他人の土地で儲けようとする時、どういう目に遇うかを示している。それだけではなく、どんな害を及ぼす ものであるかも示している。その害が結局自分の身に撥ね返って来ることを示している。死者は多面的である。レイテ島の土はその声を聞こうとする者には聞こ える声で、語り続けていのである。(『レイテ戦記』より)

死んだ男      鮎川信夫
          
たとえば霧や
あらゆる階段の跫音のなかから、
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。
──これがすべての始まりである。
遠い昨日……ぼくらは暗い酒場の椅子のうえで、
ゆがんだ顔をもてあましたり
手紙の封筒を裏返すようなことがあった。
「実際は、影も、形もない?」
──死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった。

Mよ、昨日のひややかな青空が
剃刀の刃にいつまでも残っているね。
だがぼくは、何時何処で
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。
短かった黄金時代──
活字の置き換えや神様ごっこ──
「それがぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて……

いつも季節は秋だった、昨日も今日も、
「淋しさの中に落葉がふる」
その声は人影へ、そして街へ、
黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだった。

埋葬の日は、言葉もなく
立ち会う者もなかった
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。
空にむかって眼をあげ
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。
「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」
Mよ、地下に眠るMよ、
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。

(「鮎川信夫全詩集(1945~1965)・1965年・荒地出版社刊」より)

8月15日になると、決まって大岡昇平の声と鮎川信夫の詩が胸の奥底から甦ってくる……。</p>
<p>──レイテ島の戦闘の歴史は、健忘症の日本国民に、他人の土地で儲けようとする時、どういう目に遇うかを示している。それだけではなく、どんな害を及ぼすものであるかも示している。その害が結局自分の身に撥ね返って来ることを示している。死者は多面的である。レイテ島の土はその声を聞こうとする者には聞こえる声で、語り続けていのである。(『レイテ戦記』より)</p>
<p>死んだ男      鮎川信夫</p>
<p>たとえば霧や<br />
あらゆる階段の跫音のなかから、<br />
遺言執行人が、ぼんやりと姿を現す。<br />
──これがすべての始まりである。<br />
遠い昨日……ぼくらは暗い酒場の椅子のうえで、<br />
ゆがんだ顔をもてあましたり<br />
手紙の封筒を裏返すようなことがあった。<br />
「実際は、影も、形もない?」<br />
──死にそこなってみれば、たしかにそのとおりであった。</p>
<p>Mよ、昨日のひややかな青空が<br />
剃刀の刃にいつまでも残っているね。<br />
だがぼくは、何時何処で<br />
きみを見失ったのか忘れてしまったよ。<br />
短かった黄金時代──<br />
活字の置き換えや神様ごっこ──<br />
「それがぼくたちの古い処方箋だった」と呟いて……</p>
<p>いつも季節は秋だった、昨日も今日も、<br />
「淋しさの中に落葉がふる」<br />
その声は人影へ、そして街へ、<br />
黒い鉛の道を歩みつづけてきたのだった。</p>
<p>埋葬の日は、言葉もなく<br />
立ち会う者もなかった<br />
憤激も、悲哀も、不平の柔弱な椅子もなかった。<br />
空にむかって眼をあげ<br />
きみはただ重たい靴のなかに足をつっこんで静かに横たわったのだ。<br />
「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない」<br />
Mよ、地下に眠るMよ、<br />
きみの胸の傷口は今でもまだ痛むか。</p>
<p>(「鮎川信夫全詩集(1945~1965)・1965年・荒地出版社刊」より)