編集日記リレー目安箱


医療事故を闇に葬らない

 医療事故は自分には無関係の世界のことかと思っていたが、身近に起こるものだ。しかも、近親者が医療事故(もしくは、その疑いあり)に遭ったという人たちが意外に多い事実も知った。誰もがいつ当事者になるかもしれない、ということなのだ。
 だから、ぼくの身近で起き、病院との交渉に関わった事例を紹介して、この問題について考えていこうと考えた。長野市民新聞(2012年2月28日)に「医療事故」と題して書いたコラムをここに掲載しよう。

 医療事故について、関係者の一人として書こう。事故に遭った当事者は、そのこと自体を早く忘れたい。だから事実を公にせず、そっとしておいてほしい。その気持ちが分かる。ゆえにここでは事実と異なるが、被害者を伯父として話を進める。
 長野市内の大きな病院で内臓の手術をした伯父は術後からずっと腹痛を訴えていた。しかし……
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頬に伝う涙

 普天間基地問題で右往左往をつづけていた鳩山政権にとってエポックの2010年5月18日から6月2日まで、所用で沖縄に帰郷していた。
 連立政権の社民党党首福島瑞穂消費者行政担当相を罷免してまで、米軍普天間飛行場を「辺野古」水域に移転する、日米合意を閣議決定したとの報道は、那覇市に滞在しているときに知った。
 5月28日、その日の沖縄は怒りと悲しみが入り混じった異様な雰囲気に包まれていた。その夕方、私は買い物のついでに入った電器店で、降りしきる雨の中で開かれている「『辺野古合意』を認めない緊急市民集会」の中継テレビ画面を、2人の老婦人の隣で見入っていた。傘をさし、雨合羽の市民の胸には「怒」のステッカーがゆれていた。
 稲嶺名護市長が「今日はわたしたちは屈辱の日を迎えた」と、あいさつしたとたん、隣に立った老婦人の頬をスーと涙が流れ落ちた。
 その涙は、私自身が攻められているかのような矢にも似ていた。
 「あなたも、やはり傍観者なの?……。あなた、ここで何しているの?」
 あの地上戦をくぐり、米軍支配の不条理も身に刻まれ、やっと一条の光を信じてきた老婦人を、またしても足蹴をするかのように「政治」は着地した。
 戦後から65年、たらふく平和や繁栄を享受しながら、その代償を一身に沖縄に押し付け、「癒しの島・オキナワ」に物見遊山に訪れる私たち。
 それもさもありなんと思わせる「普天間移設日米合意協定」についての共同通信世論調査がある。5月30日の発表では「支持する」と回答した人が 25.4%、「支持しない」が52.2%となっていた。それが総理大臣の顔が替わっただけの6月9日の調査ではそれぞれ66%、34.5%と、世論は真逆の回答をした。
 38年前、平和憲法を持つ日本への「祖国復帰」が実現してよかったと、沖縄県民に心から実感させる責任は、私たち一人ひとりにゆだねられている。

伊波敏男(いは・としお 信州沖縄塾塾長)
(Vol.21 巻頭言より)
分家サイト→「長野県民の声を意見広告に!」


若き君たちへ……遊びのススメ

 遠慮なく遊びなさい。
 さまざまな人々、さまざまな社会、さまざまな自然の中を歩きなさい。
 人としての感性は、「遊ぶ」ことでしか磨かれない。

 自分でテーマをつくり、ひたすら勉強しなさい。
 それが、唯一、悟性(論理性)を鍛える方法なのだ。

 失敗を恐れる必要はない。
 人は、苦しみから這い上がろうとするとき、理性を身につけることができる。
 つらいから、苦しいから、悲しいからこそ、
 人々の気持ちを知ることができる。

 関口鉄夫


「知事選はなぜ盛り上がらない」(仮称)の鼎談に出席した関口鉄夫(中央)。
左・渡辺隆一さん(信大教授)と右・川田悦子編集委員
(8月21日川田宅テラスにて)
鼎談は21号『たぁくらたぁ』(9月発行)をどうぞ。


「ハコダテ市長」はもういらない!

 今、身近なハコものが2つ使えなくなろうとしている。アナログテレビと長野市民会館だ。いつの間にか、テレビ放送は地デジへ、市民会館は建設候補地が3つに絞られているらしい。ウ〜。
わが家のブラウン管厚型テレビは現役バリバリ、画面右上の小さな「アナログ」の文字もよぉ〜く見える。
第1回長野市民会館建設検討委員会の匿名議事要旨を読むと、某委員曰く「長野市民会館は客観的にみて(略)素晴らしい建物(略)」。異議なし!
 つい先日、謀ったかのように総務省と長野市からわが家に通知が届く。うちのテレビは2011年7月24日、粗大ゴミのハコにされる。長野市では38万市民のうちのタッタ0.04%にあたる147人が意見募集に応じ111人が賛成し、36人が反対。7割以上が賛成意見で、建て替えを望む市民の期待は大きいと判断。30%台の投票率で市長が決まってしまう暴挙と似ている。ヒェ〜ィ!
 ハコものは建てたあと、建設費の数倍の維持管理費が結局かかるというではないか。
タッタ3年前に建ったビル「トイーゴ」の長野市生涯学習センター(3・4階)の年間管理費は何と5000万円。ウィ〜。今ある別のハコを何とか工夫して使うべし。
 2つのハコもの問題、マスコミは沈黙? グルか? おー、そうだ。「選挙こそ最大の市民運動!」と本号9ページに載っている。「ハコダテ市長」はもういらない。

安部憲文(Vol.18 巻頭言より)


パンデミックな日本の夏

 あながち歳のせいとも、あるいは地球温暖化のせいとも、はたまた市場を席巻するクールビズ・ファッションのナンセンスぶりのせいばかりとは思えないのだが、この国の夏の不快指数は、年々その過酷さをいや増すばかりである。
 そして、夏は光と影のコントラストが一層際立つ季節でもある。光と影が、ことさら命の明滅を象徴するものではないにしても、そこにうつしみの盛衰をみてしまうのはなぜか。
 不快の要因は、1945年8月15日の敗戦の日から──まだこの世に生を受けていないにも関わらず──始まった。それが歴史の記憶というものであろうし、裏返せば戦後への不快指数ともいえる。
 作為に満ちた無益な開戦は、また作為ある戦後処理によって、無作為な戦後ニッポン社会を表出させた。作為とは、理不尽な死を遂げた人々への儀式化した「終戦記念日」にあり、それを証左するかのように、たった今、この国で起こっている格差社会現象も年間自殺者3万人超も、すべからく無作為社会の名も無き犠牲者にほからない。
 この国は、いまだ「戦後」を知らない内戦パンデミックの真っ只中にある。

 村石 保(Vol.17 巻頭言より)


科学することのススメ


 科学は決して研究者の占有物ではありません。科学の真髄は独創性にあり、既成の概念を否定し真理を探究する営みです。だから、科学は「科学する心を持つ」人を分け隔てすることはありません。

 地域の人たちが廃棄物処理施設をめぐる生活環境の悪化や健康被害に直面し、問題の解決に取り組もうとするとき、私は、住民自身に調査をするように薦めます。住民の側に立つ専門家が著しく限られているという理由のほかに、地域には優れた経験や技術を持っている人がたくさんいること、知識がない人でも基礎的な勉強の機会に出会うことで「科学する」ことの楽しさを味わうことができると信じているからです。もちろん、優れた研究者の協力があればそれに越したことはありません。

 調査の成果は交渉や裁判の論拠にとどまらず、わが国の環境行政の欺瞞や都道府県(政令都市や中核都市は市)の廃棄物行政の歪み、市町村行政のあり方を鋭く問いかけるものとなります。

 住民運動が住民自治のひとつの形であるゆえんです。

 関口鉄夫 (Vol.16 巻頭言より)