最新号を読み倒せ![分家サイト]


誰も確かめられない市民意見

情報公開の不服申立てが、また棄却……
長野市役所第一庁舎・長野市民会館の建て替えについて、長野市が初めて実施したパブリックコメント募集に対して寄せられた市民意見の原本の情報公開を求めたが、黒塗りどころから、意見はすべて袋詰めにされて出てきた。これでは何が書いてあるのか分からない。袋詰めなのだから、中味が本当に意見書なのか、はたまたワイセツ画であるのか、あるいは広告や廃棄紙が入れてあるのか、確かめようがない。
長野市長は、この市民意見をもとに市議会で「市民の8割が建て替えに賛成」という旨の発言をしている。もしかしたら、この8割に“やらせ”が含まれているかもしれないが、それも袋詰めされていては確認できない。だから、意見の内容が読めるようにするべき、と不服申立てをした。……
つづきを読む(2012.8.29更新)


飯舘村・文科省のまやかし放射線量

 「飯舘村で文科省が測定している放射線量の値が低くすぎる」と問題提起をいている飯舘村の酪農家・長谷川健一さんの話を、『たぁくらたぁ』27号の「飯舘村のウソと真」で紹介した。そこで、こうも書いた。
 「飯舘村は独自に村内20カ所で空間線量調査をしており、文科省の23カ所とはポイントとしては違うにせよ、地区としてみれば大半が重なっている。この二つのデータを7月で比較してみた」
 「3マイクロシーベルトを超えている地点を数えると、文科省が4カ所なのに対し、村の調査では15カ所もある。最大値はともに蕨平地区で記録されているが、文科省が5.2に対し、村は10.2と大きく隔たっている。線量の差は一目瞭然なのだ」

 誌面ではスペースの関係上、比較したデータを紹介できなかったので、ここに掲載をする。
 この記事を書いた時に用いたのは、文科省は7月21日のデータ。飯舘村の方は、広報に掲載されていた当時の最新データ(7月5日)の【宅地】。その後の新しいデータ(7月18日)も掲載されたので、それもいっしょに紹介する。なお、文科省の線量は地上1メートルで測定値なので、飯舘村データの1メートルの欄と比較してみてほしい。
 その前に飯舘村の地区名が記された地図を見ていただくと、イメージしやすいかもしれない……
(つづきはこちら)
(2012.8.21更新)


情報公開にかかわる長野市への不服申立てが棄却されました

 
10カ月あまりも経って……
 2011年7月14日に長野市長へ対して行った不服申立てついて、10カ月あまりも経過した本年5月21日、長野市情報公開審査会の答申がなされ、長野市長からは5月29日付で申立て棄却の通知が届きました。
 昨日(7月3日)、この件について、県民主権をすすめる会(代表・茅野實)とともに記者会見に臨み、「長野市も審査会もふざけんな。答申は納得しないよ」と述べました。本日(7月4日)信濃毎日新聞朝刊に小さな記事が載りました(記事では野池個人名のみですが、すすめる会とはいっしょに取り組んでいます)。
 この不服申立てに関しては、このHPで詳しく説明してきましたが……
つづきを読む(2012.7.4更新)


医療事故を闇に葬らない

 医療事故は自分には無関係の世界のことかと思っていたが、身近に起こるものだ。しかも、近親者が医療事故(もしくは、その疑いあり)に遭ったという人たちが意外に多い事実も知った。誰もがいつ当事者になるかもしれない、ということなのだ。
 だから、ぼくの身近で起き、病院との交渉に関わった事例を紹介して、この問題について考えていこうと考えた。長野市民新聞(2012年2月28日)に「医療事故」と題して書いたコラムをここに掲載しよう。

 医療事故について、関係者の一人として書こう。事故に遭った当事者は、そのこと自体を早く忘れたい。だから事実を公にせず、そっとしておいてほしい。その気持ちが分かる。ゆえにここでは事実と異なるが、被害者を伯父として話を進める。
 長野市内の大きな病院で内臓の手術をした伯父は術後からずっと腹痛を訴えていた。しかし……
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情報公開に背をむけた長野市 その8

記者会見をしました
 県民主権をすすめる会(代表 茅野實さん)と長野まちづくりを考える市民の会(ぼくが参加している)の2団体で1月25日、長野市の情報公開についての記者会見を県庁会見場で行いました。信濃毎日新聞と長野市民新聞に記事が載りました。
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 ところで、情報公開審査会に対して、口頭で陳述をさせてほしいと要望したところ、2月23日(木)午前10時からの審査会で反論を述べるようにと、出席にOKが出ました。長野市ふれあい福祉センターで行われます。結果はまた報告いたします。
(2012.1.30更新)


情報公開に背をむけた長野市 その7

「長野市に対する反論書 4」
 できるだけ情報は残さない、あるものはできるだけ隠す、というのが長野市の情報公開のゆるぎない姿勢です。
 先日(平成24年1月19日)は、情報が公開されたその場で、公開文書を初めて見たという情報管理室長が「これはまずい。公開できない」と言い出して、公開決定されている文書が袋とじにされてしました。文字通り、包み隠されたわけです。
 非公開にしたのは、個人が特定される怖れがあるからという理由です。袋とじにされたのは、ぼくが提出した不服申立て書(長野市民会館建て替えの見えない経緯 その3)や実施機関理由書(長野市民会館建て替えの見えない経緯 その4)などです。
 つまり、これらの文書から、不服申立てをしたのが野池だと特定される可能性がある、だから公開できないというわけです。この問題にはそのうち触れます。

 反論書は、今回の掲載で最後です。
つづきを読む(2012.1.25更新)


情報公開に背をむけた長野市 その6

「長野市に対する反論書 3」
政府が「原子力災害対策本部」の議事録を作成していなかったことを1月22日、NHKはトップニュースで報じていました。長野市情報公開審査会が1月23日開催されましたが、この記事録不存在の問題は話題になったのでしょうか。

 さて、反論書の続きを掲載します。
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④ 市の意思決定は、長野市庁議規程に基づき実施している。
(反論)
 「打ち合わせ」は政策会議と同じ意思決定の場と考えるのが妥当です。そうであるなら、長野市は政策会議と部長会議でない場で意思決定を行っていることになります。つまり、「打ち合わせ」の在り方は、長野市庁議規程に違反していると考えます。……
→つづきを読む
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 なお、1月25日、この件で、県民主権をすすめる会長野まちづくりを考える市民の会が共同記者会見をします。場所は県庁会見場時間は14時からです。  (2012.1.24更新)


情報公開に背をむけた長野市 その5

「長野市に対する反論書 2」
では、反論書の続きです。
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<審査請求の理由に対する実施機関の理由説明>
① 会議録は作成していないが、修正事項は11月1日の部長会議での資料に反映した。
(反論)
 資料が修正されたのですから、なぜ修正をしたのか、変更の経緯を会議録として残すことこそが、行政としての正確性の確保や責任の明確化等の観点から必要なはずです。……→つづきを読む  (2012.1.20更新)


情報公開に背をむけた長野市 その4

「長野市に対する反論書 1」
 会議録はなし、何のメモもなし、録音もなし、要するに記録は何にもなし、という平成22年10月25日に行われた「打ち合わせ」会議について、ぼくが不服申立てをしたのが平成23年7月14日です。そして、12月22日付で、不服申立てに対する市側の理由説明書が届き、反論があったら12月17日までに反論書を書いて提出しなさい、という通知があった。これまでの流れはこうでした。
 不服申立て書は→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その3
 市側の理由説明書は→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その4

 その反論書を、本日1月17日、長野市情報公開審査会に宛てて提出してきました。審査会の窓口は長野市庶務課情報管理室です。1月23日に審査会は開かれる予定だそうです。

 では、その反論書をここに掲載していくことにします。……→つづきを読む (2012.1.17更新)


情報公開に背をむけた長野市 その3

「長野市と国との大きな隔たり」
行政文書の管理方策に関するガイドライン(平成12年2月)のようなものが長野市にはあるのでしょうか、と前回書きました。
 答え──長野市にはありません。部長会議と政策会議を除けば、その他の会議の会議録を作成するかどうか、それは担当者の自由意思なのだそうです。だから、市長や市の幹部が参加する会議だからといって、会議録はつくる必要がない、という説明を受けました。
 一方、国の動きは長野市とは対照的です。……→つづきを読む (2012.1.14更新)