長野市に対して情報公開の不服申立てをしていたが、また棄却された(8月6日付)。
 長野市役所第一庁舎・長野市民会館の建て替えについて、長野市が初めて実施したパブリックコメント募集に対して寄せられた市民意見の原本の情報公開を求めたが、黒塗りどころから、意見はすべて袋詰めにされて出てきた。これでは何が書いてあるのか分からない。袋詰めなのだから、中味が本当に意見書なのか、はたまたワイセツ画であるのか、あるいは広告や廃棄紙が入れてあるのか、確かめようがない。
 長野市長は、この市民意見をもとに市議会で「市民の8割が建て替えに賛成」という旨の発言をしている。もしかしたら、この8割に“やらせ”が含まれているかもしれないが、それも袋詰めされていては確認できない。だから、意見の内容が読めるようにするべき、と不服申立てをした。
 なお、袋詰めの理由は「個人プライバシーの保護」ということだった。書かれている内容から、個人が特定されてしまう可能性がある、ということらしい。それは起こりうる、という結論を長野市情報公開審査会(会長・柳澤修嗣)が答申し、不服申立ては棄却された。
 つまり今後、パブリックコメントを長野市が募集した場合、市はいくらでも自分に都合よく情報操作ができることになる。市の提案に賛成の市民意見が圧倒的です、と仮に市がウソをついても、誰も袋の中身を見ることができないのだから、ウソはばれない。ということに決定づけたのが与えたのが、長野市情報公開審査委会の今回の答申なのだ。
 個人情報が漏れていく危険性ばかりを説いて、行政が情報操作する可能性にはまったく触れていない。市民より行政を信頼しているということは確からしい。
(野池元基)

 なお、今回の不服申立てに対する情報公開審査委会の答申書は以下(これを受けて市長は申立てを棄却した)。
http://www.city.nagano.nagano.jp/uploaded/attachment/39290.pdf

 「県民主権をすすめる市民の会(代表・茅野實)の不服申立てに対する答申(29号~31号議案)もご覧いただきたい。
http://www.city.nagano.nagano.jp/soshiki/shomu/5809.html

 さらに、今回の棄却について知りたい方は、非公開にされている以下の資料をご覧ください。
不服申立て書

実施機関の理由説明書P1-4

前の記事
情報公開審査会の答申書を公表しない長野市
→「長野市に対する反論書」(1〜4)
→情報公開に背をむけた長野市 その1〜3
→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その1〜5
→長野市民会館建て替え、第一庁舎の仮移転費11億円 置き去りにされる子どもたちの命
⇒ページトップへ

「飯舘村で文科省が測定している放射線量の値が低くすぎる」と問題提起をいている飯舘村の酪農家・長谷川健一さんの話を、『たぁくらたぁ』27号「飯舘村のウソと真」で紹介した。そこで、こうも書いた。
「飯舘村は独自に村内20カ所で空間線量調査をしており、文科省の23カ所とはポイントとしては違うにせよ、地区としてみれば大半が重なっている。この二つのデータを7月で比較してみた」
「3マイクロシーベルトを超えている地点を数えると、文科省が4カ所なのに対し、村の調査では15カ所もある。最大値はともに蕨平地区で記録されているが、文科省が5.2に対し、村は10.2と大きく隔たっている。線量の差は一目瞭然なのだ」

誌面ではスペースの関係上、比較したデータを紹介できなかったので、ここに掲載をする。
この記事を書いた時に用いたのは、文科省は7月21日のデータ。飯舘村の方は、広報に掲載されていた当時の最新データ(7月5日)の【宅地】。その後の新しいデータ(7月18日)も掲載されたので、それもいっしょに紹介する。なお、文科省の線量は地上1メートルで測定値なので、飯舘村データの1メートルの欄と比較してみてほしい。
その前に飯舘村の地区名が記された地図を見ていただくと、イメージしやすいかもしれない(飯舘村のHPより)から、紹介しておく。

飯舘村のHPより http://www.vill.iitate.fukushima.jp/saigai/?p=3801

  

文科省のデータは以下から(福島、相双、飯舘村で検索)。
http://radioactivity.mext.go.jp/map/ja/
飯舘村のデータは以下から
http://www.vill.iitate.fukushima.jp/saigai/wp-content/uploads/2012/07/b03c481f2879db4cc79105f4076b4d28.pdf

さらに記事にはこうも書いた。
「また、内閣府が実施した除染モデル事業(前号参照)の結果が発表され、その除染後の数値と見比べても、文科省が発表している線量は全体的に低いことが分かる。きちんとした検証が必要だ」
この除染モデル事業の結果は、日本原子力研究開発機構のHP(http://www.jaea.go.jp/)に掲載されている。興味のある方はこちらもよくご覧いただきたい。
「福島第一原子力発電所事故に係る避難区域等における除染実証業務 報告書」http://www.jaea.go.jp/fukushima/kankyoanzen/d-model_report.html
付録1 11市町村を対象とした除染モデル事業の結果(詳細)
(この中の17ページから飯舘村での事業結果が紹介されている)

記事には書かなかったが、もう一つの比較データも紹介しておこう。
長谷川健一さんは、自宅のある飯舘村前田区で区独自の取り組みとして放射線量調査を昨年12月末から月1回行っている。少し古くなるが4月27日のデータを掲載しておく。
なお、文科省のデータでこの地区と重なるのは「前田公民館」、飯舘村のデータでは「前田字古今明地内」。

なお、この件については、フクシマ健康調査プロジェクトのHPの「操作される情報」長谷川健一さんの講演からも参考にしてほしい。
文科省は信用できない。
(野池元基)
⇒ページトップへ

 長野市長宛てに本日(7月4日)「みどりのはがき」を送りました。
 内容は以下のとおり。
 返事が届いたら、本サイトに掲載するつもりです。
 2週間ほど、お待ちください。
(野池元基)

 2012年7月4日に送付した「みどりのはがき」の内容

 長野市情報公開審査会の答申の内容がいつまで経っても公表されないのはおかしいと考えます。

 平成23年5月に不服申立てした事案が、理由もなく5カ月も経過してようやく情報公開審査会に諮問されました(同年12月21日)。
 その諮問について、平成24年5月21日に答申されました。
 その日から本日まで約1カ月半が経過したにもかかわらず答申書の内容が公表されていません。

 長野市公開情報条例の第30条には
 「審査会は、諮問に対する答申をしたときは、答申書の写しを不服申立人及び参加人に送付するとともに、答申の内容を公表するものとする。」とあります。
 不服申立て人には5月25日付で写しが送付されています。
 一方で、長野市のホームページを見る限り、答申内容は公表されていません。
 本来、速やかに公表しなければならないのではないでしょうか。
 未だ公表されていないのは、市民への長野市の情報開示がいかにずさんであるかを示すものと考えます。

 情報公開審査会の答申を公表することについて、公表までの期間を長野市として定めているのでしょうか。
 担当者が任意で決めているのでしょうか。

 答申から1カ月半経って公表されていないことについて、市長はこれでよいと考えているのでしょうか。
 市長のお考えをお示しください。

 また、直ちに答申書を公表することを求めます。
 
前の記事→「情報公開にかかわる長野市への不服申し立てが棄却されました」

 2011年7月14日に長野市長へ対して行った不服申立てついて、10カ月あまりも経過した本年5月21日、長野市情報公開審査会の答申がなされ、長野市長からは5月29日付で申立て棄却の通知が届きました。
 昨日(7月3日)、この件について、県民主権をすすめる会(代表・茅野實)とともに記者会見に臨み、「長野市も審査会もふざけんな。答申は納得しないよ」と述べました。本日(7月4日)信濃毎日新聞朝刊に小さな記事が載りました(記事では野池個人名のみですが、すすめる会とはいっしょに取り組んでいます)。
 この不服申立てに関しては、このHPで詳しく説明してきましたが、とにかく答申まで時間がかかっているので、経過を自分でも忘れてしまいそうです。
 簡単にいえば、
 市長や副市長、総務部長など長野市の幹部が顔をそろえて行っている会議(長野市役所第一庁舎・市民会館の建て替えの会議)にもかかわらず、会議録が存在していない。録音もない。事務局のメモも残っていない。出席者は誰一人としてメモを取っていない。
 要は会議の記録は何にもない状態だった。そんなことが、情報公開請求をしたら分かった。しかも、こういう会議が1年以上にわたり10回以上も行われていて、どの会議も同じ状態。
 ──そんなはずはない。どこかに記録があるはずだから、もう一度調べ直してほしい。それでも記録がないなら、本当は会議そのものを開催していないのではないか。開催したという証拠を示してほしい──

と求めたのが、冒頭に書いた不服申立ての趣旨です。

 しかし、情報公開審査委会は、市のやっていることは何にも違反していませんよ、と答申したのです。
 それでも、さすがに全く問題なしとはいえず、「付帯意見」などという言い訳をつけてきました。なかにはまともな意見を述べた審査委委員がいたのかもしれません。

 ともあれ、まずはその内容(下記)をじっくりお読みください。
(野池元基)


長野市の決定通知書

 


答申書

表紙
1ページ
2ページ
3ページ
4ページ
5ページ
6ページ
7ページ
8ページ
9ページ

 
その後の記事→情報公開審査会の答申書を公表しない長野市
前の記事
→「長野市に対する反論書」(1〜4)
→情報公開に背をむけた長野市 その1〜3
→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その1〜5
→長野市民会館建て替え、第一庁舎の仮移転費11億円 置き去りにされる子どもたちの命
⇒ページトップへ

 医療事故は自分には無関係の世界のことかと思っていたが、身近に起こるものだ。しかも、近親者が医療事故(もしくは、その疑いあり)に遭ったという人たちが意外に多い事実も知った。誰もがいつ当事者になるかもしれない、ということなのだ。
 だから、ぼくの身近で起き、病院との交渉に関わった事例を紹介して、この問題について考えていこうと考えた。長野市民新聞(2012年2月28日)に「医療事故」と題して書いたコラムをここに掲載しよう。

 医療事故について、関係者の一人として書こう。事故に遭った当事者は、そのこと自体を早く忘れたい。だから事実を公にせず、そっとしておいてほしい。その気持ちが分かる。ゆえにここでは事実と異なるが、被害者を伯父として話を進める。
 長野市内の大きな病院で内臓の手術をした伯父は術後からずっと腹痛を訴えていた。しかし、担当医は精神的なものだろうと言う。ぼくはそれを信じて、気にし過ぎるからだよ、と伯父を諭し続けた。
 6カ月検診でCTスキャンを行った。その時、痛みの原因が判明した。アイマスクのような形の器具が体内に残っていたのだ。大きさは長さ23センチ、幅7センチ、厚さ5ミリ。シリコン素材で、レントゲン写真に映らないため、発見できなかったと言う。
 即、再手術が決まった。その場に立ち合ってから帰宅したぼくに電話がかかった。「院長が謝りたいから病院に来てほしい」とのこと。お断りした。
 後日、慰謝料が提示された。「●十万円でいかがでしょう」と口頭で。金額の根拠は示されない。文書での説明を求めたところ、提案書が送られてきたが、納得できない。再質問をして、再回答が届き、慰謝料が再提案された。倍額になっていた。
 法律には素人なので、その金額の妥当性は分からない。弁護士に相談しようかとも考えたが、伯父は早期の解決を望んだため、和解契約を結ぶことにした。
 間もなく和解契約書が作成された。「口外しない」という一文があった。ぼくが削除を求めたら、すんなり要求は通った。そんな簡単な話なら、この一文を端から入れる必要はないはず、と伝えた。あれから以降、この病院の和解契約書から「口外しない」は削除されるようになっただろうか。
 医療事故が発覚した当日、「医師といえども人間なのでミスは起こってしまう」と病院側は釈明した。その通りなのだろう。医者個人を責める気はない。再手術によって痛みがとれた伯父は、新しい担当医に「本当によくしてくれる」と感謝している。
 しかし、一方で、患者は医療事故がわが身に起こるとは考えていない。病院側とは歴然とした意識の差がある。これを縮めるためには、情報を公開し、事故の経験を無駄にしないことが大事なはず。口外は大いに必要だ。

 さて、新聞には固有名詞は出さなかったが、本文にある「長野市内の大きな病院」とは長野赤十字病院である。和解が成立したのは2011年12月末だった。
 お腹の中に置き忘れられていた器具の写真も掲載しておこう。なぜこんな大きなものが残されてしまったのか、驚かれるのではないだろうか。その理由を病院側から説明を受けたが、ここでは省略する。この理由も含め、いずれ『たぁくらたぁ』でもっと詳しい経緯を書くつもりだ。

 

 最後にお願いがあります。『たぁくらたぁ』で医療事故のついての特集も組むつもりでいるので、みなさん自身が、あるいは近親者が医療事故にあって、そのとき病院はどう対応したのか、という情報があればぜひ教えてください。秘密を厳守いたします。その上で、お話を伺わせていただければありがたいのです。野池までメールでご連絡ください。
野池メール:こちらまで

(野池元基)
 
 

 県民主権をすすめる会(代表 茅野實さん)と長野まちづくりを考える市民の会(ぼくが参加している)の2団体で1月25日、長野市の情報公開についての記者会見を県庁会見場で行いました。信濃毎日新聞と長野市民新聞に記事が載りました(他紙とテレビは確認してないから分かりません。報道してくださっていれば、ありがとうございます)。
 両紙とも市の第一庁舎・長野市民会館建設事務局に取材をしています。ぼくの不服申立てについて問われた市当局は「情報公開審査会で説明していく」と答えたようです。
 マスコミを通して即、市民に説明すればいいのに。裁判で争っているわけでもないのに、なんでそう頑ななのでしょうか。敵視されているみたいに感じてしまいます。
 ぼくが問いたいのは、情報公開を積極的に進めていくつもりなのですか市民への説明責任を本気で果すつもりはありますか、とただそれだけのことです。

 ところで、情報公開審査会に対して、口頭で陳述をさせてほしいと要望したところ、2月23日(木)午前10時からの審査会で反論を述べるようにと、出席にOKが出ました。長野市ふれあい福祉センターで行われます。結果はまた報告いたします。

野池元基

→「長野市に対する反論書」(1〜4)

→情報公開に背をむけた長野市 その1〜3
→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その1〜5
→長野市民会館建て替え、第一庁舎の仮移転費11億円 置き去りにされる子どもたちの命
⇒ページトップへ

 できるだけ情報は残さない、あるものはできるだけ隠す、というのが長野市の情報公開のゆるぎない姿勢です。
 先日(平成24年1月19日)は、情報が公開されたその場で、公開文書を初めて見たという情報管理室長が「これはまずい。公開できない」と言い出して、公開決定されている文書が袋とじにされてしました。文字通り、包み隠されたわけです。
 非公開にしたのは、個人が特定される怖れがあるからという理由です。袋とじにされたのは、ぼくが提出した不服申立て書(長野市民会館建て替えの見えない経緯 その3)や実施機関理由書(長野市民会館建て替えの見えない経緯 その4)などです。
 つまり、これらの文書から、不服申立てをしたのが野池だと特定される可能性がある、だから公開できないというわけです。この問題にはそのうち触れます。

 反論書は、今回の掲載で最後です。

****************************************

<平成22年10月25日「打ち合わせ」が重要な会議と考える理由>

 長野市長は平成22年11月4日に臨時記者会見をひらき、長野市民会館の建設地を権堂東街区から現在地へ変更することを発表しました。これは長野市にとって重大な政策の転換です。この建設地変更の意思決定は11月1日の部長会議で行われたことになります。しかし、11月1日の部長会議の会議録(資料6)では、すでに変更は既決済みの上で協議しているようにしか読めません。
 一方、10月22日に長野市議会特別委員会が権堂東街区案に反対する意見書を市長に提出しています(資料7)。その3日後に行われたのが当該「打ち合わせ」です。もしこの会議が11月1日の部長会議の資料の確認等を行っただけの場だとすれば、意思決定するための本格的な協議を市はしなかったことになります。
 逆に、もし長野市長が建設地の変更は重要な決定であると認識していたならば、「打ち合わせ」で意思決定に関わる協議が行われたと考えるのは妥当なはずです。それにもかかわらず、会議録など一切の記録をとらなかったとは考えられません。

<長野市の情報公開の在り方について>

 平成23年7月14日付の不服申立ての趣旨と理由は、「行政文書の管理方策に関するガイドラインについて」(平成12年2月25日、各省庁事務連絡会議申合せ)の「第2 行政文書の作成」に従って書きました。
 この中で、文書の作成を要しない例外として「事案が軽微なものである場合」とあります。具体的には「事後に確認が必要とされるものではなく、文書を作成しなくとも職務上支障が生じないような場合であり、例えば、所掌事項に関する単なる照会・問い合わせに対する応答、行政機関内部における日常的業務の連絡・打ち合わせなどが考えられる」とされています。このガイドラインを基準に考えれば、当該「打ち合わせ」は「事案が軽微なもの」には該当しません。
 長野市には行政文書の作成の規程がないため、政策会議と部長会議を除く庁内の会議の会議録の作成は担当者の判断にまかせていると言いますが、それでは行政としての一貫性がなくなります。何らかの基準ないし目安があって然るべきです。
 国においては、「公文書等の管理に関する法律」が平成21年7月1日に公布され、平成23年4月1日には施行されました。この施行と同時に「行政文書の管理に関するガイドライン」が内閣総理大臣決定されました。ここでは、行政の説明責任が目的化されています。
 長野市の現状は、こうした国の動きとは逆行しています。情報公開は、文書の管理が公正に行われてこそ意味を持つものです。今回の実施機関理由説明書は、会議録不存在の言い訳だけであり、情報公開を積極的に進めていく意思はまったく見えません。実施機関理由説明書の説明を言い換えるなら、会議の名称を「打ち合わせ」にすれば、会議録をはじめ一切の記録を残す必要性がなくなる、ということに他なりません。
 こうした不透明な経緯の中で、長野市にとって最も重要な案件の一つである市役所第一庁舎・長野市民会館建て替え計画が進められてきました。重要な案件であればあるほど、市民への情報提供が大事になるはずですが、長野市の姿勢はまったく逆です。長野市条項公開条例そのものが揺らいでいます。

●参考資料 詳細な会議録が残されていた一例として、平成22年7月7日の関係部課会議の会議録、マスキングされた平成21年2月2日の部長会議の会議録を添付します。
****************************************
参考にしてほしい記事
「真っ黒塗りの資料」(2010.2.12)
(野池元基)

→「長野市に対する反論書」はじめから読む(1〜3)

→情報公開に背をむけた長野市 その1〜3
→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その1〜5
→長野市民会館建て替え、第一庁舎の仮移転費11億円 置き去りにされる子どもたちの命
⇒ページトップへ

 政府が「原子力災害対策本部」の議事録を作成していなかったことを1月22日、NHKはトップニュースで報じていました。長野市情報公開審査会が1月23日開催されましたが、この記事録不存在の問題は話題になったのでしょうか。

 さて、反論書の続きを掲載します。

****************************************

④ 市の意思決定は、長野市庁議規程に基づき実施している。

(反論)
 「打ち合わせ」は政策会議と同じ意思決定の場と考えるのが妥当です。そうであるなら、長野市は政策会議と部長会議でない場で意思決定を行っていることになります。つまり、「打ち合わせ」の在り方は、長野市庁議規程に違反していると考えます。

⑤ 市の施策の協議、決定の場は政策会議及び部長会議。

(反論)
 仮に「打ち合わせ」が市の施策の協議、決定の場でないとしても、行政機関としての事務・事業の実績について文書を作成することは原則なはずですから、「打ち合わせ」の会議録を作成するのは当然の業務と考えます。
そもそも平成22年1月4日の政策会議以前は、市が規定する庁議以外でも詳細な会議録を作成してきた事実があります。政策会議と部長会議以外の会議の会議録を作成する必要がないとする理由は妥当ではありません。

⑥ 会議出席者に対して「打ち合わせ」のメモないし録音記録の有無を確認した結果、該当する行政情報は存在しなかった。

(反論)
 事務局として7人が会議に出席しながら、誰もメモを残さないことがあるのでしょうか。またメモをとりながら、それに基づいて発言するのが、ごく一般的な会議での通例です。メモをとる人が誰もいない会議は、いくら電子化された会議であっても考えられません。
 なお、本件とは別に公開請求をした平成23年1月13日と20日の「打ち合わせ」についても、これらの会議も市長等が出席していますが(
資料4)、会議録やメモなどの記録は不存在であるとの決定書通知書を受け取っています(資料5)。

⑦ 「打ち合わせ」の実施については、当日の座席表及び資料の存在で足りる。個人スケジュール予定表によっても確認できる。

(反論)
 予定はあくまで予定で、実施を証明するものではありません。座席表も資料も、また予定表も、会議がなくても作成できます。当日のメモや録音などの記録がない限り、会議を開催した証明にはならないはずです。

 今回はここまで。さらに続きます。

 なお、1月25日、この件で、県民主権をすすめる会長野まちづくりを考える市民の会が共同記者会見をします。場所は県庁会見場時間は14時からです。
(野池元基)

資料4
→本文に戻る
資料5
→本文に戻る

****************************************
つづき→「長野市に対する反論書4」へ
 
→情報公開に背をむけた長野市 その1〜5
→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その1〜5
→長野市民会館建て替え、第一庁舎の仮移転費11億円 置き去りにされる子どもたちの命
⇒ページトップへ

では、反論書の続きです。

****************************************

<審査請求の理由に対する実施機関の理由説明>

① 会議録は作成していないが、修正事項は11月1日の部長会議での資料に反映した。

(反論)
 資料が修正されたのですから、なぜ修正をしたのか、変更の経緯を会議録として残すことこそが、行政としての正確性の確保や責任の明確化等の観点から必要なはずです。

② 「打ち合わせ」は庁議で位置付けている政策会議、部長会議とは異なる。

(反論)
 長野市の庁議規程第3条2によれば、「政策会議は、市長、副市長、教育長及び上下水道事業管理者(以下、「市長等」という。)のほか、総務部長、企画政策部長、地域振興部長、財政部長及び都市整備部長で組織する」とあり、ここに記された会議の組織者と「打ち合わせ」のそれは一致しています(
資料1 )。しかも、「打ち合わせ」が行われた当日、同じ会議室において、二つの政策会議が開催されています(資料2)。
 そうだとすれば、政策会議として会議を行ってもよかったはずです。なぜ、あえて「打ち合わせ」という名称にしたのでしょうか。
 長野市議会の平成22年3月定例会において(3月5日)、鷲澤市長は情報公開に関して「基本的には政策会議については、これをオープンにするということはいかがなものかというふうに、今私は感じております」と答弁しています(資料3)。これ以降、第一庁舎・長野市民会館建て替えについては、政策会議は一度も開かれなくなり、それまでなかった会議の形式である「打ち合わせ」が行われるようになりました。
 こうした事実からすれば、公開しなければならない会議録を残さないために、政策会議の名称を「打ち合わせ」に変えただけではないでしょうか。

③ 「打ち合わせ」は意思決定の場ではありません。

(反論)
 「打ち合わせ」が意思決定の場ではなかったのかどうか、会議録がないので判断できません。
 また、表1にあるとおり、当該「打ち合わせ」と同様の出席者による「打ち合わせ」が何度も行われています。もし「打ち合わせ」が意思決定の場でないとすれば、市長等ら市幹部が重要度の低い会議に繰り返し参加することになり、行政として不適正な運営が続けてられてきたことになると考えます。

****************************************
 今回はここまで。さらに続きます。(野池元基)

資料1
→本文に戻る
資料2-1
資料2-2
→本文に戻る

資料3
平成22年3月定例会 長野市長答弁
(平成22年3月5日)

◆二十三番(布目裕喜雄君)
  最後に、情報公開について伺います。
 実は、二月十二日、市民会館問題で市長と意見交換をした場で、市長がこういったことを言われました。現在、情報公開の対象となっている庁内の政策会議の内容を対象から外す方向で検討したい。要するに、部長会議は公開対象で出すけれども、政策会議はちょっとパスしたいなというニュアンスで発言をされました。公開対象になっていても、マスキングだらけで黒塗りばっかりでは何の意味もないというふうに思いますけれども、まずは政策決定のプロセスの透明性が大事なわけですから、部長会議、政策会議ともに、公開対象としてしっかり維持をされる、今の情報公開条例及びそれに基づく規定を遵守するべきです。見解を伺います。

○副議長(小林義直君) 鷲澤市長
   (市長 鷲澤正一君 登壇)

◎市長(鷲澤正一君) 情報公開につきましては、情報公開条例に基づき適切に対応しているところでございます。
 御質問の部長会議と政策会議についてでありますが、部長会議が政策決定の場、重要案件の情報共有の場であるのに対し、政策会議は率直な意見交換の場、議論の場と位置付けており、政策会議で議論した内容が必ずしも政策決定につながるわけではありません。
 このため、政策会議の会議録や会議資料は、意思形成過程にある未成熟な情報に当たり、公にすることにより率直な意見の交換が損なわれるおそれや、不当に市民の間に混乱を生じさせるおそれなどがあることから、情報公開条例に基づき、該当する部分にマスキングを施すなどの対応が必要となります。
 情報公開を後退させないことが大切なことは御指摘のとおりでありますが、会議の形がい化を招いたり、若しくは市民の間に混乱を招くとすれば本末転倒であります。透明性の確保と率直な議論の場との兼ね合いは大変難しい問題であると感じておりますが、基本的には政策会議については、これをオープンにするということはいかがなものかというふうに、今私は感じております。
 以上です。

資料3のおまけ (これは反論書には添付しませんでしたが、関連情報として「市長定例記者会見 平成22年1月26日」のリンクを張っておきます。ご覧ください。)
長野市HP→http://www.city.nagano.nagano.jp/site/kisyakaiken/21762.html
この中で市長は、「政策会議というのは、本来的には公開する必要性が全くないと思っている」と発言をしています。 →本文に戻る

****************************************
つづき→「長野市に対する反論書3」へ

→情報公開に背をむけた長野市 その1〜4
→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その1〜5
→長野市民会館建て替え、第一庁舎の仮移転費11億円 置き去りにされる子どもたちの命
⇒ページトップへ

 会議録はなし、何のメモもなし、録音もなし、要するに記録は何にもなし、という平成22年10月25日に行われた「打ち合わせ」会議について、ぼくが不服申立てをしたのが平成23年7月14日です。そして、12月22日付で、不服申立てに対する市側の理由説明書が届き、反論があったら12月17日までに反論書を書いて提出しなさい、という通知があった。これまでの流れはこうでした。
 不服申立て書は→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その3
 市側の理由説明書は→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その4

 その反論書を、本日2012年1月17日、長野市情報公開審査会に宛てて提出してきました。審査会の窓口は長野市庶務課情報管理室です。1月23日に審査会は開かれる予定だそうです。

 では、その反論書をここに掲載していくことにします。やや長めなので、何回かに分けます。
(野池元基)

****************************************

2012年1月17日

長野市情報公開審査会
 会長 柳澤 修嗣 様

『たぁくらたぁ』編集部
野池 元基

異議申立てに係る実施機関の理由説明書に対する反論について

 平成23年12月22日付けで送付いただいた「異議申立てに係る実施機関の理由説明書の送付及び反論書の提出について(通知)」に従いまして、長野市情報公開条例第27条の規定により反論書を提出いたします。
 なお、同条例第26条の規定により、不服申立人として口頭で意見を述べる機会を与えていただきたく存じます。
 以上、よろしくお願いいたします。

(別紙)

反論書

【実施機関理由説明書に対する考え方】
 実施機関理由説明書には「該当する行政情報が存在しない」とありますが、存在しないとする理由は納得できません。理由説明書の内容に対する具体的な反論は下記のとおりです。

<審査請求の趣旨に対する実施機関の理由説明>

① 該当する行政情報は存在しません(不存在決定通知のとおり)。

(反論)
 表1は、市役所第一庁舎・長野市民会館の建て替えについて、公開資料で確認できた庁内の会議の名称と会議録のあるなしを時系列に整理したもので、野池が行った情報公開請求で公開された資料をもとに作成しました。
 この表にあるとおり、平成22年1月4日の臨時政策会議を最後に、部長会議を除けば、庁内会議の会議録は不存在ということになります。年度の途中から突然、会議録を作成しなくなる、ということは考えにくいのです。
 また、不服申立てをした平成22年10月25日の「打ち合わせ」に限らず、市長等が参加する「打ち合わせ」は何度も行われており、そのような重要度が高いと考えられる会議について、会議録を作成しないでいつづける、ということは、行政の業務として無理があり過ぎると考えます。
 ただ会議録を隠しているだけではないのでしょうか。

② 当該「打ち合わせ」の実施については、当日の座席表及び資料の存在で足りる。個人スケジュール予定表によっても確認できる。

(反論)
 座席表も資料も、また予定表も、会議がなくても作成できます。当日の会議録やメモ、録音などの記録がない限り、会議を開催した証明にはならないはずです。

表1「会議録の経過(提出用)」

****************************************
つづき→「長野市に対する反論書2」へ

→情報公開に背をむけた長野市 その1〜3
→長野市民会館建て替えの見えない経緯 その1〜5
→長野市民会館建て替え、第一庁舎の仮移転費11億円 置き去りにされる子どもたちの命
⇒ページトップへ

« Older entries